第107話 カニパ

 ティキルタちゃんの依頼を実質完遂した私は、仕事終わりの打ち上げとしてカニを食べに来ました。


「オバちゃん、ここってカニ料理ある?」


「あるよー」


おっしゃ! さっそく注文だ!!


「じゃあこの焼きガニとカニ煮込みを二つずつ!」


「ニャーはノースウルフ焼きも追加ニャ」


 蟹はニャットの分と合わせて二人分頼む。


「けど鍋はないのかぁ」


 まぁカニ鍋って日本独特の料理だしねぇ。外国にあるのか知らんけど。

 鍋が食べたかったら自分で作るしかなさそうだね。


「となると鍋を買わないといけないなぁ」


 暫く待っていると、オバちゃんがいくつもの皿を以ってやってきた。


「はいよ、焼きガニとカニ煮込みとノースウルフ焼きだよ!」


「わーい!」


「ニャフーッ!!」


 っていうか焼きガニデカい!

 いやあのハサミを見てなんとなく予想付いていたけど、やっぱりデカいな!

カニの身が小さめのフランスパンくらいの大きさあるよ!?


「よし、それじゃあいっただっきまーす!」


流石に一口では食べきれないので、ナイフで切ってフォークに差して食べる。

 カニをこんな食べ方するの不思議な気分だなぁ。


「「んっ……んん?」」


 何これ、口の中で生臭いような変な匂いが広がる……!? と言うか、泥臭い?


「……」


 ええと、何これ? 何でこんな味なの? 蟹って特別な処理をしなくても美味しいものじゃないの? 焼きガニがあるくらいだし。


「どうしたのニャ?」


「うーん。ちょっと予想と違う味で……」


 アレか? 異世界のカニだから不味……味がおかしいの? だとしたら私は今後二度とこの世界でカニを美味しく食べれない事になるという事!?


「ガーン!!」


 あまりの絶望に目の前が真っ暗になる。


「いや待て、諦めるのはまだ早い!」


 そうだ、私には最後の手段がある!

 その手段とは、そう、合成スキルだ!

 私のスキルでカニ料理を最高品質に合成すれば、このクッソ不味いカニも美味なカニになるかもしれない!


「そうなるとまずはカニを買うことから始めないと。ニャット! すぐに市場に行くよ!」


「ニャ!? 今食べ始めたばっかりニャ!?」


「最高のカニを食べる為ニャー!!」


「ニャ、ニャーが甘いのニャァァァッ!?」


 渋るニャットを引っ張ると、私達は食事もそこそこにお店を後にした。


 ◆


「と言う訳でカニとナベを買ってきました!!」


 市場に向かった私は、さっそくカニとナベと他の食材を買ってきた。


「うう~、腹が減ったのニャ~」


 中途半端に食べた状態で店を出ちゃったから、ニャットがお腹を盛大に鳴らしながら床で潰れている。

 済まぬニャット、だけど美味しいカニの為なのでもうちょっとだけ我慢して欲しい。


「と言う訳で一括合成&鑑定!」


『最高品質のビッグレイククラブ変異種の身:湖に生息する巨大なカニの魔物のハサミ。非常に美味だが、泥抜きしていないのでやや泥臭い』


「泥抜き!? そうか、それが原因だったんだね!!」


 そう言えば川の生き物って調理する前に泥抜きしないといけないのがいるんだっけ。

 ビッグレイククラブも多分そういうのだったんだろうなぁ。


「って事は、一番美味しく食べようと思ったら、生きてるビッグレイククラブを捕まえないといけないのかぁ」


 流石にそれは面倒だなぁ。しかもハサミですらあの大きさだから、本体はもっと大きいよね。それを泥抜きさせるのは大変だぞぉ。


「うーん、何か良い方法はないものか。いやとりあえずはこのカニの身の試食が先かな」


 泥抜きをしていないけど、最高品質にしたから多少の問題は解決してる筈。

 それを食べてから泥抜きの事は考えれば良いや。


 と言う訳で、他の食材も合成して最高品質にしたら、さっそくお鍋の準備です。


「さて、それじゃあお湯を沸かしてる間に、北都で売ってた調味料を全部合成試してみよう!」


 折角な鍋にするのなら、ポン酢とかも欲しいもんね。

 北部特有の調味料だけじゃなく、隣国から流れてきた保存の効く調味料も買ってきたから、色々試してみよう!


「それじゃあ手当たり次第に合成だよー!」


 そしていくつもの調味料を合成した結果、遂に……


『最高品質のポン酢:絶妙な酸味と風味を楽しめるポン酢。鍋料理のお供に』


「出来たぁー!」


 途中なんだかよく分からない産廃みたいな調味料もいくつか出来たけど、それはポン酢開発までの尊い犠牲と言う事にしておこう。


「まぁそっちは市場で売り払えばいいや」


 それよりも今は鍋ですよ!

 お湯が温まって来たところで、野菜を投入。

 根菜系は薄くする事で火を通しやすくして、その次は葉物やネギ形を投入。

 そして満を持して蟹です!


「よし、完成!!」


 出来上がった鍋からカニを小皿によそうと、今度こそカニを実食だー! 尚さっきのカニはノーカンとします。


「では、いっただっきまーす!!」


 まずはポン酢は無しでそのままで食べるよ!


「パクゥッ」


 その瞬間、口の中に溢れる蟹の風味。


「っ~~~!?」


 無意識に顎が動いて身を噛みちぎると、チュルンと喉を通って井の中へと流れ込むカニの身。


「う、美味ぁ~~いい!!」


 何これ!? 超美味いんですけどぉーっ!?

 こ、これが最高品質の蟹の味!? あと変異種だから!?


「美味いのニャァーーッ!!」


 見ればニャットも大喜びでカニを食い漁っている。

 さっきはご飯食べかけだったから猶更なのかもしれないね。うん、申し訳ない事をした。でもこの味に免じて許してほしい。

 

「おっといけない、私もカニに戻らないと」


 ぼーっとしてたらニャットに喰い尽くされちゃうよ。


「今度はポン酢を試してみよう」


 次はポン酢に浸して食べてみる。


「美味ぁぁぁぁぁぁい!!」


 ポン酢も滅茶苦茶美味しいよ!!

 正直スーパーのポン酢の数十倍美味しい! これが最高品質の力って奴なのか……


「今更だけど、私のスキルってヤバ過ぎない?」


 これなら私のスキルがバレた時は、料理を美味しくする加護ですって言っても誤魔化せるんじゃないだろうか?

 うん、この味ならマジで出来そうだわ。


 思わぬところで自分の力のごまかし方が見つかったのは有意義な事だったのかもしれない。


「まぁそれはそれとしてカニカニ」


「カコーッ、カニが切れたニャ! 追加するニャ!」


 気が付けばあっという間に鍋に入れた蟹が尽きてしまっていた。

 でも大丈夫。ビッグレイククラブの身は一塊でも鍋に入りきらない量だったから、おかわりは沢山あるよ!


「はいはい、煮えるまで野菜を食べててね」


「むぅ、分かったのニャ」


 新たに追加したカニの身が煮えるまで、完全に添え物となった野菜を食べて間を繋ぐ。


「うん、野菜も美味しいね!」


 とはいえ、完全にカニが鍋の主役になっているからその美味しさもぼやけちゃってるけど。


「それにしてもこれなら泥抜きしなくても十分美味しいね」


 多少泥臭さを感じはするものの、カニの美味しさがそんな事気にならなくなるくらい美味なので、全然問題なかった。


「良いなぁ、これなら北部に永住するのもありかもね!」


 なんてことを思った私だったが、のちに異国の港町で最高品質に合成した海の蟹を食べてぶっ飛び、そんな風に思った事をすっかり忘れる事になるのは別の話である。


 ◆


 いやー、昨晩は(カニを)お楽しみでしたね私。

 今日はカニ味噌を試したい所です。

「あとはハサミ肉も試してみたいなぁ。昨日は鍋だったから、焼きガニとかもありか。それにカニグラタンやカニコロッケ……って違う!! カニも大事だけど依頼を果たさないと!!」


 あ、危ない所だった。危うく今日一日キャンサー道楽する所だった。

 恐るべしカニ! これがビッグレイククラブの恐ろしさか!!


(風評被害ですカニ)


 何か幻聴が聞こえたような気がするけどきっと気のせいですカニ。


「それじゃあティキルタちゃんの所にいくよー!」


「待つニャ、その前に大事なことがあるのニャ!」


 と、そこでニャットに止められる。


「あれ? 何かあったっけ?」


「朝飯を作るのニャ。カニを所望するのニャ」


 と思ったら朝ごはんの最速でした。


「屋台で良くない?」


 この世界に来て知ったんだけど、朝って割と屋台が多いんだよね。

 というのも、働きに出る町の人だけじゃなく、料理を作らない冒険者や旅人もターゲットにしてるからみたい。

というのも、屋台の料理って、宿のご飯よりも安いんだよね。

 宿の料理は素泊まりとご飯ありで値段が変わるんだけど、ご飯ありの値段と比べると屋台で買った方が安いんだ。

 多分食器や食事をする場所を提供する代金とかのサービス料も含まれているんだろうね。

 

「市場で獲れたての蟹を買って食べるのニャ!」


 なっ!? 獲れたてのカニですと!?

 鮮度抜群のカニとか、そんなん美味いに決まってるじゃないですか!


「おニャーのカニを食ったら他のカニなんて食べれニャいニャ。と言う訳でさっさと買いに行って作るのニャ! これも護衛契約の一環ニャ!」


「そ、そう言われては仕方がないのニャー」


「ニャーが甘いのニャー」


 というわけで仕方なく私達は市場に行ってかニを購入後、宿に戻って朝食を作る羽目になるのだった。

 契約だから朝からカニを食べるのも仕方ないよね。

 尚、朝食はささっと食べれるように焼きガニスティックにしました。美味ぃーっ!!


 ◆


「お待ちしておりましたわカコ様!」


 ティキルタちゃんのお屋敷にやってくると、対して待つことなくティキルタちゃんが応接室に飛び込んできた。


「……あら? なんだかカニの匂いが?」


「え、ええと、気のせいでは?」


 ちょっと調子に乗ってカニを食べ過ぎたからではない筈。


「それよりもご依頼の品が用意出来ました」


「まぁ! もう用意出来ましたの!?」


 頼まれた盾が出来たと報告すると、ティキルタちゃんが驚きの表情を浮かべる。

 まぁ頼まれて二日で用意したからね。驚くのも当然と言えば当然かもしれない。


「こちらがご依頼の品です」


 そう言って魔法の袋から盾を取りだすと、テーブルの上に置く。


「これが……?」


 予想通りと言うべきか、狙い通りと言うべきか、ティキルタちゃんは盾を見て困惑の表情を浮かべる。


「はい、確かに見た目は微妙ですが、用途を考えればこの見た目こそ、使う人の安全に繋がります」


「それはどういう意味なのでしょうか?」


 私の言葉の意図が理解できなかったティキルタちゃんが首を傾げる。


「明らかに見た目が良い品は、良くない人間に狙われます。盗まれるならまだマシですが、最悪命を狙われる危険がありますから。ですから一見して普通の盾に見えた方が冒険以外の面でも安心になります」


「……成る程、そういう事ですか」


 人の悪意を疑う事はティキルタちゃんには想像しづらいかなと思ったんだけど、意外にもあっさりと納得されてしまった。

 もしかして貴族社会の闇ってそんな幼い頃から教わるのかな……?


「流石はカコ様です。確かにそれなら私の望みに叶いますね。これが原因であの方を危険に巻き込んでは元も子もありませんから」


「では?」


「ええ、買い取らせて頂きます」


 よっしゃ、依頼主から合格出たー!


「お待ちくださいお嬢様、エルトランザ家の令嬢がこのようなみすぼらしい品を買っては品位に関わります」


 と、執事のリザイクさんから待ったがかかる。

 うん、ここまではニャットの予想通りだ。


「ニャら、そっちの護衛に見て貰うと良いのニャ」


「え? お、いや私ですか?」


 突然名指しされた護衛の人が、自分? と困惑の声を上げる。


「実際に戦う人間に見てもらえば、コレがどれだけ良い品か分かるのニャ」


 ちなみにニャットが指定したのは、二人いる護衛の内右側の人だった。

 ニャット的にはこっちの人の方が腕が上って事かな?


「ええと……」


 護衛の人が困惑していると、ティキルタちゃんが頷く。


「私では武具の良し悪しは分かりませんから、貴方が確認してみてください」


「か、畏まりました。では……」


 と護衛の人はテーブルの上の盾を手に取ると、重さを確認したり、表面や裏面を見たり、拳骨でコンコンと叩いて音を確かめたりする。


「これは……」


 何か感じるところがあったのか、彼は更に詳しく盾をひっくり返し始める。


「どうですか?」


「は、はい。これはとてもしっかりした作りの品です。握りや固定部もちゃんと取り付けられています。かなり丁寧な良い仕事ですね」


 おお、そう言うの分かるもんなんだ。


「それと……一見するとノースタートルの甲羅なんですが、それにしては違和感があります。この素材は一体……」


 マジか、そんな事も分かるんだ。


「それはノールタートル変異種の素材を使った盾です」


「変異種!? だからこれほど軽いのですか!?」


「変異種、というのは?」


「魔物には、時折、同種とは思えない程強い個体が生まれる事があります。そうした魔物を変異種と呼び、変異種から獲れた素材は他の個体に比べて非常に性能が良い武具や道具になるのです」


 変異種の事を知らないらしいティキルタちゃんが訪ねると、リザイクさんがすかさず説明を行う。


「変異種を素材に使っているのでしたら、それだけで良い装備になりますね。更に仕上げも良いので素材の性能を高く引き出していると思いますよ」


「それと、盾の裏には革を張りつけて隠してありますが、錬金術によって宝石を組み込んで、寒さへの耐性や防御力の向上が図っています。だから見た目以上に性能が高いですよ」


「錬金術まで!?」


 護衛の人が自分もコレ欲しいとばかりにめっちゃキラキラした目で盾を見つめる。

 うん。あの様子なら品質の保証も十分でしょ。


「いかがでしょうか?」


 改めてティキルタちゃんとリザイクさんを見ると、ティキルタちゃんは満面の笑みを、リザイクさんはまだ渋い顔だけど、性能は申し分ないらしいからとそれ以上の口を挟む様子は見られなかった。


 よし、これでミッションコンプリートだね!


「ありがとうございますカコ様。私の期待以上の出来です。ではその盾を購入させて……」


「お待ちください」


 けれど、そこで更なる待ったがかかった。

 けれど今度待ったをかけたのはリザイクさんでも護衛の人達でもなく……


「ノーマ?」


 ティキルタちゃんの傍に控えるメイドさんだった。


「品質に関しては理解しました。確かに良い品なのでしょう。しかしこの見た目はよろしくありません。当家には相応しくありません」


 あ、うん。確かに見た目はちょっと問題だよね。でもそれは……


「いえ、この見た目でよいのです」


「何を仰いますか。お嬢様のお部屋にこのような無骨で見栄えの悪い品を置いてはエルトランザ家の品位が下がります。購入されるのでしたらせめてもっと見栄えの良い品でないと」


「ですから、この見た目で良いのです。それに私の部屋に飾る訳ではないのですし」


「お嬢様の部屋に飾る訳でないのでしたら、何の為に買うのですか?」


「そ、それは……」


 ノーマと呼ばれたメイドさんの猛攻にティキルタちゃんの言葉が詰まる。


「お嬢様、詳しい事情をお聞かせくださいますか?」


「その……ええと……」


「確かに、お嬢様の部屋に飾る訳ではないのなら、何の為に買われるのか私も気になりますな」


 結果、ノーマさんだけではなくリザイクさんもティキルタちゃんの尋問に参加する。

 うん、がんばっておくれティキルタちゃん。


「人事のような顔をされていらっしゃいますが、カコ様もですよ」


「え!? 私も!? 何で!?」


「前回いらっしゃった時には、お嬢様は盾の注文などされていらっしゃいませんでした。一体いつご注文を受けたのでしょうか?」


 嘘っ!? そんな細かい事まで覚えてたの!?


「エルトランザ家のメイドですから」


 エルトランザ家のメイド凄いな!!


「「さぁ、お答え願いましょうか」」


「「ひ、ひぇぇぇぇぇ」」


 結果、尋問に屈した私達は、ロスト君の為に盾を注文された事をゲロってしまうのだった。

 尚、流石に夜中にこっそり侵入した事だけは何とか誤魔化せました。

 バレたらマジで捕まる所だったよ……メ、メイド怖い。

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