第95話 カコの家出

 ◆家出発覚の朝◆


「うーん」


 侯爵家に戻って来た私は、ある事が気になってベッドの上で唸っていた。

 

「ニャにを唸ってるのニャ?」


 そんな私にベッドの下から頭を出したニャットが訪ねてくる。


「あ、えーっとね……」


「公爵家の事かニャ?」


「え!? 何で分かったの!?」


 何も言ってないのに正解を言い当てられて、私はビックリする。


「能天気なおニャーが悩む事って言ったら、そのくらいしかないのニャ」


「能天気は余計だー!」


 けどそっか。ニャットに言い当てられちゃうくらい分かりやすかったかー。

 観念した私はニャットに胸の内で渦巻く悩みを吐露する。


「私ね、本当にここに居ていいのかなって思ってさ」


「……はぁ~!?」


 そしたらニャットの奴、あからさまに何言ってんのお前? みたいな顔でため息を吐いたんだよ!


「何その特大の溜息!?」


「何でもないニャ。それよりも続きを話すのニャ」


「全然何でもなくない感じだったんだけど……ええっと、だからさ、公爵家が狙われた理由の一端は私だったじゃない。だからこれ以上ここにいたら侯爵家に迷惑がかかるんじゃないかなって思って」


 そう、私の作ったロストポーションが公爵家を取り巻く騒動に大きな影響を与えてしまったんだから。


「それに関しては前にも貴族ニャらそのくらい当たり前って言われたんじゃニャかったのかニャ?」


「言われたけどさ、公爵家は侯爵家よりも上の貴族なんでしょ? そんな貴族なのに公爵様もレイカッツ様も毒を盛られて死にかけたし、利用されたロベルト様は後継者の座をはずされちゃったじゃない。だったら公爵家よりも下の貴族の侯爵家はもっと酷い事になるんじゃないの?」


「一概にそうとは言えないのニャ。当主や部下がしっかりしてれば上位の貴族以上に領地を栄えさせる下級貴族はいるし、逆に上がしっかりしてないせいで没落する上位貴族も少なくないのニャ」


 だけどニャットはそうとは言い切れないと私の言葉に待ったをかけ、公爵家側の内情が今回の事件に大きく影響を与えたと言う。


「公爵家の場合、港と海軍で金と力の両方で優れていたのは事実ニャが、公爵が身内を信用し過ぎたのが失敗だったのニャ。その所為で内から敵対勢力を招く者が出てしまったのニャ。と言っても、あそこの場合、海軍派閥の力が強かった所為で家臣の中に次男を後継者にと考える者が多かったのも問題だったニャ。せめてそれが無ければ長男も功を焦る事には

ならニャかっただろうニャ」


 つまりあの事件は公爵家の人間関係が原因で起きた面が強かったって言いたいんだね。


「カコの場合養子ニャから後継者問題に関わる心配はないのニャ」


「でもベルセイ副所長はハッキリ私を狙ってたよ。だったら私を手に入れる為に手段を得選ばない可能性が高いよ。そうなったら侯爵家だけじゃなく、侯爵領の人達に被害が出るかもしれないんだよ? 南都の事件だって、人魚達や町の人達がロストポーションの廃液の所為で大変になるところだったし……」

 あれは本当に酷かった。

 だって何の関係もない町の人達が食べるお魚まで汚染されていたんだもん。

 もし偶然アレに気付かなかったら、今頃町の人達は汚染された魚を食べ続けて体を悪くした人でごった返していた事だろう。

 しかもその問題はまだ解決していないんだから。

 似たような被害がこの侯爵領でも起きないとは限らない。


「高位貴族だって弱みを突かれて危険になるんでしょ? だったら私が居なくなればその心配も減るよ」


「おニャーニャァ。本当にそれで良いのニャ? 折角高位貴族に守って貰えるのニャよ? 人族は弱いのニャから、自分の身を一番に考えるべきだとニャーは思うニャ」


 確かに、貴族でお金持ちの侯爵家に守って貰えるのは凄く心強い。でも……


「そうかもだけど、皆を危険に晒してまで助けて貰いたくないよ!」


 これが平和な日本で生きてきた私の、平和ボケな考え方だって言うのはよく分かってる。

 でも分かっていても嫌なんだよ。

 だってこれは、感情の問題なんだから。

 皆を犠牲にして自分だけ安全な場所にいたら、それこそ私は気分よく暮らす事なんて出来ない。


「……じゃあ具体的にはどうするつもりニャ?」


 私の我が儘な言葉を聞いたニャットは、何とも複雑そうな顔でヴロロロロと喉を鳴らしたかと思うと、ハァーッとため息を吐いて私の考えを聞いてきた。


「えっとね、私の事を知らない人がいる土地に引っ越して、今度は目立たない商品だけを売ろうと思ってるんだよね。それなら普通の商人にしか見えないし、万が一何か疑われても取り扱ってる品が大した物じゃないなら、新人錬金術師とか言ってごまかせると思うから」


「ふぅむ、おニャーニャりに考えてはいるって事かニャ」


 ニャットは本気なんだな? 後悔しないんだな? と私に目で問いかけてくる。


「そうだニャ!」


「ニャーが甘いニャ。とはいえ、おニャーの意思が固いのニャら、ニャーにこれ以上異論はないのニャ」


 良かった、ニャットは私の考えを尊重してくれるんだ。


「ホント!? でね、私だけだとそもそも侯爵家から出して貰えそうもないから……」


「皆まで言うニャ。ニャーはおニャーの護衛だニャ。報酬さえ払って貰えるのニャら、何処へでも連れて行ってやるのニャ」


「ありがとうニャット!!」


 やった! ニャットも協力してくれんだね! これで確実に家を出る事が出来るよ!

 何しろこの計画の最大の障害は、侯爵家が私を心配して家から出してくれない可能性が高い事だったからね。


「その代わり!」


と、ニャットが肉球の浮き上がった手を突きだしたので、私は反射的にプニッとした。


「そうじゃニャいニャ! 旅の間だけじゃなく、宿でも飯はしっかり作って貰うのニャ!」


「うん、任せて! 二人旅なら周りに気を遣わず料理し放題だからね!」


 そんな事ならお安い御用だよ!

 寧ろ南都で手に入れた調味料や食材を私も使いたいからね!


「そうと決まればさっそく魚を買いに行くのニャ!」


「旅の準備が先でしょ!?」


 こうして、私の家出計画は始動したのだった。


 ◆


 侯爵家を出ると決めた私達は、旅の準備をする事に町にやってきた。


「それで、どこにいくつもりニャ?」


「うん、侯爵家の手が届かない所って考えてるから、外国を目指そうと思う」


 この国に居たらすぐに侯爵家の追っ手に見つかりそうだからね。

 でも外国ならそう簡単に追ってこられない筈。


「方角はどっちを目指すのニャ?」


「このまま東都から国境を目指すとすぐにバレちゃいそうだから、一端別の都を経由して外国に行こうと思う。南はもう行ったし、公爵家にバレると大変だからそれ以外かな。でも西は危ないって言われたから、消去法で北かな?」


 相手の意表を突くためにわざと西に行く手もあるけど、私は自分の身体能力を信用していなので、それは止めておくことにする。

 そう言うのは漫画の主人公だからこそ出来る荒業だからね。


「家出するとなると、その辺りを読まれる可能性があるニャ。ちょっとばかし搦手で移動した方がいいのニャ。まぁその辺はニャーに任せるのニャ」


「うん、任せる」


 ニャットに考えがあると言うので、任せる事にする。

 こういうのは異世界を旅慣れたニャットに任せた方が良いだろうからね。


 そして私は商店街から外れた通りにある錬金術師のアルセルさんの工房にやってきた。


「アルセルさーん」


 ドアを叩いてアルセルさんを呼ぶも、返事が無い。

 普通なら留守かと思って出直すところだけど、相手はアルセルさんだ。

 私は勝手知ったるアルセルさんの家とばかりにドアを開けると、勝手に中へと入る。

 すると奥の工房からガタガタと小さな音が聞こえて来た。やっぱり居たね。


「おーい、アルセルさーん」


部屋の入り口に立ってドアをノックしながら呼ぶと、中で作業をしていたアルセルさんがやっと顔を上げてこちらを見る。


「ん? ああ、君か。久しぶりだね」


「いやそんな久しぶりってほどでも……あるのかな?」


 えっと、最後に会ったのは南都に行く前だから……


「精々3週間ぶり程度だニャ」


 3週間かぁ。結構居たんだなぁ。

 っていうか今更だけど、そんなに南都に足止めされてたんだ!?


「発明品の回収かい?」


「あ、はい。それとその……今後の支援の話なんですけど……」


 どうやって説明したものかと私が困惑していると、アルセルさんは何かを察したかのように軽く笑みを浮かべる。


「もしかして援助の打ち切りかな?」


「え!? あ、いやその……」


 一発で用件を当てられてしまい、私はパニックになってしまう。


「いや、分かっているさ。寧ろこんな奇特な研究に今まで支援してくれて感謝しているくらいさ」


「すみません、私はここを離れるので、アルセルさんのマジックアイテムを買い取れなくなっちゃうんです」


「どういう事だい? 君は侯爵家のご令嬢なんだろ?」


 だよね、気になるよね普通。


「その、商売の関係で長くこの土地を離れる事になるので、私の一存で決定したアルセルさんの支援を続けるのはちょっと難しくて」


 そう、侯爵家を出て行くと言う事は、侯爵家の令嬢として仕事を依頼したアルセルさんへの支援が続けられなくなるって事だからだ。


「ああ、成る程。君のお小遣いで支援してくれていたって事か。分かったよ」


 マジックアイテムの研究費を小遣いから出すってどんな金持ちやねん!

 いや侯爵家の令嬢なのでお金持ちなのは確かだけどさ。

でもごめんよアルセルさん。私はなんちゃって令嬢なんだ。


「ほんっとうにごめんなさい! 私から頼んでおいて」


「気にしないでくれ。お陰で予算を気にせず自由に研究できたよ。それにこれまでの支援のおかげで研究も結構進展したんだ。感謝こそすれ、恨むつもりなんてないさ」


「あ、ありがとうございます!」


 よかった、恨み言一つ言わないなんて、本当に良い人だよアルセルさんは。


「だから感謝するのはこっちのほうだって」


「それでですね、とりあえず今できている分は買い取らせてください」


 罪滅ぼし半分、売り物には出来ないものの、これからの旅に役立つ品が手に入るかもしれないと言う期待半分で出来ている品物を買い取らせてもらう。


「ああ、それは助かる。現在できているのは水を出す短剣と小さな種火を出す杖だ。といってもこいつは気分転換に作ったモノなんだけどね」


「気分転換ですか?」


「ああ、道具は小さくする程中身は小型で繊細になってゆく。つまり小さい方が高性能と言えるんだ。古代のマジックアイテムも、同じ威力で小型のものは単純に数が少ないし今も動く品は更に数が少ないんだ」


 へぇ、地球でも小型家電はお高かったけど、異世界でもその辺の理屈は同じなんだね。


「気分転換と言ったけど、もしかしたら小型化の研究の副産物として、出力を上げる方法が見つかるかもしれないと思ってね。まぁ結果はより出力が下がってしまった訳なんだが。残念なことに出来上がったのは、コップ一杯分の水を出すのが精いっぱいの短剣と、火打石よりはマシな程度の火種を短時間出す程度のモノしか出来なかったよ」


 つまりそれって、水が無尽蔵に出る小型ペットボトルとライターって事なのでは?

 寧ろそれ、これから旅をする私にとっては超便利なアイテムじゃん!

 これなら旅先で飲み水に困らないし、雨の日でも火を起こすのが楽になるよ!


「ありがとうございます! 凄く助かります!」


「これが助かる? まぁ、君が喜んでくれるのなら僕も嬉しいけど……」


これは良い旅の選別だよ!

その分、お礼はちゃんとしなくちゃね!


「あの、これを今後の研究費の足しにしてください」


 私は南都で得た売り上げと東都に持ち帰った売り物の売り上げの半分以上をアルセルさんに差し出す。


「っ!?……こんなに沢山良いのかい?」


 いつも提供する数倍の金額を差し出されたアルセルさんがビックリした顔になる。


「良いんです。アルセルさんの作るマジックアイテムが実用レベルになれば、侯爵家の利益になりますから。あっ、良い物が出来たら侯爵家に納めて頂けるとありがたいです」


 そう私が頼むと、アルセルさんは小さく笑みを浮かべて頷いた。


「ああ、約束する。必ず良いものを作って侯爵様に持っていくよ」


「はい、お願いします!」


頼むよアルセルさん! 侯爵領の発展は貴方のマジックアイテムにかかっているんだからね! ……いや流石にそれは言いすぎか。


 ◆


「あんなに金を渡して良かったのニャ?」


 アルセルさんの工房を出た私に、ニャットが本当に良かったのかと尋ねてくる。


「良いんだよ。南都への旅費とかは侯爵家から出して貰ったものだし、回りまわって侯爵家に利益が還元されればさ」


 そう、南都に行くために使った鳥馬車は結構なお値段のする移動手段だった。

 更に向こうでお世話になった宿のお値段もかなりのものだったのは言うまでもないだろう。

 まぁ途中から宿代は公爵家がお詫びとして支払ってくれたらしいけどね。


「……南都の件は侯爵家が丸儲けだったと思うけどニャー」 


 ボソりとニャットが何か呟いた気がしたけど、町の雑踏に紛れて掻き消えてしまった。


「何か言った?」


「ニャんでもないニャ。それよりも買い出しをするのニャ!」


「おっけー! それじゃあ残ったお金で商品と食材を買い込むよ!」


「おーっ、だニャ!」


 ◆


 夕暮れ時に、私は一人で町を出る門をくぐる。


「お嬢ちゃん、一人かい?」


 すると門番のおじさんが私に声をかけてきた。


「ううん、お父さんが門の傍で待ってるの。私はお使いをしてて遅くなったから」


「そうか、こんな時間帯に出るのは危ないから気をつけてな。魔物や盗賊除けに、なるべく他の旅人達と固まって行動するんだぜ!」


「ありがとうございます!」


 門番のおじさんに手を振りながら私は門を出る。


「ふぅ、上手くいったよ」


 門の外に出た私は、周囲を見回すと、近くにいたおじさんに目を付ける。

 そしてさも家族ですととばかりにおじさんの後ろについて歩いてゆく。


 そうして暫く歩いていくと、次第に日が暮れてきたので、私は予定通り人がまばらになったタイミングで暗がりに紛れて近くの木の陰に隠れた。

 ここまでは予定通り。

 そうして暫く待っていると、私の隠れている木に一匹の巨大なネコが近づいてきた。そう、ニャットだ。


 家を出る事を決意した私達は、町の外で合流する事にしていた。

 私とニャットのコンビは町の人達に知られている可能性が高いから、別々に行動すれば追手に気付かれにくくなるだろうと。


「それじゃあ行くニャ」


「うん」


 ニャットの背中に乗り込むと、ニャットは街道を逸れて森の中へと入ってゆく。


「そろそろアルセルさんに渡しておいた置き手紙が読まれる頃かな?」


 アルセルさんの工房を出る時、私は彼に侯爵家の使いが来たら渡しておいてくれと手紙を渡しておいた。

 中身は家を出る事を告げる手紙だ。

 万が一侯爵家の皆が私が誘拐されたと勘違いされて、それを悪い連中に嗅ぎつけられて皆が騙されたりしないためにね。

 あとはまぁ、今までお世話になったお礼も言っておきたかったから、かな。


「この時間帯に外に出れば、追手が来る頃には夜だニャ。おニャーを見落とさない様に速度を落としながら探す事にニャるだろうから、なおさら捜索に時間がかかるのニャ」


「その隙に私達は森を突っ切って北へ向かう街道に行くんだね」


「そういう事ニャ。それじゃあ突っ切るからしっかり捕まってるのニャ!」


「うん、任せたよ!」


 ニャットの毛を掴んで身をかがめた、瞬間、一気に体が後ろに引っ張られる感覚と共に全身に強い風が吹いてきた。

 いや違う、ニャットが走り出したんだ。

 チラリと顔を上げて前を見ると、凄い勢いで木の枝が近づいてくる。


「うわぁぁぁぁ!?」


  慌てて顔をニャットの毛に沈めると、モフッという感触と共に髪の毛にチッと何かがこすれる感触を覚えた。


「あんまり体を起こすとぶつけるから身を沈めておくのニャ!」


「めっちゃぶつける所だったよぉーっ!!」


 ほんの少しだけ、顔1/3くらいだけ起こして前を見ると、凄い勢いで周囲の木々が近づいてくる。

 ひぇぇ、死ぬ、下手に動いたら絶対死ぬ!

 あっ、前に出てきた魔物が真っ二つになって死んだ。


「夕飯ゲットだニャ」


流れる様な動きで真っ二つになった魔物がニャットの懐に消えてゆく。

ええと、魔法の袋に仕舞ったのかな?

魔物を収納する動作を行った筈のニャットだったけど、不思議な事にスピードは全く変わっていなかった。

寧ろどんどん速度が上がっていってるような気が……


「久しぶりの森だニャ。全速力で駆け抜けるのニャー!」


「このままだと天国まで駆け抜けちゃいそうなんですけどぉーっ!?」


は、はは……明るい時間に森に入ったら、絶対にもっとおっかない想いをしたんだろうなぁ。

そんな事を思いながら、私はニャットのモフモフな毛に顔をうずめて現実逃避するのだった……

 家出、早まったかなぁ?

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