第58話 港町の夜
空が暗くなり始めた頃に宿に戻ると、建物の奥から美味しそうな匂いが漂ってきた。
どうやら夕食の時間みたいだね。
「おかえりなさいませ。夕食のご用意が出来ましたが、お部屋と食堂のどちらで食べられますか?」
私達を出迎えてくれた宿の従業員が夕飯はどうするかと聞いてくる。
ティーアを見ると彼女は私の好きな方で構わないと言ってきたので、私は食堂で食べる事にした。
だってその方が旅先で食べてるって感じがするしね!
「じゃあ食堂で」
「畏まりました」
ご飯を食べる前にいったん荷物を部屋に置いてこよう。
「お嬢様、荷物は私が置いてきますから、お嬢様はお先にどうぞ」
「いいの?」
「はい。これが私の仕事ですから」
寧ろやらせてくれとばかりにティーアが手を差し出してくる。
「あ、うん。それじゃあよろしくね」
「お任せください」
ただ荷物を部屋に置いてくるだけなのに、妙に嬉しそうなティーア。
「まぁ仕事がニャいと付き人としてついてきた意味がニャいからニャ」
「そういうもん?」
「そういうもんニャ」
そのまま従業員に案内され、私とニャットは食堂に入って行く。
「おおー、ゴージャス」
連れてこられた食堂はいかにもセレブーって感じの場所だった。
部屋の片隅には高級そうなピアノがデーンとおいてあって、歌姫とか呼ばれてる人が歌うんだろうなーって想像を掻き立てる。
更にテーブルには綺麗で繊細な刺繍が施された真っ白なテーブルクロスがかけられていて、椅子は芸術品のように細やかな彫刻が掘られている。
更に天井にはシャンデリアがキラキラと光っていていかにもお金持ちの建物って感じだ。
「ほう、マジックアイテムの照明かニャ」
「え? そうなの?」
「ニャ、アレは蝋燭の火じゃニャいニャ。照明用のマジックアイテムの輝きだニャ」
「へー、そうだったんだ」
確かに言われてみればちょっとおしゃれなお店の肌色の電灯のような光だ。
言われなかったら気付かなかったかも。寧ろこの世界の人の方が蝋燭や松明の灯りと違うって気づいたんじゃないかな。
「こちらの席でございます」
そんな話をしつつ従業員に席へと案内された。
おおっ、ちゃんと椅子を引いてくれたよ!
「ありがとう」
私達が席に着くと、さっそく料理が運ばれてきた。
「前菜の海草とカニのサラダでございます」
序盤からカニさんが来ました!
サラダにはワカメらしき海草もあれば、見た事もないカラフルな海草の姿もある……んだけど。
「こ、これ、凄いビビッドな色してるけどちゃんと食べれるんだよね……」
マジでこれ食べて大丈夫なの? 物凄く蛍光色をしてるんだけど……
「食べれないものニャらでてこニャいから安心するニャ」
ニャットはフォークを器用に使うとサラダを口に運んでいく。
「草は食ってる感じがしニャいニャ。やはり肉が欲しいニャ」
「最初から肉はでてこないでしょ」
コース料理の最初から肉とか重いよ。
とはいえ確かにニャットの言う通り、食べれないものを出したりはしないだろう。
きっと異世界特有の素材に違いない。私は意を決して蛍光海草を口に運んだ。
「はむっ!! ……おお?」
意外にも蛍光海草は美味かった。ドレッシングの味もあるけど、蛍光海草を齧るとなかからじゅわりとドレッシング以外の味がしてくるのである。
ちょっと酸っぱい系の味だけど、ドレッシングの酸味とマッチして悪くない。
そして次はカニだ。寧ろこのカニこそがサラダの本命!!
っていうかこのカニの身、すっごく太いよ!!
そして味も美味しい!! うっひょー、太いから食べ応えもあるし最高!!
っていうかドレッシング要らないなコレ。
食材の味にドレッシングが負けてる感じだ。
ドレッシングを合成して質をあげれば食材に負けない味になるかも。
今度試してみようかな。
それにしてもカニが美味い。
「おぉーう、なんだか序盤から満足してしまった」
恐るべしカニ。そもそもこのカニだけでコース料理の主役を張れるよ?
こんな強者が前菜とか、この先どれだけの強者が待っているんですかー!?
私はまだ見ぬ料理達の実力に戦慄する。
次にやってきたのはスープだった。
「魚介たっぷりのクリームスープです」
さっそくスープを口に含むと、貝の味を強く感じた。
どうやら地球で言うクラムチャウダー風のスープみたいだ。
ちなみにクラムチャウダーは二枚貝をメインの具にした具沢山のチャウダー(スープ)の事だよ。
他の食材をメインに据えると〇〇チャウダーって名前が変わる感じ。
クラムチャウダーって具や作り方によっては結構癖があって苦手な人もいるんだけど、このスープは飲みやすさを重視しているのか癖が少ない。
多分いろんな国や土地の人達が来る港町だからこその味付けなんだろうね。
うーん、これも美味しい。具に使っている魚の切り身や小エビが出汁になっているのが分かる。
それにイカの噛み応えも堪らない……イカ!?
「ニャットこれ飲んじゃ駄目!!」
いけない! 猫はイカを食べると腰を抜かすって聞いたことがある!
「おーっ、久しぶりの魚介スープだニャァ。魚の旨味が効いててクルニャア」
けれどニャットは躊躇うことなく魚介スープをゴクゴクと飲み干している。
「イ、イカが!!」
「イカがどうしたのニャ?」
「いやイカだよ!? イカは猫の体に毒でしょ!?」
私が慌てていると、ニャットは両手を肩の高さの高さにあげて「ハァ、何言ってんだか」とばかりに鼻で笑った。
「ニャーはネッコ族ニャ。猫とは違うのニャ」
「ほ、ほんとに大丈夫なの?」
鼻で笑われたのは超ムカつくけど、命がかかっているのだからそれどころじゃない。
「当然だニャ」
けれど当のニャットは全く苦しむ様子を見せず、スープを飲み終えた。
「なかなか美味かったけどやっぱり肉と魚はそのまま食べるのが一番だニャ」
うーん、どうやら本当に大丈夫みたいだ。
「カコお嬢様、ネッコ族、というか異種族は基本的に人間と同じ物を食べて大丈夫ですよ」
とティーアが横から教えてくれる。
「そうだったんだ。って、ティーア!? いつの間に来てたの!?」
気が付けばティーアが私の傍に控えていた。
あまりにも自然に立っていたので全く気付かなかったのだ。
「先ほどからおりましたが?」
「先ほどからって、何でご飯食べないの!? ティーアも座って座って」
けれどティーアは首を横に振る。
「カコお嬢様、私は従者ですので主と共に食事をする訳にはまいりません」
「そんな訳にはいかないでしょ、それに今日はお嬢様としてじゃなく……」
「いいえ、私は常にカコお嬢様の従者ですので」
と、ティーアは私が侯爵家の養女でなくてもカコ=マヤマの従者なのでどちらであっても従者である事に変わりはないと耳打ちする。
いや何でそんな近くで囁くのさ! 耳に息が当たってゾワゾワするんですけどー!
「カコ、ここは宿泊者が使う為の食堂ニャ。従者は別の場所で食べるのがルールなのニャ」
「でもティーアも同じ宿に泊まってるから一緒だよ。それに私は貴族じゃないし」
今の私はただのカコ・マヤマなんだからティーアにお腹を空かせたまま自分だけ食べる気はない。
「カコが貴族でなくても従者としてついてきた者は別枠なのニャ」
むぐぐ、なんだそれー!
「ご安心ください。カコお嬢様のお食事が終わった後で食事は頂きますので」
ティーアは私の肩にそっと手を置いてこれが自分達従者の仕事だからと告げる。
どうやらこれ以上ゴネるのはティーアのメイドとしてのプライドを傷つけてしまうみたいだ。
「……ティーアがそういうのなら。でも明日からは部屋で食べるから、ティーアも一緒に食べてよね!」
「……!? はい、かしこまりました」
ふっふーん、食堂で従者が一緒に食べちゃだめなのなら、部屋で一緒に食べるのは私の自由だもんね!
だいたい人が美味しそうに食べてるところでご飯を我慢するとか拷問じゃん!
私はそんなの嫌だもんね!
今はただの平民として旅行中なんだから、貴族のルールとかポーイなのだ!
「それでは今晩のお食事はしっかりお世話をさせて頂きますね」
……ん? 何か今妙な感じがした様な?
まぁ良いか。次の料理が来たから食べるとしよう。
今度は魚料理だね。ニャットの目が輝いているよ。
「魚の骨をお抜きしますね」
「え?」
スルッとティーアが前に出ると、凄い速さで箸のようなものを使い魚の骨を抜いてゆく。
「おおおっ!?」
何その箸捌き!!
「お魚を切り分けますね」
「え? そこまでしなくても……」
しかしいつの間にか握っていたナイフでティーアが魚を一口大にカットしてゆく。
「どうぞカコお嬢様。あっ、わたくしがあーん致しましょうか?」
「い、いや、そこまでしなくていいから!」
ティーアの放つ妙な圧に圧倒されつつも、私は魚をフォークで刺して口に運んで行く。
ティーアが骨抜きをしたにも関わらず魚は身を崩す事はなく刺さる。
さらに口に運べば丁度私の口の大きさに合ったサイズの切り身がインする。
なんだこの無駄に凄い技術は。
「んー、やっぱり魚は塊で食うのが一番美味いニャア!!」
一方ニャットは目の前の魚を心から満喫しているようだった。
だけど逆に私は妙な居心地の悪さを感じていた。
「カコお嬢様、ほっぺたにソースがついていますよ」
と言ってティーアが私のほっぺたをハンカチで拭く。
「料理を切り分けますね」
事あるごとにティーアが手を出してくるのだ。
うぉぉ、なんだこの状況。
まるで屋敷でお義父様達と料理を食べている時の様だ……
違うのは一緒に食べているのがマナーを気にしないニャットである事と、お義母様からマナー違反を指摘されないことくらいか。
「っていうかティーアさん、なんだか屋敷に居る時よりも甲斐甲斐しさが激しくないですか?」
「ふふふ、そんな事はありませんよ。従者として食事のお世話を出来るのは今日だけのようですので、めいっぱいお世話をしているだけでございます」
うん、それってつまり旅の間の食事の世話の密度をこの夕飯に全て込めるつもりってことですかーっ!?
「ささ、メインディッシュのロイヤルロブスターを切り分けるのはお任せください。ふふ、わたくしが切り分けた料理がカコお嬢様のお口の中に……うふふ」
なんでそんなに嬉しそうなんですかねーっ!?
「はぁ~、ちいさなお口でご飯を頬張るカコお嬢様愛らしい~」
こうして南都で初めての食事はやたらと疲れる結果で終わってしまったのだった……
いや美味しかったけどさ!!
◆
夕食を食べ終えたらティーアに案内されて私達の借りた部屋にやってきた。
うん、予想していたけど豪華な部屋だ。
わー、ベッド大きいなー。キングサイズとかそんな感じの奴じゃないアレ?
正直言って中身庶民の自分にはちょっと敷居が高いです。
「カコお嬢様、湯あみはいつ頃に致しますか?」
「え? ここお風呂あるの?」
なんと、ファンタジー世界の宿だからないと思ってたよ!
でも良く考えると高級宿なんだからあってもおかしくないよね!
ヒュー! おフロだー!
「はい。そちらの部屋に浴室がございます。既にお湯も張ってありますのでいつでも入れます。マジックアイテムでお湯を温めているので夜遅くでも暖かいお湯を楽しめますよ」
おおっ、マジックアイテム便利だね! 自動湯沸し機能付きなんだ。
「お風呂はまだいいかな。部屋でやっておきたい事があるから」
うん、お風呂に入る前に軽く合成の実験をしておきたいからね。
「かしこまりました。私とニャット様は隣の使用人部屋におりますので、お風呂に入られる際はいつでもお呼びください」
自分がいると私が寛げないと思ったのか、ティーアが気を利かせてくれる。
でもお風呂入るときには絶対に呼ばんぞ。お世話の必要はノーセンキューです。
「うん。分かった。ティーアもゆっくりご飯を食べてね」
何しろティーアはさっきまで私のお世話に専念していたから夕飯を食べていないもんね。
「お気遣いいただき、ありがとうございますカコお嬢様」
「じゃあまた後でニャ」
そう言うとティーアとニャットは隣の部屋へと入っていった。
「さて、それじゃあさっそく合成を試してみるかな」
隣の部屋にティーアが居るのはちょっと心配だけど、ニャットが居るから突然ドアを開けられて合成してるところを見られるとかはないだろう。
「じゃあまずは魔物素材の武器から行こうかな」
私は魔法の袋から魔物素材で出来た剣を取り出す。
「さっそく一括合成開始! そして鑑定!」
いつものように魔物素材の剣を合成してから鑑定する。
『質の良いブレードフィッシュの剣:魚の魔物の素材を使った剣。切れ味は金属の剣よりやや劣るが錆び辛く折れにくい長期戦向けの武器』
成程、攻撃力がやや劣る代わりに壊れにくいのが魔物素材の武器の特徴って事なのかな。
性能も分かった事だしこのまま合成を続けよう。
私は更に合成を行うと鑑定を発動させる。
『最高品質のセイバーフィッシュの剣:最高級のセイバーフィッシュの素材を使った剣。切れ味は金属の剣と同等で錆び辛く折れにくい長期戦向けの武器。水属性を持っており火属性の魔物に威力を発揮する』
やったー! 金属製の武器と同じ切れ味で性能はそれ以上になったよ!!
それに火属性の敵に効果的なのは冒険者に受けるかも!
「これはもしかして最高品質の魔物素材で作った武具の方が金属製の武具より優れているのかな?」
うーん、でも武具の合成はそこまで沢山の種類を行ったわけじゃないからね。
もしかしたら鉄やミスリル以外の金属武具は魔物素材以上の性能かもしれないし。
って言うかミスリルの武具も手持ちが少ないから性能を完全に把握してる訳じゃないんだよなぁ。
「ミスリルも要検証だなぁ」
さて、それじゃあ次は槍の合成だ!
「こっちはパパッと最高品質にしちゃおう」
私は合成と鑑定を繰り返して槍を最高品質まで鍛え上げる。
『最高品質のチャージマーリンの槍:最高級のチャージマーリンの素材を使った槍。切れ味は金属の槍と同等で錆び辛く折れにくい長期戦向けの武器。風属性を持っており貫通力が非常に高い』
おお、こっちは槍としての性能がシンプルに向上したね。
どっちも錆び辛く折れにくいから冒険者に喜ばれそうだよ。
さて、後は果物と薬草と酔い止めが残っているけど、あんまり合成に集中しているとティーアがご飯を食べ終えちゃうだろうし、今日はこの辺で切り上げるかな。
でないとお風呂のお世話までし始めないからね!!
合成した武具を魔法の袋に収納した私は、さっさとお風呂に入る事にした。
ティーア達の部屋とは反対の部屋に入ると、まずは脱衣所となっていて、その奥に浴室がある構造だ。
潮風でベタベタになった服を脱いで浴室にはいった私はまず体を洗う事にする。
「ではお背中を流しますのでそちらの椅子におかけください」
「うん、わかっ……え?」
突然背後から聞こえてきた声に振り向けば、そこには満面の笑みを浮かべたティーアの姿があった。
「テ、ティーア!? 何で!?」
「はい。わたくしはカコお嬢様の従者ですので。旅の間のお風呂の世話をするのは当然でございます」
「い、いやそこまでしなくてもいいから!」
だがティーアは私の肩をガッシリ掴むと椅子に座らせる。
「先ほど言いましたよ。今晩はしっかりお世話をさせて頂きますねと」
「いやそれ夕飯だけの話だったよね!?」
「そんなことありませんよ~。うふふ、カコお嬢様の珠のお肌、プニプニですね~」
「うきゃーっ!?」
こうして私の体はティーアにピッカピカに洗われたのだった。
は、ははは……この世界にもお風呂用のイスってあるんだなぁ(現実逃避)
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