第54話 フォア ザ メイド ヘブン
「って、なんでティーアがここに居るのぉーっ!?」
なんとさっきから私に色々教えてくれていたのは、ウチのメイドのティーアだった。
「カコお嬢様、他のお客様のご迷惑ですよ」
「あっ、すみません!」
「はっはっはっ、気にしなくていいよ。子供は元気が一番だからね」
慌てて周りの人達に頭を下げると、お客さん達は子供のする事だからと許してくれた。
うう、子供じゃないんや。子供じゃないんやけど、子供だからと許して貰えたのでツッコミづれぇー!
「そ、それより何でティーアがここに居るの!? ティーアは侯爵家のメイドでしょう!?」
周りの迷惑にならないように私は小声でティーアを問い詰める。
「それは勿論カコお嬢様のお世話をする為です。そもそも侯爵家の令嬢がお忍びとはいえ一人旅など許される筈もございませんよ」
「で、でもニャットもいる……はっ!?」
私はまさかとニャットに視線を向けると、ニャットはニヤリと笑みを浮かべる。
「ニャーは何も聞いてニャいが、まぁ予想できた話だニャ。寧ろおニャーが今の今まで気付かニャかったのが驚きだニャァ」
プークスクスと言いたげなニャットの口調に私は怒りがこみ上げる。
「おのれこのモフモフ! この借りは絶対返すからニャ!」
「ニャのアクセントがニャってニャいニャ」
「まぁまぁカコお嬢様。それに私が居ると色々と便利ですよ」
「いろいろって?」
「まず身の回りのお世話を全部できます。朝のモーニングコールからお着替え、食事の準備、お洋服の洗濯、沐浴のお手伝い……」
「いやいや、そこまで求めていないから」
「それに私がいるとお嬢様のお仕事の交渉のお手伝いが出来ます」
「交渉の手伝い?」
「はい。商人達と交渉する際にお嬢様の見た目は良くも悪くも侮られる要因になります。しかしそこに従者である私が居れば、お嬢様の後ろに従者を付けてくれるだけの力を持った存在がいる事が透けて見えます」
「むむ……」
「どうですか? 私はお役に立ちますよ」
うーん、どうしたものか……確かに便利なんだけど、実験をする時には不便なんだよなぁ。
「カコ、どのみちもう鳥馬車は飛んでるから帰す事も出来ないニャ」
「あっ」
そうだった! 鳥馬車はもう発車しちゃったんだ!
空を飛んでいるから馬車みたいに途中で止まって降してもらうのも無理だろう。
見れば既に東都は小さくなっている。いや鳥馬車ホント速いな。
「……分かったよ。ティーアが付いてくるのを認めるよ」
「ありがとうございますカコお嬢様」
くっそ、私が認めざるを得ない状況にする為に鳥馬車が発車するまで黙ってたなこのメイドめぇ。
◆
やむをえずティーアの同行を受け入れた私は、気分を入れ替えて空の旅を楽しむことにした。
何しろ初めて俯瞰の視点から見る異世界だ。
遠目から見ても不思議なもので溢れているのである。
小さな真円の形の湖が等間隔に六つ円を描いた湖や、山から突き出した巨大な水晶? の柱とか、山の頂点から炎が天高く噴き出しているのに溶岩や噴煙が溢れる訳でもない不思議な火山など、地球では存在しないものであふれているのである。
「うわーっ! うわーっ!」
こんな光景が次から次にやってきたら、多少の不満なんて吹き飛んでしまうのも仕方がないと言えよう。
「カコお嬢様、そろそろ昼食にいたしませんか?」
「え? もうそんな時間?」
どうやら空の旅に夢中になっている間にかなりの時間が過ぎていたらしい。
でもお昼ご飯ってどうするんだろう? 飛行機みたいに機内食が出るのかな?
「お屋敷の料理人達がカコお嬢様の為に用意してくれたお弁当ですよ」
そう言ってティーアがポケットから取り出したのは大きなお弁当箱だった。
「え!? ポケット!? え!?」
ちょっと待って、何でポケットからそんなデカイお弁当箱が出てくるの!?
「ポケットの中に魔法の袋を挟み込んで固定してあるのです」
「え!? そんな事できるの!? 魔法の袋って加工したら壊れちゃうんでしょ?」
「袋そのものを傷つけるのではなく、服に袋を固定する簡単な仕掛けを作っておくのです」
成程、そういう使い方があったのか。
そっか、私の服にも内ポケットとか作っておけば小さい魔法の袋を仕込んだり出来るんだね。
「ねぇティーア、後で私の服にも魔法の袋を仕込むポケットを作ってくれる?」
「お嬢様の服に私が細工をっっっ!? ……畏まりました。南都に到着いたしましたら作業に取り掛からせて頂きます」
うん、やってくれるのは嬉しいんだけど、今の妙な過剰反応はなんだったのかな?
「さぁさ、お食事になさいましょうカコお嬢様。ニャット様の分も用意してありますよ」
「早く寄こすニャ!」
ニャットが尻尾をタシタシと手すりに叩きつけてお弁当を催促している姿を見ながら、私はお弁当を頂くことにする。
「どれからお召し上がりになりますか?」
まってティーアさん、何でティーアがフォークを持っているのかな?
「えっと、そのフォークが欲しいんだけど」
「ご安心を。私がお嬢様のお口に運びますので」
幼児かっ!
「自分で食べるから渡して!」
「しょぼーん。お嬢様の可愛らしいお口に料理を運びたかったのですが」
せんでいいせんでいい。
なんというか、侯爵家の人達って私を見た目以上に子供扱いしてないか?
うむむ、これはなんとかした方が良いなぁ。
具体的には一人で何でもできるもんと証明する必要がある。
私はティーアからフォークを分捕ると自分のペースでお昼を食べ始めた。
「お嬢様、スープをふーふー致しましょうか?」
「せんでいい!」
だから幼児扱いするなっちゅーに!
「プククニャ」
このネッコォー!
「おっと手が滑った!」
さっき笑われた怒りを喰らえ! 必殺おかずスティール!
「甘いニャ」
しかしニャットは私の攻撃を読んでいたのか華麗に回避すると逆に私のおかずを奪っていった。
「ああっ! 後で食べようと思ってたお肉を!」
「クックックッ、隙だらけだニャ」
「おにょれぇ~!」
何とか隙を付いてニャットのおかずを奪……おうとした私の肩を誰かが掴んだ。
えーい誰だ! 今立て込んでいるんだから……
「カコお嬢様、お行儀が悪いですよ?」
振り向いたら、ティーアがにこやかな笑みを浮かべていた。
ただし目は全く笑っていない。
「他のお客様のご迷惑ですよ」
その言葉に視線を周囲に向ければ、他のお客さん達が生暖かい眼差しでこちらににこやかな笑みを浮かべていたではないか。
「はぅわ~!?」
「侯爵家のご令嬢がそのようなはしたない真似はいけませんよ」
「は、はい……」
めっ! と私を叱ったティーアは、しかし次の瞬間満面の笑みを浮かべてこう言った。
「罰として、今日のお昼は私が食べさせて差し上げますね」
こうして、記念すべき初めての空の旅の昼食は、衆人環視の中、延々とメイドにあーんさせられる羽目になったのだった……
「ささ、カコお嬢様、あーん」
おぅふ、恥ずかしい……
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