第104話 救いを求めし令嬢

「これ、どう思う?」 


ティキルタちゃんから渡された紙には、ただ一言、助けてとだけ書かれていた。


「面倒事の匂いがするニャア」


 いやそうなんだけどさ。


「そうじゃなくてどうするべきかなって」


「何も見なかったことにしてこの町から一目散に出て行くのが一番平和だニャ」


 あかん、この猫やる気が無さすぎる。


「だいたい、そうやって食い下がる時点で、おニャーの中じゃ答えが出てるんじゃニャいのか?」


「え?」


 ニャットに反論されてドキりとなる。


「いやでもそう言うのは勝手に決めずにちゃんと相談した方が良いかなって」


「勝手に決めて家出した奴がニャに言ってるのニャ」


「ぐはっ」


 あの、言葉のナイフがエグ過ぎませんかねニャットさん……


「ニャーはおニャーの護衛ニャ。おニャーが美味い飯を提供し続ける限り、ニャーはおニャーが満足するまで旅に付き合うし、その途中で面倒事があっても手を貸してやるのニャ」


「ニャット……!」


 なんて頼りになるイケメ、いやイケ猫!!


「ただあんまりバカな事に首突っ込み続けるニャら、ボーナスとしておやつの追加を所望するのニャ」


「あ、はい」


 違った。めっちゃ打算だった。


「まぁニャんにせよ、おニャーが好きなように動くと良いのニャ。おニャーの人生ニャ。自分の選択は自分で責任を持って決めるのニャ」


 そんな風にちょっぴり厳しいお言葉を言うとあとは自分で決めろとニャットは布団のど真ん中にヘソ天する。

 いや、ど真ん中に寝られると私の寝るスペースが……


「……自分で決めろかぁ」


 確かに、事は貴族のゴタゴタだ。

 何しろ公爵家のお嬢様が周りに相談する事無く、何振りかまわず今日出会ったばかりの私達に助けを求めて来たんだから。相当な事件が起きているんだろう。

 ある意味では南都の公爵家の事件の再来が起きるかもしれない。


「……っ!!」


 あの事件では公爵様が危うく死にかけ、レイカッツ様とロベルト様は強大で殺し合う事になるところだった。

 もし今回もそれと同じような事件が起きたなら、ティキルタちゃんの命が危ない。

 鍛えていた公爵家の人達と違って、碌に戦う為の訓練も受けていないだろうティキルタちゃんじゃ猶更だ。


「もしここでなにも見なかった事にしたら、ティキルタちゃんは……」


 その先の光景を想像しかけて、私は慌てて想像をかき消す。


「うん、駄目だ。それは見過ごせない」


 ああ、ニャットの言う通りだ。きっと私はこの手紙を見た時から気持ちを決めていたんだろう。

 なら、答えは決まっている。


「ニャット、私はティキルタちゃんを助けたい。力を貸して!」


 心を決めた私がベッドで寝転がるニャットに自分の意思を告げると、ニャットは丸めた体をバネのように逸らし、その勢いで起き上がる。


「やれやれ、やっと決めたのニャ?」


 ニヤリとニャットが笑みを浮かべて私に語りかける。


「うん。決めたよ。何が出来るか分からないけど、見過ごしたりはしない。彼女に話を聞きに行くよ!!」


 ◆


 ティキルタちゃんを助けると決めた私は、深夜になるのを待って行動を開始した。

 そっと音を立てない様に窓を開けると、冷たい風が部屋に入り込む。

 結界で町の中が温かいとはいえ、それでも夜になると東部よりも寒い。


「まずはニャーが調べてくるのニャ」


 そう言うと、ニャットが窓から飛び出す。


「ちょっ!?」


 ここ二階! と言おうと思ったら、ニャットはスルリと窓の横に消える。


「ニャット!?」


「静かにするのニャ」


 慌てて窓の外に身を乗り出すと、そこには建物の外壁のわずかな出っ張りに足を引っかけてバランスをとるニャットの姿があった。



「どうやってバランスとってるのそれ?」


 いや、明らかにおかしいから!! 何で1cmくらいしかない出っ張りに足を引っかけるだけで立ってられるの!? 重心おかしくない!?


「ネッコ族ならこの程度朝飯前だニャ」


 ネッコ族すげー……


「じゃあ行ってくるのニャ」


 そう言ってニャットは小さな出っ張りの上を、まるで地面の上のように滑らかな動きで進んでいった。

 すげー、まるで壁に張り付いてるみたいだ。


 流石に窓を開けっぱなしだと寒いので、窓を閉じて待っていると、ニャットが戻ってくる。


「見つけたニャ。付いてくるのニャ」


「分かった」


 再び窓を開けた私は、壁の出っ張りの上を歩くニャットを追って窓の外に飛び出す。


「よっ!」


 しかし窓の二階から飛び出た私にニャット同じ芸当が出来る訳もなく、憐れ私は地上に落下……しなかった。


「ほっ、とっ」


 私は意識を集中しながら空中に足を踏み出すと、まるで見えない床があるかのように、体が空を踏みしめる。

 そう、これは南部に行った時に作った空飛ぶ靴である。

 あれから私は空飛ぶ靴の訓練を積み、短時間ならなんとか宙を歩くことが出来るようになったのだ。

 とはいえ、そう長くは宙を歩いていられない。ニャットの後を追って私は急ぐ。


「ここニャ」


 見ればニャットの示した窓には、目印なのか赤いハンカチが挟まっていた。

 そしてニャットがコンコンと窓を叩く。

 は、早く! そろそろ私も限界なんだよーっ!!

 必死で空中で足踏みをしていると、ガチャリと窓が開き、ティキルタちゃんの姿見えた。


「来てくださったですね!」


「間に合った!!」


 私は限界が来る前に急いで開いた窓に飛び込む。


「キャッ!」


 しかし慌てていた所為でティキルタちゃんを引っかけてしまった。


「やばっ!?」


 このままじゃティキルタちゃんを下敷きにしちゃう!


「まったく、危なっかしいのニャ」


 そこに割って入ったのは我等がニャット先生。

 いつの間に部屋に入ったのか、ニャットはティキルタちゃんを受け止めると、私の足を尻尾で捕まえて宙づりにする。


「助かった~。でもちょっと助け方が雑じゃない?」


「大音を出さずに済んだんニャ。感謝するのニャ」


「あっ、はい。ありがとうございます」


 うん、お礼を言うのは大事。

 さて、それじゃあ本題だ。

 窓を閉めて改めてティキルタちゃんと顔を見合わせると、彼女は月明りの中で、ニコりと微笑んで優雅にお辞儀をしてくる。


「まずは私の求めに応じてくださったことに感謝いたします」


 うーん、優雅。これが本物のお嬢様の振る舞いって奴か。

 なんちゃってお嬢様の私には一生かかっても真似できそうもありません。


「えっと、先に言わせてもらいたいんですけど、私達はティキルタ様の悩みを確実になんとかできる保証はありません。そこはご理解ください」


 これは失敗した時の言い逃れとかじゃなくて、本当にどうにか出来るか分からないから、過剰な期待をさせない為だ。

 それでもいいなら相談に乗るよって言いたいのである。

 そしてティキルタちゃんもそれは分かっていたのか、静かに頷く。


「はい、無茶なお願いをしようとしている事は重々理解しております。ですが屋敷の者達に相談できない以上、カコ様のお力に縋るしかないのです」


 悲壮な表情でティキルタちゃんは語る。


 部屋の灯りをつけずに話を続けているのも、屋敷の人間に見つからない為に細心の注意を払っている為だろう。

 それ程までに彼女は誰かに知られる事を恐れているんだ。


何より、普通なら助けを求めたら問題をバッチリ解決してくれるまで期待するのが普通だろうに、この子は最悪駄目なのは承知の上と覚悟して私達に助けを求めている。

 こんな小さ子がここまで追い詰められた末に助けを求めているんだ。なんとか、出来うる限り力を貸してあげたいな。


「分かりました。私達に出来る範囲で良ければ力をお貸します。それで、ティキルタ様の抱える問題というのは?」


 私が訪ねると、ティキルタちゃんは、体をキュッと縮こまらせる。

 うん、不謹慎とは思うが、何か可愛いなぁこの生き物。


「わ、私がカコ様に助けを求めた理由は……」


 ティキルタちゃんが覚悟を決めた表情で私達を見つめる。

一体どんな無理難題が起きているのか……

私もまた覚悟を決めて彼女が次に発する言葉を待った。


「あ、ある殿方に贈り物をしたいのです」


 ある殿方に贈り物をしたいのです、そう彼女は顔を真っ赤にして言った。


「ん?」


 え? 何? 今なんて言ったの?


「えっと、すみません、今何と?」


ちょっと聞き間違いをしたみたいなので、申し訳ないが、私は聞き直す。


「で、ですから、ある殿方に贈り物をしたいので、カコ様のお力をお借りしたいのです!」


 ……なる程、男の人にプレゼントを贈りたいと。

 見ればティキルタちゃんは耳まで真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。

 なるほどー、そうきたかぁー。


「って、恋バナかいっ!!」


 マジな顔で覚悟決めたのめっちゃ恥ずかしいんですけどぉっっっ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る