第69話 迎えと交渉
「カコお嬢様!!」
「ティーア!!」
人魚達に送られて迎えの船に乗り込んだ私は、出迎えてくれたティーアに抱き締められる。
「よくぞご無事で!」
「人魚達に助けて貰ったんだよ」
ここで私は人魚達に助けられた事を説明しておく。
もしかしたら私が人魚達に攫われたと勘違いしてるかもしれないからね。
「そうですか。人魚達には後でお礼を言っておかないといけませんね」
幸いティーアはあっさり私の説明に納得してくれた。
「それよりもお迎えに上がるのが遅れて申し訳ございません」
「そんな事ないよ。それよりも子供一人を捜索するのによく船を出して貰えたね」
うん、地球だったら人が海で行方不明になったら大騒ぎになって捜索船が出されただろうけど、ここは魔物が当たり前のようにいる異世界だからね。
とっくに魔物に食い殺されてるだろうって言われて、捜索を拒否される可能性もあったと思うんだよね。
「それはこの女が上手いことやったのニャ」
「ニャット!」
そこにやって来たのは真っ白な毛並みの巨大猫ならぬネッコ族のニャットだ。
「ニャットー!」
ダイブ気味にニャットに抱き着くと、ボフッという音と共にフワフワの毛に包まれる。
ふわー、久しぶりのモフモフだよ!
「おニャーを置き去りにした船の連中の後ろめたさを巧みに刺激しつつ、捜索を後回しにしようとした衛兵達をうニャいこと脅して船を出させたのニャ」
「脅す!?」
え? 衛兵を脅すとかなにやっちゃってんのティーア!?
「ご安心を。あくまで平和的に幼いカコお嬢様を見捨てて逃げ出したことへの罪悪感とそれが知れ渡ったことでおこる社会的立場の変化と町の人々からの評価がどうなるかを冷静に計算してお伝えしながら救助を要請しただけです」
ティーアはニッコリと微笑みながらとんでもない事を言う。
うん、間違いなく脅迫だよそれ。
「まぁしょうがニャいと言えばしょうがニャかったニャ。船の連中は他の客を守らニャいといけニャかったし、衛兵も小娘一人よりも、この町にやって来る貿易船の安全を確保する方が重要だったのニャ。ちょいとばかし強引ニャ手を使わニャきゃ捜索の船は出せニャかったのニャ」
あー、そう言われるとまぁ分からなくも無いかな。
魔物の多いこの世界だと人の命って安そうだし。それなら上の人達は町全体の利益を優先するかぁ。
「まぁそういった事情を差し置いてもこの女は上手く立ち回ったのニャ。流石は侯爵家のメイドニャ」
ニャットがこれだけ絶賛するんだから、ティーアも相当凄い立ち回りをしたっぽい。
私なんかの為に凄く頑張ってくれたんだね。本当にありがたいよ。
「そっちも大変だったんだね。ありがとうティーア」
「勿体ないお言葉です」
「それはそれとしてさっき幼いって言わなかったかねティーアさん?」
「気のせいでは?」
しれっと誤魔化した!?
「まぁ人魚達から危険な匂いがしニャかったのと、おニャーが人魚達に保護されてるところを確認していたからニャーは心配してニャかったけどニャ」
こっちは逆にリラックスし過ぎなのでは? 仮にも護衛対象ぞ私?
怒りを込めてズゴゴゴゴッと猫吸いをキメる私。
「おぼぼぼぼぼっ、止めるニャ~っ」
くはははははっ! 思い知ったかニャット!!
「ニャット様をお許しくださいカコお嬢様。ニャット様がカコお嬢様の生存を確認してくださったお陰で、私も全力で捜索要請に力を注げたのですから」
とティーアが、私の身に危険はないとニャットが保証してくれたから安心して交渉に専念できたんだとニャットを擁護する。
「まぁそう言う事なら」
まぁ私もネコ吸いをして気が晴れたし、そういう事なら許してあげよう。
「ニャフ、ニャフゥ、酷い目に遭ったニャァ。実際ニャーが教えなかったら小船で人魚達の海域に行きかねない勢いだったからニャァ……」
息も絶え絶えなニャットを放置して船を見回すと、船長さんと思しき人が船の縁から海面に居るであろう人魚達と話をしていた。
「……ではそれが原因で貴方達は攻撃してきたのか?」
どうやら人魚達と今回の事件の原因について話し合っているみたいだ。
「そうだ。これは警告だ。あの毒液を海に流すのを止めなければ、我々は人族の船を全て破壊する事も躊躇わない」
「そ、それは困る! 外から来る異国の船もあるんだぞ!?」
「それを我々が確認する方法は無い。ならばこの辺りを通る船は全て海を汚す者として沈めた方が早い」
なかなか過激な事を言っているなぁ。
でも人魚の郷で数日を過ごした私は、彼等がそんな酷い事をしないと分かっていた。
文字通りアレは脅しなんだろう。
さっさとあの毒液をなんとかしろと。
でも私達人族が毒液を垂れ流す施設を放置したら、脅しは脅しじゃなくなるんだろうな。
だって人魚達にとっては文字通り死活問題なんだもん。
「わ、わかった。すぐに上に報告する」
「人族の賢明な判断を期待する」
人魚達がそう告げるとバシャンという大きな音と共に小さな水柱があがり、会話が途切れた。
どうやら人魚達は島に帰って行ったみたいだね。
「た、大変なことになったぞ……」
そして残された船長とその部下達は真っ青な顔で立ち尽くしていた。
「なんか物凄くショックを受けてるねぇ」
「そりゃそうだニャ。相手は海の中を自由自在に動ける人魚なのニャ。連中が本気になれば魔法で船を転覆させるのはたやすいのニャ。それどころか海の底から姿を見せずに船の底から穴を開け放題ニャし、ニャンなら夜中に港で停泊中の船を破壊する事だって出来るのニャ。しかも真正面から戦っても海で戦う限り人魚達が圧倒的に有利ニャ。ニャにせあいつ等は海の中に逃げれば攻撃を受けニャいんだからニャ」
「うわぁ」
完全に人魚の独壇場じゃん。
この世界、予想以上に人魚の海戦能力高いんだね。
「それだけではありません。南都、いえこの国にやってくる船を全て沈め続ければ、周辺国から船がこなくなるでしょう。また運よく生き残った船の乗組員に人魚達が事情を説明すれば、自国の船は我が国と人魚達のゴタゴタに巻き込まれたとして賠償を請求してくる筈です」
「つまり、人魚達は海を行く船全てを人質にしてるのニャ」
おおう、人魚達と洞窟で暮らしてたからあんまり文化的なイメージが湧かなかったんだけど、めっちゃ政治的な方法でこっちを脅してきてるじゃん!
なんというかアンバランスな種族だなぁ。もしかして私達が知らないだけで実は海底に大都市とか作ってたりしない?
「まぁそれは南都の人間の考える事だニャ」
「そうですね。この地を治める公爵家の問題です。我々が頭を悩ませる必要はございません」
そしてこっちも意外とシビアだ。
よその貴族の問題には頭を突っ込む必要はないってか。
「ただ、この件に関してはカコお嬢様に少々骨を折っていただく必要が出てしまいました」
と、ティーアが申し訳なさそうな顔で私に頭を下げる。
「え? 公爵家の問題なんじゃないの?」
「それが、カコお嬢様救出の船を出す許可をもらう為に侯爵家の名前を出さざるを得なかったのです。その為一度公爵家にご挨拶に向かう必要が出来てしまいました。具体的には先方からの食事の誘いを受ける必要がありまして……」
「うわぁ……」
正直言って、そっちの方が人魚達の問題より面倒だと感じてしまうなぁ。
貴族とお食事かぁ。行きたくないなぁ。
でもティーアが私を助ける為にやってくれた事だし、行かないわけにはいかないか。
「うん分かった。そのお誘い受けるよ。でも服とかどうするの? この格好は不味いよね?」
何せ今回はただのカコ=マヤマとしてやって来たのでドレスなんてもってきて……
「ご安心を。こんなこともあろうかと、ちゃんとドレスは用意してあります!!」
心配ご無用とばかりにティーアが胸を張る。
「さっそく宿に戻ったら最高のドレスを用意いたしましょう!」
「……うん、お手柔らかにね」
……どんなこともあろうと用意しておいたんですかね、ティーアさん。
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