第49話 緊急家族会議
「うーん……」
オグラーン伯爵が捕まってから二週間が経っていた。
既にオグラーン伯爵の領地にある本邸も国から派遣された王都騎士団と合同で調査が行われ、新たに大量の盗品が発見されたとの事だった。
発見された盗品の中には、平民だけでなく貴族の所有物もあったそうで結構な騒ぎになったんだとか。
そうなるともうただの盗難事件ではなくなり、オグラーン伯爵は爵位剥奪の上財産と領地も没収となった。
領地は国の預かりとなり、財産の一部は被害に遭った人々に慰謝料として支払われる事になった。
ちなみに私も金貨3500枚で落札された魔剣を盗まれたので、金貨1000枚が慰謝料として支払われていたりする。
そんな訳でキマリク盗賊団とオグラーン伯爵の問題は完全解決し、私は晴れて安全を手に入れた訳なのだが……
「はぁ……」
私の気分は晴れなかった。
晴れなかったので枕をフニフニしながらベスト形状を模索しているニャットの背中を撫でて毛並みを堪能する。
ちなみに尻尾は触らせてもらえなかった。
おのれ、何で後ろから触ろうとしてるのに避けるんだ。
「はぁ……」
それでも気分が晴れないのでニャットの背中に顔を埋めて猫吸いをする。
「すはぁー」
そしたら後頭部を尻尾に強打された。
「あいた!」
「ニャーの毛並みを堪能しながら辛気臭い声を出すニャ」
「ごめん」
「で、ニャにを悩んでいるのニャ?」
ニャットは尻尾で私の頭をペシペシしながらため息の理由を聞いてくれる。
正直ご褒美です。
「……相談に乗ってくれる?」
「聞くだけニャら聞いてやるニャ」
「あのね、お義父様達の事なんだけど……」
私は意を決して悩み事を相談する事にする。
「実は私、家を出ようと思ってるんだ」
「ニャにか新しい商売の種でも見つけたのかニャ?」
「ううん、そういうのじゃなくて、クシャク侯爵家を出ようと思うんだ」
「……本気で言ってるのかニャ?」
私の言葉を聞いたニャットが、枕のポジショニングを止めてこちらに視線を向けてくる。
「うん」
「どうしてだニャ? 侯爵家は権力も財力もあっておニャーの後見人としては最適ニャ。危険からおニャーを守ってくれるし、商売をする上でも後ろ盾にニャってくれるのニャ」
「そうなんだけどね、でもやっぱ怖いよ」
「怖い? ニャにがだニャ?」
私の言葉にニャットは首を傾げる。
「だって、私が居るとあの人達も危険に巻き込まれるんだよ?」
そう、オグラーン伯爵の要求を断った私は、パーティの帰りに彼が放った刺客に襲われた。
幸いお義父様の騎士団が護衛として同行してくれたおかげで事なきを得たけど、もしあれが護衛の少ない時だったらどうなっていたか。
それにメイテナお義姉様は冒険者だ。
お義父様達よりも単独で行動する時間が多い。
イザックさん達が一緒に居ればそうそう襲われることはないけど、一人になった時に狙われたら、たとえメイテナお義姉様が強くても数で押し切られる可能性は低くない。
事実イザックさんは上位の魔物の群れに襲われて片腕を失ってしまったんだから。
「つまりおニャーはこの家の人間を巻き込みたくないから出ていきたいと思ってるのニャ?」
「うん」
正直言って油断してた。
高位の貴族なら襲われないと思ってたのだ。
にも拘らず私の新しい家族は襲われた。
そう、私がいなければあんな事は起きなかったのだ。
「これ以上迷惑をかける訳にはいかないからね。何とか養子縁組を破棄してもらってただのマヤマ=カコに戻るよ。で、そうなるとまた身を守る手段がなくなるから、ニャットには改めて護衛を頼みたいんだよ」
「暫くはおニャーの護衛をしてやるって言ったからニャーはかまわニャいニャ」
「ありがとうニャット!」
よかったー、これで安心して家を出れるよ。
色々お世話になったから恩返しもせずに出ていくのは申し訳ないけど、これ以上長居して迷惑をかける訳にもいかないからね。
「……そう上手く行くかニャア」
◆
「これより家族会議を開催します」
「え?」
ニャットの協力を得た私は、養子縁組の件を破棄してもらうべくお義父様の部屋へとやって来た……ら何故か家族会議が始まった。
どうしてこうなった?
会議の出席者は私、お義父様、お義母様、お義姉様、ニャット、マーキス、ティーア、そして何故かイザックさん。
うん? 何か家族じゃない人が過半数を占めてませんか?
あっ、イザックさんは未来の家族枠ですか。分かりました。
あと参加者の配置もおかしいんですけど。私がソファーの真ん中でお義父様とお義母様が左右に配置。
しかも私の両腕は二人にガッチリホールドされていて、まるで逃亡しないように捕まっているような感じだ、というか実際その通りなのかもしれない。
そしてテーブルをはさんで対面はメイテナお義姉様とイザックさんという、なんか議題の相手が私じゃなくてお義姉様達のような構図なんですけど?
あとマーキスとティーアはドアを背に誰もここから出さないかのような構えになっていた。
おかしい、これは一体どういう事なんだ?
「さて、カコ、一体何が不満なんだい?」
「え?」
お義父様からの突然の質問に私は面食らう。
「そうよカコちゃん! 私達が嫌いになってしまったの!?」
同様にお義母様も私にぎゅーっとしがみ付きながら涙目で訴えてきた。
これは一体何事!? これじゃあまるで……
「何故家を出ようと思ったんだい? それも養子縁組の破棄まで求めて」
「なっ!?」
何でそれを!? まだ何も言ってないのに!!
「申し訳ございません、カコお嬢様」
と、ずっと無言でいたティーアが声をあげた。
「カコお嬢様が屋敷を出るつもりである事は私が旦那様にお伝えしたのです」
「ええっ!? ティーアが!?」
でもおかしいよ! 私はこの話をティーアにはしていない。
この話をしたのはニャット……まさか!?
「ニャーは言ってないニャ」
え? ニャットじゃないなら……
「聞き耳を立てていたのです」
「へ?」
聞き……耳?
「その、お嬢様はまだ貴族の世界に慣れていらっしゃいませんから、何か不便を感じる事があったらすぐにはせ参じようと思って耳を澄ませていたのです……」
いや耳を澄ませていたって、ちょっと耳良すぎない?
ドア越しなうえに広い部屋の中の音が聞こえるとか相当では?
「なにぶん内容が内容でしたので、旦那様に報告しない訳にはいかず……」
あー、はい、そう……ですか。
「カコ、ティーアを怒らないであげてくれ。彼女は君を心配して報告に来てくれたんだからね」
「あ、はい。それは……分かります」
ティーアが私を心配してくれたのは私にも分かる。
寧ろ心配をかけているのはこちらなので怒るのは筋違いってもんだ。
「ティーアが報告に来てくれたからこそ、私達もカコが何故出て行こうと思ったのかを知る事が出来たんだ」
おぉう、完全にこちらの考えは見透かされていたって事か。
「って、それじゃあ最初の質問は何だったんですか!?」
知ってたのならわざわざ聞く必要はなかったじゃん!
「ああ、カコをびっくりさせようと思ってね」
「……は?」
……いや確かに凄くびっくりはしたけどさ。
あー、けどそれなら話は速い。あんな事があったんだ。これ以上迷惑をかけるのは私の本意じゃない。
安全な環境が欲しいとは思ったけど、他人を命の危険にさらしてまで欲しいとは思わない。
だから情が湧く前に離れるべきなんだ。
「カコ、君は一つ、いや二つ勘違いしている」
しかし私がそれを口にする前にお義父様が待ったをかける。
「勘違い、ですか?」
「そうだ。君は私達を危険に晒したと思っているようだが、そもそも我々貴族にとって政敵に命を狙われる事は日常茶飯事だよ」
「そ、そうなんですか?」
それはちょっと殺伐としすぎてない!?
「だからこそ護衛を傍に置いて敵対する者達が攻めるだけ無駄だと考えさせているんだよ」
ま、まぁそれは理解……できる。いわゆる抑止力って事だよね。
攻めたら酷い目に遭うぞって。
「それだけではないぞカコ。町の外には魔物がうろついているからな。平民でも命の危険は日常茶飯事だと思うぞ」
「あっ」
い、言われてみれば……メイテナお義姉様に言われるまで忘れてたわ。
そもそも私この世界に来た当日に魔物に襲われて死にかけたんだった。
「そしてね、カコちゃん。二つ目の間違いはね」
と、お母様が私の頭を抱きしめながら告げる。
「私達はもうとっくに貴女を大切な家族だと思っているのよ」
「お、お義母様……で、でもまだ出会って一ヶ月も経っていないんですよ!?」
「あら、誰かを好きになる事に時間は関係ないと思うわ」
「そうだね。恋愛に一目惚れがあるのなら、家族として大切に思う事にも時間など関係ないと私も思うよ」
いやだからって……
「諦めろカコ。二人共私の両親だからな。一度決めた事はそう簡単に変えたりはしない。特に命の恩人にはな!」
そう言ってイザックさんの腕にギュッと抱き着くメイテナお義姉様。
「ソウダネ……ワタシモソウオモウヨ」
あっ、駄目です、メイテナお義姉様。イザックさんの寿命が凄い勢いで減ってます! 主にお義父様の殺気の籠った呪いの視線で!
「それにだ。一度結ばれた関係は養子であっても簡単に切ることは出来ない」
しかしメイテナお義姉様はそんな男性陣の修羅場にも気づかず話を続ける。
「下位貴族ならまだしも、侯爵家が迎え入れたばかりの養子を切り捨てたとなると醜聞が過ぎる。余程事情がなければそんな事は出来ん。しかもカコはまだ子供だ。周囲から拾った子供を即捨てるなど信じられないとバッシングは相当なものになるだろう」
子供と言う言葉を連発されて、私の中の反抗心がそこまで子供ちゃうわ! とツッコミを入れそうになったけど我慢我慢。今は真面目な話の最中だ。
「それにだ。一度養子になった嬢ちゃんが捨てられたら、何か相当な事があったに違いない。侯爵家の弱みになるぞと、ロストポーションの件とは関係なく嬢ちゃんを狙うだろうさ。迷惑がかかるのを躊躇うというのなら、寧ろそれは侯爵家側の方にこそ言えるのさ」
そう言ったのはイザックさんだ。
迷惑かけるのはお互い様だと言いたかったんだろうね。
「彼の言う通りだ。これについては君をただ保護するなら単純に後見人として後ろ盾になるべきだったと反省せざるを得ない。だが君はまだ幼い子供だった。人の親として、家族の愛情を与えてあげたいと思った我々の我が儘だよ」
家族の愛情かぁ……
お義父様達はそこまで考えてくれていたんだね。
ただ……ただね、正直言うとめっちゃ騙しているみたいで後ろめたいんですけどーっ!!
だって私の中身は結構いい年齢なんですよ!? それがこの幼い子に親の愛を教えてあげたいとか言われたらそりゃ後ろめたいにも程があるわぁーっ!
「ブフッ」
ちょっ! 何で笑うのさニャット!
「これはカコの負けだニャ。そもそも無理に親子を止める必要ニャんてニャいのニャ」
と、ここまで殆ど口を挟まなかったニャットが会話に参加してきた。
「そうそう。それにメイテナが俺達の恩人を助けたいと思って二人に頼んでくれた事なんだ。今さら止めたいと言われても俺達が困るぜ」
「……そうだぞカコ」
「そうだよ」
「そうよ~」
「そうですよカコお嬢様」
「そうですカコお嬢様!」
イザックさんの言葉に皆が頷く。
若干お義父様だけ反応に僅かな抵抗があったけど。
「う、うう~……」
つーか何この状況! 完全に私アウェーじゃんよぉ!
迷惑かけたくないと思ってそうしようとしたのに、寧ろその気遣いが迷惑になってる感じじゃん!
「カコちゃんがうちの子を止めるのを止めるって言わない限りお義母様は貴女を離しませんよー!」
「私も同じ気持ちだよカコ」
「あうう……」
「養子に誘った時も言ったが、カコが気楽な旅を再開したいなら自由にしていいんだ。君には頼りになる護衛が居るのだからね」
と、お義父様の視線がニャットに向く。
「彼の実力はうちの部下達のお墨付きだ。信頼できる」
「当然なのニャ」
ニャットは当然だと言わんばかりに尻尾をピョコンと振る。
「でも町に着いたら手紙を送って欲しいわ」
「カコお嬢様、手紙は商人ギルドに預ければ確実に届けて貰えますよ」
「ただし他国に行く時は私からの返事を待ってから向かってほしい。養子とは言え貴族の子供が他国に行くのなら色々手続きは必要だからね」
「カコお嬢様、寂しくなったらいつでも好きな時に帰って来て下さいませ」
おいおい、もう完全に私が養子縁組を解除しない前提の会話になってんじゃん。
「あーもう! 分かりました! やめません! 親子は止めませんから!」
こんなん勝てるかー! 家族全員で囲んで愛情のフルボッコじゃん! 泣くわこんなん!
「カコちゃ~ん! お義母様嬉しいわ! 今夜は一緒のベッドで寝ましょうね!」
「おやおや、それはずるいよ。私もご一緒させてほしいな」
私が降参宣言をすると、お義父様とお義母様に揉みくちゃにされる。
うぬぉー、二人の愛が重い!!
はぁ、完全に負けたわ。あれか? 私の独り相撲って奴だったんか?
だってしゃーないじゃん。貴族社会がそこまで殺伐とは知らんかったし、なにより魔物の事すっかり忘れとったわ。
そーいやこの世界普通に命の危険が溢れてる世界だったよ。
「うむ、これで今度こそ万事解決だな。最後の案件を除いて」
「え?」
最後の案件? 何それ?
私が首を傾げていると、お義父様達が姿勢を正して前を向く。
その先に居るのはメイテナお義姉様とイザックさんだ。
「では次は二人の結婚について話し合おうか」
「はい!」
「……はい」
満面の笑みで返事をするメイテナお義姉様と青い顔で返事をするイザックさん。
「あっ(察し)」
その後、家族会議第2回が開催されたのだった。
頑張れイザックさん。
平民仲間が増える事を私は期待しているよ!
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