第59話 海の魔物素材
目が覚めると、チュンチュンという雀の鳴き声代わりにクェークェーと海鳥の鳴き声が聞こえて来た。
土地が違うと朝の音も違うなぁ。
そんな事を思いながらベッドを降りると、ドアをノックする音が聞こえてくる。
「おはようございますカコお嬢様。お着替えを手伝いますね」
そして私が目を覚ました事を察したティーアの声が聞こえて来た。
あの、私一言も発していないんですけど、何で起きた事が分かったんですかね?
そこはかとない恐怖を感じつつも中に入る事を許可する。
深く考えてはいけないと本能が察したからだ。
「はい、終わりました。今日のお召し物もとてもよくお似合いですよ」
本日の衣装は水色のワンピースだった。
胸元に小さなリボン、背中に大きなリボンといういかにも漫画チックな衣装だ。
他人が着ている分には無責任に可愛い~と言えるけど、自分が着るとちょっと、いやかなり恥ずかしいなコレ。
なんというかゴスロリ衣装を着ている子を見る気分に近い。
「これはメイテナお嬢様に着せようとしたものの、あまり相性が良くないと判断した奥様が泣く泣く購入を断念したデザインの服なんですよ」
あー、確かにイケ女女騎士であるメイテナお義姉様がこれを着たら、性癖が破壊される人が続出して大変な事になってただろうねぇ。
子供時代でもイケ女だったみたいだからなぁ。
「それじゃあ朝ご飯食べに行こっか、ニャット」
とニャットを朝食に誘おうとしたら、彼の姿がなかった。
「あれ? ニャット?」
ニャットの姿は部屋の中にはなく、ティーアの居た使用人部屋にも見当たらない。
さらに言えば箪笥の中や上やベッドの下にも見当たらない。
「カコお嬢様、お召し物が汚れてしまいます!」
おかしい、ニャットの姿がない! まさか事件に巻き込まれた!?
「な訳ないか。散歩にでも出かけたのかな?」
まぁ居ない者は仕方がない。
それよりも朝食だ。
だってお腹が空いたんだもん。
ニャットだってお腹が空いたら帰って来るだろう。
と言う訳で私達はニャットの捜索を泣く泣く切り上げて食堂へとやって来た。
「おお、遅かったニャ。ニャーは先に食べてるニャ」
はい、居ました。
口から焼き魚の尻尾を覗かせながらニャットが朝ご飯を食べていた。
「いやー、新鮮な焼き魚の匂いは辛抱堪らニャかったのニャ」
ああ、朝食のメニューが焼き魚だったから私が起きるのを待ってられなかったんだね……
私が席に着くと、さっそく朝食が運ばれてくる。
朝食は夕食と違ってコース料理ではなく、定食のような形で運ばれてきた。
メインはニャットが我慢できなかった焼き魚、それにパンと透明度の高いスープ、それに南都特産らしき果物というヘルシー感漂う朝食だ。
「頂きます」
さっそく 焼き魚から頂くことにする。
はいニャット君はもう食べたでしょう? あげないよ。
このままだとメインが強奪されそうだったので、焼き魚から口に運ぶ。
朝食の焼き魚は塩分控えめで、魚そのものの味を楽しませる作りのようだ。
正直朝から塩っけの強い食べ物はキツいのでありがたい。
それに魚を噛むと染み出る旨味だけでも十分美味しい。
んー、これもしかして焼く前に出汁に漬けてある?
塩味だけではない旨味に、私は出汁が染み込んでいると察する。
さてはこれ、焼いた後に表面を綺麗な布で拭いて余分な汁気を取る事でただの焼き魚と思わせ、食べた際のギャップで驚かせようとしたな。
うーむ、朝からただ美味しい物を食べさせるだけでないもてなしの心、只者ではないな。
次は透明なスープを頂く。
「……あっ、これ澄まし汁だ」
そう、このスープは日本料理でもおなじみのお吸い物とか澄まし汁と呼ばれるものだった。
出汁をスープのメインにしているので澄まし汁とそっくりな味で凄く安心するー。
やはり故郷の味に似ている料理は心が落ち着くねぇ。
こうなるとお味噌汁とかも探したくなるなぁ。
懐かしい味にホッとしたら次はパンだ。
小さくちぎって口に運ぶと、ほんのりとした甘みと焼き立ての柔らかさが口の中に広がる。
うーん、焼き立てパン美味しい!!
地球に住んでいた頃は焼き立てパンを食べる機会なんて殆ど無かったからなぁ。っていうか無かった。
トースターや電子レンジで温めるのとはまた違うんだよね。
焼き立て特有の中のフワフワ感と外のパリパリ感があるのですよ。
「ふむ……」
私の中にちょっとしたイタズラ心が湧く。
私はパンを小さくちぎると、スプーンの上に乗せ、お吸い物の中にダイブさせる。
そして千切ったパンが十分お吸い物の海を泳いだところで浮上させ、私の口の中に運ぶ。
「うん、悪くない」
お吸い物パンはなかなか美味かった。
異世界の小麦粉はお吸い物との相性が良いみたいだ。
もしかしたら小麦粉以外に他の食材が混ざっているのかもしれないけど。
「カコお嬢様、お行儀が悪いですよ」
しかしパン in The 澄まし汁はお行儀が悪いと叱られてしまった。無念。
仕方がないので普通に食べる。まぁ普通に食べても十分美味しいんだけどね。
時折焼き魚を狙って這いよるニャットの手を払いのけながら私は食事を進める。
やらん! 焼き魚はやらんぞぉー!
あっ、頭は別に持って行って良いよ。
「シャクシャク、頭も美味いのニャー」
魚は絶対残さない精神、お見事です。
そして全てを食べ終えたところでデザートのフルーツだ。
そう言えば昨日買った果物はまだ合成してないんだよね。
後で合成実験しないとなぁ。
ともあれ私は目の前で早よ食べろと急かしている(気がする)果物を口に運ぶ。
果物は果肉がピンクで、ゴマより小さい1ミリくらいの白い種がたくさんはいっている。
ドラゴンフルーツの果肉をピンク色にした感じと思ってほしい。
「おお、これはなかなか」
そして食べた感想もドラゴンフルーツに似ていた。
果肉はミカンなどのような酸っぱさはなく、メロンのような強い甘みも無い。
寧ろ控えめで朝食に合う優しい甘さだった。
うん、これなら甘いものが苦手な人も食べれるんじゃないのかな?
あと種がぷちぷちパリパリ砕ける感触がして食感も面白い。
そのまま残った果物をパクパク食べ終えると、食後の紅茶で口の中をさっぱりさせて私は朝食を終えたのだった。
うーん、美味しかった!!
そしてすっごい優雅な朝食でした。うーんお嬢様気分。あっ、お嬢様(偽)でした。
朝食を終えた私達は、ティーアが朝ご飯を食べている間に今日の予定を考える事にした。
……はい、ティーアを我慢させたくなくてご飯は部屋で食べるって言ったの忘れてました!!
だ、大丈夫、お昼は外で食べるし、夕飯は部屋で食べるから!!
「と言う訳で今日の予定ですが……」
合成と言おうとした私にニャットが手を上げる。
「港に行くのニャ」
「え? 何で港?」
突然港に行くと言ったニャットに何故と聞くと、ニャットは「はぁ!? コイツ何言ってんの?」と言わんばかりのムカつく顔になった。フレーメン反応?
「海の魔物素材を漁師から買うんじゃニャかったのニャ?」
「あっ!!」
そうだった! 海の魔物素材を買う為に漁師さん達と交渉するつもりだったんだ!!
「忘れてた!!」
「おニャーは……」
すっかり忘れていた私にニャットは「コイツホントにダメダメだニャア」と言いたげな眼差しを送って来る。
しょうがないんだよ! 私は朝が苦手なんだ! あと朝ご飯美味しかったし!
ともあれ目的を思い出した私は、港に行くことにした。
うーん、昨日といい、港に行ってばっかだな私。
◆
と言う訳で港にやってきました。
さっそく漁師さん達を探すことにする。
漁師さんはいねがぁ~。
「カコお嬢様、あちらに居ましたよ」
と、ティーアの指さした方向を見ると、港の一角に小さい船が沢山ある区画を発見する。
どうやら積み荷を沢山乗せる輸送船とは棲み分けているみたいだね。
と言う訳でさっそくアタックだ!
「すみませーん!」
私は船の周囲にたむろしている漁師達に声をかけると、彼等は雑談を止めてこちらに視線を向けてくる。
「ん? 子供がこんな所に何の用だ?」
「そんなちっこくちゃ波に攫われて海に落っこちるぞ」
ああん! 誰が子供でちっこいじゃあー!
クシャク公爵家令嬢という枷から解き放たれた事で、私の中の心のレディーが雄たけびを上げる。レディーも雄たけびを上げるのだよ。
「この町の漁師さんですよね?」
だがこれから大事な交渉があるのでステイしましょうねー。ゴーホーム。待て! 待てだ、獰猛な私の心!!
「そうだが、それがどうかしたのか?」
「実は皆さんに売って欲しい物があるのですが」
「俺達に売って欲しいもの?」
突然子供から売って欲しいものがあると言われて彼等は首を傾げる。
「もしかして魚が欲しいのか? 悪ぃがアレはもうとっくに朝一の魚市場に出しちまったよ。魚が欲しいのなら魚屋で買いな」
「それに魚市場じゃ子供が買えるような金額のモンはねぇよ。宿の料理人や魚屋が纏めて買っていくからな」
あー、築地の魚市場とかそんな感じのがこの世界にもあるんだね。
「でも街中の自由市場で売ってるのは買うなよ。間違いなく鮮度が落ちてるしそもそも食える魚かも怪しいからな」
おおう、どうやら水産物を市場で買うのは止めた方がよさそうだね。
買う気はないけど勉強になったよ。
とはいえ私が買いたいのはお魚じゃない。ニャットは凄く残念そうな顔をしているけど。
「いえ、私が買いたいのは魔物素材です」
「魔物素材? 嬢ちゃんが?」
「はい、ウチの店の商品にする為に海の魔物素材が欲しいんです」
ウチの店と言う言葉を聞いてようやく私が商人だと理解した漁師たちは納得の声を上げる。
「成る程、親父さんの手伝いか」
「偉いなー嬢ちゃん。干物食うか?」
「食うニャ!!」
おにょれ! 毎度毎度何故そこでお使い扱いになるのだ!!
あとニャットは間髪入れずに干物を食べるんじゃありません。
モグモグ、あっ、これ意外とイケる。
私は貰った干物を齧りながら交渉を続ける。
「いえ、手伝いではなく私が店主です」
「「「はぁっ!?」」」
店主と言う言葉に漁師達の視線が私の後ろにいるティーアに向かう
「事実です。カコお嬢様が当商会の主でございます」
「マジかよ」
「こんな嬢ちゃんが店を?」
「俺の娘よりもちっこいぞ!?」
ぐぬぬ、その娘さんは何歳だぁー! でも怖いから聞かない。
「ご理解いただけたところでお話を戻しますが、当店に海の魔物素材を売っては頂けませんか?」
私が話を戻すと、漁師達はふむと顎に手をやって考えるそぶりを見せる。
「まぁ町の工房分は売れねぇが、余った分なら構わないぜ」
私はそれに頷こうとしたのだけど、そこで漁師が手を前に出し、ただしと続ける。
「一番良い素材は町の工房が朝一の魚市場で競り落としてるからな、今残ってるのは質の悪い素材しかねぇ。つっても俺達には武具の素材としての良し悪しは良く分かんねぇんだけどな」
ふむ、この辺りも地球の魚市場と同じなんだね。
「かまいません。余っている魔物素材を纏めて売ってください」
「纏めて!? マジか!?」
「おいおい、工房の連中も質が悪いのは使い物にならないっつって買わなかったモンだぜ? 俺達も捨てようと思ってたんだからやめときな」
おお、わざわざ止めてくれるとか、意外と良い人達だなこの人達。
適当な金額を付けて売っちゃえば良いだろうに。
でも心配ない。だって私にとっては質の悪い素材の方が儲けになるんだもんね。
「大丈夫ですよ。まずは実験に使うので質が悪くても構わないんです」
「実験? まぁ嬢ちゃんがそれで良いのなら好きなだけ持って行ってくれ」
漁師達の承諾を得た私達は、さっそく売り物にならない魔物素材を見せて貰う。
「おおぅ、これはなかなか……」
漁師さん達に連れてこられた場所には大量の海の魔物の素材が積まれてた。
「ここに置いてあるのは食える魔物の身と使える素材を売った残りだ。本当なら沖にバラまいて魚と魔物の餌にするんだがな」
そんな訳でここにあるのは魚型の海の魔物の骨や内臓、それに頭と尻尾だった。
「じゅるり、これで身があればニャア」
漂う魚の香りにニャットは涎を垂らして残念がる。
まぁ私達には生臭くてキツい匂いなんだけどね。
スーパーの鮮魚売り場の匂いを何倍もキツくした感じだ。
多分放置してある内臓の所為かな?
「じゃあ残った骨やヒレ、シッポを買い取ります。それ以外は流石にウチでもいらないので」
「よっしゃ、それじゃあ仕分けるからちょっと待ってな」
幸いにも漁師さん達が素材の仕分けをしてくれたので、私達は離れた場所に避難する。
「アレ、使う前には洗った方が良いねぇ」
「その後は乾くまで外で干した方が良いですね。室内では匂いが付いてしまいます」
うーん、魔法の袋があってよかったよ。
魔法の袋なら匂いが外に漏れないからね。
「おーい、仕分けが終わったぞー」
しばらく待っていたら仕分けが終わったらしく漁師さんの呼び声が聞こえる。
戻ってみると頼んだ魔物素材は木箱に積み込まれていた。
「ざっと銀貨5枚ってとこだな。一応工房の連中が買ってく素材の大きさと比べて付けた値段だからこれが正しい価格かは俺達にも分からん。連中はこんなの買っていかねぇからなぁ。代わりにこの箱をサービスするぜ」
「ありがとうございます」
うん、箱を貰えるのは割とありがたいよ。収納する分には箱は要らないけど、外に出す時に一個ずつ出すのは面倒だからね。
私は代金の銀貨五枚を支払うと、荷物を魔法の袋に収納した。
「良い素材が欲しいのなら朝の魚市場に来な。つっても市場は日が昇る直前くらいに始まるから嬢ちゃんは起きれないと思うぜ」
だから子ども扱いするなー!
「大丈夫です。早起きくらい朝飯前ですから」
「……」
なんですかティーアさん? 私だって部活のある日はちゃんと早起きしてたんですよ? ま、まぁ、目覚まし必須でしたけど……
ともあれ、お目あての魔物素材も手に入ったし、帰ったら海の魔物素材の合成をするぞー! とホテルに戻ろうとした私達に、漁師さんの一人が声をかけて来た。
「そうだ。なぁ嬢ちゃん、せっかく港に来たんだからよ、遊覧船に乗って行けよ」
「遊覧船?」
ふむふむ、何やら面白そうな話ですよ?
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