第110話 吹雪の町

「吹雪止まないねぇ」


ロスト君の様子を見た後、吹雪が吹き始めた為に私達は北都へと戻る事になった。

一応追手対策の為に前回とは別の宿を取っておく。


「天気は仕方がないニャ。落ち着くまで気長に待つのニャ」


 最初は追手と鉢合わせしないかとヒヤヒヤしてた私だったけど、数日が経過してもそれっぽい人達が現れる気配は無かった為、今はホッと落ち着いて自由市場で物を売っていた。


「まいどありー」


 ちなみに売り物は北都で仕入れた品を合成で他の土地でないと手に入らない品に変えて売っているので、売上はまずまずだ。

 まぁあんまり長いことやってると在庫を疑われるから、程々にしておかないと不味いけどね。


「それにしても、冒険者は大変だなぁ」


 お客さんが来ない時間帯にお昼ご飯を食べながら街中を観察すると、冒険者達が働いている姿が見えた。

 彼等は重そうな荷物を運んだり、ドブ攫いをしたりと日常の雑用みたいな事をして働いている。


「外が吹雪で危ないからニャ。金のない新人は街中で稼げる安い仕事で日銭を稼ぐのニャ」


 って事は、ロスト君も街中で働いてるのかな?


「あっ、そう言えばロスト君は武器が壊れちゃったし、吹雪とか関係なしで街中で働くことになるのか」


 正直、この世界、武器も護衛も無しに外を歩くのは危険だし、街中で仕事が得られるならそれに越したことはないよね。

 

「大きな町なら地下の下水道に住み着いた魔物を倒す依頼とかもあるんニャけど、あれは臭くて暗いから、人気のない仕事ニャ。危険の割に儲けも少ニャいしニャ」


 おお、ファンタジー名物下水仕事だね!

 でも現実はすっごく臭いんだろうなぁ。

 地球でも偶に排水溝とかから凄い匂いが漂ってくる時があるくらいだし。


「でもお金が無いとそうも言ってられないんだよね」


 私はお金に直結するスキルを女神様から貰って良かったなぁ。


「そろそろ帰ろうか」


「ニャ! 今日は魚料理を所望するニャ!」


「今日も、でしょ」


 北都は寒い地域だから食べ物が無さそうなイメージだけど、近くに大きな湖があるらしく、水産物が豊富だ。

 いわゆる淡水魚で、南都の海産物とは違った白身魚のホロホロとした舌触りが堪らない。

 それを味噌と醤油で食べられるんだから、堪らないよね!


 市場でお魚を買って宿に戻る最中、私達は雪まみれで歩いてくる人の姿を見つけた


「うわっ、あの人この吹雪の中を歩いてきたの!?」


 一瞬侯爵家からの追手かなと身構えたんだけど、相手は一人だけだったので人違いと安心する。


「うー、さびぃ、早くギルドに納品して暖かい物でも食いたいぜ」


 と思ったら、雪まみれで町を歩いていたのはロスト君だった。


「え? ロスト君!?」


「ん? 誰だよお前? 何で俺の名前知ってんだ?」


「え?」


 誰だってアンタ、冒険者ギルドで会ったじゃん!


「ほら、前に冒険者ギルドで会った……」


「んー? お前みたいなガキと?」


 こ、コイツ私の事忘れてやがる!


「ガキはロスト君の方でしょ! ギルドで半人前扱いされてたじゃん!」


「ばっ! 別に半人前なんかじゃねーし! つーか何の用だよ!!」


 おっといけない、ついつい子供相手にムキになってしまった。


「あー、えっと、そう、ロスト君この吹雪の中で外に出てたの? 危なすぎない?」


この吹雪の中、外に出ていたのかと尋ねると、ロスト君はなんだそんな事かよと肩を竦める。


「いーんだよ、この吹雪の中なら他の連中は寒がって外に出ねぇからな」


「でも遭難したら危ないよ」


「はっ、俺にとっちゃ吹雪の方が安全なんだよ」


 吹雪の方が安全? どういう事?

 私が首をかしげていると、ロスト君はニヤリと笑みを浮かべて何故安全と答えたのかを教えてくれた。


「いいか、吹雪を嫌がるのは人間だけじゃねぇ。魔物も同様だ。特にノースゴブリンみたいな人型の魔物なら尚更だ」


「そうなの? 寒い所の魔物って吹雪でも元気に動くと思ったんだけど」


「吹雪の中でも動く魔物はいるけどよ、そういう連中はもっと人里離れた場所を縄張りにしてんだよ。それに吹雪の時には獲物も動かねぇもんだから、魔物も吹雪の時に動く意味が少ねぇんだ」


 成程、確かに獲物が居ないのに出歩いても意味ないもんね。

だからロスト君は魔物と戦わずに済む吹雪の中で依頼をしていたと。


「でも吹雪の中だと周りが見えなくて遭難する危険があると思うんだけど……」


「そりゃお前……ああ、いや何でもねぇ」


「え? 何? 気になるんだけど」


「ばっか、大事な飯のタネを教える奴がいるかよ!」


 むむっ、そう言われると私も聞きづらい。

 こっちも合成スキルの事を聞かれたら答えづらいしなぁ。


「まーとにかくだ、今日みたいなキツい天気の日でも、依頼主は関係なくやって来る。寧ろ危険があるからこそ報酬も良くなるってもんだ」


 だからロスト君は方向さえ間違わなければ吹雪の日の方が自分にとっては安全なんだと語った。


「それに他人の手柄を横取りしようとする連中も居ないからな。そう言う意味でも安心なんだよ」


 それは……ノーマさんが行っていた下層民への差別や、下層民同士の奪い合いの事だよね。


「まぁ、今日は不思議といつもより寒くなかったからありがたかったけどよ」


「そうなの?」


「おう、いつもならもっと寒さがキツくて、採取を切り上げるのも早んだけどな、おかげでいつもよりも素材を採取する事が出来たぜ!」


 それってもしかして、私が合成した盾の寒さ緩和能力の力かな?

 意外な所で私の盾がロスト君の役に立っていたみたいだ。


「これなら壊れた武器も早く買い直せるってもんだぜ!」


 ああ、そうか。ロスト君は武器が壊れてるんだもんね。

 成程、それなら魔物も動きづらい吹雪の中は二重の意味でありがたいって事か。

 意外と考えてるんだなぁ。


「そう言う訳だから、さっさとギルドに行かせてもらうぜ」


「あっ、ごめんね、時間取らせて」


「ははっ、構わねぇよ」


 いつもより採取できた素材が多かったからか、ロスト君は上機嫌で冒険者ギルドの方向へ向かっていった。


「逞しいなぁ」


 でもまぁ、盾が活用されているみたいで何よりだよ。


 ◆


 そして翌日も吹雪でした。


「北国ってこんなに吹雪が続くんだねぇ」


 地球の寒い地域もこんな風に毎日のように吹雪が続いてたのかな?


「これじゃ町を出れないよ」


 幸い、町に来る人が居ないのが幸いだけどさ。

 そんな事を考えていた時だった。突然ドアがノックされたのである。


『お客様、エルトランザ家の使いの方がお会いしたいとの事なのですが……』


 うん、町の外からは来ないけど、町の中からは来たね!


「あ、はい。どうぞ」


 鍵を開けてドアを開くと、そこに居たのは見覚えのあるメイドさんだった。


「四日ぶりでございますカコ様。本日はカコ様にお尋ねしたい事があってまいりました」


 お尋ねしたい事かー。

 まぁノーマさんが聞きたい事って言ったら、ロスト君関連だよね。


「こちらにティキルタお嬢様がいらっしゃいませんでしたか?」


「え? ティキルタちゃ、様? ロスト君の事じゃなくて?」


「はい、お嬢様です」


 そう答えると、ノーマさんは部屋の中をきょろきょろと見回し、ベッドの下などを覗きこんでいく。


「えっと、もしかして家出……とか?」


 あはは、さすがにそれは無いか。


「はい、その通りです。今朝お嬢様の部屋に伺ったところ、中はもぬけの殻でした。屋敷のどこにも見当たりません」


「なるほどー……って、え!?」


 マジ!? マジで家出!?

 その日、吹雪に包まれた北都で、密室殺人ならぬ、密都失踪が発生したのだった。

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