第63話 人魚と果実

 さて、状況を確認しよう。

 私は海に落ちて襲って来た筈の人魚に救われた。

 これに関しては、人魚達も人間達への警告が目的だったので、今すぐ命の危機はない事は不幸中の幸いだ。

 ただニャットもティーアも居ないので有事の際に守ってくれる人はいない事は困りどころかな。


「あとはこれを持っていた事は運が良かったかな」


 漁師さん達と海の魔物の素材の売買交渉をしていたお陰で、魔法の袋を持っていた事は助かったよ。

 これのお陰で何かあった時に合成が出来るからね。

 あとは売り物として用意した魔剣と海の魔物素材の武具もあるから、いざとなれば戦う事も……


『カコはじっとしてるニャ!』


『カコお嬢様はわたくしの陰に!!』


 ……うん、戦うのは最後の手段だよね。決して戦力外扱いされた事に思うところがある訳じゃないぞう。


 あとはあれだ……そう、昨日買った果物がまだ残ってた!

 食べてよし、合成して良しのナイスアイテムだ!

 うん、喉も乾いた気がするし、果物で喉を潤すとしよう。

 この果物も何時まで保つか分からないしね。

 私は魔法の袋から果物を取り出すと、同じく取り出したナイフで果物をカットする。


 今回食べるのは宿のデザートで出たものとは違う果物だ。

 大きさはリンゴ大で硬い皮に覆われていた。

 切るの大変かなと思ったんだけど、皮の厚み自体はそれほどでもなかったのは幸いだ。

 中身を見てみると、リンゴやカキとは違い、やや弾力を感じる。

 どちらかと言うとライチっぽい感じかな?


「いっただっきまーす! はむっ!」


 果物を口の中に放り込むと、予想通りライチの様な感触が口の中に広がった。

 おお、それに物凄くジューシー!

 噛むと中からジュースみたいに果汁が溢れてくるよ!

 地球のライチよりも大きいし水気もたっぷりだよ!

 でも味の濃さは地球のライチに負けてない! 寧ろ水気が増えている分こっちの方が美味しいかも!


「これはいいね! 水分補給にもピッタリだよ!」


 この巨大ライチなら東部でも人気が出そうだよ!

 ふぃー、美味しい物を食べると落ち着くよね。

 水分補給も出来たし、これからどうするかなぁ。

 人魚さん達の話だと迎えが来るまではこの島で待機する事になりそうだし。


「ねぇねぇ、何食べてるの?」


 と、考え事をしていたら何やら子供の声が聞こえてきた。

 見ればさっきは見かけなかった人魚の子供達が傍に来ていた。


「これの事?」


「うん!」


 子供達の視線はライチもどきに完璧にロックオンされている。


「食べる?」


「「「うん!」」」


 間髪入れずに元気の良い返事が返ってきた。

 よかろう、ならばくれてやる!

 私はライチもどきをカットすると子供達に手渡す。


「ありがとう!」


 ふふふっ、ええんやで。お姉ちゃんは心が広いのだ。

 さっそく子供達は貰ったライチもどきをパクつく。


「プルプルしてて美味しい!」


「すっごく甘いよ!」


 子供達はライチもどきに大喜びだ。


「こんなの初めて食べたよ!」


「え? そうなの? でもこれって南部の特産品って聞いたけど?」


「トクサンヒン? よく分かんないけど初めて食べたよ!」


 ふむ、これはあれかな。このライチもどきはこの島に生えていないか、南部でも人魚達がやってこない内陸寄りの場所に生えているかのどちらかかな?

 まぁ喜んでもらえたのなら何よりだ。


「僕ラッツ! よろしくね!」


「俺はトルク! 美味かったぜ!」


「えっと、私ティナ。果物ありがとう」


 果物を貰った事で警戒心が薄れたのか、子供達がにこやかな笑顔で自己紹介をしてきた。


「私は間山香呼、カコで良いよ」


「よし、それじゃあ遊ぼうぜカコ!!」


 自己紹介が終わるとさっそくトルクと名乗った少年が私を遊びに誘ってくる。


「えっと、何するの?」


 人魚の子供達の遊びってどんな事するんだろう?


「そりゃ追いかけっこだろ!」


 追いかけっこ? 人魚の子供が? 走れるの?


「待った待った。それはダメだ」


 と、さっきの人魚さんがトルクに待ったをかけた。


「なんだよロアンのおっさん」


「俺はまだオッサンなんて言われる年じゃない。ああいや、人族の子供に追いかけっこは無理だ」


「え? そんな事ありませんよ。追いかけっこくらい普通にできますって」


 しかしロアンと呼ばれた人魚は首を横に振ってこう言った。


「人魚の追いかけっこは水中を泳ぎまわって相手を捕まえるものだ。人族の子供には難しいだろう?」


「あー、そういう事ですか」


 成程、言われてみれば私は追いかけっこを人間の感覚で考えていた。

 でも、人魚の感覚で追いかけっこと言われれば、そりゃあ水中の話になるよね。

 現に人魚達は皆水の中にいるんだから。


「ごめんね、私は君達みたいに速く泳げないから無理なんだ」


「えー、ならハンデやるからさぁ」


「その辺にしておけトルク。人族は我々と違って水の中で息が出来ないんだ」


「マジかよ!? それじゃあ人族って魔物に襲われたらどうすんだよ?」


 トルクが心底ビックリしたとばかりに信じられないモノを見る目で私を見つめる。

 まぁ水の中で暮らしている彼等からすれば、水の中で自由に行動できないというのはいつ死んでもおかしくないと思われても仕方がないけどね。


「でも私達は陸の上なら自由に動けるから、こうやって陸に上がればちゃんと逃げれるよ」


「成る程、人族の尾が二つあるのは陸の上を動きやすいからなんだね!」


 私の説明にラッツが納得がいったと手をポンと叩く。

 そっかー、人間の足は人魚には尾扱いかぁー。


「じゃあ何して遊ぶ?」


「そうだなぁ」


 人族の私と人魚のトルク達が一緒に遊べる方法かぁ。

 となると体を動かす系よりはテーブルゲームの類があった方が良いかもね。

 でも、そういうのは持ってきてないんだよなぁ。

 トランプとかオセロとか用意しておけばよかったね。そういえば異世界にもそう言うゲームあるのかな?


「あのね……これ」


 と、男の子達が私も混ざれる遊びが無いか考えていると、ティアが何かを見せてきた。


「これ、私のとっておきの宝物。果物のお礼に見せてあげる」


 ティアが見せてくれたのはまるで真珠のように輝く小さな巻貝だった。


「うわっ、凄い! 何コレ綺麗!」


「えへへ、ストリームコンクの貝殻だよ」


 私の反応にティアが嬉しそうに笑う。うわこの子笑うとめっちゃ可愛いな! さすが人魚!!


「ストリームコンクかぁ、初めて見たけど凄く綺麗だね」


 いやホント凄いわ。このストリームコンクなら、このままでも装飾品に使えるレベルの美しさだよ。

 それにこの大きさなら下手な加工をせずにペンダントやイヤリング、それに髪飾りにも使えそう。

 うっひょー、これは商売の匂いですよ!


「ねぇ、このストリームコンクってたくさんいるの?」


「ううん、ストリームコンクはたまにしか見当たらないし、見つけても大人だからとっても危ないの」


 けれどティアはプルプルと首を横に振って危険だと言ってくる。


「危ない? 巻貝が?」


「うん。襲ってくるから。凄く速いし見つかったら狭い所に逃げないと食べられちゃう」


 襲ってくるんかー。しかも人魚を食べるとかストリームコンク怖すぎでしょ!


「この間運よく稚貝が一匹だけ泳いでるのを見つけて捕まえたんだ。お母さん達も凄いって褒めてくれたよ」


 成程ねぇ、そんな危険な生き物だから大人達からしてもティアの手に入れたストリームコンクの稚貝は珍しい物なんだろう。

 欲深い人間にバレたら大変なことになりそうだなぁ。うん? 私の事だろって?

 いやいや、さすがに私も子供からだまし取ったりはしないよ。


「えっとねティア。それは人間には見せない方がいいよ」


「駄目……なの?」


「うん、綺麗過ぎて悪い人がやってくるから」


 ティアは私の言葉がよく分かっていないのか首をコテンと傾げる。うわっ、可愛い! ストリームコンクよりもこの子の方をお持ち帰りしたい! お巡りさん私です!


「……カコも悪い人?」


 おおっと、そう来たかぁ!


「う、ううん。私は悪い人じゃないけど、私が他の誰かに喋って悪い人にこの貝を見た事がバレたら、ティアから取り上げようとする人がいるかもしれないからね。あっ、勿論私は言わないよ!」


 さすがに子供が泣く姿なんて見たくないからね。


「……うん、分かった。他に人には見せないから、カコも内緒にしてね」


「うん、絶対言わないよ」


 ふぅー、これで無垢な人魚の少女が悪い人間に騙されずに済んだよ。

 ただでさえ人族とトラブってるのにこれ以上トラブルの種はごめんだからね!!


「なんだよ、お前貝が欲しかったのか?」


 と、私達の会話を聞きつけたトルク達が、何故か私が欲しがっていると勘違いしてきた。


「人族は水の中で自由に動けないから、浅瀬の貝でも獲るのは大変なんじゃないかな?」


「成る程な!」


 ラッツの推測にトルクが成程と頷く。この二人良いコンビしてるなぁ。


「良いぜ! だったら俺達が獲ってきてやるよ!」


「うん、普通の貝なら僕達でも獲れるしね」


「飛び切り美味いのを獲ってきてやるからさ、代わりにさっきの果物をくれよ!」


 ふむ、何やら果物と物々交換で貝獲りが始まりそうな予感。買取りだけに。


「いい……」


 よ、と言おうとしたその時だった。


「ゴホッゴホッ!!」


 突然ティアがせき込み始めたのである。


「ティア!?」


「ゴホゴホッ」


 ティアだけじゃない。トルクとラッツもだ。


「ティア!? トルクにラッツもどうしたの!?」


「ティア、しっかりおし!」


「はしゃぎ過ぎだよ」


「ほら、奥で横になるんだよ」


 子供達が突然苦しそうに咳をし始めたと思ったら、どこからか現れた母親らしき人魚達が皆を抱きかかえる。

 そして一瞬だけ私に複雑そうな視線を送るも、彼女達は何も言わずティア達を郷の奥へと連れて行ったのだった。


「皆……」


「すまんな」


 突然の事に呆然としていると、ロアンさんが何故か私に謝って来た。


「トルク達は人族の出した毒液の所為で具合を悪くしているんだ。だから相手が子供とはいえ、人族には思うところがあるんだ」


 ああ、成程。さっきの視線はつまりは人族である私に対する拒絶の感情だったのか。


「いえ、原因が私達人族ですから仕方のない事です。それにあの人達は私を責めたりしませんでしたから」


 そう、彼女達は拒絶の感情こそ見せたものの、敵意の感情は見せなかったし何より直接襲っても来なかった。

 人魚達は無関係な私に当たるのは筋違いだと己を律する事が出来る理性的な種族なんだ。


「そう言ってくれると助かる。それにしてもお前は本当に子供らしくないな。妙に大人っぽいし、人族の子供は皆そうなのか?」


「いえいえ、人族の子供も同じような物ですよ。というかそもそも……子供じゃないし!」


 そう! 私は! 子供じゃないのである!


「す、すまん……もしかして小人族の血が混ざっていたりするのか?」


「いえ、そう言う訳ではないです」


 寧ろそうだった方が諦めも付くんだけどね……いや、今の私は若返ってるだけだから! 成長したらボンキュッボンになるから! 前世の私の肉体とは違うのだよ!! ……多分。


 ともあれ、この状況で何もしないのも居心地が悪すぎる。

 打てる手は打っておかないとね。

 何しろこの状況、考えようによっては最大の商機だ。


「あの、具合を悪くされた方はどんな症状になるんですか?」


「ん? そんな事を聞いてどうするんだ?」


「私は商人なのでいくつか薬を持っているんです。それにこの島に生えている薬草を上手く調合できれば症状を軽くする薬が作れるかもしれません」


 人魚達が人族に隔意をもっている以上、救助の船がやってきたら二度と彼等と商売の取引ができないかもしれない。

 まだ正式に人魚と取引をしている訳じゃないけれど、ここで何もせずに取引の機会が減るのは勿体ないからね。


 だからここで上手い事子供達の症状を改善できれば、例えば子供達に好評だった果物と海産物の売買取引などが出来るだろう。

 そう、これは純然たる商取引なのだ。

 決して子供達が苦しむのを見るのが気分悪いからとかいう甘ったるい感傷などではないよ! ……ホントに違うからね?


「うむ、まぁ良いだろう。具合を悪くした者の症状だが、お前も見た通り咳をするようになる。また症状がひどくなると体全体が衰弱してくる。また体全体に痛みが出てくるらしい」


 おおう、予想外に症状が多いな。

 っつーか、マジでやばくないその毒液? もう人間にも具合を悪くしている人居るんじゃない?


「むむむ……そこまで沢山の症状が出ていると手持ちのポーションでは無理ですね」


 そもそも解毒剤となるとその毒に対応した薬が必要になるだろうからなぁ。


「そうか。まぁ気に病むな」


 初めから期待していなかったのか、ロアンさんが私を慰めてくれる。

 むぐぐ、これはいかん。


「あの、その毒液を採取する事は出来ませんか?」


 そこで思ったのは毒液から解毒剤の材料を抽出できないかという考えだった。

 確か蛇の毒を解毒する時も毒を持つ蛇そのものから血清を作って接種する筈だし。

 だったらその毒液が最も解毒剤に近いんじゃないかな。


「悪いがそれは難しい。毒液は既に海に混ざっているからな。毒液そのものを採取するには毒液が濃く混ざった海域に行かないといけないから危険なんだ。迂闊に近づくと俺達も毒を受けて具合を悪くしてしまう」


 あー、そりゃそうだよね。

 海水に混ざった毒液ならと思っても、どのあたりまで毒液が海水に混ざっているか分からないから薬として使えそうな濃度まで混ざっている海水を接種するのも危険すぎる。

 となると……


「なら食糧を取りに行く際にその場の海水を採取したりは出来ますか? その海水を調査すれば毒液がどの程度混ざっているか分かりますし、毒の濃度が濃かったらその辺りでは狩りをしないようにと警告する事も出来ます」


「ふむ、我らが狩りに行った場所の水か。それなら構わんぞ」


「ありがとうございます。それと島に自生する薬草を探しに行きたいので外に出ても良いですか?」


「ああ良いぞ」


 あっさり許可が出てしまって逆に驚いてしまった。

 こういうのって普通里の場所を知られる訳にはいかんから外には出さない! ってなったりしない?


「えっと、随分簡単に許可が出ましたけど良かったんですか? 私が逃げたり、里の場所が人族にバレる危険とか……」


「ははっ、この島には船が無いから外から助けが来なければ出て行くことは出来ないぞ。それに俺達の里の場所は人族も知っている。こんな事になる前は多少なりとも交流があったからな」


「あー」


 成程、言われてみればその通りだ。

 今の私は実質的な軟禁状態って訳だ。

 そして里の場所を南都の人達も知ってるのなら、場所がバレる心配もないよね。

 ともあれ、許可が出たので私は郷の外に出て薬草採取から始める事にした。


「あっ、そうそう。この郷の周辺って魔物っていませんよね?」


「魔物か? 里の周辺や水辺は定期的に俺達が巡回しているから魔物も水辺には寄ってこないな。ただ水辺から離れた場所には何が居るか分からん。出歩くときは俺達に助けを求めやすい水辺に沿って動け。何かあったら助けを求めながら水辺や川の中に逃げ込むんだ。魔物も水の中は俺達の縄張りだと知っているからな」


「分かりました」


 よし、これでいざという時の逃げ場も確保できたよ!

 それじゃあティア達を治すための薬草採取開始だ!!


 っていうか、人魚って海水だけじゃなく、淡水でも大丈夫な種族なんだね。

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