第47話 夜闇に潜む者、夜闇を暴く者

「ヒヒーン!」


 パーティからの帰り道にそれは襲ってきた。

 馬の悲鳴と共に、馬車の外から金属音が響いてくる。


「来たか」


 お義父様は静かにそう呟く。

 音はさらに激しくなり、金属音だけでなく何かがはぜる音や大きく砕ける音も聞こえてくる。

 つまりそれは、この薄い壁の外で戦いが起こってるって事なんだよね。


「大丈夫よカコちゃん。うちの騎士達は強いから」


 明らかに外で危険な出来事が起こっているにも関わらず、お義母様は慌てる様子もなく私の体を優しく抱き寄せる。


「うむ、それに私が居るからな」


 そう言ってメイテナお義姉様は魔剣を取ると馬車の扉に手をかける。


「メイテナ、守られる対象であるお前が出てどうする」


 しかしお義父様に手を掴まれて止められてしまった。


「いえ父上、私は令嬢である前に騎士ですから」


「そういってカコの魔剣を持ち出そうとするんじゃない。だいたい今日はドレスだろう。防具も無しに外に出て如何する。ここは令嬢らしくおとなしくしておきなさい」


「は、はい……」


 魔剣を取り上げられたメイテナお義姉様が渋々席に座りなおす。


「それじゃあ行ってく……」


「貴方も領主らしくおとなしくしておきなさい。あとその剣はカコちゃんに返しなさい」


 そしてメイテナお義姉様と入れ替わりに立ち上がったお義父様の手をお義母様が掴んだ。


「……はい」


 二人とも、そんなに魔剣を使いたかったのか……

 そんな事をしていたら、いつの間にか外が静かになっていた。


「終わったみたいだな」


 残念そうなお義父様の言葉通り、騎士が馬車の扉をノックして報告をしてくる。


「襲ってきた賊を撃退しました。生き残った者は捕縛しましたが、頭領と思しき男と一部の者達には逃げられました」


 護衛の騎士の声はとても淡々としていて、そこに賊のボスを逃した悔しさは感じられない。

 

「そうか、予定通りだな」


 そうお父様が満足げに頷くと馬車は再び動き出したのだった。


 ◆


 そんなトラブルがありつつも、私達は無事屋敷に帰ってきた。


「おかえりなさいませ」


 私達が馬車から降りると、執事のマーキスとメイドのティーアが出迎えてくれる。


「おかえりだニャ」


 そして見慣れた大きな猫の姿。


「ただいまニャット。そっちの首尾はどうだった?」


「聞くまでもないニャ」


 そう言ってニャットはニヤリと笑みを浮かべたのだった。


 ◆ニャット◆


「ここが悪党の住処かニャ」


 賊のアジトを見張っていたニャー達は、夜の闇に紛れて動き出した盗賊達を秘密裏に追っていたのニャ。

 ニャフフ、ニャーにかかればただの賊を追うくらい造作もニャいのニャ。

 意外だったのはクシャク侯爵の部下達もなかなか見事な隠密ぶりだった事かニャ。


 そして追いかけた盗賊達は治安の悪い下町を抜けると、人気の少ない道を選んで移動してゆくのニャ。

 ここまで見事に人のいない道を選ぶあたり、何時頃にどこの道が人に見つかりにくいかを良く調べていたという事だニャ。

 まぁニャー達は家の屋根の上を伝って追っているから、周囲を警戒しても見つからニャいけどニャ。


 盗賊達はそのまま平民が暮らす区画を抜けると、貴族街へと入って行くニャ。

 ここまで来るともうどこかの貴族と深いかかわりにあるのは間違いニャいのニャ。


「ひぇっ!?」


 貴族の屋敷の高い屋根を跳んだ瞬間、ニャーの上で小さな悲鳴が上がったのニャ。


「静かにするニャ。声でバレるのニャ」


「ゴ、ゴメン。でもさすがにこれは……」


 それはニャーの背に乗っていたシェイラの声だったのニャ。

 今回シェイラは盗賊に盗まれた品を確認する為、ニャー達に同行しているのニャ。


 ニャにせニャー達にはカコの魔剣以外どれが盗まれた品ニャのかさっぱり分からんからニャ。

 とりあえずシェイラの村から盗まれたものさえ確認出来れば、そいつが村を襲った犯人と同一犯と断定できるとして同行を許可されたのニャ。


 けれどシェイラは戦闘経験も賊を追う為の尾行能力もないのニャ。

 だからニャーはカコに頼まれてシェイラの護衛兼運搬役として同行する事にニャッたのニャ。

 まぁニャーはパーティについていけニャいし、良い暇つぶしにはなるのニャ。

 勿論報酬はカコの料理ニャ!


「怖いなら目をつむっているニャ」


「わ、分かったよ」


 ニャーに言われた通り、シェイラは目をつむってニャーの体に強くしがみ付いたのニャ。

 そうして盗賊達を追う事しばし、ようやく盗賊達はとある屋敷の敷地に入って行ったのニャ。


「ここはオグラーン伯爵の別邸ですね」


 盗賊達が入り込んだのは、予想通り犯人と推測していた貴族の屋敷だったニャ。

 ニャー達は屋敷の壁を跳び超えると、屋根伝いに中に入った盗賊達を追いかけるのニャ。

 盗賊達は屋敷の中に入ることなく、屋敷の奥にある小さな建物の中に入っていったのニャ。

 といっても屋敷に比べたら小さいというだけで、十分な大きさの家だニャ。


「おそらくは使用人達が使う別棟ですね。しかし賊が躊躇いもなく入っていったという事は、実際には賊のもう一つのアジトとして使われている可能性が高いですね」


 しばらく様子を見ていると、屋敷の外が騒がしくなってきたのニャ。


「どうやらパーティの招待客が帰るようですね」


 そして全ての馬車が屋敷を出て少しすると、別邸から盗賊達が姿を現したのニャ。

 しかもその数は入って行った時よりも多かったのニャ。

 更に全員が黒い服に身を包み、完全武装していたのニャ。


「予想通りの状況だニャ」


 武装した盗賊達が屋敷を出ると、ニャーに同行していたクシャク侯爵の部下の一部がそいつらを追いかけていったのニャ。


「戦闘中の賊を後方から挟撃させます。我々は敵が留守の間に中を改めましょう」


「ニャーが先行するニャ。おニャー等はそいつを護衛しているのニャ」


 そう言ってニャーはシェイラを背中から下ろすニャ。


「いえ、これは我々の仕事ですので、調査は我々が行います」


「……中にはまだ何人か残っている匂いがするのニャ」


「っ!?」


 ニャーの言葉に別棟の中を調べようとしていたクシャク侯爵達の部下の動きが止まるニャ。


「中の様子が分かるのですか?」


「ニャーの鼻ならたやすい事ニャ」


 ニャにせ森の中に誘拐されたカコを探し当てたのもニャーの自慢の鼻だからニャ。


「……分かりました。貴方にお任せします、ニャット殿」


 クシャク侯爵の部下はなかなか話が分かるヤツだニャ。

 ここで縄張り意識を見せるより、ニャーの鼻を利用して早々にここを去った方が良いと判断したみたいだニャ。


「任されたのニャ」


 地上に降りたニャーは耳を澄まして中の気配を探るのニャ。

 感じるのは弛緩した気配がひとつ。警戒は感じニャいのニャ。

 更に奥にもう一つ気配があるがこっちは匂いが薄くなってるから別の部屋に居るっぽいのニャ。


 ならばとニャーはそっと扉を開けようしたのニャが……


 ガチャリ


 扉の金具が大きな音を立ててしまったニャ。


「ん? 何だ? ……扉が開いて?」


 しまったニャ。気づかれてしまったのニャ。

 だがニャーは慌てず尻尾をドアのスキマに差し込んだのニャ。


「ンナァーオ」


 そして悩ましい鳴き声と共に尻尾を誘うようにユラユラと揺らすニャ。


「なんだネコか。どうしたんだこんな所に? もしかして迷い込んだのか? それともエサをねだりに来たのか?」


 ニャーを猫と勘違いした男は、たちまち猫なで声になって近づいてきたのニャ。

 ふっ、人族の心を手玉にとるニャど、ニャー達猫科の種族にとっては朝飯前ニャ。

 そして男の気配がドアのすぐ傍まで近づいた瞬間、ニャーは中に飛び込んだのニャ。


「っ!?」


 男が声を上げる前に跳躍し、ニャーの後ろ脚が男の顔面に炸裂したのニャ。

 

「かっっっ!?」


 これぞ幸せ肉球キック。

 どんな相手もニャーのプニプニ肉球を喰らってはタダでは済まニャいのニャ!


 そして男が地面に倒れ込む前にニャーはクルクルッと地面に着地し、その体をそっと受け止めたのニャ。

 あとは男の体をそっと音を立てないようにして床に下ろすと、外で潜んでいるクシャク侯爵の部下に来ても良しと合図を送ったのニャ。


「……なんというか、今のアレは潜入捜査としてアリなのですか?」


「結果的に騒ぎにニャらなかったからアリだニャ」


「はぁ……」


 そう、失敗したように見えても上手く失敗をフォローして解決出来たのなら、大成功に変わりないのニャ。

 クシャク侯爵の部下は気絶した男を捕縛すると、奥の部屋に居る賊の捕縛に向かったニャ。


「じゃあニャー達は盗まれた物を探すのニャ」


「ああ、分かったよ」


 戻ってきたクシャク侯爵の部下達と共にニャー達は建物の中を捜索するのニャ。

 そして建物の奥にそれらしき品を見つけたのニャ。


「武具に道具に食糧……何ともまとまりのない仕舞いかたですね。これが盗まれた品でしょうか?」


 確かにこの乱雑振りは怪しいのニャ。

 まだ盗まれた品を整理していない感じなのニャ。


「どうニャ? 盗まれた品はあったかニャ?」


「ちょ、ちょっと待って。えーっと……あれ?」


 けれど荷物のチェックをしていたシェイラの反応がおかしいのニャ。


「どうしたのニャ?」


「無い。盗まれた武具が無いんだ!」


 なんとここに置かれた荷の中にはシェイラの村から盗まれた武具の類がなかったと言うのニャ。


「魔法の袋の類もありません。という事はどこか別の場所に隠したと言う事でしょうか?」


 クシャク侯爵の部下達は盗まれた品は別の場所に運ばれたのではないかと言うが、ニャーはそうは思えなかったのニャ。


「荷物が入ったと思しき魔法の袋を持った賊はここに入ったあと他の建物には向かわなかったニャ。

可能性としてはさっきの武装した賊が持って行ったかもしれニャいが、恐らくそれも違うのニャ」


 さっきのはほぼ間違いなくカコ達を狙った賊だニャ。

 常識的に考えてこれから戦うのにお宝を持っていくヤツはいないのニャ。


「となれば考えられるのは……スンスン」


 ニャーは室内の匂いを嗅いで回る。

 そしてある一か所で匂いの動きが可笑しい場所を発見したのニャ。


「ここを探すのニャ」


 そう言って床を叩けば、コォンコォンと響く音が聞こえてきたのニャ。


「これは隠し扉!?」


 クシャク侯爵の部下達が床を調べると、予想通り地下へと続く隠し扉が出てきたのニャ。

 そして地下へ降りると、そこには上の階に乱雑に置かれた荷とは裏腹に、綺麗に飾られた武具やマジックアイテム、それに宝石類の姿があったのニャ。


「隠し部屋、いや隠しミュージアムだニャ」


 こんな所に飾っているあたり、間違いなく後ろめたいシロモノだニャ。

 おそらく上の部屋に乱雑に積まれた品は本物の盗品から目を逸らすためのダミーだろうニャア。


「あった! 師匠の剣だ! それに他の工房の武具もある!」


 飾られていた武具を調べていたシェイラがそれを自分の見知った物だと告げる。

 そしてニャーもまた、盗まれたカコの魔剣を見つけていたのニャ。


「どうやら当たりのようだニャ」


「よし、盗品を回収するぞ」


「「「はっ!!」」」


 クシャク侯爵の部下達が地下室に飾られた荷物を手当たり次第に魔法の袋に詰め込んでいくのニャ。

 いつ出て行った賊が逃げ帰ってくるか分からニャいからニャ。


「荷物の回収が完了しました!」


「うむ、それじゃあ帰るとするニャ」


 荷物を回収したニャー達は、再び夜闇に紛れて賊のアジトを後にしたのニャ。

 さて、これでニャー達の仕事は終わったニャ。


「あとは侯爵家の、人間の仕事だニャ」

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