第55話 雲に潜む者達

「ほふぅ」


 羞恥極まる拷問タイムお昼ご飯を終えた私達は、まったりムードで外を見ていた。

 流石に出発時にはしゃぎ過ぎたのとその後の精神的疲労がね……

 あと今の私はお子……大変若々しいボディなので疲労が溜まりやすいのだ。


 と言う訳でぼーっと外を見ているのです。

 あー、眠くなってきた。

 まぁ空の上じゃ何もないしね。


 そう思った時だった。

 近くの雲から何か黒っぽいものが飛び出したのだ。


「ん?」


 鳥かな? と思ったのだが、鳥にしては形がおかしい。

 どちらかと言うと魚っぽいシルエットだ。


「ねぇニャット、アレ何?」


「ニャ?」


 座席の上で器用に丸まっていたニャットが顔を上げると、窓の外に視線を向ける。


「ああ、雲イルカだニャ」


「雲イルカ?」


 イルカってあのイルカ?


「雲イルカは雲の中で暮らす魔物だニャ」


「雲の中で暮らしてるの!? どうやって!? 鳥みたいに羽根で飛んでるようには見えないよ!?」


アレも魔物なの!? それにどう見ても普通のイルカにしか見えないけど!?

 いや、一応普通のイルカに比べればヒレや尻尾が羽根のように長く伸びてはいるけれど、それでも空を飛べるほど大きくはない。


 確か何かの本かテレビ番組で生き物が空を飛ぶなら体を物凄く軽くする必要があって、羽は体のサイズに合わせた大きさにする必要があるって聞いた覚えがある。

だから仮に人間が空を飛ぶなら、漫画なんかに出てくる天使の羽サイズじゃとても飛べないんだとか。うろ覚えだけど。


「学者の話では、空イルカたちは魔力で飛んでいるそうですよ」


 と、私の疑問にティーアが答えてくれる。


「魔力で?」


「はい。そもそも魔物は普通の動物とは体の作りが違いますから、我々とは違う法則で力を振るうのだとか」


「へぇー」


 さすがファンタジー世界の生き物。きっと体の中に魔力袋とか反重力飛行器官とかあるに違いない。


「まぁ空を飛んでるから研究はたいして進んでいニャいって話だニャ」


 あー、空を飛んでたら捕まえるのは大変だもんねー。


「でもこの鳥馬車の鳥みたいに空を飛ぶ生き物を使えば捕まえる事も出来そうだけど?」

鳥って空の上から水の中の魚を捕まえるし、雲の中なら水の中よりも簡単に捕まえる事が出来るだろう。


「それがなかなかそうはいかないのです」


 しかしティーア達がそれは難しいと首を横に振る」


「アレを見れば分かるニャ」


「アレ?」


 ニャットの指さした方向は一面の雲の海が広がっているだけだった。

 うーん、雲の中は視界が悪いって事かな? と思ったその時だった。

 突然雲が黒く染まっていったのだ。いや違う、黒くなったんじゃない、中から何かが出て……


「うぇ!?」


 なんと雲の中から巨大な目玉が突き出してきたのである。


「な、なななななななっ!?」


目玉!? 何で目玉!? しかも目玉はギョロギョロと動き回ったかと思うと私達に気付いたと言わんばかりにこちらを見つめてきた。


「……ひぇっ」


「アレが雲の主だニャ。雲の中に暮らす生き物を狙ってきた獲物を逆に雲の中に引きずり込んで食べるのニャ」


確かに雲の中では目玉の本体であろうナニカがウニョウニョと蠢いているのが見える。

 何も知らない獲物がフラフラ近づいてきたら中で蠢くナニカが一斉に襲ってくるのだろう。


「あ、うん。アレは無理だね」


 私が固まっていると鳥馬車は雲から遠ざかっていき、ある程度まで離れたら目玉も雲の中に消えて行った。


 め、めっちゃ怖かったー! この世界の雲怖すぎでしょ!

 メルヘンの欠片もありゃしない! オシッコちびるかと思ったぞ!


「不幸中の幸いなのは、あの雲が地上に降りてこない事ですね」


 うん、分かる。アレが人が寄り付かない空の上にしかいなくて良かったよ。


「あんなのが居るんじゃ、雲イルカは獲れないよねぇ」


 うーん、ちょっと残念だ。

 空の上で暮らす魔物の魔石なんてきっと凄く不思議な力を持っているに違いない。

その魔石を合成して変異種の魔石にすればきっと凄い機能を武具に持たせる事が出来ただろうに。

でも、その為にあの目玉と戦うのはゴメン被りたいかなぁ……


「けどあんなのが居たら空を飛ぶのは危険じゃないの?」


 ふと、私はこの空の旅が予想よりも危険な物なのではないかと気付く。

 だってあんなヤバそうな魔物に襲われる危険があるにも関わらず、この鳥馬車にはパラシュートの一つもなさそうなのだ。

 正直言ってかなり怖くなってきた。


「大丈夫ですよカコお嬢様。鳥馬車には魔物よけのマジックアイテムがありますので」


「そうなの?」


 って事はそこまで危険じゃ……ない?


「鳥馬車は乗車賃が高い分設備が充実しているのニャ。その証拠に昼飯を食っても車内で匂いが混ざっていないのニャ」


「あっ、言われてみれば」


 確かに皆が全く違う食事をしていたのに車内の匂いが混ざったりしていない!


「話を戻しますが、鳥馬車を運んでいる使役魔物もそれなりの強さなので弱い魔物は近寄ってすら来ません」


 そっか、確かにこんなに大きな鳥に喧嘩を売る奴はいないよね。


「じゃあこの鳥ってさっきの目玉よりも強いの?」


「いや、この鳥はそこまで強い魔物じゃニャいのニャ。あの目玉の方が圧倒的に強いニャ」


「え? じゃあ何であの魔物は襲ってこなかったの?」


「それはあの魔物が自分の縄張りからは出ない魔物だからですよ」


「ふえ?」


 突然聞きなれない男の人の声に顔をあげれば、そこには車掌服のような衣装を着たおじさんの姿があった。


「この度は当鳥馬車にご乗車頂き誠にありがとうございます。わたくしこの鳥馬車の御者を務めますカムレと申します」


「は、初めまして。マヤマ=カコです」


 豪快な見た目とは裏腹な丁寧な挨拶に面食らいつつも、私は挨拶を返す。


「お嬢様はあの魔物が出てこない事が心配の様ですがご安心ください。ああいった雲の中で暮らす魔物は自分の縄張りである雲からは出てこないのですよ」


「そうなんですか?」


 雲の中があの魔物の縄張りなの!?


「ええ、理由は分かりませんが、鳥のような魔物とは違い、雲の中に住む魔物は恥ずかしがり屋のようで中から出てこないのですよ」


 とカムレさんはちょっぴりおどけた様子で語る。


 成る程、確かに地球の生き物でも縄張りから出ようとしない生き物っているもんね。

 人間に飼われているフクロウとかは、お迎えした時に家の中を案内して慣れさせないといけないってテレビで見た事があるよ。

 子供の頃に歩き回った場所を自分の縄張りとして認識するからとかなんとか。

 だからそれを怠って寝床のある部屋でだけしか放さないでいた飼い主さんが、いざお風呂に入れようとした時に浴室に行くのを嫌がって大変だったんだとか。


「そうだったんですね。でもそれじゃあ雲の外で暮らす強い魔物とかはどうなるんですか?」


 うん、あの目玉を心配しなくて良くなったのは良いけど、そうなると目玉とは違ったアウトドア気質の魔物達が相手だとどうなるのか知りたい。


「簡単です。その場合は地上に降りてやり過ごします。強い魔物は基本的に大型化する傾向にありますから、地上に降りて物陰に隠れて姿が見えなくなるまでやり過ごすのですよ」


「ああ、なるほど……」


 物凄くシンプルな答えが返って来た。

 でもまぁ空の上じゃ攻撃手段も限られているからね。護衛を雇おうにも皆が皆弓や魔法を扱えるわけじゃないだろうし。


「安心なさいましたか?」


「はい。色々教えてくれてありがとうございます!」


「はっはっはっ、また聞きたい事があったら何でも聞いてください」


「あっ、じゃあ一つだけ良いですか?」


 私はさっきか疑問に思っていた事をカムレさんに聞いてみる事にした。


「何ですか? 彼女がいるかですか? それとも年齢ですか?」


「御者さんなのに魔物に指示を出さなくていいんですか?」


 うん、凄く気になってたんだよね。

 今の状況って運転手がハンドルを握らずにアクセルだけ踏んでる状態だと思うんだ。


「ああ、それこそ心配要りませんよ。私の相棒はもう何度も目的地まで飛んでいますからね。私が何もしなくても勝手に目的地まで飛んでくれるんです」


「おぉう」


 有能だなこの鳥の魔物。


「クェェェェェ!!」


 と、そんな時だった。突然鳥の魔物が鳴いたのだ。

 何!? もしかして本当に強い魔物が来たの!?


「お前も働けって言ってるニャ」


 けれど、ニャットが翻訳した鳥の鳴き声は大変世知辛い内容だった。


「……はい」


 もう一度鳥の魔物が鳴くと、カムレさんは観念したように御者室へと戻っていったのだった。

 うん、鳥の魔物君は頼りになる相棒だなぁ。

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