南都編

第51話 南国の誘い

 オグラーン伯爵とキマリク盗賊団関係の事件が無事解決し、ついでに家族会議を無事終えた私は次なる目的地はどこにしようかと模索していた。


「お義父様も言っていたからとりあえずは国内を巡ってみようと思うんですけど……」


 朝食の後、お茶を飲みながらの家族の団欒の場で私はそれについて相談してみる。


「だったら王都はどうだ? あそこは国中から物が集まる。カコが興味を持つ品物も見つかるだろう」


 ふむふむ、王都か。確かに王都なら国で一番栄えているだろうし、いろんなものがあるだろうなぁ。


「あら、それなら北都も良いわよ。冬は凄く寒いけど夏場は避暑に最適だもの。北の地は豊かな土地ではないけれど、あの土地でしか手に入らない品がいくつもあるのよ」


 ほほう、北国ですか。避暑地と言う事は北海道や軽井沢みたいな感じなのかな?


「となると私が勧めるのは南都かな。あそこは国で唯一の港がある。だからこそあの地は王都とは別の意味で国中から商人が集まるのだよ」


 港町かぁ。横浜の中華街や赤レンガ通りみたいな感じなのかな?


 成程ねぇ。一言で国内と言ってもどこも特色があるんだなぁ。


「そうなると西……」


 西都はどんなところなんですか? と聞こうとしたその時だった。


「旦那様、お客様でございます」


 マーキスがいつもとは違う雰囲気で食堂に入ってきたのである。


「ふむ? 今日はこの時間に面会予定は無かった筈だが?」


 どうやら予定していたお客さんじゃないみたいだ。


「それが、いらっしゃったのはバルヴィン公爵家の方でございます」


「「バルヴィン公爵家の!?」」


 バルヴィン公爵家と聞いて、家族の顔付きが変わる。


「分かった。すぐに行こう」


「それと、先方はカコお嬢様との面会も希望されております」


「え? 私? 何で?」


 どうして貴族が私なんかを? って言うか何で知ってるの!? 超怖いんですけど!?


「何でもオークションに出品された魔剣の件でお話ししたい事があると」


「魔剣の?」


 ああそういう事か。確かにあの魔剣は私の物だしね。

 でも一体なんの話だろう?


「……どうするカコ? 嫌なら断っても構わないよ」


 お義父様は私を気遣ってくれたけど、相手の真意が分からない以上断る訳にもいかない。


「いえ、会います。魔剣について話がしたいと言うなら、相手の目的を確認したいですから」


「分かった、では一緒に行こうか」


 私とお義父様はバルヴィン公爵家の人に会いに、応接室へと向かう。


「ところでバルヴィン公爵ってどんな人なんですか?」


「バルヴィン公爵はこの国の南にある南都を統べる大貴族だ。公爵の爵位は貴族のなかでは最高位であり、王族が貴族となった家に与えられる爵位だよ」


「王族なんですか!?」


 うおお、ロイヤルなファミリーが登場ですか!?


「立場としては元王族かな。それでも王族であったという事実は強い意味を持つ。またさっきの話題でも話したけれど南都はこの国唯一の港がある事でも有名だ。ああ、そういえば海は分かるかい?」


「はい! 湖よりも大きい水溜まりですよね!」


 まぁ地球に居た頃は海水浴に行ったこともあるからね。

 でも私はこの世界の海を知らない。

 もしファンタジー世界の海が私の常識とかけ離れていたらマズいので、あえてざっくりした知識で対応する。


「そうだ。私も一度だけ南都の港町に行った事があるが、海の広さは凄いぞ!」


 ふむふむ、聞いた感じだと地球の海と変わりないっぽいね。


「南都は港を介して多くの国、それに海の種族との玄関口になっているんだ」


「海の種族ですか?」


「ああ、人魚族だね」


「人魚!?」


 うおおー! 人魚! この世界には人魚が居るのか!!

 って事は南都に行けばマジもんの人魚に会えるのか。かなりワクワクするなぁ。

 ……この世界の人魚ってどんな服着てるんだろう? 人間と同じ服かな?それとも貝殻の……

 

「……それゆえ貴族としての地位だけでなく財政面でも優れており、非常に豊かな土地なんだ。しかしその利点を狙って南部を狙う敵も多い事から、自衛のための戦力にも優れている。やや海軍力に寄ってはいるが我が国有数の戦力なのは間違いないんだよ」


 おっといけない。人魚の服が気になってお義父様の説明を聞きそびれるところだった。


「な、成る程、そうなんですね」


「それなのですが、商人ギルドから得た情報では、此度いらっしゃった方はバルヴィン家の次男であるレイカッツ様だそうです」


 私達の会話が途切れるのを待っていたのか、ここでマーキスが相手の名前を告げる。


「海軍中佐のレイカッツ様か!」


「知っているんですか?」


「ああ。バルヴィン家でも名の知れた軍人だ。指揮官としてだけでなく剣士としても相当な技量を有する人物だよ」


「凄い人なんですねぇ」


 いわゆる名将って奴なのかな?

 戦略シミュレーションゲームなら指揮能力と戦闘力が高い一軍ユニットなんだろうなぁ。


「代わりに武器使いの荒さで有名な人物なんだけどね」


「武器使いの荒さですか?」


 また妙な評価だなぁ。

 物を大事にしない人とか?


「ああ、海は強力な魔物も多いから、武器を破損したり失ってしまう事が多いそうなんだよ。なにより揺れる船の上だからね。うっかり落として海の藻屑になんてことも少なくないそうだ」


 あー、それはそうかも。

 浅瀬の川ならともかく海だもんね。

 すこしでも水深が深い場所に落としたら回収は難しいだろうし、なによりこの世界には鮫より危険な魔物が要るんだから海に潜る事自体が命取りになりかねないんだろう。


「で、レイカッツ殿は道具惜しさに命を失っては意味が無いと思い切りよく武器を手放したりするんだそうだ。戦士としては正しいが、はたから見ているとやきもきするんだろう」


 成程、そう言われると確かに高価な道具とはいえ、それに執着しすぎて死んだら元も子もないもんね。


「さて、それではレイカッツ殿と会おうか」


 ◆


「お待たせしました」


 お義父様に続いて部屋に入ると、ソファーに座っていたお客様が立ち上がる。


「おお、これはクシャク侯爵!」


 その人は何とも豪快な見た目で、スポーツマンというには野性的な人だった。

雰囲気としてはちょっと冒険者のイザックさんに似ているかな?

 違うのは圧倒的に洗練された優雅さだ。

 豪快な感じなのに華やかさを感じる。


「お久しぶりですなレイカッツ殿。最後にお会いしたのは王都で開催されたパーティの時ですか」


「あの時の事を覚えておいででしたか!?」


「それはもう。貴方のお父上から大層出来の良い息子だと自慢されましたからね」


「ははは、武術以外はからっきしと言われております」


 と、そこでレイカッツ様が視線をこちらに移す。


「ところでクシャク侯爵、そちらの可愛らしいお嬢さんを紹介してはいただけませんか?」


「これは失礼。娘のカコです。カコ、レイカッツ殿にご挨拶を」


「初めましてレイカッツ様。カコ=マヤマ=クシャクと申します」


 私はドレスの裾をつまみ、お母様から教わったカーテシーをしながら挨拶をする。

 ふっふっふっ、パーティ前に淑女の仕草はしっかり仕込まれたからね。ちゃんとあいさつは覚えたよ!


「初めまして、カコ嬢。私はレイカッツ=エルト=バルヴィン。バルヴィン公爵の不出来な次男です」


 見た目は豪快な感じのレイカッツ様だったけど、その挨拶はさすが貴族と感心するほど洗練されていた。


「ふふ、私にはとても洗練された殿方に見えますよ」


 いやホント。なんちゃって令嬢の私なんか比べ物にならないくらい立ち居振る舞いが自然なんだよこの人。


「いやいや、私など貴女の妖精のような愛らしさにはとてもかないません」


 うーん、結構きさくなお兄さんだなぁ。

 っていうか歯の浮くようなセリフを自然に言う人だなぁ。


「それでレイカッツ殿。本日の来訪の目的なのですが」


「おお、そうでした! カコ嬢があまりにも愛らしくてうっかり目的を忘れておりました」


 とそこでレイカッツ様は姿勢を正す。


「その前に先触れなく参った無礼どうかお許し願いたい。故あって供を付けずに来ましたので」


「供を付けずに!?」


 お供を付けずに来た事にお義父様が珍しく感情をあらわにして驚く。

 まぁ確かに貴族がお供を付けずに歩き回るのは珍しいよね。


 日本で暮らしていた私からすると時代劇の暴れん坊ジェネラルとかアニメや漫画で王子や王様がフラフラ出歩いてるのはよくある光景だったからあんまり違和感ないんだけど。

 まぁこの世界はリアルで危険だから護衛はガチで必須なんだよね。

 実際私も死にかけたし誘拐されたもんなぁ。


「ええ。そのせいで来訪を告げる先触れを出すことが出来ませんでした」


「いえ、お気になさらず。しかしこの東都にいかなる用向きで?」


 と、お義父様はレイカッツ様の謝罪をそっと流し、何で東都に来たのかと尋ねる。

 まぁ王族の血を持つ人が一人で自分の縄張りに来たらそりゃあ警戒するよね。


「いやそれが、元々東都に用があった訳ではないのです。ここに寄ったのは旅の途中だったからなのですよ」


 しかしレイカッツ様はここに用事があったわけではないと答える。


「なるほど、そういう事ですか」


 私にはよく分かんなかったんだけど、お父様はそれで納得がいったのか頷いている。

 うーん、何か私の知らない事情があるみたいだね。


「だがそのおかげであの魔剣に出会えたのです!」


 と私がレイカッツ様の事情を推測していたら、突然魔剣がどうとか言い始めた。


「あれは本当に素晴らしい魔剣でした。一人の戦士として、アレを一目見た瞬間から手に入れずにはいられないと思う程の逸品でした。あの魔剣を落札できた事は私にとって幸運であったと言わざるを得ない!」


 落札? ああもしかしてこの人の言ってる魔剣って私がオークションに出品した魔剣の事?

 わざわざウチに来て話してる訳だし、多分そうなのだろう。

 ですが、とレイカッツ様は肩を竦めながらため息を吐く。


「だが残念なことにあの魔剣は私が受け取る前に盗まれてしまったのです」


 あー、うん。キマリク盗賊団に盗まれたんだよね。

 でも魔剣はもう取り戻して……あれ? 取り戻してどうしたんだっけ?

 私の手元にはないから、落札者に渡したんじゃないの?


「残念なことに魔剣が盗難にあった事でオークションは無効となってしまいました。ですがその後盗まれた魔剣を取り戻したとも聞き及びました」


 あー、オークションは無効になってたのか。

 確かにいつ取り返せるか分からない以上、取引は中止にせざるを得ないもんね。


「クシャク侯爵、あの剣は侯爵家が出品したものなのですよね? であればあの魔剣はここにある筈。改めてお願いいたします。あの魔剣を私に譲っていただきたい!!」


 成程、この人は私の魔剣が欲しくてウチに来たんだ。


「ふむ、成程。そういう事情でしたか」


 レイカッツ様がやって来た事情を知ったお父様は成程と頷く。


「ですが申し訳ない。あれは私の物ではなく、預かりものなのです。その為私の一存では決める事が出来ないのですよ」


 まぁ私の私物だしねぇ。


「ええ、存じております。あの魔剣はそちらのカコ嬢の物だとか」


 ああ、そこで私が呼ばれた理由に繋がる訳ね。


「カコ嬢、改めてあの魔剣を私に譲っては頂けませんか?」


 レイカッツ様はかがみこむと私に視線を合わせてお願いしてくる。

 うん、こちらに視線を合わせてお願いしてくるのは私を対等な取引相手と見てくれていると分かって良い印象を持つ。

 ただ……小っちゃい子を相手にされているようでそれはそれでむかつく!


「……カコ、もしも君が万が一どうしてもアレをも譲りたくないというのなら、無理に譲る必要はないよ?」


「は、はい」


「本当に無理はしなくていいからね? お金の心配なんてしなくていいんだよ?」


 ……お義父様、めっちゃ渡したくなさそうですね。


「幸いオークションが中止になった事で支払うはずだった代金は手元にあります。譲って頂けるのでしたら今すぐ即金で支払いますよ」


 うぉぉ、確かあのオークション金貨3500枚で売れたって言ってなかったっけ?

 それを即金で支払うとか、公爵家の財力凄いなぁ。

 まぁ別に私はアレを売っても構わない。お義父様は凄く嫌そうだけど。

 でもその前に聞いておきたい事があった。


「その、何故レイカッツ様はアレをそこまでご所望されるのですか? 確かに良い剣だとお義父様達も仰っていましたが、剣としてはとても地味な物だと思うのですけど?」


 私の言葉にお義父様はウンウンウンウンと首を何度も縦に振る。


「それが良いのですよ!」


「え?」


「あの魔剣は見た目が普通の剣なのが素晴らしい! いかにも名剣といった装飾と輝きを施されていれば、さぞ名のある名剣なのだろうなと敵を警戒させてしまいます。良き剣、特に魔剣ともなれば生半可な剣なら真っ二つにしてしまうこともありますからね」


 確かに、地球で剣を振るなら多少の素材の違いはあれどもそこまで大きく性能に差は出ない。……出ないと思う。

 けどこの世界は剣と魔法のファンタジー世界だ。普通の剣と魔剣の性能の差は大きい。


 それにミスリルといった不思議金属もある。

 だったら純粋に剣の性能だけで強敵に勝利できてしまうようなトンデモアイテムが存在していてもおかしくはない。


「そういう意味ではあの魔剣は敵を油断させるのに最適なデザインと言えるのです。刀身をしっかり見れば、その非凡さが分かるだろうが、戦場で相手の武器を悠長に見ていたら命とりになります。更に鍔迫り合いになる程接近すれば、剣の美しさを間近で見る事になるでしょうから、それで相手の注意を逸らす事も出来るというもの!」


 つまりレイカッツ様は見た目が平凡な凄い名剣が欲しかったと?

 珍しい考え方の人だなぁ。いや寧ろ徹底した現実主義って奴なのかな?


「ですのでカコ嬢、ぜひともあの魔剣を私に譲って頂きたい!」


 ふむ、そういう事ならまぁ良いか。

 何より純粋に私の作った魔剣を欲してくれると言うのが好ましい。


「分かりました。お譲りしましょう」


「おお! ありがとうございますカコ嬢!」


「カコォォォォォォォ!?」


 お父様、そんなこの世の終わりが来たかのような顔をしないでくださいな。


「ではオークションに出品した底なし沼の魔剣でよろしいですか? それとも他の魔剣にしますか?」


「他の魔剣?」


 私の言葉にレイカッツ様がえ? と目を見開く。


「底なし沼の魔剣の他にも吹雪を起こす魔剣があります。純粋な剣としての性能は同じくらいですね」


「ほう! 吹雪の魔剣!」


 もう一本の魔剣の話を聞いてレイカッツ様が興味津々な様子になる。


「一度実物を見てみますか?」


「是非!」


 そんな訳で私は吹雪の魔剣をレイカッツ様に見せた。


「成る程、これは素晴らしい。寧ろ効果を聞く限りこちらの魔剣の方が私の戦場には向いているといえますね」


 多分レイカッツ様が言っているのは海の上、船上での戦いの事だろうね。


「カコ嬢、ぜひこの吹雪の魔剣を譲って頂きたい」


「分かりました。ではオークションで落札された金額と同じ金貨3500枚でよろしいですか?」


「おお! ありがとうございます!」


 そう言うとレイカッツ様は懐から魔法の袋と思しき袋を取り出すと、テーブルの上に大量の金貨をザラリと載せてゆく。


「商人ギルドに渡す予定だったものですので、金額はピッタリ合っている筈ですよ」


 おおう、スゲェな。テーブルの上が一面金色だ。

 あまりの黄金っぷりにちょっと気押されつつ、私は吹雪の魔剣を差し出す。

 何はともあれ、金貨3500枚ゲットだぜー!


「いやー、良い取引をさせて貰いました」


 レイカッツ様は吹雪の魔剣を魔法の袋に入れると、ホクホク顔で私にお礼を言ってきた。


「いえ、こちらこそお買い上げいただきありがとうございます」


「カコ嬢とは今後も良いお付き合いをしていきたいものですね」


「私もレイカッツ様のような気前の良いお客様でしたら喜んで」


 何しろ公爵家だもんねー。金払いが良い客は大事にしないと。


「そうだカコ殿。新たな商品をお探しならぜひ南都にもいらしてください」


「南都にですか?」


「ええ、我がバルヴィン家が治める南の都はこの国唯一の港と言う事もあって、国外の珍しい品が頻繁に入ってくるのですよ」


「それは面白そうですね」


 そういえばさっきもそんな会話していたなぁ。


「でしょう? それに海産物が豊かで、魚だけでなくサンゴや真珠なども特産品として有名なのです」


「お魚ですか!」


 と言う事はお刺身とかあるかな? それにカニとか昆布とか鰹節とかもあるかも!

 おお、海産物があればカツオ出汁や昆布出汁で料理の幅が広がるよ!

 良いなぁ海!


「南都に来たら是非我がバルヴィン家に寄ってください! 全力でもてなしますので!」


「あはは、お手柔らかに」


 うん、絶対バルヴィン家には近づかないようにしよう。

 商売をする時はクシャク家の方じゃないお忍び用のギルドカードを使う事にしよっと。


 ◆


「と言う訳で南都に行こうと思うんだ」


 レイカッツ様との交渉が無事終わった私は、部屋に戻ってニャットと今後の相談をしていた。

 目的地はレイカッツ様に教えてもらった南都だ。


「良いんじゃニャいか? 海は魚が沢山いるからニャ」


 やっぱりニャットも猫だけあってお魚が好きなんだね。

 お魚くわえてお散歩しちゃったりするのかな?


「よし、それじゃあ次の目的地は南都にけってーい!」


 こうして私は新たな目的地に向けて準備を始めるのだった。

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