第73話 煮ても焼いても食べれないワケ

「この魚、料理に使えないよ」


「ニャ、ニャニィィィィィィィ!?」


 ニャットに頼まれて市場で買った魚を合成した私は、それが食用に使えない魚だった事をニャットに告げた。


「ど、どういう事ニャ!? コイツは食える魚の筈ニャ!」


「うん、確かにこの魚は食べれる種類だよ。でもコレは食べれない」


 そう、魚の種類としては食用に分類される魚なんだよね。

 でも駄目なんだ。


「何があったのですかカコお嬢様?」


 ニャットの叫び声に驚いたティーアが一体何事かと使用人部屋から戻ってくる。


「この魚がね、汚染されてたんだよ」


「汚染ですか?」


 そう、この魚は人魚の郷を襲った廃液によって汚染されていたんだ。


『汚染されたサーベン・サーモン:ロストポーションの廃液に汚染された魚。本来なら美味な魚だが、食べると体に毒素が溜まり体調を崩す』


 こんな風にね。


「人魚達が船を攻撃してきた理由は二人にも説明したよね。その人魚達が被害を受けた廃液でこの魚達も汚染されてたんだ」


「この魚が、ですか? 私にはよく分かりませんが」


 あ、うん、だって鑑定の結果で判明したからね。

 とはいえそれを言う訳にもいかないのでどうしよう……


「えーっと……そう、人魚の郷で見たんだよ。だからなんとなく分かるようになったんだ」


 ちょっと強引だけど汚染された魚を始めて見るティーアは特に疑問にも思わず納得してくれたみたいだった。


「それで、汚染されているとどうなるのですか?」


「人魚達の話だとどんどん具合が悪くなるみたい。症状が進むと色んな体調不良を起こすらしいよ」


「それは……恐ろしいですね」


 そうなんだよね。特に人魚達の場合は海水に溶けた排水を直接取り込んだからあんなに苦しんでいたんだと思う。


「じゃあ本当にこの魚は食べられないのニャァ~!?」


 ニャットがこの世の終わりの様な声で尻尾を落とす。

 楽しみにしてたんだろうなぁ。でも駄目なんだよニャット。

鑑定先生がハッキリこの魚には毒素が溜まってるから具合が悪くなるって言ってる以上、食べたら碌なことにならないだろうからね。


「うん、食べない方が良いね」


「そんニャァ~」


 この魚に関してはそれでいいとして、問題はもう一つある。


「……ニャット、ティーア、念のためこれを飲んでおいて」


 私は魔法の鞄から解毒ポーションを取り出して二人に渡す。


「お嬢様、これは?」


「解毒ポーション。人魚達の治療に使った奴だから効果はあるよ」


 うん、この町に来てから食べた魚の中に汚染された魚があったかもしれないからね。

 念のため解毒しておいた方がいいでしょ。


「ありがとうございます」


「分かったニャァ……」


 二人は受け取ったポーションを疑うことなく口に……


「あっ!」


 しまった! ポーションの味の事を教えてなかった!


「二人共、そのポーションはすっごく苦……」


「え?」


 私の剣幕にティーアの動きが止まる。けれど魚を食べれなかったショックで落ち込んでいたニャットはすぐには反応できなかった。その結果。


「苦ぁっ!?」


「ぶわぁっ!?」


 あまりの苦さに吹きだしたポーションが私の顔面に直撃した。


「おあぁぁぁぁぁ!?」


 うぎゃあああああああ! 染みるううううううう!


「カコお嬢様っっ!?」


 ◆


「……酷い目に遭った」


 何度も顔を洗って漸く目が開けれるようになったよ。


「それにしても確かにこれは苦いですね。普通のポーションよりも苦いですね」


「でもまぁ効果はちゃんとあるから、うわやっぱ苦っ」


念のため私も飲んだけど、やっぱ苦いわコレ。

すぐにティーアが用意してくれた砂糖マシマシのお茶を飲んで口直しをする。


「今までは気にしてなかったけど、南都に居る間は海産物を食べる際は気を付けた方が良いね」


「そうですね」


「なんて事だニャァ~」


 市場に新鮮な魚が売っているにも関わらず食べる事が出来ないと言われ、ニャットがこの世の終わりの様な悲鳴をあげる。


「これは公爵家に伝えておいた方がいいよねぇ。町の人達が何も知らずに食べてるって事は、当然公爵家も口にしてる可能性が高いだろうし」


 既に無自覚に被害を受けている町の人達も居るだろうから、事件が解決するまでは海産物を口にしないようにと警告しておいた方が良いだろう。


「そうですね。交渉役の方が到着したらその件も伝えて貰いましょう」


「交渉役?」


 何それ?


「今回は公爵家の不手際で侯爵家の令嬢が危険な目に遭いました。相手が王家の血を引く公爵家といえど、いえ公爵家だからこそ正式に謝罪をし、そしてこちらも謝罪を受ける必要があるのです」


こちらが下級貴族ならともかく、侯爵家は高位貴族だから公爵家側も気を遣わないといけないのだとか。

 そして公爵家もここまでやらかした以上、はっきりと詫びをしないと王族に連なる者の品位を問われてしまうとの事だった。


「でもその件の謝罪は私が受けたから良いんじゃないの?」


「いえ、被害者本人への謝罪と貴族家への謝罪は別と言う事です。正式に家同士が和解する事で他の貴族にこれは偶発的な事故であり、お互いにわだかまりがないと示す必要があるのです」


「そうしておかニャいとバカな連中が首を突っ込んで引っ掻き回そうとするからニャァ」


 ヘコんでいるのに律儀にも補足説明をしてくれるニャット。

 

「成る程。そういう事だったんだね」


 貴族社会って面倒だなぁ。

「ですので汚染された魚の件は交渉役の方にお任せしましょう。速達の魔法鳥便で送りましたので、すぐに来てくださいますよ」


「うん、分かった。それまでは予定通り商品の仕入れだね」


「はい、それで問題ないかと」


 ふむふむ、そうなると結局やる事は変わらないね。


「はぁ~、好きにすると良いのニャァ~」


 ただそんな中、ニャットだけはお魚を食べる事が出来なかったショックに打ちひしがれていた。

 さっきからニャーの語尾に力が無い。


 うーん、これは困った。

一応ニャットは私の護衛な訳だし、立ち直って貰わないと外に出れないよ。

 何かニャットが元気を出す良い手は無いものか……あっ、そうだ!


「えっとさ、ほら、そう! まだ全部の魚が駄目だと決まった訳じゃないと思うよ!」


「どういう意味だニャァ?」


 魚と聞いてニャットの耳がピクリと反応する。


「もしかしたら汚染された魚は一部だけで、他の魚は大丈夫かもしれないでしょ?」


「……詳しく」


 尻尾が揺れ、両耳がピンと立つ。


「市場で売ってる魚を色々探してみて、汚染されてない魚を買えばいいんじゃないかな?」


 そう、私が鑑定したのは一種類の魚だけだ。

 それに合成に使った魚全てが汚染されていたのかも分からない。


「……よし、行くのニャ」


 そう言うと、ニャットはすっくと立ちあがる。

 よし、元気が戻ったね!


「急いで汚染されてない魚を探すのニャ! 他の連中に買われる前に買い占めるのニャー!」


 次の瞬間、気が付けば私はニャットの背中に乗せられていた。

そして風の様な速さで部屋を飛び出すニャット。


「ひやぁぁぁぁっ!?」


「お待ちをカコお嬢様、ニャット様ぁぁぁぁぁ!!」


 後ろから聞こえてくるティーアの声が凄い勢いで小さくなってゆく。


「急ぐのニャー!」


 そのまま宿を抜け出し、市場までまっしぐら……と思われたその時だった。

 疾走する私達の背後から何かが飛び越してきたのだ。


「ニャッ!?」


 その瞬間ニャットは急制動をかけるとそれに勢いよく噛みついた。


「なぁーっ!?」


 あわや吹き飛ばされるかと思った私の体をニャットの尻尾が掴む。

 た、助かったー!!


 けど今のは何? 何でニャットは止まったの?


「ニャニャッ!」


 見ればニャットは何か茶色い物を夢中で齧っている。


「それは……」


「港で買っておいた魚の干物です。何でも削るとスープの出汁に使えるのだとか」


「あっ、鰹節!!」


 追いついてきたティーアの言葉に私は納得する。

 成程、鰹節ならニャットが急に止まったのも納得だよ。

 友達の家の猫も鰹節をまぶしたネコマンマが好きだったからなぁ。

 キャットフードよりもこっちを食べたがるから塩分調整が大変だってぼやいてたっけ。


 ティーアはそれをニャットの足止めの為に使ったらしい。


「でも何で鰹節なんて持ってたの?」


「カコお嬢様が扱う商品になるかもしれないと思いまして」


 なんと、私の為に用意してくれたらしい。ありがたい事だよ。


「さて、それでは一度お部屋に戻りましょうかニャット様」


「ニャ!?」


 ガシッとニャットの頭を引っ掴むと、引きずって部屋へと戻ってゆくティーア。


「申し訳ございませんカコお嬢様。今日はニャット様に護衛としての心構えを改めて教える必要が出来てしまいましたので、外出は午後からにしたいのですが」


「あ、はい。私もまだ調べたい事があったから丁度いいかなーって、はい」


「それはようございました。さぁ、行きますよニャット様」


「ニャ、ニャアァァァァァァァァ!!」


 そうしてニャットはティーアと共に使用人部屋へと姿を消したのだった。

 ティーア、ニャットの巨体を片手で引きずってたな……


「うん、忘れよう」


 世の中、忘れた方が良い事ってあるよね。

 私は扉の向こうから聞こえるニャットの悲鳴をBGMに、仕入れた商品の合成チェックに勤しむのだった。


「……たぁすけてだニャァァァ……」


 聞こえない聞こえなーい。

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