第70話 訪問、バルヴィン公爵家

 南都へと戻ってきた翌日、私はバルヴィン公爵の屋敷へと向かう馬車に乗っていた。

 というのもティーアが海に落ちた私の捜索依頼を出す為に、クシャク侯爵家の名前を出す必要があったからだ。


 といってもこっちがお礼を言いに行くと言うよりは、向こうの管理不行き届きが原因なのでお詫びの食事会にご招待という形なんだけど。

 うん、お詫びとか別に良いから呼び出さないで欲しかったな…… 

 はぁ、さっさと用事を終えて帰ろう。


 公爵家が用意したやたらと豪華でやたらと乗り心地の良い馬車に揺られる事しばし、もう見て分かるくらいデカイ屋敷が視界に入って来た。

 うん、塀がね、デカいんだ。それはもう絶対侵入者を忍び込ませないぜって言わんばかりのデカい壁がさ。


 そして馬車の御者さんが門番さんに話しかけると、大きな門が開く。

 うーん、この門、以前寄ったトラントの町の門と同じ、いやそれ以上の大きさがあるよ。

 屋敷なのに町の門より大きいとかどうなってんの?

 そして門が開いて中に進むと、これまたトンネルの様な長さで通路が続く。

 

「どんだけ分厚いんだこの屋敷の壁……」


「貴族の屋敷は有事の際には領民が逃げ込む砦になりますから。それだけ防衛を重視しているのでしょう」


「へぇ、そうなんだ」


 ティーアの説明に思わず感心してしまう。

 そっか、この世界の貴族は領民を守る事まで考えて家を建てるんだ。


「まぁそんな事欠片も考えずに豪華さばかりを重視する貴族も多いけどニャ」


 と思ったらそうでもない貴族も多いみたいだね。

 そして屋敷の敷地を進むことしばし……って、なんで屋敷の中に入ったのに街中と同じくらい馬車が走る訳?

 そんな疑問を抱いていたら、不意に馬車が止まる。

 ふぅ、やっと着いたのか。

 そして外からドアが開けられると、出迎えの声が聞こえてきた。


「バルヴィン家にようこそ、クシャク侯爵令嬢様」


 なんだか聞き覚えがあるような気がしつつも私はドアの前に立つ。

 するとそこには見覚えのある人の姿があった。


「え? レイカッツ様?」


 そう、そこに居たのは、以前私の魔剣を買いに来たレイカッツ様だった。


「ははは、クシャク侯爵家のご令嬢がいらっしゃるのですから、せめて私がお出迎えいたしませんとね」


 と、レイカッツ様は少しだけおどけた様子で私に手を差し出す。

 うわぁ、めっちゃ貴族って感じの優雅さだよ。

 おどけてるのに高貴な感じがするのなんなの? 王子様なの? 公爵子息様だよ!

 うごご、これが生まれながらの貴族と言うヤツなのか……

 世の乙女達よ、これをリアルにやられたら胸キュンどころか胸ヒュンぞ。トキメキどころか住む世界の違いにガクブルでございますわ。

 

「カコお嬢様、お手を」


 ティーアに小声で指摘され、内心で戦慄しながらも私はレイカッツ様の手を取って馬車を降りる。


「さぁ行きましょう」


 レイカッツ様にエスコートされながら、私は屋敷の中へと入ってゆく。

 屋敷の入り口の前でメイド達が整列しているが、そこは侯爵家でも見た事があるので見ないふりをしてスルー。


「現実を直視するニャ」


 護衛として馬車に並走して付いてきたニャットが私の意識を現実へと引き戻そうとする。

 ははは、聞こえませんなぁ。


「「「「「ようこそいらっしゃいましたクシャク侯爵令嬢様」」」」」


 はい聞こえませんよー。

 私は返事の代わりににこやかな笑みを返す。

 大丈夫、大丈夫だ。ちゃんと笑顔が出来ている筈。

 お義母様からも「貴族相手に何かあったら無難に微笑んでおけば大丈夫よ」と言われたからこれで問題ない筈!


「それにしても今回は災難でしたね」


 私がハイソな現実から目を逸らしていると、レイカッツ様がそんな事を言ってきた。

 人魚達に襲われた事は公爵家の管理ミスだから、侯爵家の人間として謝罪してくるのはまぁ当然か。


「いえ、無事に助かったので気にしていませんよ」


 とはいえ、ここでお前等のせいで死にかけたわー! って怒ったらそっちの方が問題なのでここは大人の対応。

 その代わり、公爵家に貸しを作って精々良い条件で商売をさせて貰おうかねぇ。クックックッ……あ、いや最上位貴族と商売とか色々ストレスたまりそうなんでやっぱ良いです。

 ご飯食べたらはいさよならの方が良いです。


「本当ならば応接室でゆっくり話をしてから食事と行きたいところなのですが、人魚の件があるのでそれは食事をしながらとさせて頂きたいのです」


「え? いいんですか?」


 最高位貴族とは思えないお行儀の悪いお誘いにこちらの方が面食らってしまう。


「ええ、ウチは公爵家ではありますが、その前に海軍を持つ軍務貴族ですからね。状況によっては貴族としての体裁よりも効率を優先するのですよ。それに……その方がカコ嬢も気楽でしょう?」


 ウインクと共にニヤリと笑みを浮かべるレイカッツ様。

 ああ、これは私が元平民って事を調べられてるんだな。

 まぁ公爵家だもんね。スパイとか密偵とかそういうお仕事の人達も凄腕なんだろう。

 とはいえ、確かに私にとってもその方がありがたいよ。


「確かに私としてもありがたいですね」


「ありがとうございます。そうそう、食事は期待しておいてください。我が領地で取れた新鮮な海の幸を最高の料理人達が調理したのですからね」


 おお、それは期待大だよ!

 いったいどんな御馳走に出会えるのかと、私は胸を弾ませながら食堂へと向かうのだった。


「よぉうこそ!! 我がバルヴィン公爵家へ!! クシャク侯爵令嬢!!」


 そして胸のボタンが弾けそうな程に胸が弾んでいる、やたらと濃いイケメンに出迎えられた。

 うん、お父さんの本棚にあった、戦国傾奇男漫画に出てくるイケメンキャラみたいな感じだ。


「私の名はバルドック=エルト=バルヴィン。南都海軍の提督であり、ついでにバルヴィン公爵家の当主もやっている」


「海軍の提督!?」


 提督って言えば……ええとなんだっけ? なんか偉い人だった気がするんだけど……?


「提督は海軍の元帥や大将といった艦隊全体を指揮する人物の事だよ。他国だと多少意味が変わったりするけどね」


 こっそりレイカッツ様が説明をしてくれて助かった。

 成程、この人は海軍の凄く偉い人なんだね。

 あと何だっけ、ついでに公爵家の当主をしてるって言ってたっけ。

 公爵家の当主って事は公爵家の当主で……あれ? 公爵家の当主?

 それってつまり公爵家で一番偉い人って事だよね。

 つまりレイカッツ様のお父さ……おとうさん!?


「ふぁっ!? この筋肉がレイカッツ様のお父さんっ!?」


「そう! これが、南都の誇る、筋肉だっっっっ!!」


 バルドックと名乗ったレイカッツ様のお父さんがむんっ! と筋肉を誇示するポーズを取る。

 あれか!? ボディをビルドする人なのか!?


 なんという事でしょう。公爵家に挨拶にやってきたら筋肉に出迎えられたではないですか。

 っていうかなんなのこの人ぉーっ!?

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