第89話 形勢逆転

 合成スキルを使って壁を消し、見事脱出したと思った私達だったのだけれど、そこには何十人もの武装した男達が待ち構えていたのだった。


「ええ!? 何で!?」


 まさか待ち伏せ!? でも壁に穴を開けて脱出したのになんで待ち構えられてるの!?


「キャア!?」


 今の声はパルフィさん!?

 振り返ればパルフィさんとマーツさんが、後ろから襲ってきた男達と武器を交えていた。


「パルフィ、大丈夫か!?」


「大丈夫です。ですがすみません、ロベルト様を奪い返されてしまいました」


 見ればロベルト様の姿は男達の後ろに。

 やられた、後ろに回り込まれていたなんて。


「ふふっ、ツメが甘かったですね。ロベルト様は返して頂きましたよ」


 そう言ってロベルト様を奪った男達の後ろから現れたのは、ベルセイ副所長だった。


「驚きましたよ。まさか宿舎の壁を壊して侵入していたとはね。いったいどんな手を使ったのやら。ですが手段が分かったのなら対処はたやすい。兵達に宿舎を包囲させ、貴女がたの開けた穴から入った我々が挟み撃ちにすればよいだけの事ですからね」


 しまったー!? まさか数に明かせて宿舎全体を包囲して待ち構えていたなんてー!

 確かにロベルト様の連れて来た援軍も使えばそのくらい出来ちゃうよね……


「ふ、ふははははっ、でかしたぞベルセイ。さぁ、あの者達を捕えよ! レイカッツを再び牢に閉じ込めてしまえ!」


 救出されたロベルト様は立場が逆転したとばかりにベルセイ副所長達に命令を下す。


「……」


 けれどベルセイ副所長はその命令に対し何故か無反応で……ううん、ベルセイ副所長だけじゃなく他の男達も。


「おい、何をしている!? 早くレイカッツ達を……お、お前達、何を!?」


 って、それどころかロベルト様に剣を突きつけてるんですけどー!?


「ふ、ふふふふふっ、全く以って愚かなお方だ」


「な、何のつもりだベルセイ!? 剣を仕舞わせろ!」


 ロベルト様が怒鳴りつけるも、ベルセイ副所長達はその言葉が聞こえていないかのように無視をして私達に視線を移す。


「さぁ、ロベルト様の命が惜しければ武器を手放して貰おうか」


「我々を相手に人質を取るつもりか? レイカッツ殿ならともかく、ロベルト殿では人質の価値は薄いぞ」


 しかしメイテナお義姉様はベルセイ副所長の脅しを切って捨てる。


「君達もロベルト様の身に何かあっては困るだろう? 何なら手足の一本や二本奪った方が良いかね?」


「それはアンタ等のロストポーションを使えばいいんじゃないのかい?」


「ふっ、ロストポーション? ふはははははっ!!」


 イザックさんが軽口で返すと、ベルセイ副所長は愉快そうに笑い始めた。


「何を笑う? 完成したのだろう?」


 メイテナお義姉様が問い詰める様に尋ねる。

でも先ほどの私達の予想を裏付ける様にベルセイ副所長はニヤニヤとした笑みをこちらに返してきた。


「ああロストポーション、そうだな。そう言う事になっていたな」


「ベルセイ、まさかお前本当に……!?」


「おや、お気づきになられましたか? ええ、そうですとも、ロストポーションなど完成しておりませんよ!」


 信じたくないと言いたげな表情で尋ねたロベルト様に対し、ベルセイ副所長は悪びれることなくロストポーションは完成してないと答える。


「何!? どういう事だ!? 私を騙したのか!?」


「ええ、その通りですよ。あの時は貴方の護衛の騎士達を言いくるめる為にそう言ったに過ぎません。本当は完成などしておりませんよ」


「で、では本当に私がどうなってもよかったと言うのか?」


 真っ青な顔になってロベルト様が悲鳴をあげる。

それはそうだ。あの時護衛の騎士達が攻撃していたら、ロベルト様は本当に死んでいたかもしれないんだから。


「その通りですロベルト様。我々は貴方がどうなろうと知った事ではありません」


「なっ!?」


 あっさり肯定されてしまって、ロベルト様が言葉に詰まる。


「お、お前達はロストポーションを完成させたくて私に援助を仰いだのだろう!? なのに何故!?」


「ふむ、そうですねぇ。良い機会ですし、そろそろ本当の事を教えて差し上げましょう。ロベルト様、我々はもう貴方に利用価値を感じてはいないのですよ」


 ベルセイ副所長はロベルト様に剣を突きつけたまま言葉を続ける。

 

「確かに貴方様に接触したのはロストポーションの研究予算を引き出す為でした。ええ、それは本当です。でもね、一つ大きな嘘があったんですよ、それはね、貴方の前で使って見せたロストポーションの試作品です。あれはね、試作品などではなく、我々が所有していた本物のロストポーションだったのですよ」


「はっ?」


 ロストポーション研究の援助費用を求めてやって来た筈なのに、実験で使ったのが本物だと言われて首を傾げるロベルト様。


「……成程、内部の時間が停止する希少な魔法の袋か」


 ベルセイ副所長の言葉にすぐに反応したのはメイテナお義姉様だった。


「ご名答。我々が所有する貴重な一本を使ったのですよ。まぁ、今回使ったのは劣化しかけで使いどころに困っていた微妙な品だったのですけれどね。とはいえ、そんな品でもロストポーション、見事にロベルト様を騙すことに成功しました」


 そうか、前に聞いた中に入れた品の時間が停止する超貴重な魔法の袋!

 今は失われた薬や物凄く貴重な薬をそれに入れて隠してる貴族も居るって言ってたもんね。

 そのロストポーションは袋に入れる前からもう劣化してた品だったって事なのか。


「お前達の目的は何だ? ロストポーションの研究は偽りだったのか?」


「いえ、それも目的の一つですよ。我々が研究していたロストポーションは、その過程で有毒な廃液が生まれてしまいましてね、周辺の土地や水源を汚してしまい研究どころではなくなってしまったのです。しかしここまで続けた研究を途中でやめるにはあまりに惜しい。そこで……」


「それでどれだけ土地が汚染されても構わない他国の土地を狙ったと言う事か!」


 最後まで言わずとも分かると、メイテナお義姉様が柳眉を逆立てる。


「貴様、他国の間者だな!」


「その通りです!」


「かんじゃ?」


 聞き覚えの無い言葉に私は首をひねる。


「他の国から送られてきた密偵、秘密の情報とかを探る人の事だよ」


ああ、スパイの事か! ありがとうマーツさん!


「どこの国の者だ!」


「それを教えると思いますか? ああ、ご安心ください。ここまで騒ぎが大きくなってしまった以上我々は本国に戻りますよ。ロベルト様には人質以上の価値は無くなっていまいましたからね」


「な、何だと!?」


「いやぁ残念ですロベルト様、貴方様がもう少し肝の太いお方だったなら、公爵様の追及を躱して研究を続けさせてくれたでしょうに。もしくは、わざわざこんな所に乗り込んできて彼女達の人質にされるような失態を演じなければ、我々が公爵様を再度暗殺して貴方に公爵を継がせて差し上げたのですがねぇ」


「父上に毒を盛ったのはレイカッツではなかったのか!?」


 ベルセイ副所長の公爵様をもう一度暗殺するという言葉にロベルト様が目を丸くする。


「はははっ、まさか本気で弟君がやったと言った私の部下の言葉を信じていたのですか!? これはお笑い草だ。貴方様は本当に弟君に劣等感を募らせていたのですね!」


「っ!?」


 ベルセイ副所長の言葉にロベルト様が顔を羞恥に歪ませて赤くする。


「さて、それでは嵐が来る前に私達はお暇させてもらうとしましょうか」


「逃げられると思っているのか!?」


「思っていますとも。何せこちらにはロベルト様の身柄があるのですからね」


「おっと、その前に手土産を頂かないとね」


 そこでロベルト様を連れて下がろうとしたベルセイ副所長が足を止めてこちらに視線を戻す。


「手土産?」


 ベルセイ副所長は私達に向けた視線を動かし、その眼差しを私の位置で止めた。


「貴女ですよ。クシャク侯爵家の養女様」


「え? 私?」


 まさかの私!? 何で!?


「公爵家に廃液の解毒剤を販売された貴女の事は調べさせてもらいましたよ。なんでも、とある高ランク冒険者の重傷を治療する事に一役買ったとか」


「っ!?」


 うっそ、そんな事まで調べたの!?


「ロストポーションの廃液の解毒、そしてロストポーションでなければ成しえない重傷者の治療……どちらもロストポーションが関係しているのは不思議ですねぇ」


 不思議と言いながら、ベルセイ副所長は確信を持っているかのような物言いをする。


「貴女が作ったのか、それとも貴女が取引している何者かがそうなのかは分かりませんが……なに、貴女を手に入れれば我々もいつまでも完成のめどが立たない研究を続ける必要も無くなる。カコ=マヤマ=クシャク嬢、我が国の為に役立ってもらいましょうか」


 その言葉と共に一歩近づく男達。

「そう簡単に渡すと思っているのか?」


 それに対し、私を守る様に立ちふさがるメイテナお義姉様達。


「おや、ロベルト様の身柄はよろしいので?」


「よそのバカ息子よりも自分の義妹の方が大事に決まっているだろう?」


「メイテナお義姉様……!」


 うう、家族の優しさがありがたいよぉ!


「カコ、下がっていろ」


「は、はい」


 私はマーツさんとパルフィさんに挟まれるように後ろに下がる。


「やれ! あの娘以外は殺しても構わん!」


「させるかよ!」


 襲ってきた敵をイザックさんが迎え撃つ。

 同時に背後からもキンキンという音が聞こえて、振り向けば、そこには外で待ち構えていた敵と戦うニャットとロアンさんの姿があった。


「カコ、いざとなったらニャーはおニャーだけ連れて逃げるのニャ」


「ニャット、この状況で皆を見捨てて自分だけ逃げれないよ!」


 ニャットの非情な言葉に私は反論する。


「おニャーがいニャけりゃ、コイツ等は自力で逃げられるのニャ。このニャかじゃおニャーが一番弱い事忘れるニャよ」


「うぐっ」

 そうでした。私はポンコツ商人で、イザックさん達は超一流の冒険者。

 私を守りながら戦うのはそりゃとんでもないハンデだよね……


「ふふっ、こちらにはロベルト様の身柄があるのです。時間をかければ公爵家の騎士達も貴女方の敵にまわりますよ。素直にカコ嬢の身柄を渡せば、貴女達は見逃してあげてもよろしいのですよ?」


 本気で見逃すとは思えない降伏勧告を投げかけてくるベルセイ副所長。

 うう、とはいえ時間が経てば不利になるのは向こうの言う通り。

 でもこっちには逆転の切り札は何もない。

 さっき魔力を使い過ぎた所為でまだ底なし沼の魔剣は使えそうにないし、何よりここはまだ室内。剣の力を発揮する為に外に出ようとすれば、待ち構えている敵に捕まっちゃう。

 ほ、他に何か使える物は……ポーションは今使っても意味がないし、空飛ぶ靴は天上にぶつかるだけ。回収した毒薬も飲ませる方法が無いし、解毒剤は使っちゃだめ。

 うニャー! 何にも手が無いよぉー!

 この状況で合成をしても都合よく良い物が出来るとは思えないし、下手したら私のスキルに目を付けられてもっと狙われる事になる予感しかしない。

 くぉー! こんな事ならもっと戦いの役にたつスキルを貰っておけばよかったぁー!

 壁を消した所為で余計沢山の敵に囲まれちゃったし……


「……いや待てよ?」


 ふと私は自分の消した壁を見つめる。

 そしてぐるりと周囲を見回す。


「……いけるかな?」


 私は思いついたアイデアが上手くいくか考える。


「カコちゃん、何か思いついたんですか?」


 私がキョロキョロと周囲を見回している事に気付いたパルフィさんがそっと囁いてくる。


「えっと、うまくいったら皆をびっくりさせて逃げる事が出来るかもしれません。ただ失敗したら皆を巻き込んで大変な事に……」



「どんな作戦ですか?」


「えっと、戦ってるメイテナお義姉様達に伝えようとすると相手に作戦がバレちゃいますから、逆に利用される危険も……」


「それは僕が何とかするよ。精霊に頼んで仲間にだけ作戦を伝える」


 おお、流石マーツさんの精霊魔法。頼りになる!

 なら私も!


「えっとですね……」


 私の提案した作戦にマーツさん達は驚きの表情を浮かべたものの、すぐに頷いて皆に作戦を伝える。


「よし、いつでもいいよカコちゃん」


「はい」


 よーし、やってやるぞー!

 私はそっとすぐ傍の壁まで移動すると、手にした小石と壁に触れて小声で呟いた。


「……この小石と壁を合成」


 瞬間、まばゆい光が周囲を照らす。


「な、なんだこの光は!?」


「今です!」


「ナイスだカコ!」


「くっ、その程度の目くらましで!」


 残念、今のはひっかけです。

本命は目くらましじゃないんだよ!

それを証明する様に、すぐにギシギシと建物が音を立て始めた。


「な、なんだ!?」


 突然建物が大きな音を立て始めてベルセイ副所長達が困惑の声を上げる。

 それだけじゃない。建物はギシギシと軋む音と共に震動も生み始めた。

 それもその筈、ここに逃げ込んだ私は入って来た壁と逃げる為の二つの壁を消していたのである。

そこに三つ目の壁を消せばどうなるか?

 そう、建物が崩れます。

 今は他の部屋の壁のお陰でギリギリ耐えているけれど、それもいつまでも持たないだろう。

 じゃあさらに追加で壁を消したらどうなる?


「小石に壁を合成」


 私がボソリと呟くと、指先だけ触れていた隣の部屋の壁がまた一枚消えた。

 そして、皆の居る部屋の天井が崩れ始めた。

 すぐさま皆が外に向かって逃げ出し始める。


「巻き込まれたくなかったらお前達も逃げな!」


 突っ込んで来た私達を捕まえようと、敵が反射的に前に出て来たけれど、イザックさんの言葉に我に返って蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始める。

 よし、これなら逃げれる……って振動が酷くて上手く走れない!


「ひぇっ!?」


更に天井から落ちて来た壁の一部が私の真上に落ちてきて……


「カコ!」


「ぐぇっ!?」


すかさずニャットが私を咥えて外へと飛び出す。

 助かったー! でも首が締まる!?


「よし、すぐに脱出だ!」


 崩落した建物の土煙に紛れ、私達は無事逃げ出したのだった。

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