北都の姫編
第94話 侯爵家の秘め事
◆メイテナ◆
東都に帰って来た私は、父上の執務室で南都での顛末を報告していた。
執務室に居るのは父上、家令のマーキス、カコ付きのメイドのティーア、それに珍しくフォリア母上の姿もあった。
「と言う訳で公爵家との話し合いは無事解決しました」
一通りの説明を終えると、父上は顎を撫でて肩を竦める。
「ふむ、中央は中々厄介な事になっているようだな」
「ええ、国が推進していた国家事業が、他国の息のかかった商人によって妨害されたのですから、我が国の貴族達の腐敗は相当なものです」
正直な話、貴族ともあろう者が政敵を攻撃する為の資金を得体のしれない商人に援助してもらうのはどうかと思う。
いくら何でも警戒心が無さすぎだろう。
「にしても、周辺国の動きが派手になって来たな。これまでにも妨害が無かったわけではないが、こうも大掛かりに動くのは久しぶりだ」
父上も独自に中央の情報を調べていたのだろう。
王都で行われていた事業の妨害に協力した者が他国の手の者であったと確信しているようだ。
「ええ、それに劣化品とはいえ本物のロストポーションを使ったのですから、レイカッツ殿が利用された事も妨害工作の一環だったのでしょうね」
「だろうな。それにしても、公爵家の令息までついでのように利用するとは、敵は大胆と感心するべきか、こうもあっさりと利用されてしまった者達が不甲斐ないと呆れるべきか……全く、王都の連中もそんな得体のしれぬ連中に利用されるような体たらくだから利権に食い込めなかったと何故分からんのか」
父上は心底頭が痛いとため息をつく。
「寧ろ気付けないような連中だからこそ、利権にも食い込めず他国の密偵にいいように利用されたのかと」
「だろうな。しかしまぁ、連中がそれだけの行動を起こせるだけの資金援助をした事にも驚きだな。何か資金源を手に入れたのか?」
気を取り直した父上は、今回の騒動に投入された資金の大きさに眉を潜める。
確かに国家事業を妨害する程の工作だ。関係者に手を回す為に相当な金額を使った事だろう。
「もしくはそれだけのリターンを確信しているのかもしれません」
「まさかとは思うが……」
父上がどうなんだ? と視線で問いかけてくる。
「いえ、事業が妨害された時期は我々がカコと出会う前です。別件が原因でしょう」
私は父上の懸念をキッパリと否定した。
父上はリターンの正体がカコの事なのではないかと懸念したのだ。
「そうか、それだけは不幸中の幸いだな」
珍しくホッと息を吐く父上。
ええと、私が怪我をした時もこんなにあからさまに心配してくれた事なかった気がするのですが……?
いやまぁ確かにカコは小さくて幼くて可愛らしいですが、ちょっと納得いかない。
「しかし……公爵も思い切った事をするものだ。まさか我が国唯一の港を持つ優位性を自ら切り崩すとは……」
「そこまでしてもカコちゃんが欲しいという事なんでしょうね」
王都の話をそこまでと切り上げた父上が南都の話題に話を戻すと、母上が同意の言葉を口にする。
本当に珍しいな、母上はこういった政治的な話にはあえて一歩引いた態度を取るのだが。
やはりカコが関わっているからか。
「侯爵家が成功しても失敗しても公爵家にとっては儲けになり、何なら失敗した際には当家の力を削る事にも繋がるか……腐っても王家の血筋だな、えげつない」
「不敬ですよ父上」
万が一の事もあるのだからと私が苦言を呈すると、父上はそう言うなと苦笑する。
それだけ当家の護衛達の口の固さと守りの堅さに自信があるのだろう。
「それでメイテナ、公爵家はカコちゃんの事に気づいたのかしら?」
母上が公爵家はカコの加護に気付いたから婚約を申し出て来たのかと問いかけてくる。
「それは……心配ないと思います。カコが事を行った際、ロベルト殿はレイカッツ殿への対抗心で目が眩んでいましたし、レイカッツ殿の傍で力を使った際も、目に映らない位置で行っていましたから。唯一目撃者足りうる者達も、先ほど報告した魔物によって空の上に連れて行かれましたから、情報が洩れる心配はないかと」
「そう、それならひとまずは安心ね……ひとまずは」
カコの加護目当てで公爵家があの子を求めているのではないと分かって、母上が安堵の溜息を吐く。
最も、それもあくまで私の所感に過ぎないのだが。もしかしたら公爵が気付いている可能性だって否定できないのだ。
「ですが、奥様。このままでは時間の問題かと」
私の懸念を肯定する様に、これまで無言を貫いていたマーキスが初めて発言をする。
「……そうよねぇ」
「カコお嬢様には危機感が足りておりません。本人はバレていないと思っているようですが、ああも都合よく必要とされる品を用意されては気づいていないフリをする方にも限度があります」
そして我々の中で最もカコと身近に接しているティーアも困惑を隠すことなく現状の難しさを語った。
「そうだな。人魚達用の空飛ぶマジックアイテムなど、どうやって用意できたんだという話だからな。まぁそのおかげでロベルト殿を救出出来たのだから、悪い事ばかりではないのだが……」
「宿の中でなら気をつかって使用人用の待機部屋に移動できますが、道中などは流石に無理があります。何しろカコお嬢様の加護は眩く輝きますので。いえ大変神々しいので眼福なのですが」
「「いいなー、私も見たーい」」
父上、母上、羨ましがらないでください。
「カコの力と言えば、ニャット殿はどうなのだ?」
と、そこで父上がニャット殿について言及する。
確かに彼は我々がカコと出会う前からカコと行動を共にしており、今でもカコの護衛をしてくれている。
彼がカコの力を知っているのかは重要なところだろう。
「恐らくですが、ニャット様はカコお嬢様の力をご存じだと思われます」
その問いかけに対し、ティーアは冷静に返答を行う。
「現に南都ではカコお嬢様の力を誤魔化す為に怪しげなマジックアイテムの力だと説明される場面がありましたので」
確かにそんな事もあった。あの時は状況が逼迫していた事もあってそこまで気が回らなかったが、言われてみればニャット殿のフォローはカコの力を知っているとしか思えないものだった。
「ふむ、ネッコ族は戦いにしか興味のない戦闘民族だからな。カコと何かしらの契約を結んで秘密を守ってくれているのだろう」
成程、確かに強敵との戦いを好むネッコ族なら、カコの護衛は強大な敵との戦いの機会が増えると喜んで引き受ける可能性がある。
何よりネッコ族は子供を種族問わず保護する事で有名だからな。
そう言う意味ではカコは良い出会いをしたと言えるだろう。
「そもそも我々は、彼が何故未だにカコの護衛として残ってくれているのかを知らん。それも含めて一度話し合うべきだろうな」
でだ、と父上は会話を止める。
「やはりカコには我々が加護の事を察していると伝えるべきだろうな」
父上の言葉に全員が頷きを返す。
「「「「いい加減加護の事に気付いていないフリをして守るのも無理が」あるからな」あるものね」あるので」ありますから」」
「正直南都ではいつバレるかとヒヤヒヤしました」
私は現場にいた者として率直な感想を告げる。
「このまま知らないフリを続けては、我々に気付かれまいようにと、カコお嬢様がとんでもない行動に出かねません」
ティーアも同意見のようだ。
「うむ、カコと話をして万全の態勢を整えるべきだろう。あの子の身柄が狙われていると分かった以上はな……」
「暫くは窮屈な思いをさせそうですね」
「仕方あるまい。身の安全にはかえられんよ」
カコを守る為とは言え、本人が望まない籠の鳥扱いをせねばならぬ事に心を痛める父上と母上。
「でしたら本格的にカコお嬢様の店舗を用意するべきではありませんか? 店舗経営という名目があれば、カコお嬢様を屋敷に留めたい我々の真意をお嬢様にも外部の者達にも気付かれにくくなります」
そこにマーキスが良案を出してきた。
「成る程、それならカコも経営に専念せざるを得ず、外に出るどころではなくなるか」
「良い案だ。あの子には商人としても貴族の一員としても、人を使う事も覚えた方が良い。仕入れなどは従業員に行かせる事が当たり前だと慣れさせることにしよう」
父上の言う通りだ。カコが商人として大成すれば、必然的に店を持つことになるし、従業員も増える。そうなれば多くの業務を部下に任せる事になるのだからな。
父上の事だ。上手くカコを育てて兄上が領地を継いだ時の腹心として傍に置きたいのだろう。
……もしかしたらそういった名目で自分の傍に置きたいのかもしれんが。
「それだけじゃダメよ! あの子のお店を繁盛させる為にも、多くの貴族と交流を持つべきだわ!」
いや母上、それは母上のしたい事なのでは?
「うむ、デビュタントだな。カコの取り扱う品は高級品や二つとない品も多い。安全な顧客を増やす為にも、信頼のおける貴族の客は多いに越したことはない」
ええと、父上? 平民から養女にした娘のデビュタントというのは聞いた覚えがないのですが……ん? 何だマーキス? 前例がない訳ではない?
そうか、まぁカコの為になるのなら良い……のか?
「「~~っ! ~~!!」」
父上と母上の話し合いは更にエスカレートしてゆく。
それらの内容には色々とツッ込みたい所もあったのだが、迂闊に口を挟む訳にはいかず、私は口を噤む。
「メイテナお嬢様、余計な事を言うと巻き込まれますよ」
「……ぅむ」
冒険者になってやっと自由の身になったのだ。
今更母上に引きずられてパーティに参加するなどゴメン被る。
「よし! ではカコの店の建設と護衛の選抜、それに経営者教育の為に家庭教師を雇おう!!」
「それに新しいドレスも仕立てないといけないわね。ダンスの練習も再開しないとね!」
ああ、二人共際限なくはしゃぎだして大変な事に……私はドレスとか碌に着なかったからなぁ。
……強く生きろ義妹よ。巻き込まれたくないので何もしてやれない不甲斐ない姉を許せ!
そんな時だった。
突然執務室のドアがドンドンと乱暴に叩かれたのだ。
「た、大変です旦那様!!」
すぐさまマーキスがドアを開けると、中に入って来たメイドに一喝する。
「ノックのマナーがなっていませんよ。何事ですか」
「も、申し訳ございません!」
ハッとなったメイドが慌てて平謝りするのを父上がとりなす。
「まぁまぁ、そう言ってやるな。それよりも随分と慌てていたようだが、何か急ぎの報告があったのではないか?」
「そ、そうでした! 大変なんです!」
メイドがまた慌てだしたところでマーキスが背中をパンと背中を叩いて喝を入れると、メイドはビシッと背筋を伸ばして直立不動になる。
なんだか子供用の玩具みたいだな、などと心の中で苦笑する私だったが、彼女の口から発せられた報告を聞いてそんなのんきな感想は吹き飛ぶことになる。
「カコお嬢様が家出されました!!」
ふむ、カコが家出したのか。
「「「「「……」」」」」
ん? カコが……家出?
「「「「「ええーーーーーーーっ!?」」」」」
どどど、どういう事だぁーっ!?
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