第71話 公爵一家との食事会
公爵家にやってきたら筋肉に出迎えられました。
「あー、そのだね。ウチは貴族だけど軍人でもあるんだ。だから実質引退状態の父上でも体を鍛えるのが習慣になっているんだよ」
流石に家族が筋肉だと認識されるのは不味いと思ったのか、レイカッツ様がフォロー? とばかりに説明をしてくれた。
あー成る程、運動部の部員が部活を引退した後もトレーニングを続けるようなものなのかな?
「まぁ私は単純に体を鍛えるのが好きなだけだがね!」
「……父上」
うん、単に筋トレが好きなだけっぽい。
「ええと……改めましてバルドック様。カコ=マヤマ=クシャクです」
「うむ。この度は我々の不手際で君に怖い思いをさせてすまなかったね」
「いえ、私は気にしていませんから大丈夫ですよ」
よかった、筋肉だけど感性は普通の人っぽい。
でも流石に最高位の貴族に頭を下げられるのは居心地が悪いにも程がある。
幸いバルドック様は貴族と言うより筋肉なので多少は居心地の悪さが……いや別の意味で居心地が悪いけど。
「だが、侯爵家の令嬢を危険に晒したのは事実だ。この不手際の詫びはさせて頂きたい」
「二人共、立ち話もなんです。続きは食事をしながらといきませんか?」
尚もバルドック様の謝罪が続きそうになったところで、レイカッツ様が仲裁に入ってくれた。
「おおそうだな。そうしよう。食事を運んでくれ」
「かしこまりました」
バルドック様が命令すると、周囲で待機していたメイドさん達が動き出し、傍にいたメイドさんが私を席に案内してくれる。
「当家は他の貴族と違って堅苦しい作法など必要ない。気楽に楽しんでくれたまえ」
そう言ってバルドック様は豪快に食前酒を飲み干す。
ちなみに私に出されたのは南部名物らしい果物の果実水だった。
味はマンゴーっぽいかな? かなり濃い味らしいので、少し水で薄めて飲みやすくしてあるんだとか。
うん、美味しいね。水で薄めているとは思えないくらい味が濃いよ。
続いて海草サラダ、貝のスープと港町特有の海産物尽くしの料理が出てくる。
「どうだね、我が南都の料理は?」
「はい、とても美味しいです!」
うん、お世辞抜きで本当に美味しかった。
スープの貝は肉厚で大きいし、その次に出て来たソテーもお魚がプリプリとしていて凄く新鮮。
噛めばジュワリと魚の油が染み出てきて口の中が旨味で溢れるから、ご飯を食べているのに口の中によだれが溜まっちゃうよ。
「はははっ、喜んでもらえて嬉しいよ」
私も一応料理をしているから分かるけど、この美味しさは食材の新鮮さだけじゃないね。
料理人の技術があるからこそこの美味しさが出来るんだと思うよ。
流石公爵家お抱えの料理人だ。
なので料理を食べるたびに服がはちきれそうになるバルドック様の筋肉から目を逸らす。
それほどまでに美味しい料理なんだと思おう。いや筋肉が弾ける料理ってなんだ?
……あー、ニャットに教えたら自分も食べたいって言うだろうね。
うん、良いなぁ。このレシピ覚えたいなぁ。
あっ、そうだ。今回の件のお詫びとしてレシピを教えて貰えないかな?
◆
「では話に戻ろうか」
結局話し合いは食事が終わってからになってしまった。
うん、私もついつい美味しいご飯に夢中になってしまったから、後回しにしてくれたのは正直ありがたかった。
「人魚達の話に出て来た建物だが、これは恐らく当家が管理するポーションの研究所だろう」
「ポーションの研究所ですか?」
へぇ、そんなものがあったんだ。
「うむ。当家は海軍を有している事から普通の貴族よりも戦いが多くてね。陸と違って手ごわい海の魔物、それに海賊が暴れる時もある。そうした理由から、常にポーションを備蓄できるよう、量産と研究を兼ねた施設を有しているのだよ」
つまり個人で病院や製薬会社を持ってるって感じなのか。
ほえー、公爵家の権力と財力凄いなぁ。
「ただ解せないこともあってね。研究所は先代の時代に建築したものなんだが、今更人魚達が文句を言ってくる理由が分からないのだよ」
「え? 新しい薬の研究を始めたとかじゃないんですか?」
「いや、そんな話は聞いていないな。新薬の開発をするのなら当主である私に報告をするだろうからね」
「じゃあ誰かが勝手に新しい薬の研究を始めたと言う事ですか?」
「恐らくはね」
正直に言えば、私は人魚達が苦しんだ毒液の正体がロストポーションの失敗作である事を知っている。
だけど馬鹿正直にそれを言ってしまったら、何で知ってるんだとバルドック様に疑われてしまうだろう。
もしかしたらこの会話自体バルドック様がとぼけている可能性も否定できないからね。
しかも今は護衛のニャット達も居ない。あくまで公爵様と侯爵令嬢の食事会という体だからね。
ここは慎重に情報を引き出さないと……
「よし、責任者に直接聞くことにしよう。おい、ロベルトを呼んでくれ」
と思ったらバルドック様の方があっさり動いた。
「ロベルト……さんですか?」
「ああ、自慢の息子だ。王都でポーションの研究をしていてね。先ごろ王都から戻って来たので研究所を任せているんだ」
ほえー、エリートって奴なのかな?
「本当はロベルトも食事に呼んでいたんだがね、研究が忙しいと断られてしまったんだよ」
「兄上は研究の虫ですからね」
どうやらロベルトさんはお仕事に夢中になるワーカホリックタイプっぽいね。
「私が言うのもなんだが頭の良い息子だよ」
「父上、それでは私の頭が悪いみたいじゃないですか」
バルドック様の息子自慢にレイカッツ様が拗ねたような口調になる。
「ははは、その通りだろう? お前は俺に似てあっちこっち遊び歩いている放蕩息子だからな」
「ええ、生憎と父上に似てしまいました。兄上は母上に似て良かったですね」
うーん、これは仲良しなのかな?
そんな風に二人がじゃれている姿を眺めていると、食堂のドアが開いて一人の男の人が入って来た。
「父上、何の御用でしょうか?」
やって来たのはちょっと神経質そうなクール系イケメンだった。
驚いたのはバルドック様の息子とは思えない程スラッとしたスタイルだった事だ。
本当に血がつながっているんだろうか? レイカッツ様がロベルト様はお母さん似と言っていたから、お母さんの遺伝子頑張ったんだなぁ。
「お前に聞きたい事があってな。まぁ座れ」
バルドック様に手招きされ、ロベルト様が椅子に座る。
「お前、研究所で新しい薬の研究を始めたそうだな」
「……っ」
バルドック様がいきなりドストレートな質問をぶちかまし、ロベルト様が困惑、いや気まずそうな表情になる。
「そちらのご令嬢は我が領地に遊びに来たクシャク侯爵令嬢なのだが、当家の不手際で海に投げ出されたところを人魚達に救われたそうだ」
うわー、凄いざっくりとした説明だ。
「それは大変な目に遭われましたね。クシャク侯爵令嬢、私はロベルト=エルト=バルヴィンと申します」
「初めましてロベルト様。カコ=マヤマ=クシャクと申します」
ロベルト様に挨拶を返すと、バルドック様が言葉を続ける。
「カコ嬢を救出してくれた人魚達からな、お前に任せている研究所から有害な廃液が垂れ流されて困っていると苦情が入った。人魚達にも被害が出ているらしく、このままだと人魚と全面戦争になる。研究所はお前の仕切りだが、心当たりはあるか?」
「っ!?」
バルドック様がそう言った瞬間、ゾワリと背筋が寒くなる。
何コレ!? 急に部屋の温度が下がり始めたんだけど!?
「父上、カコ嬢が怯えています」
レイカッツ様が慌てて声を上げた瞬間、フッと部屋の温度が元に戻った。
「おお、これは済まない。つい息子の粗相に腹を立ててしまった」
「い、いえ。お気になさらず」
え、今のバルドック様がやったの!? もしかして殺気ってやつ!?
こえー! 公爵様マジこえー! この人後ろでふんぞり返って部下に命令する立場なんじゃないの!? 明らかにド前線で戦うガチの戦士みたいな迫力だったよ!!
「それで、どうなのだロベルト?」
殺気全開で威嚇をしたバルドック様の詰問に対し、驚いたことにロベルト様は顔色一つ変えず平然としていた。マジかー。
公爵家凄いなぁ。ロベルト様、見た目は全然戦士っぽくないけど、やっぱこの人も公爵家の一員って訳か。
「正直言って心当たりはありません」
ロベルト様がそう答えた瞬間、再び部屋の温度が下がった。
今度はさっきよりはまだマシ、と思える辺りバルドック様が手加減してくれているんだろうか?
「ロベルト、確かお前は王都の研究所でロストポーションの研究をしていたらしいな」
「え!? ロストポーション!?」
「父上、それは……!?」
私に聞かれては困る事だったのか、ロベルト様が私の方を見る。
けれどバルドック様は何食わぬ顔でこう言った。
「多少情報に聡い貴族なら王都で行われていた研究の事は皆知っておる。そして研究は中止された。そうだな?」
「……はい。どれだけ経ってもロストポーションどころか代替品すら完成しなかった事でやはりロストポーションの再現は不可能。これ以上の研究は無意味と判断されて、私が所属していたロストポーション関連の部署は解散となりました」
成程、そんな事になってたんだね。
ああ、それでロベルトさんは王都から戻ってきたわけか。
働いていた会社が無くなっちゃった状態だったんだね。
そういえば ロストポーションは未だに再現できてないってイザックさん達も言ってたっけ。
というか、冒険者のイザックさん達でも知ってるって事は、研究の内容ってそこら中に筒抜けだったんじゃない?
大丈夫? 王都の研究機関? 機密意識とかちゃんとある?
「まぁお前には次期領主としての修行を積んでほしかったからな、私としても研究が廃止されたのは都合が良かったのは事実だ」
「我が身の未熟を恥じ入るばかりです。ですが研究はあと少しというところまで来ていたんです。あと少し予算と猶予があれば……」
「それで当主である私に無断で研究を続けていた訳か。本当の事を言ったら許可が貰えないと考えて強行したと」
「い、いえ。そんな事は……」
「ロベルト、研究するなとは言わん。だが人魚達と全面戦争する程の価値はない。すぐに止めろ。海を汚した件も何とかしろ。研究を続けたいなら全てを解決してからだ。でなければお前を研究所の所長の座から外す」
「……承知しました」
おお……一時はどうなる事かと思ったけど、これで無事解決って事でいいのかな?
研究所から廃液を捨てるのを止めればこれ以上の被害は無くなるし、あとは海に流れた廃液を浄化すれば問題は解決かな?
でも海に流れた廃液を浄化するってどうやるんだろう? 水を浄化する魔法や魔道具とかあるのかな?
「即刻研究を中断し廃液の流出を防ぎます。また、具合を悪くした人魚達にも医者を派遣して治療に当たらせます」
「あっ、そっちは大丈夫です」
「は? 大丈夫とは?」
「人魚達は私の持っていた解毒剤を使って治療したので、全員元気になりました」
人魚達の方は私が治したからね。言っておかないと無駄足になっちゃう。
「……は? 解毒……剤?」
「はい。解毒剤です」
「……ほ、本当なのですか!? 本当に人魚達を治療したのですか!?」
「え、ええ」
「そ、それはどんな薬なのですか!? 調合には何を使ったのですか!?」
お、おおお!? 何かめっちゃ食いついてきたんですけど!?
何? そんなに薬が大好きなのこの人!? 薬マニアさん!?
「落ち着いてください兄上。カコ嬢が驚いています」
「これが驚かずには居られるか! 彼女が治療したのはロス……っ!? あ、いや何でもない」
そこでロベルト様は冷静さを取り戻したのか、慌てて私に謝罪してくる。
「申し訳ありません。未知の薬と聞いて少々取り乱しました。是非ともその薬についてお話をお聞かせ頂きたいのですが」
謝りつつも薬の話を聞かせろと言うあたりいっそ清々しいなこの人。
筋トレマンの父親に薬馬鹿の息子……レイカッツ様は強く生きて……と思ったけどこの人も魔剣マニアくさいんだよなぁ。
公爵家、面倒そうな人しか居ないのでは?
しかし困った。私はスキルで合成しただけなんで調合についてとか全然わからんぞ。
まぁここは適当に誤魔化しておくか。
「ええと、薬は私が以前仕入れたものなので、作り方などは分かりません」
「では作った者を紹介しては戴けませんか?」
うーんへこたれない。
「その前に、海を汚した件をなんとかしてください。命の恩人である彼等の苦難を放ってはおけません」
「……承知しました! 研究所の業務を全て止め、近海の浄化を行います! ですのでそれが終わったら薬について……」
「ロベルト、そこまでにせんか」
なおも食いついてきたロベルト様をバルドック様が抑えると、食事会はお開きとなった。
帰り際、南都名物なんかをお土産にもらいつつ、馬車に乗り込んだ私はクッションが敷かれた背もたれに体を沈めると大きなため息を吐く。
「変な人達で疲れた……」
あの一家、違う意味で大丈夫かなぁ?
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