第62話 目覚めの夢と人魚の郷

 そこは見覚えのある真っ白な空間だった。


 ――あ、死んだ……のかな?――


どうやら私はまたしても死んでしまったらしい。

それも死因は溺死でだ。


 ――はぁ……我ながら情けない――


せっかく女神様が私に転生というチャンスをくれたと言うのに。

こんなにあっさり出戻って、女神様にはなんて言えば良いのやら……


『大丈夫ですよ。貴女はまだ死んでいませんから』


 ――え?――


 白い空間の中に、聞き覚えのある優しい声が響く。


『間山香呼さん、あなたは生きています。いわゆる仮死状態と言うヤツですね』


――その声はまさか――


『はい、貴女の女神ですよ』


 その瞬間、かつて私が出会った女神様が姿を現した。


――女神様ーっ!? な、何で女神様が!?――


『貴方が死にかけた事で連絡がしやすくなったお陰です。私は貴女の夢を通じて話しかけているのです』


 まさか夢の中で女神様に再会できるなんて思っても居なかった。


『そういう訳なのでまだ貴方は死んでいません。その内目覚めます』


――は、はぁ……――


 と、とりあえずは安心して良いってことかな?


『と言う訳で貴女に業務連絡です』


――業務連絡!?――


 突然女神様の空気が変わってビックリする。


『アフターサービスとでも言いますか。間山香呼さん、貴女に与えた合成の加護ですが、貴方はまだそれを完全に使いこなせてはいません』


――ええっ!? そうなんですか!?――


 確かに未だ自分がスキルを完全に使いこなしていない事は薄々分かってはいた。

 けれどまさか女神様直々にそれを言われるなんて……


『はい。色々ゴッド事情がありまして、貴女の加護は段階的にその力が解放されるようになっているのです』


――ゴッド事情……?――


 何その不思議ワード?


『そこはスルーしてください』


――あっ、はい。えっと、じゃあ合成していたら突然新しい機能が追加されたりするのも?――


『ええ、それが理由です。貴女の加護は色々な使い方をする度にその力を発揮する様になっています。貴女の世界のゲーム的に言うとレベルキャップの解放やイベントフラグを立てるとかアップデートと言うやつです。ですのでガンガン加護を使ってください』


 めっちゃゲーム用語で説明された。


「貴女に分かりやすい説明の方が良いでしょう? ゴッデスアフターケアです」


 さっきからちょくちょく不思議なワードが出て来るなぁ。


――あの、それでどうやってスキルを解放すれば良いんですか? 条件が良く分からないんですけど――


 そうなのだ、これまでも突然新しい能力が解放されたけど、その際の条件がいまいちハッキリしないんだよね。


『加護の能力解放は複数の条件を達成する事で解放されます。新しい種類の素材を合成した時、沢山の数の素材を合成した時、別種の素材同士を合成した時、戦いを経験した時など様々です。そして貴女の心が成長した時も、ね』


――私の心が成長した時もですか?――


『ええ、魂の成長もまた大切な能力解放の条件です。今はまだ全ての解放条件が満たされていない能力も、貴女の成長の影響をちゃんと受けていますよ。次のレベルまでの残り経験値のように』


――成る程分かりました。色々試してスキルをパワーアップさせてみます!――


『ええ、その意気です。ニャットも一緒ですから、唯一の懸念であった戦闘の経験値も問題なく上がるでしょう』


――え? 女神様、ニャットの事を知ってるんですか?――


『ええ。だってあの子は私のペットの神獣ですから』


――え、ええー!? ニャットが女神様のペットぉー!?――


 マジで!? ニャットってば神獣だったの!?


『ええその通……いっけね』


――はい?――


『忘れるのです間山香呼さん。今の話は忘れるのです。そして別の質問にするのです』


――ちょっ!? 何で突然話をぶったぎったんです!? ニャットが女神様のペットってどういうこと何ですか!?――


『繰り返します、別の質問にするのです』


 駄目だ、何だかよくわからないけど、これ以上は頑として答えないぞという強い意志を感じる。


――じゃ、じゃあ別の質問をさせてもらいますね――


『ええ、どんと来なさい』


――何でナイスバディに転生させてくれなかったんですか?」


『そろそろ目覚めの時です。おはようございます。そして行ってらっしゃい』


――え? あの質問の答え!? ――


『残念時間切れです。決して肉体パラメータの設定が面倒になったからとか操作方法がよく分かんなくなったからだとかではありません。ありませんよ』


――ちょーっ!? それ答え! 思いっきり答えになってる!! ――


『では健やかな異世界ライフを。私はいつでも貴女を見守っていますよ』


――女神様!?―― 


 なおも女神様に説明を求めようとした私だったけれど、だんだんと女神様の声が遠ざかっていくと同時に女神様の姿がぼんやりと見えなくなってくる。

 これは、私が目覚めだしたから?


『……あと何か言い忘れてた事があった気がしたけれどなんだったかしら? まぁいっか。思い出せないって事は大したことじゃないのよね。さーて、説明も済ませたし一杯やって帰りますかー』


ちょ、ちょっとー! 今のすっごいヤバイフラグじゃないですかー!?

 絶対伝え忘れた事が原因でトラブルになる奴だよこれー!

 そして女神様またチャット(?)切り忘れてますよー!


 ◆


「ちゃんと説明してぇーっ!!」


「うぉっ!?」


 目が覚めるとそこに女神様の姿は無かった。


「……はっ!? 今のは夢……?」


 そういえば女神様は夢を使って話しかけてきたって言っていたっけ。

 ……もしかして本当に夢だった?

 うごご、アレは夢だったのか現実だったのかどっちなんだ……

 女神様も神様なんだからあれが夢じゃなかった証拠とか下さいよー!

 

 ともあれ目が覚めてしまった以上はアレが夢だったのか現実だったのかを調べる事は出来ない。

 なんか証拠になるような超重要発言もあった気がしたけど……

 私がナイスバディでない衝撃の理由とかの!


 いやそうじゃない。あれはきっと夢だ。そんな理由で私がナイスバディじゃなくなったなんてきっと悪い夢。

 ちょっと若返り過ぎただけで成長したらナイスバディになれる筈。信じてる女神様!!


「ところで、ここ……どこ?」


 ここでようやく冷静さを取り戻した私は、周囲が海でないことに気が付く。

 間違いなくここは地面の上だ。

 そして波の音に顔をあげれば、そこにはまるで地底湖のような光景が。


 何ここ、洞窟? 周りは薄暗く、上を見れば岩の天井だ。

 それでも完全に暗くないのは、天井の何箇所かに大きな穴が空いて光が差し込んでいるからだ。

 その光に照らされた海面が真っ青に煌めいていて、それどころではないんだけど、不覚にも凄く綺麗だと感動してしまった。


 ああ、外国の観光地にあるなんとかの……たしか蒼の洞窟だっけ?

そんな感じの光が入って来る海辺の洞窟みたいな感じなのかな?

 確か日本にも似たような海辺の洞窟があるんだよね。前にテレビでやってた。


 でも何で私はこんな所に居るんだろう?

 波に流されてここまでやってきたとか?


「……目が覚めたようだな」


「っ!?」


 突然知らない人の声が聞こえてビクリと体が震える。

 慌てて周囲を見回すと、海面の中から一人の男性が私を見ている事に気が付いた。

 うわぁ、上半身裸だぁ。あと割と良い筋肉してる。海の男って奴かな?

 

 あっ、もしかして彼は遊覧船の船員さん? 私を助ける為に海に飛び込んでくれたとか?


「あの、えっと……」


「心配しなくて良い。ここは我々の郷だ」


 そんな私の疑問を感じ取ったのか、彼はここを自分達の郷だと行った。


「郷……?」


 この洞窟が?


「そうだ。この洞窟は我々人魚族の郷だ」


 その言葉と同時に、パシャンという音が鳴った瞬間、彼の体が宙に舞い上がった。


「っ!?」


 その下半身は巨大な魚だった。


「に、人魚!?」


 そう、彼は人魚だったのだ。

 彼だけじゃない。よく見ると洞窟の奥には他にも人魚らしき人影が見える。

 ……ここに居るのが全員私達を襲った人魚!?

 私は全身が凍るような悪寒に包まれる。

 不味い、この状況で襲われたら絶対死ねる!!

 そう思ったのだけれど、何故か彼からは先ほど襲われた時のような殺気は感じなかった。


「理解できたようだな。お前は運悪く船から投げ出され、海に落ちたのだ」


「あっ」


 そこで私は自分が海に落ち、アイランドスコールによって海面に浮上できずに溺れてしまった事を思いだす。


「アイランドスコールの落下に巻き込まれてよく生きていたものだ」


 人魚の奇妙な言い回しに首を傾げつつも、私はそれ以上に気になった事を尋ねる。


「その、貴方が助けてくれたんですか?」


 私の質問に彼は小さく頷く。


「何で……助けてくれたんですか?」


 そう、彼等人魚は私達を襲ってきた。

 甲板の上の樽が破壊されるような威力の魔法で攻撃してきたんだから、間違いなく殺す気だったのだろう。

 なのに何故助けてくれたんだろう?


「……子供を巻き込むつもりはなかった」


「こ、子供ちゃうわ!!」


「むぅ!? す、すまん」


 しまった! なんかすまなそうに言って来たのについ反射的にツッコんでしまった。

 最近周りから子ども扱いされ過ぎて無意識のうちに反抗心が蓄積されていたのかもしれない。きっとそう。


「あ、いえ、こっちこそごめんなさい」


 話の腰を折ってしまったのはこちらなので素直に謝ると、人魚さんも気にしなくていいと許してくれた。なかなか話の分かる人魚である。


「あー……ええとだな。我々としては警告のつもりだったのだ。お前達人間の行いに対するな」


「人間の行い?」


 アレか? 海を汚す人間許さない的なヤツですか?


「うむ。子供のお前に言っても通じるとは思えんが、我々は人間達の行いで大きな被害を被っているのだ」


「こっ! ……私達人間の行いですか?」


 耐えたー! 子ども扱いに耐えましたー! 誰か褒めて!!


「そうだ。人間達が島の一つに家を建てた。それ自体は別に構わん。我々も島に郷を作っているからな。島は誰のものでもない。全ての命に与えられた居場所だ」


 成程、縄張り争いとかそういった物じゃない訳か。


「だが、その家から流れ出た不気味な液体が我々の体を害するのだ」


「不気味な液体?」


 おっと、不穏な空気になってきましたよ?


「そうだ。その液体は我々だけではない。海に住む生き物の体をも蝕んでいる」


 つまり毒? いや何かの廃液とかかな?


「って、海に住む生き物もって事は、それ魚とか食べてる人間もヤバいんじゃないですか!?」


 よくよく考えると魚が悪影響受けるってかなりヤバいじゃん!

 今朝もめっちゃお魚食べちゃったよ!


「その通りだ。人間達の行いは巡り巡って自分達自身を滅ぼす愚かな行い。それを諫める為にも我等は警告を行ったのだ」


 人魚は真剣な顔で頷く。


「それで私達を襲ってきたんですか」


「だがその所為でお前を巻き込んでしまった。たとえ異種族であろうとも子供を巻き込むのは戦士として本意ではない。すまなかった」


 人魚は私に対し、深々と頭を下げて来た。

 その態度から、彼が本気で私に謝りたがっているのが伝わってくる。

 ああ、この人は本当に真面目な人魚なんだな。


 彼は私達人間とは違う姿をした種族だけど、それでもその心は間違いなく分かり合えると思わずにはいられなかった。


「……分かりました。貴方たちに悪気はなかったことは理解しました。ですから謝罪を受け入れます」


 私が彼の謝罪を受け入れると、彼はほっとした顔になる。

 それだけ私を巻き込んだ事を申し訳なく思ってくれていたんだろう。


「そう言ってくれると助かる。助けが来るまでは我々が責任をもって……」


「ただ」


 とはいえそれはそれ。

 私は彼の間違いに対してはっきりと言わなければいけない事があった。それは……


「子供ちゃうわ!!」


 そう、私は子供じゃない!! 間違いは正されなくては!

 

「……その、すまん」


 うむ。分かればよろしい。

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