第60話 異世界の遊覧船

「折角港まで来たんだ。遊覧船に乗っていかないか?」


「遊覧船?」


 海の魔物素材の交渉を終えた私に漁師さんの一人がそんな事を言ってきた。


「ああ、観光用の船に乗って近隣の島々の周りを船で巡るんだ」


 あー、日本の観光地にもそんなのあったなぁ。

 ちっさい頃に乗った記憶があるけど、異世界にもあるんだね。

 と言うか異世界の遊覧船とかどんなものが見れるんだろ?


「へー、面白そう。島に上陸する事も出来るんですか?」


「いや、島には貴重な資源があったり他種族が暮らしてる里があるから上陸は無理だな。島の周りを回るくらいだが、色んなものが見れるし何よりデカい船に乗るのは面白れぇぞ」


 そっかー。でも確かに島への上陸までしたら、マナーの悪いお客がなかなか戻ってこなくて帰りが遅くなる危険もあるもんね。

 さてどうしようかな。個人的には結構興味あるんだけど。

 私はちらりとティーアを見る。

 すると彼女は笑顔で頷く。


「旦那様と奥様へのお土産話にしたら喜ばれると思いますよ」


 ティーアの許可も出たので私は遊覧船に乗る事にする。


「じゃあ遊覧船に乗ろう!」


「遊覧船はあの船だ。桟橋に居る奴に料金を支払えば乗せて貰えるぜ」


 私達の話が纏まるのを待っていてくれたらしい漁師さんが遊覧船乗り場を教えてくれる。

 親切な人達だなぁ。


「ありがとうおじさん達!」


「おうよ!」


「俺はおじさんって年じゃねーぞ!」


 と、三人の中で一番若い漁師さんがおじさん呼ばわりを否定してくる。

 おっと、男の人でも年齢って気にするんだね。


「嬢ちゃんから見たら十分オッサンだろ」


「「がははははっ」」


 と、おじさん達の笑い声が港に響いた。

 つーか子供ちゃうわ!


 そして漁師さん達と別れた私達は遊覧船売り場へとやってくる。


「すみませーん、遊覧船に乗りたいんですけど」


「おう、一人銀貨2枚だ。子供は銀貨1枚だぜ」


「じゃあ銀貨6ま……」


「では大人2人子供1人で銀貨5枚ですね」


 だが銀貨6枚を出そうとした私に先んじて、ティーアが銀貨5枚を渡したではないか!


「まいど!」


 そして受付のおじさんも当たり前のように銀貨5枚を受け取る。


「自分の姿をよく見るニャ」


「子供じゃないし!」


 子供じゃない、子供じゃないぞー!

 ちょっと見た目が若すぎるだけだー!

「船が出るぞー!」


 だが私の必死の抵抗は出航の言葉にかき消されてしまった。


「はいはいカコお嬢様、早く乗船しましょう」


「ぐぬぬ~」


 そして私達が乗り込むと渡り板が外される。


「帆を下ろせー!」


そしてマストに帆が下りると船が動き出した。


「お、おおっ!?」


 け、結構揺れる!?

 意外と大きな揺れに体が倒れそうになったものの、ポヨンという柔らかいクッションが私を受け止めた。

あれ? この船クッションなんてあるの?


「大丈夫ですか? カコお嬢様」


 と思ったらティーアさんのクッションでした。


「あ、ありがと」


 うごご、私も元の体に戻ればあのくらい……はい、元の体にもありませんでしたクッション。

 何故私にあのクッションを与えてくれなかったんですか女神さまーっ!!


――知らんがな――


「はっ!? 今何か聞こえた気が!?」


「気のせいだニャ。そんな事よりも港を見てみるニャ」


 ニャットに言われて振り向くと、港がどんどん小さくなっていくのが見えた。


「ふぇ~、もう港があんなに遠くに。っていうかこの船かなり早くない!? 船って風を受けて走るんだよね? 風だけでこんなに早く動くものなの?」


 モーターボートとは言わないまでもかなり速いよコレ!?

 帆船ってこんなに速いの!?


「それは魔法を使っているからですよ」


 その声に振り返るとそこには、いかにも船長!! って感じのおじさんの姿があった。

 鳥馬車といい、この世界って死角から近づいてきて説明始める人多くない!?

 けれど船長さんは私の内心のツッコミも知らずに自己紹介を始める。


「ようこそお嬢様。わたくしこの船のガイドをしておりますカーマインと申します」


「初めまして、カコ=マヤマです」


 カーマインと名乗った船長、いやガイドさんがペコリと頭を下げて来たので私も挨拶を返すとカーマインさんはニッコリと笑みを浮かべる。

  

「それで魔法を使ってるってどういうことですか?」


「この船には操船用の魔法使いが居ましてね。風魔法で帆に風を送る事で一気に最大の速さで動けるんですよ」


 そういってカーマインさんが船の後方にある一段高い場所を指さすと、船の舵輪を握っている船員さんの横に居る緑のローブの人を指さす。

 おおう、魔法使いと言えばローブと杖だけど、緑のローブって目立つなぁ。

 そしてどうやらあの人の魔法で風を産み出して船の速度を上げているみたいだ。


「成る程、確かに帆船は風まかせですものね」


 ティーアも納得したと頷いているけど、私はそれだけでは納得できなかった。

 だって速すぎるもん。


「でもその割には速すぎませんか? 風の力だけでここまで速く動けるとは思えません」


 私が疑問を述べると、カーマインさんは嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「おお、分かりますか!? そうなのです。この船にはもう一人水魔法使いがいるのですよ」


 そして今度は緑のローブの魔法使いの反対側を指さす。

 そこには青いローブの魔法使いの姿があった。


「あの人が水魔法使いですか?」


「そうです。水魔法使いが海の水を操作する事で疑似的な海流を作り出す事で船を流しているんです。風と海流の二つの力を合わせる事で普通の船では出せない速さを出しているんですよ」


「成る程、そういう事だったんですね」


 海流は私にも分かる。それを使って船を望み通りの方向に流していたから、風と合わさってこんなモーターボートみたいな速度が出せているんだね。

 魔法凄いなぁ。もしかして使ってる素材以外は地球の船より高性能なんじゃないの?


「クェークェー」


「ミャーミャー」


 船の性能に驚いていたら突然海鳥達の鳴き声が聞こえて来た。

 なんだろう? 妙に興奮してるような?


「カコお嬢様、あちらをご覧ください!」


 それと同時にティーアが興奮した声を上げる。


「どうしたのティーア……え!? なにアレ!?」


 ティーアの指さした方向を見た私は、海のど真ん中に物凄い量の水が流れ落ちている光景を見つけたのだ。

 上を見れば空の上には小さな黒雲が浮いており、その雲からバケツどころか滝のような雨が降っていた。

 と言うかあれもう雨じゃない。完全に滝だよ!!


「あれはアイランドスコールですよ」


 ビックリしている私達に、カーマインさんが何でもない事の様に説明を始める。


「アイランドスコール?」


「ええ、小さな雲が生み出すスコールです。内陸では見れない光景でしょう?」


「え、ええ……」


 っていうか内陸どころか地球でもあんなの見たことないよ!?

 まるで雲の中に巨大な蛇口でもあるみたいな光景だ。

 

「魚ニャ!!」


 その時だった。突然ニャットがアイランドスコールを指さしながら叫んだのである。


「え?」


「あの雨の中に魚が居るのニャ!」


「あー、スコールの降ってる海の中に? よく見えるね」


 あの滝のような雨で海の中なんて全然見えないよ。

 お肉とお魚大好きなニャットの流石の執念だ。


「違うニャ! スコールのニャかにいるのニャ!」


 けれどニャットはそうじゃないと否定する。


「え? スコールの降ってる範囲の海の中でしょ?」


「そうじゃニャくてその上だニャ!」


「上? ……うぇっ!?」


 ニャットの言葉に海中じゃなくて海面かなと思って視線をあげた私は、その光景に絶句した。

 なんと魚が雨の中を登っていたのだ。

 まるで鯉の滝登りのように。


「な、何で空中に魚が浮いてるの!?」


 しかも登ってるのは一匹や二匹じゃないし!


「あれはスコールフィッシュですね」


「スコールフィッシュ!?」


 え? 何? めっちゃ冷静だけど異世界だとあんなのが普通に居るの!?


「アイランドスコールはあの通り滝のような豪雨なので、たまに海の一部と勘違いした魚が登ろうとするんですよ」


「うっそー……」


 異世界の魚のチャレンジ精神凄いなぁ。


「凄いですねぇ」


 あ、良かった。ティーアも驚いてるって事は当たり前のように見える光景じゃないっぽい。

 多分この辺だけの現象なのかな? だよね?


「そしてそれを狙って海鳥達が群がって来るんです。スコールの中は海の中より逃げ場が無いですからね」


 カーマインさんの言う通り、海鳥達がアイランドスコールの周りを飛び交っている。


「けどあの中に飛び込んだら海鳥達が海に叩きつけられませんか?」


「おっしゃる通り。だから彼等は待っているんですよ」


 何を? と聞く前にそれは起きた。

 アイランドスコールが突然蛇口を閉めたかのようにピタッと止まったのである。

 同時にスコールフィッシュ達も登るべき滝が無くなって宙に放り出される。

 その隙を海鳥達は見逃さなかった。


 瞬く間に宙に放り出されたスコールフィッシュ達が海鳥達に空中キャッチされてゆく。


「ウニャー! ニャーにも羽があればーっ!!」


 そしてその光景を見ていたニャットが悔しそうに地団駄を踏んでいた。


「ふぇー凄かったぁ。これだけで遊覧船に乗った価値があったかもだね」


「そうですね。私もびっくりしました」


 私達がアイランドスコールを見た興奮を語り合っている間に、いつの間にかカーマインさんは姿を消していた。

 見れば他のお客さんのガイドをしていた。

 って言うかよく見るとカーマインさんと同じ格好をしたガイドさん他にもいるなぁ。

 うーん、船長の沢山いる観光船。


「クンクンッ」


時折海面に浮上してきた地球では見れない魚にはしゃいでいたら、ニャットが鼻を鳴らしだした。


「どうしたの?」


「魚の匂いニャ!」


 そう言ってニャットは船員さん達が何かしている場所に向かっていく。


「あっ、ニャット!?」


 仕方ないので私もついていくと、船員さん達が甲板の上に何かを広げている光景に遭遇する。


「魚ニャ!」


 ニャットの言う通り、魚の開きが甲板に並べられていた。

 

「これは干物?」


 何で遊覧船に干物が置いてあるの?

 観光しながら売り物を干してるの? それともこれを売るの?


「こりゃウミネコの餌さ」


 と、干物を並べていた船員さんが教えてくれた。


「ウミネコの餌ですか?」


 ウミネコって言うと海鳥の一種のことだよね。


「ああ、遊覧船のショーの一つでな、ウミネコに間近で餌を与える所を見て貰うのさ」


 なるほど、動物園や水族館の餌やりショーみたいなものだね。


「そら、さっそく匂いに釣られてやって来たぞ」


「ニャー」


「ニャー」


「ニャー」


 確かにウミネコの鳴き声が聞こえて来た。


 ウミネコかぁ。TVや映画の海のシーンに出てくる鳥の事だよね。

 ああいうのって遠くから撮影したり、一瞬の出番だったりするから詳しい姿ってよく覚えてないんだよね。

 本物を間近で見るのは初めてだからちょっとワクワクするよ。

 でもおかしいな。空を見ても鳥の姿はないんだけど?


「ニャー」


 でも鳴き声は聞こえるんだよね。

 しかもすぐ傍から。

 もしかしてニャットの鳴き声? でも声が違うような……


「って、ええーっ!?」


 鳴き声のする方向を見た私はすっごく驚いた。

 だってその姿は……


「猫が魚になってる!?」


 そこに居たのは猫だった。ただし後ろ半分が魚の。


「なにこれ!?」


「コイツがウミネコさ。海で暮らすネコだからウミネコって訳よ」


「ウミネコってそう言う意味なの!?」


 これマジでどういう生き物なの!? 体の前は間違いなくネコなのに後ろ半分の魚部分はピチピチ動いてる。作り物じゃない。


「聞いたことがあります。ウミネコは魚が好きすぎるあまり海で暮らすようになり、自分自身が魚と一体化したネコだという伝説があると」


「何それ!?」


 凄いな異世界のネコ!!

 いや流石に冗談だよね? いやでも目の前にいるし本当に!?


「ふっ、そこまで魚を焦がれたとは大した奴等だニャ。まさに猫の一念お魚食べるだニャ」


それ格言でもなんでもないよね!?

 あとニャットはどさくさに紛れて干物を食べるんじゃありません。


「まぁこういう生き物も居るって事さ。内陸じゃあ珍しいだろ?」


 珍しいなんてもんじゃないです。

 ウミネコ達は美味しそうに干物を食べ終えると、猫のようにゴロンと転がって日向ぼっこを始める。

 いやネコなのか?

 マジで何なんだこの生き物……異世界凄いなぁ。


「ご覧くださいお客様方、島が見えてきましたよ」


 ウミネコに驚いていた私達だったけれど、カーマインさんの言葉に我に返る。

 見れば船の向かう先にいくつもの小さな島が見える。


「あそこには人魚族などの水棲の種族が暮らしているんですよ」


「「人魚!?」」


 うぉー! 人魚! ファンタジーの代表種族だよね!! この世界には本物の人魚が居るんだ!


「人魚、魚の名前がついてて美味しそうだニャア」


 そんな事を言いながらニャットがジュルリと涎を垂らす。


「ちょっ!?」


「冗談だニャ」


「その涎は嘘だニャー」


「ニャーが甘いニャ。だが残念ニャがあいつ等は齧っても美味くニャかったのニャ」


「もう齧ったあとかい!」


 やりやがった! コイツやりやがりましたよ!?


「人魚達はサービス精神旺盛ですから。見かけたら手を振ってくれますよ」


「「「おおー」」」


 私達がヤバい会話をしていた間もカーマインさんの解説があったみたいで、乗客達は人魚を見れる事に興奮している。

 どうかニャットが齧った人魚がいませんように……

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