第102話 無限大の(調味料)の可能性
醤油が合成出来た事に興奮した私は、そのまま勢いに任せて合成を行った。
その結果、なんと味噌とみりんの合成にも成功したのであるっっ!!
「きた! これで私は生きていける!!」
そのきっかけになったのは、複数の素材を合成させる複合合成だった。
ポーションの代わりにハイポーションを合成する事で味噌が、凍傷用の薬草の代わりにスーカ草を合成させる事でみりんが完成したのだ。
「す、凄い……私は神の力を手に入れてしまったのでは……?」
「まぁ加護は神から授かる力だから間違いではニャいニャ」
す、素晴らしい。これはアレですよ。異世界では手に入らないと思っていた様々な調味料が手に入るという事なのでは?
いや、調味料だけじゃない、地球の食材すら手に入る可能性が出てきましたよ!
「うぉぉーっ! 燃えてきた! でも、でもその前に!!」
滾る心を抑え、私は自分の中の優先順位を決める。
「まずはご飯だぁーっ!!」
◆
「と言う訳で今日の晩御飯は合成、いや豪勢にしてみました!」
「おおーっ、だニャ!」
テーブルの上に置かれた無数の料理が添えられたいくつもの皿。
正直作りすぎたかなと思わないでもないけれど、味噌や醤油と再会した私に止まるという選択肢はなかったのだ。
「右から干し魚と干しイカの味噌煮、甘露煮に焼きイカ、お味噌汁にお野菜の筑前煮」
ニャットのリクエストで各種調味料を使った魚料理を色々。
味噌が手に入ったのなら当然お味噌汁。
あと北都は根菜が多いから、筑前煮を作るのに丁度良かった。
更に南都で魚介類を色々確保していたお陰で、魚介出汁も作り放題。
「ああ、これでお米があれば!!」
うぉぉー、商売と合成を最大限に使ってお米も確保してみせるぞぉーっ!!
「でもそれは後! 今は目の前のご飯に専念だよ! いただきまーす!!」
「食べるのニャーッ!!」
まず私はお味噌汁から口に付ける。
「~~っ!!」
か~~っ!! 久しぶりのお味噌の味!! これだよ! これが日本人のご飯だよ!
味噌だけでなく、干物からとった出汁も良い味をしている。
地球だと出汁の素を使っていたからちょっと面倒だけど、お味噌汁を飲む為ならこの手間も苦じゃない。
寧ろ調味料を投入する度に味噌汁に完成してゆく匂いが否が応でも期待を煽ってくれたほどだ。
「美味いニャ~ッ!! 茶色のソースに浸した魚も、甘しょっぱい魚も、香ばしい匂いのイカも最高だニャ~っ!!」
ニャットも大絶賛でなによりだよ。
さて、こちらは筑前煮に手を伸ばすとしましょうか。
「うん、こっちも美味しい!」
筑前煮のお約束であるニンジンやレンコン、里芋にインゲンがないから、それっぽい食材をチョイスして作ってみたけど、味の基本がそのままなので、ちょっとかわった食材を使った筑前煮といった感じに収まっている。鶏肉も魔物肉だけど悪くない。
そしてまたお味噌汁に戻って来る。
は~、たまらん。侯爵家を出た時はちょっと不安だったけど、これは出てきて正解でしたよ。
「あ~、跳び馬車でもこのお味噌汁があったら、休憩時間に良い酔い止めになったのになぁ」
などとあの地獄を思い出しつつしんみりしてしまう。
「さて、それじゃあいよいよお魚を食べるとしますか……」
ふふふふふ、遂に今日のメインですよ。
部屋中に漂った味噌や醤油、特に焼きイカの匂いが私の食欲を刺激している。
味噌煮を噛んだ瞬間口の中に溢れてくる旨味が待ち遠しい。
「いざ! お魚さん!!」
カツンッ
けれど、私のフォークに触れたのは柔らかいお魚の感触ではなく、何か固い物にぶつかった感触のみだった。
「あれ?」
目測を誤ったのかなと思ったら、そもそも皿の上にお魚が無い。
「え? え?」
味噌煮も、甘露煮も、あまつさえ焼きイカすらない。
「ど、どういう事~っっ!?」
何だ、何が起こった!?
「ゲフゥ、美味だったニャア」
代わりに聞こえて来たのは対面に座るニャットの満足気な声。
「ニャットォーッ!?」
こ、コイツまさか全部食ったのか!? 全部!? 私の皿まで!?
「いやぁ~、美味かったニャア。欲を言えばこの三倍は食べたかったのニャ」
しかもいうに事欠いて量が足りないだと!?
「ニャットォーッ!!」
許せん! このモフモフめぇーっ!!
私はニャットに飛び掛かると、そのお腹を激しくモフる。
「ニャ!? ニャにをするにゃカコ!」
「うるさーい! 私の魚を返すニャーッ!!」
更に喉を撫でて尻尾の付け根をトントンの刑だっっ!!
「ニャ、ニャーが、甘いのニャーッ!?」
そして、いつものセリフを叫びながら、ニャットは液体になったのであった。
なお、宿の女将さんから騒がしいと叱られました。解せぬ。
◆
などという馬鹿をやってしまった翌朝、こんどこそ私は味噌と醤油で美味しく味付けしたお魚を美味しく戴きました。
うーん美味。
「ニャ~、魚食べたいニャ~……」
弱々しい声でニャットがこちらを見つめてくるが無視。
「だーめ! 人のお魚を勝手に食べた罰でニャットは朝ごはんにお魚無し!」
ニャットにご飯を作るのは護衛契約の内容に入っているからちゃんと作るけど、他人の皿の料理を勝手に食べたのは完全にNG。
なのでニャットの今朝のご飯はお肉お魚無しのヘルシー料理なのです!
「草料理じゃ力が出ニャいのニャ~」
「根菜もあるからそれで我慢しなさい」
「しょぼぼ~んニャァ」
うむ、耳と尻尾が垂れた猫も良いよね。
朝食を終えた私達は、旅費を稼ぐ為に市場を借りる事にした。
「さーて、それじゃあ色々売るよー!」
私は市場の入り口で使用料を支払うと、自分に宛がわれた場所にやって来る。
私が申請したのは色々な商品を雑多に売るよろず商人の区画だった。
北都の市場は大中小の三つのスペースを選んで借りる事が出来るようになっていたので、ニャットと二人だけの私は小さいスペースを選んだ。
シートを敷くと、私は商品を並べ始める。
今回売るのは南都と東都の商品……と見せかけて全く違う商品を並べる。
そう、今回の商品はこれまで仕入れた商品ではないのだ!
私の合成スキルをフル活用して新たに生み出した品が北都で売り出す商品なのである!
その中で北都の市場で見た商品は似たような値段に。
合成した商品の鑑定を読んで、北都から遠い場所で手に入るっぽい品は高値を付ける。
といっても暴利をむさぼる訳ではなく、輸送費でこれくらいかかってるよ的なお値段にしてある。
まぁこういうのは客寄せの目玉商品なので、本命は安い品なんだけどね。
売れずに時間が経って劣化しても、合成すれば品質は戻せるから私のスキルはホント便利だよねぇ。女神様に感謝だ。
これなら東都と南都の商品を扱う事で私の居場所が侯爵家に漏れる事もないって訳さ!
あとは材木屋で売ってた木の端板に値段を書いて商い開始だ!
「……」
という事で待つ事しばし。
お客さんはちらほらとウチの商品を見ては私を見ると、え? 子供? って顔で驚いたあと去ってゆく。解せぬ。
でも中にはああ、小人族かと言って安いけど品質はそこそこ良い商品を買ってくれた。
目利きの上手い人達は私の見た目を気にせず買ってくれる感じだなぁ。
「ん? ルータルの実を売っているのか、珍しいな。これだけ状態が良いのに一個銀貨10枚か。いいな、5つ買おう」
「ありがとうございます。銀貨50枚です」
ちらほらとお高い品を買って行ってくれるのは、昨日見た高級店の関係者達だった。
成程、こういう人達用にわざとお高い商品を出すのもアリだね。
ただ中には……
「おう嬢ちゃん、こんな低品質の品をこの値段で売るのは詐欺だぜ! せめて半額じゃねぇとなぁ!」
なんてあからさまに恐喝してくる悪質なのもいた。
確かに私一人ならビビッていう通りにしてしまったかもしれない。
だがここには私の何十倍も強い用心棒が居るんだぜ!
「先生、どうぞ」
「……うむだニャ~」
のそりと、極限までやる気のなさそうな声でニャットが起き上がる。
ってなんかテンション低すぎじゃないですかねニャット先生?
「ああん? 何だテメェ。そんなビビッた態度でまさか用心棒気取りだってのか? 悪い事言わねぇからさっさトボォッ!?」
「煩いのニャ」
ニャットの拳が自身の言葉よりも早く炸裂し、恐喝してきた男を吹っ飛ばす。
っていきなりぶっ飛ばしたぁーっ!?
「え? ちょ、流石にいきなり暴力を振るうのは不味いんじゃ……!?」
「問題ないのニャ~。言い掛かりをつけて脅迫したなら向こうが悪いのニャ。品質も商人ギルドを間に立たせればちゃんと保証してくれるのニャ。特にカコはこの町で登録した会員ニャ。ギルドも自分の町で登録したばかりの商人を守るのニャ。と言うか守らなかったらこの町のギルドの信用が失墜してやって来る商人の数が激減するから死活問題になるのニャ~」
そ、そういうもんなんです?
けれどニャットはその話はもう終わりとばかりにペターンとシートの上に戻ると、やる気無さそうに転がる。
「は~、腹が減ったのニャ~」
えっと、さっき朝ご飯食べたばっかりでしょ?
「気にしなくていいぞ嬢ちゃん」
と思ったらと対面の敷地で商売をしていた露店のおじさんが話しかけてきた。
「ああいうロクデナシはたまに湧くんだ。他の連中も見てるし、衛兵が来たらすぐにしょっぴかれるさ」
「そうよぉ、だから気にしなくていいのよ。それよりも怖かったわねぇ。ホラ、干しイチゴがあるからお食べ」
すると周囲にいた露店の店主さん達も大丈夫だと言いながら干した果物などの食べ物を分けてくれる。
って、なんでみんな食べ物をくれるの?
「ほら、ネッコ族の旦那も食いな」
「貰うニャ~」
……成る程、ニャットの所為か。
ニャットがあまりにもひもじそうにしてるから、皆私達が食う物にも困る程だと勘違いしてしまったらしい。
ごめんなさいおじさん達、その猫朝食ガッツリ食べたんですよ。
とはいえ、この状況で要らないというのも空気を読めない行いなので、ありがたく戴くことにする。
「ありがとうございます」
干しイチゴと聞いてドライフルーツみたいな物かなと思ったんだけど、実際にはカリカリに乾燥していて驚いた。
噛むとサクッと噛み切れてスナック菓子みたいな感じで面白く、味も美味しい。
「でもどうやって作ってるんだろう?」
ふと気になって聞いてみたら、秘伝の作り方だから内緒、欲しかったら買ってねと言われてしまった。
うーん、この商売上手め! なので三袋程買わせてもらいました。
そんな風に時間を潰していると、お客さんに紛れて衛兵隊がやって来て、ニャットに吹っ飛ばされた男を連行していった。
周りの皆も慣れたもので、衛兵さん達に事情を説明している。
すると衛兵さん達は被害者である私にも確認をしてきたので、その通りだと答えたら、怖かったねぇ、あのおじさんは牢屋で反省させるからもう心配ないよと頭を撫でられた。
いや、頭を撫でる必要はなかったのでは?
それからはのんびりした物だった。
その後も何人かお客さんが来ては、質の良い品を摘むように買っていく。
時折さっきのお客さんと同じような高級店の関係者っぽい人達がお高い品を買ってくれる。
よくよくみると、ぱっと見は普通の平民服なんだけど、手入れが行き届いていたり、道行く人達の服に比べると布の感じが高そうなんだよね。
こういうのも目利きっていうのかなぁ。
とまぁそんな感じで商品を売っていたら、キュウとお腹が空いてきた。
空を見ると太陽も真上に来ていたし、そろそろお昼ご飯にしようかな。
見れば生鮮食品を売っていた人達ももう荷物を纏めて帰り支度だ。
私達も生ものを取り扱っているし、そろそろ切り上げた方が良さそうだね。
「ニャット、そろそろ引き上げてお昼ご飯にしようか」
「魚ニャ!?」
ご飯と聞いてニャットがシュバッと立ち上がる。
「今度は私の分まで食べちゃ駄目だよ」
「分かったニャ! カコの分は食べないのニャ! だから魚を頼むニャ!」
「はいはい」
ニャットも反省したようだし、お昼はリクエストに応えてあげるとしましょうか。
まったく、魚が食べられると分かったら現金なんだから。
「ニャッフッフ~、お魚ニャ~♪」
ご機嫌な様子のニャットが鼻歌を歌いながら涎を垂らして私を待っている。
早く帰り支度を終えろとばかりに尻尾がビタンビタンと地面を叩いているのがなんとも猫らしいよね。
「おっけー、帰ろうか」
「ニャ!」
荷物を纏めた私達は、市場で食材を買って帰ろうとしたんだけど、そこに再び衛兵隊がやってきた。
「あれ? また事件でもあったのかな?」
けれど衛兵隊は私達の方に向かってくると、そのまま通り過ぎることなく目の前で止まる。
「子供と白いネッコ族の二人組、間違いないな」
え? 私達の狙い撃ち!?
「お前達、この辺りで物を売っていた商人だな?」
「えっと、はい、そうです」
やっぱり私達の事っぽい。でも何で?
はっ! まさかもう公爵家の追っ手が!?
マズイ、ここまで来たのに連れ帰られるのは御免だよ!
何とか小人族だって事で誤魔化せないかな?
「お嬢様がお前に用があるとの事だ。付いてこい」
「え? お嬢様?」
誰それ? 侯爵家関連じゃないの?
予想外の状況に思わず首を傾げてしまう。
「あー、やっぱそうなったかニャ」
「え? どういう事ニャット? 私南部や東部の商品は売ってないよ!?」
けれどニャットは何か思い当たる事があったらしい。
「そりゃーおニャー、カコが売ったのは南部や東部よりも遠い土地のニャ。遠いって事はそれだけで珍しいって事ニャ。そんな物を売ってたら、暇をしている貴族に目を付けられるのは当然ニャ」
「……何でそれを教えてくれなかったのーっ!?」
ちょっ、分かってたのなら教えてくれても良かったじゃん!
「腹が減って何も言う気が起きなかったのニャ~。そしてこれでまたメシが遅くなるのニャ~」
ガーン! まさかの朝お魚抜きが原因!?
うぬぬ、味噌が合成できたことに興奮してすっかり目立たないモノを売る事が頭から抜けてたよぉーっ!!
こうして、待望の調味料を合成できたことが、巡り巡って私を大きな騒動に巻き込んでゆくのだった……
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