第61話 水面からの襲撃
港を出た遊覧船が小島群に近づいてゆくと、私はある感想を心に抱いた。
「小島群って割には結構大きいんだね」
そうなのだ。TV番組なんかで日本の遊覧船とかが近づく小島と違って、私達が向かっていた小島群は予想以上に大きかったのだ。
「先ほどガイドの方が仰っていた通り、異種族達が住まうだけの大きさはあると言う事ですね」
言われてみればそうだ。
私達の暮らしている大陸からすれば小島というだけで、人間の感覚通りの小さい島って訳じゃないよね。
小島のサイズに納得がいった私は、この距離から見える島の様子を確認する。
人魚達が暮らしているといっても、人間のように港町を作っている様子は見えない為一見するとただの無人島にしか見えない。
それとも別の場所に港町みたいなのがあるのかな?
「やっぱり生えてるのは南国風の植物なんだなぁ」
ここから確認できるのは大きな木ぐらいだけど、それでも葉っぱの形などから南国風の植物である事が分かる。
うむむ、こういう光景を見ていると久しぶりに手当たり次第むしった草を合成してみたくなるなぁ。
南国特有の草を合成してマイ合成リストを充実させたいわー。アイテム図鑑を埋めてコンプリートしたいわぁ。
今ならニャットも居るし、合成中の安全は確保できるんだよね。
あとは何とかティーアの目を盗んで南部の森に行けないかな?
「カコお嬢様、何か良くない事を考えていらっしゃいませんか?」
「い、いらっしゃいませんよ!?」
ビックリしたー! 何でティーアの目を盗もうとしたって分かったのさ!?
正直これが面倒なんだよねぇ。
侯爵家の養子になった事で安全が手に入ったけど、代わりにティーアがいつも傍に居るから合成と鑑定がやりづらくなっちゃったんだよね。
養女になるのは後ろ盾に毛が生えたようなものだよって言われたから受けたけど、まさかメイドまで付けられるとは思わなかった。
正直過保護じゃない?
でも断るとティーアが泣きそうな顔になるしなぁ。
うーむ、一度ニャットと相談し直した方がいいよねぇ。
お義父様達は私なんかを家族として迎え入れてくれた訳で、私を色んな意味で守ってくれているんだよね。
そう考えると、そろそろ家族にだけは明かしても良いんじゃないかなぁって気もするんだよね。
とはいえ、私が誘拐されたのはつい最近の話だし、地球に居た頃にTVとかで宝くじが当たった所為で欲深い人達に群がられて人間関係が滅茶苦茶になったって話も忘れてはいない。
万が一の事が怖いのは事実なんだよね。
……主に見知った人が豹変するって意味でね。
もしメイテナお義姉様達がそんな事になったら泣く自信があるぞ。
本当に最初にバレたのがニャットで良かったよ。
「どうなさいましたかカコお嬢様?」
「あ、うん。何でもない」
おっといけない。考え事に集中し過ぎてティーアを心配させてしまった。
うん、この事は後でニャットと相談するから今は忘れよう。
何せ今は観光をしている真っ最中なんだからね!
とはいえ……
「人魚出てこないねぇ」
「出てきませんねぇ」
そうなのだ。噂の人魚さん達がサッパリ姿を現さないのである。
サービス精神が高いって言ってたから人間を警戒してるって事はないと思うんだけどなぁ。
それとも今日はたまたま家の中に引きこもっているんだろうか?
「あっ! 人魚だ!」
その時だった。近くにいた子供が人魚がいると歓声を上げる。
「えっ!? どこどこ?」
周囲を見回しても人魚の姿は見当たらない。
一体どこにいるのー!?
「カコお嬢様、あそこです」
一足先に見つけたティーアが人魚の居る場所を指差してくれた事で、ようやく私は人魚の姿を発見した。
「おおー、あれが人魚」
と、驚いてみたものの、当の人魚は体の半分が水に沈んでいるので殆ど人間の部分しか見えなかった。
しいて言うなら頭の側面にヒレっぽいものが生えているくらいか。
あとは割と美丈夫よりなイケメンって事かな? 王子様って感じじゃなくてスポーツ系部活の先輩系エースキャラみたいな感じでガッシリしてる。
しかしアレだ。これは水の中に潜らないと魚の部分はわかんないね。
うーむ、ゲームだと全身図が見えていたから気にしてなかったんだけど、現実だと水で隠れちゃうから感動が薄いなぁ。
浅瀬なら尻尾の部分まで見れるかな?
他に分かる特徴としては、片手に三又の槍トライデントを持っていることくらいか。
この辺りはいかにもゲームの人魚キャラと同じだね。
海にも魔物が居るらしいし、人魚達も自衛しないといけないって訳だ。大変だね。
「人魚だー!」
「人魚ー!」
そんな人魚達に子供達が手を振ると、人魚達からも水の塊が投げつけられた。
そしてドバン、という音と甲板の上にあった樽が砕け散った。
「……え?」
甲板の上が一瞬で凍りついた。
あ、あれ? 人魚が水を投げつけてきたら樽が……壊れた? 何で?
「これ以上我等が島に近づくな人間共!!」
しかも、人魚達から発せられたのは歓迎の言葉ではなく、強い拒絶の言葉だった。
「もう一度言う。去れ!!」
再び人魚の手から水の塊が放たれる。
「ふぇ?」
しかも運の悪い事に水の塊は私に向かって飛んできた。
水の塊、樽が壊れる。つまり、当たったら死ぬ。
やばばばば、し、死ぬ!? 死んじゃう!?
「危ないニャ!!」
「キャッ!?」
こちらに向かってきた水の塊をニャットが爪で叩き落とす。
「大丈夫かニャ?」
「あ、ありがとうニャット!」
流石ニャット! 頼りになる護衛だよ!
「人魚の水魔法だニャ。当たり所が悪ければ大怪我するのニャ」
「魔法!?」
え!? それじゃあ私達、人魚に魔法で襲われたの!?
「っていうか魔法って爪で破壊できるの!?」
「普通は無理です、カコお嬢様」
だよね! 魔法を素手で迎撃するとか普通出来ないよね!
……って事は何気に凄い事してませんかニャットさん!?
けれどニャットを問い詰める事は出来なかった。
その前に人魚達の本格的な攻撃が始まったからだ。
人魚達は同じように水の塊を浮かべると、一斉に船に向かって放ってきたのである。
「わわわわわっ!?」
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅーっ!!
「カコお嬢様、伏せて下さい」
「むぎゅう」
ティーアに押し倒され、私は甲板とお友達になる。
「申し訳ございません。お嬢様と密着いえ非常事態ですので」
「あ、うん」
まぁ大怪我するよりはマシだよね。
「船の中に逃げ込むのニャ」
そうは言うけど、こうも魔法が飛び交っていたら迂闊に動く事なんて出来ないよ。
私達は必死で這いずりながら船内へ入る扉に向かう。
「ニャニャニャニャ!!」
その間もニャットは私達を守るべくその両爪で人魚の魔法を迎撃してくれていた。
一体どういう理屈か分かんないけど、とにかく今はニャットだけが頼りだった。
頑張れニャット!!
「助けてー!」
「むっ! 子供はニャーが守るのニャ!!」
と思ったらニャットは近くに居た親子連れのフォローも始める。
うん、まぁ仕方がないよね。小さい子は守らないとさ。
とはいえ、この状況じゃニャットも手いっぱいだ。
一応護衛らしき冒険者達が盾や魔法で人魚の攻撃から皆を防御してくれているけれど、多勢に無勢だ。
「くそっ、何で人魚がこんな事を!」
「俺が知るかよ!」
「とにかく客が中に隠れるまで耐えろ!」
彼等は彼等で他の客を守るのに大変そうだから、頼るのは無理そうだ。
「皆様、一か所に集まってください。その方がニャット様が皆さんを守りやすくなります!」
ティーアの機転で近くに居た家族連れが私達の下へと集まって来る。
そして近くに居た客が集まった事で、私達は身を低くしつつ船内への避難を開始したのだった。
「はぁっ!!」
気が付けばティーアもどこからか短剣を取り出して人魚達の放つ魔法を切り裂いている。
魔法を切ってるって事は、もしかしてアレもマジックアイテムなのかな?
うむむ、これは私もマジックアイテムの剣でも取り出して魔法を迎撃した方が良いのかな? 手は多い方が良いよね? 商品の宣伝にもなるし!
「カコはじっとしてるニャ!」
「カコお嬢様はわたくしの陰に!!」
まだ何もしてないのになんで分かるのさー!?
って言うか何で人魚達は攻撃してくるわけー!? あの人達って友好的だったんじゃなかったの!?
友好的どころか思いっきり敵対的じゃん!!
「早く船を島から遠ざけるニャ!! 船内に避難してもこの船がここから離脱しニャいと意味がニャいのニャ!!」
「やってるが人魚達の攻撃の流れ弾で操船どころじゃないんだ! 俺達は漁師であって軍人じゃないんだよ!」
ニャットが船員に早く船を逃がせと叫ぶと、船員も必死の様子で叫び返してきた。
そりゃそうだ。遊覧船の船長は地元の漁師だろうし、実は元軍人でしたとかどこのマンガか映画だよって話だもんね!
更に事件は起こった。
突然上空からもの凄い勢いの雨が降って来たのだ。
「え!? 何!?」
雨の勢いは凄まじく、台風の時なんかとは比べ物にならない程激しい。
「しめた! アイランドスコールだ! これなら人魚達の魔法も弱まる!!」
そうか、さっきのあの凄い雨!!
「今ニャ! 船の中に逃げ込むニャ!!」
滝のような豪雨によって人魚達の魔法が阻害された今がチャンスと、私達は船内に向けて走り出した。
「今のうちに逃げるぞ! 操舵手!!」
「分かってまさぁ!」
船長達もこれ幸いと船の操舵に専念を始める。
よかった、これなら逃げきれそうだ。
「カコお嬢様、お早く!」
「待って! 貴方達が先に入って!!」
「あ、ありがとうございます!」
私はティーアを制し、先に小さな子供を連れていた親子達を優先して中に避難させる。
だって私の中身は大人だからね! 子供達を守ってあげないと!
そして子供達が避難した事でようやく私の番……と思ったその時だった。
突然、空が暗くなったかと思ったら、ドパァァン!! と言う音と共に船がぐらりと大きく揺れたのである。
「今度は何ぃぃぃぃ!?」
更に間の悪い事に、今の甲板はアイランドスコールによって一面水浸しどころかちょっとした池状態な訳で……
つまりどうなったかと言うと。
「うきゃぁぁぁぁぁっ!!」
はい、ウォータースライダー状態で海へ真っ逆さまドボンです。
なんて悠長に考えとる場合か私ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!
「カコッ!」
「カコお嬢様!?」
ニャットとティーアが手を伸ばすけれど、甲板を滑り落ちる私には届かなかった。
そしてザバァァァンと勢いよく海中にダイブイン。
私は急いで海面に浮上しようとしたのだけれど、その途端凄まじい勢いの水によって海面下に押し込まれてしまう。
「ガボッ!?」
ヤバイ! アイランドスコールの勢いが凄すぎて浮き上がれない!!
何とかスコールの範囲外に逃げたくても、滝つぼ状態の海面はミキサー状態となっており、既に私はどっちが上でどっちが下かも分からなくなっていた。
あわわ、このままじゃ窒息して死んじゃうよ!!
不味い不味い、息が苦しくなってきた!
「ゴポッ!?」
更に何かが私の体にぶつかり、口の中に残っていたなけなしの空気が吐き出される。
息苦しさが更に増し、意識が朦朧としてきた。
あはは、まさか異世界に転生した私の死因が溺死とは……
短い異世界人生だったなぁ……
ふと意識が薄れゆくなか、誰かに腕を掴まれたような気がした。
もしかして死神……かなぁ?
だったら海の中までご苦労様です
来世は溺れない魚とかが良いなぁ……。
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