第50話 幕間 クシャク侯爵の独り言

 私の名はエルヴェント=クシャク。

 カイナス王国の東部を統括する侯爵家の当主だ。


 とある事情から私はある少女を養女として迎え入れた。

 娘の名前はカコ。夜の闇のように黒い髪をした妖精のように神秘的で愛らしい少女だ。


 この子は私達の実の娘であるメイテナの恩人だそうだ。

 色々あって保護してほしいと頼まれたのである。

 そこで私は妻と前もって相談して、最終的にはその少女と直に話し合って決めることにした。


 そしてメイテナが件の娘を連れてやって来た。


「あら可愛い~!!」


 私達は二階の窓からメイド達の歓待を受ける少女を見つめていた。

 確かに妻の言う通り可愛らしい子供だ。

 この辺りでは見当たらない珍しい髪の色に、驚くほど愛らしい容貌。

 あれほどの娘が平民の子として暮らしていたら、間違いなく人攫いに誘拐されていた事だろう。


「あの子にはどんなドレスが似合うかしら、ああアクセサリも考えないと!」


 妻はもうあの子にメロメロになっていた。

 その気持ちは私にも分かる。

 離れた場所から見ているにも関わらず愛らしさが伝わってくるのだ。

 まるで神々から人に愛される加護を授かったかのような愛らしさだ。


「絶対あの子をうちの子にするわよ~!!」


 うむ、正直賛成だ。我が子に迎え入れたい。

 ウチの子供達は皆可愛げがない子供時代だったからなぁ。


 だがその印象も直接話をして大きく変わる事になる。

 マヤマ=カコと名乗ったこの少女は、見た目の幼さの割に、その瞳に高い知性を宿していた。

 そして見た目の年齢以上の喋り方。


 この子は私達と会話を行いながら、その内心で様々な損得を考慮して発言している。

 そういえばこの子は商人ギルドに登録していると言っていたな。

 という事は算術や文字の読み書きも学んでいる筈。

 そこから考えると、この子の親はそれなりに地位のある人物だったか、何らかの知的階級に居たのだろう。

 でなければこれ程利発で賢く、それでいて脇の甘い子には育つまい。

 おそらくこの子の親は人間の醜さや小賢しさを教える前に先立ってしまったのだろうな。

 

 この子は学んだ知識の割に善性が高すぎる。侯爵からの養子縁組を遠慮するなど普通はあり得ない事だ。

 浮世離れしている、そう言えるほどカコは人の良さがにじみ出ている子だった。


 うーむ、これではあっという間に心無い人間達の食い物にされてしまうぞ。

 私はこの子を保護しなければいけないという義務感を強くする。

 そして説得の末、なんとかカコを私達の養女として迎え入れる事が出来た。

  

 正直実の娘が可愛げの欠片もなく育ってしまったので、純粋に私と妻は大喜びである。

 よーし!可愛い娘が出来たぞぉー!

 はっはっはっ、良いなぁ、可愛い盛りの娘にお義父様と呼ばれるのは。

 よーし、パパ、ドレスでも何でも欲しい物を買ってあげちゃうぞー。

 あっ、はい。ドレスは母の役目ですね。


 あー……そうだ! 付き人を付けてやらないとな。

 貴族の世界に慣れていないだろうし、有能なものを選出しないと。

 メイドの仕事だけでなく腕の立つ者を選ぶとしよう。


 あとは……そうだ! 商人ギルドに登録していると言っていたな。

 では取引がしやすいように上位の商人にランクアップさせてあげよう。

 うむ、これならあの子も喜ぶだろう!


 と思ったらとんでもない事が起きた。

 とある事件に関わっていると思われる貴族の気を引く為と、見た事もない魔剣を持ってきたのだ。

 しかもこの東都に来てから仕入れた品だという。


 だが部下の話ではこの子が魔剣の取引をしていたという話は聞いていない。

 東都に来てから取引をしたのは装飾品としても使えないクズ石と錬金術師が研究していた質の悪い現代マジックアイテムくらい。


 明らかに普通でない手段で用意したのは間違いない。

 うわ、この子脇が甘すぎ。

 絶対高度な錬金術の技術か、生産系の神の加護を持ってるに違いない。

 もっと上手く誤魔化しなさい。


 うーむ、これは本格的に守ってやらないといけないな。

 陰ながら護衛を増やしておくとしよう。


 しかしこの魔剣、悪くない、大変悪くない。

 あれだ、これは当家の家宝にしても良いのでは?

 え? 売る? これを? 正気かい!?

 たかが伯爵の悪事を暴くためにこれ程の魔剣を手放す!?


 勿体ない、ああ勿体ない。

 なに? もう一本魔剣を用意してそれが本命の餌?

 ……良いだろう。この魔剣は当家の最大戦力を以って守って見せよう。

 そして事件が終わった暁には我が家の家宝にするとしよう。

 うむ、それが良い。


 狙い通り犯人と目されるオグラーン伯爵が襲ってきた。

 はっはっはっ、欲に目がくらんだ愚か者は仕事がやりやすいなぁ。

 奪われた魔剣も取戻し、見事オグラーン伯爵を捕えることに成功した。


 被害に遭った商人や貴族に貸しを作る事が出来たし、今回の事件は文句なしの結果と言えるだろう。

 いやぁ、あの子には感謝しかないな!


 と思ったら何故かカコが家を出ていくつもりだと、傍に付けておいたメイドから報告が上がってきた。


 は? 私達を巻き込んだことを気に病んで出ていく?

 むぅ、まさかそんな事を気にするとは……


 これは家族会議が必要だな。

 あの子は当家に幸いをもたらしてくれた女神の子なのだ。

 立派な大人になるまで守ってあげないといけないと妻とも約束したのだ。

 今更放り出すなどあり得ない。

 

 何よりまだ私は父親としてあの子と遊んでいないのだよ。

 妻ばかりあの子と遊んでズルイじゃないか!

 ……いや失敬。そんな訳で私達はカコを引き留める事に成功した。

 良いんだよカコ。これから家族としてゆっくり絆を深めていけばね。


 そしてイザック君。君にはこれから当家のルールやマナーを覚えてもらうよ。

 私の娘を娶るのだ。それに相応しい気品を身に着けてもらわないとねぇ。

 なぁに、時間はたっぷりあるんだ。じっくりと教えてあげよう。

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