第103話 北都のお姫様
「おわぁ、デッカい」
突然衛兵にお嬢様がお前に用があると言われて連れてこられたのは、町の中央に近い場所にあるとても大きなお屋敷だった。
うん、衛兵がお嬢様なんていうくらいだから、貴族に決まってるよね。
問題はそのお嬢様が私のような街に来たばかりの商人に何の用があるか、だ。
「いいか、お嬢様はこの北部で最も高貴な姫だ。無礼な口を聞いたら即刻処刑だから肝に命じろ」
衛兵がめっちゃ脅してくる。
いやホントそんな人が何で私なんかに用があるの!? やっぱアレか? 侯爵家関係!?
でもそれだとこの衛兵の態度が高圧的なのが解せないんだよなぁ。
あっ、もしかして私の素性を教えずに特徴だけで探させたとか?
うーん、分からん。
とはいえ、状況的に逃げると後ろめたい事があると思われそうだし、ここは大人しくお嬢様に会うしかないか。
「ご命令の商人を連れてきました」
衛兵が屋敷の門番にそう言うと、彼は戻ってよしと言われてきた道を戻っていった。
そして少し待たされると、大きな門の横にある小さな扉が開き、中からメイドさんが出てきた。
「こちらにどうぞ」
「あ、はい……」
メイドさんに案内されて中に入ると、侯爵家に勝るとも劣らない大きな屋敷が見えてくる。
うーん、侯爵家に比べて無骨と言うか、こっちの方が城……というか要塞っぽい?
「当家の見た目に驚きましたか?」
「え? あ、ちょっと……」
突然メイドさんから話しかけられて、危うくはいと馬鹿正直に答えそうになってしまった。
「ご安心を。お屋敷に来られた皆様は皆様驚きますので」
あっ、そうなんだね。
「北部は魔物だけでなく、吹雪などの天気も敵ですから、自然と建物も頑丈に作られるのです」
「成る程、それで」
「さらに吹雪に紛れて魔物が接近する事も多かったですからね。防壁が薄く、結界が今ほど強固でなかった時代はこの屋敷が文字通り領民を守る為の最期の砦になっていたそうです」
「へー、そうだったんですね」
成程、だからこのお屋敷は要塞みたいにガッシリした見た目なんだ。
「こちらでお待ちくださいませ」
応接室らしい部屋に案内された私達は、勧められるままにソファーに座ると、お茶とお菓子が差し出される。
おおっ、このソファーめっちゃフワフワ!
しかしこの対応、さっきの衛兵とは大違いだなぁ。
正直相手の意図が全くつかめない。
「そう緊張するニャ。おニャーだってこの間まで一応は貴族だったのニャ」
するとニャットがこっそりと私に落ち着けとアドバイスしてくる。
「いやいやいやいや、私はただのなんちゃって貴族だから。本物の貴族相手じゃどんなボロを出すか分かったもんじゃないよ」
壁際に待機しているメイドさんに聞かれない様に、小声で返事をする。
「どのみち相手が来ニャい事には目的も分からんのニャ。これでも食って待つニャ」
そう言いながらニャットは差し出されたお菓子に手を付ける。
はー、まぁ最悪の場合はニャットが私を乗せて逃げてくれるだろうから、ここは大人しく待つしかないか。
あっ、このお菓子美味しい。北部の名物かな?
柔らかめのクッキーの意外な美味しさに舌鼓みをうちながら、お茶も頂く。うん、このお茶も美味しい。
渋みや苦みは殆ど無くて飲み易いから渋みを抑える為に砂糖を入れなくて済むので、甘いクッキーに合うなぁ。
そうしてお茶とおやつを楽しんでいたら、扉が開いて見知らぬ老人が入って来た。
格好からして執事さんかな?
私が立ち上がろうとすると、執事さんはそのままで結構ですと言って私を制する。
「初めまして。私はエルトランザ家の家令を務めておりますリザイクと申します」
「あっ、どうも。間山香呼と言います。こっちは護衛のニャットです」
やっぱり執事さんだったかー。しかも家令って事は執事さんの中でも偉い執事さんだね。
マーキスから教えてもらったから知ってるよ。
「苗字を……もしや貴族の方でしたか?」
「ええっ!? い、いえ、ウチの故郷じゃ名字を持っている人なんていっぱい居ますから」
そうだった、この世界って、名字を持ってる人は貴族って考え方してるんだっけ。
私も間山香呼じゃなくて、ただのカコと名乗った方が良いのかぁ。
「ほう、そうなのですね。なるほど、どうやらかなり遠方の国から来られた方のようですね、これは期待が持てます」
「期待ですか?」
リザイクさんの言葉に私は首を傾げる。
遠くから来たら何で期待できるんだろ?
「ええ、この北都は冬が長く、吹雪きで窓の外の景色が白一色になる事はザラです。それ故に尊き方々も退屈を持て余してしまうのです」
「はぁ」
「そこで貴女にはお嬢様の無聊を慰める品を売って欲しいのです。聞けば遠方の国の珍しい品を売っていたとか」
「いえ、ウチはそんなお嬢様が興味を持つような高価な品なんて取り扱っていませんよ!?」
「いえいえ、高価でなくてもよいのです。お嬢様の退屈を紛らわせてくれる品ならばそれで結構」
「成る程……?」
あー、成る程、要はなんか珍しい暇つぶしは無いかって事だね。
ただ、なんでも良いと言われても、私の取り扱う商品って食べ物が多いしなぁ。
これからは娯楽用品や装飾品とかも仕入れた方がいいのかな?
「ただし」
と、リザイクさんが強く言葉を区切る。
「下品な品はお止めください。そのような物を出されたら流石に不敬罪で捕らえざるを得ませんので」
「ひぇっ!?」
真剣な表情のリザイクさんは睨んでいる訳でもないのに妙な迫力があった。
「ははっ、ご安心を。余程問題のある品でもなければそのような事にはなりません。ただまぁ、退屈を持て余している貴族相手だからと過激な品を持って来るものもおりますからね」
「うわぁ……」
な、成る程。確かに中世の芸術品とかでも、ちょっとえちちが過ぎるよなぁって絵画とかあるもんね。
「当家のお嬢様は清く純粋なお方です。過激な物は出さない様にお願いしますね」
「は、はい。肝に銘じます、色々気を付けます!」
うおお、これは迂闊な物は出せないぞぉ!
「そう緊張なさらずに。当家のお嬢様はとても心優しいお方です。多少礼儀や言葉遣いがなっていない程度でお怒りになるような方でもございませんのでご安心を」
「あっ、そうだったんですね。衛兵さんに無礼な事言ったら不敬罪で逮捕だーっ! って脅されたんでちょっと不安だったんです」
ふー、それなら安心だ。
あの衛兵が言っていたようなおっかない人じゃなさそうで何よりです。
「……ほう?」
「え?」
と思ったら、リザイクさんの目がキラリと光る。
「カコ様、当家の者が大変失礼いたしました。そのものには後できつく言っておきますので」
「い、いえ。お気に慣らさず」
あ、あれ? もしかしてあの衛兵さん大ピンチ?
「ほっほっ、カコ様は心が広いお方ですな」
と、その時だった。
部屋の扉がコンコンと叩かれると、返事を待たずにガチャリと開かれたのだ。
まず入って来たのはキリリとした二人のメイドさんだった。
そして二人に付いてくるようにやってきたのは、私と同じ年頃のとても可愛らしい女の子。
「っ!?」
その姿はまるで雪の妖精だった。
ふわりとした白い髪はまるでウサギの毛皮のようで、クリッとしたおめ目がまた愛らしさを強調している。
まさに絵本の世界から抜け出してきたかのような浮世離れしたお姫様だったのである。
「うわぁ、可愛い」
「ゴホンッ」
「っ!?」
しまった、ついアホ面で思った事を口に出してしまった。だって可愛いんだもん。
「お嬢様、こちらが遠方の国よりいらした商人のマヤマ=カコ様でございます」
「まぁ! 私と同じ年頃でお仕事をなさっていらっしゃるの!?」
お嬢様と呼ばれた少女は、意外にもキラキラとした目でこちらに興味津々な様子だった。
うん、年相応って感じ?
「お嬢様、カコ様は小人族です。見た目よりも年上ですよ。それよりもご挨拶をなさらないと」
「あっ、そうでした。初めましてカコ様。わたくしはティキルタ=エルトランザと申します」
リザイクさんに注意されると、お嬢様事ティキルタちゃんは慌てて自己紹介をしてくる。
「初めまして。マヤマ=カコです」
ふー、相手があわあわしてるとこっちが落ち着けて良いなぁ。
「わたくし、小人族の方と会うのは初めてです!」
ホントは小人族じゃないんだけどね。
「ではカコ様、商品をお願いできますか」
「あ、はい。ではまず……」
って、何を出そう。
東部の品は出してもインパクトないだろうし、かといって南部の干し魚や魔物素材とか出されてもこまるだろうしなぁ。
「カコ様、初めは貴重品でなくとも構いません。面白い逸話のある品などございませんか?」
と、何を出そうか迷っている私にリザイクさんがアドバイスをくれる。
「面白い逸話……ですか? と言われましても……あっそうだ」
それなら丁度いい品がある。
私は魔法の袋から大きな魚の骨を取りだしてテーブルに乗せる。
「これは……骨ですか?」
ティキルタちゃんだけでなく、リザイクさんやメイドさん達も何で骨? と首を傾げている。
「はい、ですがただの骨ではありません。これは雲に住む魔物の骨です」
「ええ!? 雲にお魚の魔物が住んでいるのですか!?」
よし、喰いついた!
相手は子供なんだ、興味持ってくれるか分からない珍しい品よりも、不思議な話の方が興味沸くよね!
面白い話は無いかとネタを振ってくれたリザイクさんに感謝だよ。
南都での体験はビックリする事ばかりだったからね。
雪国に住む人なら同じ様に驚いてくれると考えて正解だったよ。
「ええ、それも沢山住んでいるんですよ。これはそんな空から落ちてきた魔物の骨なんです」
「空から魔物が落ちてきたら大変なのではありませんか? 町を守る兵士達は空から降って来る魔物とも戦うのですか?」
おっと、ティキルタちゃんは空から魔物がポコポコ降ってくる光景を想像しちゃったみたいだね。
「いえいえ、空の魔物は縄張りである雲から出る事はありません。この骨はアイランドスコールという滝のような大雨を伝って降りてきた魔物の骨なんですよ」
「アイランドスコール? 滝?」
滝と言われて首を傾げるティキルタちゃん。
そっかー、この辺りには滝が無いのか。
どう説明したもんかな……
「ええと、そうですね、水の流れる川がありますよね。アイランドスコールというのは、雲から地上に川が流れるんです」
「雲から川が!?」
「そうです。コップを傾けて中の飲み物が地面に流れ落ちる様に川が出来るんです。そして雲に住んでいる魚は川に住む魚のようにアイランドスコールを伝って地上に降りて来るんですが、途中でアイランドスコールが止むと降りている途中の魚はそのまま地面に落ちて死んでしまうんです。それがこの魔物の骨なんですよ」
「まぁ、なんだか可哀そうな話ですね」
まぁ実際には深い水の上に落ちるから、落下して死ぬ空の魔物はそこまで多くないらしいんだけどね。ティキルタちゃんにもそんな感じだあら心配しなくても大丈夫だよと教えてあげる。
「そうなんですね。良かった」
大半は助かると聞いて、ホッと安堵するティキルタちゃん。
「そうして地上に降りてきた生き物の中には人懐っこい子もいるんですよ。私も空から降りてきた雲イルカという大きなお魚と仲良くなった事があるんです」
「まぁ! どんな生き物なんですか!?」
「それはですね……」
私は事件の事をぼかしつつ、海沿いの町で人魚と出会ったこと、仲良くなった人魚の子供達から雲イルカを紹介して貰った事を話した。
まぁイルカは魚じゃないけど、その辺りは区別付かないだろうから良いか。
「凄いです! 人魚に雲イルカ、それに海! 南にはそんな大きな池があるんですね!」
いや海は池じゃないんだけど……まぁ見たことないから感覚が分からないのは仕方ないか。
「カコ様は凄いです。とても凄い体験を沢山していらっしゃったのですね!」
「いえいえ、私なんてまだまだですよ。世の中にはもっと凄い体験をしてる人が沢山いますから」
その後も私はティキルタちゃんに乞われるままに自分が経験してきた冒険譚を披露する。
特にメイテナお義姉様をモデルにした女騎士の話が気に入ったらしく、目をキラキラさせて聞いていた。
「お嬢様、そろそろお時間です」
「ええ、もうそんな時間なの?」
リザイクさんの言葉に顔をあげれば、窓の外はだいぶ薄暗くなっていた。
「もっとカコ様からお話をお聞きしたかったのですけれど」
ティキルタちゃんはまだまだ聞き足りないと後ろ髪を引かれる思いのようだ。
でも流石に私もいつまでもお邪魔する訳にもいかないからね。
まぁ、呼び出しの理由が侯爵家関連でなかったのはホッとしたけど。
「そうだわ! カコ様、今日はウチに泊ってはいかがですか?」
「え?」
いきなり何を言い出すの、この子!?
「そうしましょうカコ様!」
ナイスアイデアとばかりに立ち上がると、ティキルタちゃんはテーブルを迂回して私の元までやってくると、ギュッと私の手を握る。
「い、いや流石にそれは御迷惑で……」
って、あれ? なんか手のひらに違和感が?
何かなと思って掌を見ようと思ったら、ティキルタちゃんがグッと私の手を握る力を強める。
「お嬢様、それはカコ様にご迷惑ではありませんか」
「いいではありませんか! それにわたくし、まだカコ様の商品を見ておりません!」
リザイクさんが窘めると、ティキルタちゃんはもう決めた事だとばかりに声をはり上げる。
というかこの子……
「しかし……」
リザイクさんが困った顔でこちらを見てくる。
「ええと……商品をお買い上げいただけるのでしたら、また明日来ることもできますが……?」
一応二人の意見の折衷案を提案してみるが、ティキルタちゃんは私に是非泊って欲しいという態度を崩さなかった。
「お嬢様がここまで我が儘を仰られるとは……カコ様、どうかお嬢様の招待を受けては頂けませんか?」
あれ? あっさり掌返しちゃうの? 実はお嬢様にあまあまお爺ちゃんだったりします?
うーん……どうしたもんかな。
私はティキルタちゃんに視線を戻すと、ティキルタちゃんは不安そうな、伺うような眼差しでこちらを見つめてくる。
うう、こんな小動物みたいな目で見られたら断れんやろがーっ!
「分かりました。それではお世話になります」
「ありがとうございますカコ様!」
私が招待を受けると、ティキルタちゃんがパッと眩い笑みを浮かべる。
ホント可愛いなこの生き物! お嬢様じゃなかったら抱きしめて髪の毛をワシャワシャしてたぞ! したら不敬罪で処刑待ったなしだけどね!
その後私はメイドさんに連れられて客室へと案内される。
連れて行かれた部屋は中々に豪華で、テレビて見たような高級ホテルの部屋のような内装だった。
「おー、豪華」
「奥に浴室がございますので、温水のマジックアイテムで自由にお湯が出せます」
お湯を出すマジックアイテム!? 遭難してる時にめっちゃ欲しかったヤツだ!
絶対お風呂入ろう!!
「それではごゆるりとおくつろぎくださいませ」
メイドさんが出て行くと、部屋が沈黙に包まれる。
そして私の視線がメイドさんの出て行った扉から、自分の掌の内側に向けられる。
「……」
私のひらの中には、折りたたまれた小さな紙の塊があった。
あの時、お嬢様が握手と共に私に渡してきたものだ。
あの時、私がこれは何かと聞こうとした時、あの子はそれを言わせまいと言葉をかぶせてきたきがする。
何より、あの時、彼女の手は震えていた気がしたのだ。
私はそっと紙を開いて中を見る。
「ねぇ、ニャット」
そこに書かれていた内容を見た私は、何も言わずこちらの言葉をずっと待っていたニャットにその紙を見せながら訪ねた。
「これ……どういう意味だと思う?」
そこには、ただ『助けて』とだけ書かれていた。
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