第72話 お魚求める白猫
「はー、普通のご飯美味しい~」
公爵家との食事会を終えた翌朝、私は南都の海産物料理を堪能していた。
ちなみに今日は部屋に料理を運んでもらっているのでニャットやティーアも一緒にご飯を食べている。
「美味いのニャー。やはり魚は新鮮なものに限るのニャ。干物も美味いけどこの新鮮さは海辺の町でしか食べられないのニャ」
「そうですね。鮮度ばかりは調理法ではどうしようもありません」
「魔法で何とか出来ないの?」
「精々が氷魔法で冷やして運ぶくらいでしょうか。それでも長距離の輸送はやはり危険かと。あとは完全保存機能の付いた魔法の袋ですね」
「完全保存機能?」
魔法で冷やす方法は以前も聞いたけど、完全保存機能ってのは聞いたことが無いぞ?
「魔法の袋は容量こそ多くなりますが中に入れた物は普通に時間が経つと腐ったりします。ですが完全保存機能の付いた魔法の袋に入れた物は腐らないのですよ」
「それって中の時間が止まってるの!?」
マジか!? ゲームのアイテムボックスみたいに買った品が腐らないの!?
「時間ですか? それは考えた事がありませんでしたね。単に腐らない魔法がかかっているのかと思っておりました」
むむむ、良いなそれ。どういう理屈か分からないけど、中の時間が経過しないのなら食材がずっと新鮮なままだよ! それにロストポーションみたいな使用期限の短いポーションも作り置きできる。めっちゃ欲しい!
「ちなみに完全保存機能の付いた魔法の袋は普通の魔法の袋の千倍の値段だニャ」
「……せんばいっ!?」
えええええええええっ!? ちょっと高すぎない!?
三倍どころじゃないよそれ!?
「完全保存機能の付いた魔法の袋はとても貴重なんです。それこそ壊れかけのものですら」
「いざと言う時の為に取っておいた貴重なポーションを保存する為に確保されるのニャ。いつ壊れるか分からなくても、入れっぱなしにしておいて大事に保管しておけばまず壊れる心配は無いからニャ」
ああ、確かに。
そう考えるとその完全保存機能の付いた魔法の袋でロストポーションとかを所持している貴族は居そうだね。
しかし壊れる寸前のものですら貴重って事は、私の得意技である合成スキルで布地を補強して新品同様にリペアするのも出来そうにないなぁ。
「残念」
いつか手に入れる機会があったらいいなぁ。
「ねぇ、それってウチにもあるの?」
ウチというのは勿論侯爵家という意味だ。
「どうでしょう。わたくし共には分かりかねます」
「完全保存機能の付いた魔法の袋は中に貴重品が入っていると言ってるようなものだからニャ。それこそ当主と一部の人間しか知らないと思うニャ」
「そっかー」
言われてみればめっちゃ貴重品なんだしそうなるよね。
◆
「今日はどうしようか」
食事を終えた私はマッタリしつつも今日の予定を考える。
公爵家との食事会も終わったから、急いでしなくちゃいけない事は無いんだよね。
東部で売る為の商品の調査があるけど、人魚の里から戻ってきたばかりだし、今日くらいはのんびりしたい。
筋肉とポーション馬……マニアさんに挟まれて精神的に疲れたしねぇ。
「だったらカコに頼みたい事があるのニャ」
「私に頼みたい事?」
珍しく提案してきたのはニャットだった。
ニャットはお茶を煎れにティーアがまだ戻ってきていない事を確認してから私の耳元でささやく。
あっ、フワフワの長い毛私の耳に当たって気持ちいい。
「南都の魚を色々買いたいのニャ」
「それは別に今日でなくてもいいんじゃない? 最終日に買えばギリギリ東都に持って帰れると思うよ」
「そうじゃないニャ。買った魚をカコに合成して欲しいのニャ」
「魚を?」
何で、と聞こうとした私だったけど、すぐにニャットの意図を理解した。
スキルで同じ魚を合成すれば品質が上がる。
そしてそれを繰りかえせば品質は最高品質になる。つまり……
「最高品質になった魚を食べたいんだね」
「ニャッ!!」
ニャットは過去最高に満面の笑みで親指を立てる。食欲って強いなぁ。
「勿論カコに料理して欲しいニャ! それがニャーの報酬だからニャ!」
「んー、私の料理で良いなら別に良いよ」
「よろしく頼むにゃ!」
という事は魚だけでなく調味料もチェックした方が良いね。
この世界の調味料は塩や胡椒以外はよく分かんないし、味噌や醤油があるとは思えないからね。
そうなると和風の味付けが出来ないからレパートリーが減るんだよね。
いやマジで料理を作ろうと思うと、日本人にとって味噌と醤油ってメチャクチャ重要なんだよ。
どんだけ味噌と醤油を使って料理を作ってたんだ私達……
まぁその代わりに異世界ならではの面白い調味料が見つかるかもしれない。
それに運が良ければ味噌や醤油に近い調味料が見つかる可能性だってある。
だって異世界なんだし。
「よし、それじゃあ今日は魚と調味料を探そう!」
「ニャニャッ!!」
◆
「やぁカコ嬢」
宿を出ると、まさかのレイカッツ様の姿があった。
「え? レイカッツ様?」
というか何でレイカッツ様がこんな所に居るの?
「お仕事ですか?」
偶然通りがかっただけかなと思ったんだけど、レイカッツ様は首を横に振る。
「いや、君に会いに来たんだ」
「私に?」
何か忘れている用事でもあったっけとティーアの方を見るが、ティーアは何も知らないと首を横に振る。
「もしかしてまた何かあったんですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだ。今回の件では君に迷惑をかけたからね。父上からお詫びとしてこの町を案内して差し上げろと命じられたのさ」
「あ、案内ですか?」
予想外の提案に私は困惑する。
「おっと、迷惑だったかな?」
「い、いえそんな事は……!!」
「ははは、遠慮しなくてもいいさ。私だって同じことされたら面倒だと思うからね」
思うんかい。
「まぁ私が案内するのは観光客向けの大通りではなく、地元の住人が使う狭い商店街さ。カコ嬢も観光客と貴族相手の気取った店よりも商売に使えそうな平民向けの店の方が良いだろう?」
「それは、そうですね。けどレイカッツ様そういうお店を知ってらっしゃるんですか?」
その気遣いはありがたいけど、仮にも公爵家の令息がそんなお店知ってるの?
「任せてくれたまえ。良く勉強を抜け出して町を遊び歩いていたからね!」
おっととんだ遊び人だよこの人。
確かによく見ると今日のレイカッツ様は昨日の貴族然とした衣装ではなく、ちょっと仕立ての良い平民服姿だった。
成程、これがレイカッツ様のお忍びスタイルという訳か。
うーむ、これは断るのも失礼かぁ。向こうの善意だからね。
だけど地元民が使うお店を紹介してくれるというのはありがたい。
ここは素直に厚意を受ける事にしよう。
「分かりました。それではよろしくお願いいたします」
「よし、それじゃあ付いてきたまえ!」
東部の人達が興味を持つようなものがあると良いなぁ。
◆
「地元の者達が暮らす通りは馬車で向かうには少々狭いのでね、徒歩で移動する。疲れたら私が背負うからいつでも言ってくれ」
「い、いえ。お気持ちだけで」
子供じゃないんだからおんぶなんてできるかーっ!
「その時はニャーが運ぶにゃ」
と内心で憤っていたらニャットの男前フォローが入った。ニャットさん素敵ーっ!!
私達はレイカッツ様に案内されて町を進んで行く。
宿のあった大通りから細い路地へ入って少し進むと、小さな商店街へと出る。
「おやレイカッツ様じゃないですか」
「あー、レイカッツ様だー」
「レイカッツ様、良い品入ってますよー」
商店街の住人達はレイカッツ様の姿を見た途端彼に声をかけてきた。
へぇ、意外に慕われてるんだなぁレイカッツ様。
「すまないね、今日はお客様を連れているんだ。店に寄るのは今度にさせてもらうよ」
「あらま可愛いお嬢様。今度はどこのご令嬢を攫ってきたんですか?」
「人聞きが悪いな。町の案内をしているだけだよ」
「「「「はははははっ」」」」
おおぅ、下手したら不敬罪で捕まってもおかしくない台詞じゃないか今の?
それを許すレイカッツ様の懐が広いと言えるけど、こんなセリフがさらりと出てくる当たり、レイカッツ様はそれだけ町に馴染んでいるとも言えるね。
というか今度は何処のって言われたって事は、結構頻繁に女の子をデートに誘ってるんだろうか?
昔から遊び歩いているって言うだけあるなぁ。
「さて、それじゃあどの店から回る?」
「えっと……」
「魚屋だニャ!!」
「魚屋で」
「魚屋? 魚屋ならあそこだな」
私達はレイカッツ様に手招きされて近くにあったお店に案内される。
「へいらっしゃい! ってレイカッツ様じゃねぇですか。ウチになんの御用で?」
お店の奥からやって来たちょっと顔色の悪い店主さんがレイカッツ様の姿に驚く。
普通は公爵家の息子さんが魚屋にやって来るとは思わないもんね。
「こちらのお嬢さんが魚をご所望でね」
「こりゃまた可愛らしいお嬢さんだ。何を買ってかれるんで?」
「えっと……」
「店にある魚を全種類買うのニャ!」
「全種類!?」
いきなりかっ飛ばしてますねニャットさん!?
「あと買うのは10匹ずつだニャ!」
「全部10匹ずつですかい!?」
ブルジョア金持ちの右から左までここにある品全部! みたいなセリフを言われて目を丸くする魚屋の店主さん。
うん、私も同じこと言われたら驚くよ。
「ええと……全部で金貨12枚と……ええい面倒だ! 金貨11枚で良いぜ!」
「釣りはいらねぇニャ!」
「ひーふーみー、おうピッタリだな! まいどあり!!」
ピッタリなら釣りでないじゃん。
「魚はどこに運ぶんで?」
「あっ、魔法の袋があるので持って帰ります」
「マジですかい。そりゃ羨ましいこって」
そう言うとお店の店主は買った魚を大きな葉っぱに包んでくれる。
へぇ、ここだとこうやって魚を梱包するんだね。自然の物を利用するあたり、エコってヤツだなぁ。
私は受け取った魚を魔法の袋に入れながら感心する。
「他に行きたいところはあるかい?」
「ええと、あとは調味料を探したいです。南部特有のものや外国の調味料などあると嬉しいですね」
「分かった。それなら向うの店がいいだろう」
また少し移動して私達は調味料を売っているお店にたどり着く。
流石レイカッツ様が紹介してくれただけあって、このお店は海外の調味料が沢山売っていた。
正直名前だけだとどんな味か分かんないので、さっきのニャットじゃないけど知らない物は全種類買う事にしたらお店の人が凄く驚いていた。
おかげでこっちのお店でもちょっと割引してくれたのは嬉しかったね。
ふふふ、これだけ調味料があれば色々作れるぞー!
できれば地球の調味料と味が似ていると良いなぁ。
「買うモンも買ったし、魚が傷む前に急いで宿に戻るのニャ!」
「これだけで良いのかい? 他に行きたいところがあれば案内するが?」
「お気遣いありがとうございます。今日は品ぞろえの確認に来たのでこれだけで大丈夫です。東都で人気の出そうな調味料を調べてみたいですし」
あとはあれだ、商店街の場所が分かったから次からは自分達だけでゆっくりと見たい。
「そうか、また行きたい店があったら呼んでくれ。中には悪質な店もあるからね」
そう言ってレイカッツ様は私達を宿までエスコートしてくれると、あっさりと帰って行った。
てっきり解毒ポーションの事や人魚の里の事で色々聞かれたり交渉されたりすると思ったんだけど、本当に町の案内をするためだけに来てくれたんだなぁ。
◆
「さっそく合成タイムだニャ!」
ティーアが使用人室にお茶を煎れに向かうと、興奮したニャットが合成大会の開催を求めてきた。
っていうかそれ私のセリフだし。
「はいはい、ちょっと待ってね」
私は魔法の袋から大きな葉っぱに包まれた魚を取りだして机の上に置く。
ニャットも待ちきれないようだし、ティーアが戻ってくる前にさっさとやっちゃいますか。
「この魚を一括合成! アンド鑑定!!」
葉っぱの上に置かれた魚達がピカッと光ると、一匹を残して全てが消え去る。
そして残された魚を私が鑑定すると……
「出来たニャ!? それならさっそく料理す……」
「あっ、ダメだコレ」
「ニャ?」
鑑定で表示されたある内容を確認した私は、ニャットに非情な真実を告げる。
「この魚、料理に使えないよ」
「……ニャ、ニャニィィぃィィィィィッッ!?」
ニャットの信じられないという驚愕の叫びが、宿中に響き渡ったのだった。
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