第48話 追い詰められる者達

「くそっ! 何でこんなことになったんだ!」


 森の中を数人の男達が逃げていた。

 彼等の名はキマリク盗賊団。

 オグラーン伯爵と手を結んで近隣を荒らしまわっていた盗賊団だ。


 彼等はパーティ帰りの私達クシャク侯爵一家の乗った馬車を襲った犯人だ。

 しかし襲撃が失敗した後は追跡を警戒してオグラーン伯爵の別邸に逃げこんだりはせず、町を出て森の中に潜んでいた。

 しかしお義父様の部下によって見張られてた彼等の動きは完全に把握されていて、彼等は森から出る事が出来なくなっていたのだ。


「いたぞー! こっちだ!」


 彼らを追っている騎士達の声が森に響く。


「くっ!!」


 このままだと捕まると慌てたキマリク盗賊団は、木の枝や藪が体や服を傷つけることも厭わず速度をあげた。

 森の中なら足の速い騎馬は使えないから、とにかく先を急ぐ選択に出たみたいだ。

 でも残念。彼等の行く先には森のエキスパートの姿があった。


「森の木々よ、彼の者達を足止めしたまえ。プラントホールド」


 逃げていた男達の足元に植物が絡みついてゆく。

 

「な、なんだこりゃ!?」


「魔法か!」


 困惑する彼等の前に三人の冒険者が姿を現した。

 そう、イザックさん達鋼の翼だ。


「よう旦那方、もう逃がさねぇぜ」


「くっ! 追っ手か!?」


 男達は絡みつく植物を切りながらイザックさん達を睨みつける。


「まぁ、似たようなもんかな。お前等とは因縁があってね。捕まえさせてもらうぜ」


「知るかよ!」


 一人植物の拘束から抜けだした頭目と思しき男がイザックさんに襲いかかる。


「へぇ、やるねぇ。だが逃がさねぇよ」


 しかしイザックさんは難なく頭目の攻撃を受け流す。


「なにっ!?」


「終わりだ!」


 そして頭目の懐に入ると鳩尾に痛烈な一撃を喰らわせた。


「ぐっ!?」


 カウンターで入った一撃はかなりきつかったんだろう。

 頭目はお腹を押さえてもんどりうつ。


「これで借りは返したぜ」


 そしてその隙を突かれて意識を奪われる頭目。

 見れば脱出に手間取っていた他の盗賊達も全員捕えられていた。


「おおー、さすがイザックさん達!」


「ふん、父上の部下が情報を教えたのだ。捕まえて当然だな」


 私の傍にいたメイテナお義姉様もご満悦だ。


「実力の差がありすぎるのニャ。あれならおニャー等の護衛をしてる間に倒した魔物達の方が強かったのニャ」


 ニャットはちょっぴり辛口評価だ。

 まぁイザックさん達がキマリク盗賊団を捕えるのを見学に来たのにあっさり終わっちゃったからね。


 え? 何でそんな危ない場所に見学に来たのかって?

 それは隣のメイテナお義姉様をご覧くださいと言うやつだ。

 実は今回の捕り物ではお義父様の強権でメイテナお義姉様はメンバーから外されてしまったのである。


 まぁそこには色々やむを得ない理由があったんだけど、久しぶりにお嬢様生活から解放されて戦えると思っていたメイテナお義姉様はおかんむり。

 それでお父様の待機命令に背いてイザックさん達の活躍を見学に来たんだよね。

 で、私達はそれにちゃっかり相乗りした形だ。

 一応お義父様にバレたら三人で薬草採取に来たと言い訳をするつもりである。


「でもこれでキマリク盗賊団は全滅ですね」


 私は笑顔でこちらに手を振るイザックさん達を見ながらそう呟く。


「ああ、後はオグラーン伯爵だけだな」


 準備は万端。あとは最後の仕上げだよ!

 なお帰ったら笑顔で仁王立ちしたお義父様とお義母様が立ちはだかっていた。


 ◆オグラーン伯爵◆


「無い! 私のコレクションが無い!!」


 パーティの後、私は魔剣の譲渡を断った小娘への怒りを抑える為に秘密のコレクションルームへとやって来た。

 元平民の癖に貴族の私に逆らったなんとも愚かしい娘だった。

 だがあの娘がもたらした底なし沼の魔剣は本当に素晴らしい物だったのも事実だ。

 そして部下達が戻ってくれば、その魔剣に勝るとも劣らない兄弟剣が手に入る!

 待ち遠しさが我慢しきれない私は、部下が戻ってくるまでコレクションルームの魔剣を鑑賞する事にしたのだが……


 その魔剣が姿を消していたのだ!

 しかも魔剣だけではなかった。

 コレクションルームの全てが消え去っていたのだ!


「どういう事だ! まだ部下に持ち出しを命じていないのだぞ!」


 魔剣を盗難させて間もないため、東都の外に持ち出すのは難しい。

 それゆえほとぼりが冷めるまで手にいれたコレクションを保管しておくのがこのコレクションルームだと言うのに、何故か魔剣が姿を消している!


 この部屋を知っているのは私以外では実行犯であるキマリク盗賊団だけだ。


「まさか連中が持ち出したのか!? 何のために!?」


 裏切りという言葉が脳裏に浮かぶ。

 よもやあの魔剣の美しさに裏切ったのか!?

 私は部下に命じて侯爵襲撃に向かわせたキマリク盗賊団の捜索を部下に命じた。

 だが、彼らが戻ってくる事はなかった。


 その翌日。


「オグラーン伯爵、貴方の別邸を調査させて頂きます」


「なんだと!?」


 突然クシャク侯爵の騎士団が私の別邸に乗り込んできたのだ。


「我々が捕えたキマリク盗賊団の頭目が自白しました。彼等は貴方に命令されて犯行を行っていたと。」


「盗賊団を捕えた!?」


 突然の発言に私は内心相当に驚いた。

 まさかあいつ等が全員捕まっただと!?


「ふん、何のことだ!? 盗賊どもの苦し紛れの言い訳だろう」


 だが私とて貴族、簡単に動揺を見せる気はない。


「ですが賊が自白した以上我々には調査する義務があります。我々の主であるクシャク侯爵様の許可も下りております。伯爵も後ろめたい事が無いのでしたら協力してくださいますよね?」


「……よかろう。どこでも好きな場所を探すが良い。だがなにも無かったらその時は王都を通じて正式に訴えるからな!」


「よし、屋敷内を隅々まで調べろ!」


 その後騎士団によって徹底的に調査が行われた。

 だが屋敷内にはなにも無い事は私自身が良く知っている。

 問題は使用人用の別館だが、あそこも心配ない。

 何せあそこからはなにもかも無くなっているのだからな。


「別館に床下への隠し階段が見つかりました!」


 ふん、さすがに見つかったか。


「ほう、隠し階段ですか。伯爵、ここには何があるのですか?」


「ん? ああ、ここか。ここは倉庫として使う予定の場所だ。今は何もないがな」


 だが今は逆に盗まれた事が功を奏した。

 何せ本当に何もないのだからな!


 寧ろこれはチャンスだ。

 たとえ爵位が上の侯爵だとしても無実の相手を疑って強引に家探しをしたのだ。

 これを利用してキマリク盗賊団が私から盗んだ魔剣を正式に譲渡させようではないか!

 賊のたわごとを信じた慰謝料としてな!


 お蔭で私はあの魔剣を誰はばかることなく己の物だと知らしめることが出来るぞ!

 くくくっ! 笑いをこらえるのが大変だ。


「見つけました! 地下室の中は大量の武具やマジックアイテムで埋め尽くされていました!」


「……は?」


 なのに、あり得ない言葉が私の耳に入って来た。


「ほう」


「な、なんだと!? そんな馬鹿な!」


 そんな筈はないと私は騎士達をかき分けてコレクションルームに入る。

 するとそこにはある筈のない私の財宝達が所狭しと並べられていた。


「そ、そんな馬鹿な……!」


「これはまた見事な地下博物館ですな」


 遅れてやって来た騎士達が私の後ろから囁く。


「っ!?」


 あり得ない! あり得ない! 何故無くなった筈の武具が元に戻っているのだ!?

 いったい何が起こっているのだ!?


「隊長! カコお嬢様の魔剣がありました!!」


「そ、それは!?」


 あれは私の魔剣!


「ほう、これで盗品である事がはっきりしましたね」


「ち、違うんだ! これは何かの間違いだ!」


「騎士様! 私の村から盗まれた師匠達の武具が見つかりました!!」


「騎士様、オラ達の村から盗まれた物もみつかりました!」


「私共の屋敷から盗まれた品もです!」


 更に見覚えのない平民達が私のコレクションを持ってやってくる。


「な、なんだ貴様達は!?」


「彼等はキマリク盗賊団の被害に遭った町や村の住人ですよ。今回賊が自白した事で、盗まれた品の確認をしてもらうために連れてきたのです」


「デ、デタラメだ! 平民が金目当てにデタラメを言っているにすぎん!」


 これは私の物だ! 貴様等に奪われてなるものか!


「嘘なもんか! 私達鍛冶師は自分達の作品には作り手が誰か分かるようにマークを刻むんだ! だから自分の仕事は一目で分かるのさ!」


「確かに、鍛冶師が自分の仕事であるマークを刻むのは我ら騎士には有名な話ですね。有数の武器蒐集家である伯爵もご存じなのでは?」


「そ、それは……」


 勿論知っている。だがそれを認める訳には……


「どのみち伯爵の屋敷から盗品が見つかったのです。言い逃れは出来ませんよ。詳しい話は侯爵家の審問室で聞かせて頂きましょうか」


「ち、違うのだ!」


「何が違うのですか? これ程の証拠の品が揃っているというのに言い逃れとは見苦しいですよ」


「違うのだ! これらの品は何者かに盗まれた品なのだ! それがいつの間にか戻ってきたんだ!」


「……は?」


「……あっ」


 し、しまった! 焦ったあまりに大変なことを口走ってしまった!!

 これでは自分で犯行を認めたようなものではないか!


「よく分かりませんが、貴方の口から所有していた事実が確認できたので捕縛させて頂きます。伯爵を捕えろ!」


「「「はっ!」」」


 クシャク侯爵の部下達が私の両腕を掴んで連行する。


「ま、待ってくれ! 違うんだぁぁぁぁぁぁ!!」


 こうして私は捕まってしまったのだった。

 ああ、私の魔剣……

 美しい魔剣は人を破滅させると言うが、私は自分でも気付かぬうちに魅入られていたというのか……


 ◆


「オグラーン伯爵を捕えたと報告が入りました」


 屋敷でのんびりとしていた私達は、マーキスからの報告でオグラーン伯爵捕縛の報告を受ける。


「やったー! ようやく事件解決ですね!」


「うむ。これで領民も心穏やかに暮らせることだろう」 


 事件が解決して、私達はほっと一安心だ。


「ほっほっほっ。これでメイテナお嬢様の思い人は無事爵位を授かる事が出来ますな」


「う、うむ!」


 マーキスの発言にメイテナお義姉様が顔を真っ赤にして頷く。


「イザックさんが貴族になるかぁ」


 私はマーキスの言葉を反芻する。

 そう、これもまたお義父様の作戦の一部なのだ。


 お義父様はパーティの帰りに自分達が襲われることをあらかじめ予想していた。

 そこでお義父様はオグラーン伯爵を利用する事にしたのだ。

 襲ってきた賊の一部をわざと逃がし、頭目をメイテナお義姉様の恋人であるイザックさんに捕えさせる。

 その為に町や森に騎士団を配置して、盗賊団を彼等が待ち構えているポイントまで誘導したのである。

 イザックさん達もAランク冒険者、高レベルの魔物を相手にする彼らにとってただの盗賊団なんて敵じゃない。


 こうしてイザックさん達は多くの町や村を脅かしたキマリク盗賊団を捕縛した英雄になった。

 ここで重要なのは、キマリク盗賊団はクシャク侯爵の領地だけでなく、他の貴族の領地も襲っていた事だ。

 つまり複数の貴族から恨みを買っているという事。

 更に複数の貴族が必死になって捜索していた大盗賊を捕えたのだから、大金星を挙げたということでもある。

 まぁそこは黒幕である伯爵領や治外法権に近い別邸に逃げ込んでいたのだから捕まらないのも当然だったんだけど。


 ともあれそれだけの賞金首を捕えた以上、イザックさんの功績は大きくなる。

 ただの平民が貴族に捕まえれなかった賊を簡単に捕えたと認める訳にはいかないからだ。


 そうなるとある力が働く。

 よし、そんならソイツを貴族にしちまうか! と。

 貴族になるような器の持ち主ならそんな大盗賊でも捕まえられるよね! 只の平民じゃなかったんだよねという逆説的な事情である。

 

「表向きは大盗賊捕縛の褒美として、実際には貴族のメンツを保つ為に彼は貴族の仲間入りを果たすことになる」


 とすっごく嫌そうな顔でお義父様は教えてくれた。

 お義父様本当にイザックさんがお義姉様と結婚するの嫌なんだなぁ。


 だがこれはお義父様が描いた絵だ。

 イザックさんは平民で、メイテナお義姉様は家を継ぐ気が無くても侯爵家令嬢。

 どう考えてもつり合いが取れない。本人達がその気でも周りが全力で邪魔をする。


 だから周りの声を少しでも減らす為にイザックさんは貴族になる事が決定した訳だ。


「彼は騎士爵となるだろう。だが騎士爵は貴族の中で最下位。メイテナと結婚するには相当な努力が必要になるだろうな。最低でも子爵にはなってもらわないと」


「なれるんでしょか?」


「腐ってもAランク冒険者だからね。腐っても」


 腐っても2回言ったよ。


「まぁそのくらいの苦労はしてもらうさ! 血反吐を吐くくらいの努力はね! はっはっはっはっはっ」


 oh、笑顔が黒い。


 けどキマリク盗賊団をメイテナお義姉様の結婚の為に利用したのは本当に驚いたよ。

 しかも盗み返した品がちゃんと盗品だったのを確認した後で、捜索当日の夜明け前に元通りにする事でオグラーン伯爵の油断を誘ったのも見事だった。


「くっ! これも娘の幸せとAランク冒険者を手元に置いておくため……っ! Aランク冒険者が血縁になるのは悪い事じゃないからね」


 す、凄い。感情を理性で無理やり抑えている! これが上級貴族の策謀ってヤツなのか……

 イザックさん、これから大丈夫かなぁ。

 子爵になる云々よりお義父様の圧で胃に穴が開かないと良いけど……

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