第46話 ダンスと暗躍者との邂逅
「オークション会場が襲われた!?」
お義父様の部屋に呼び出された私は、そこでオークション会場が襲われたという衝撃の事実を耳にした。
「ああ、つい先ほど商人ギルドから連絡があった」
「そ、それで会場は大丈夫だったんですか?」
「幸いオークションが終了後だった事で人的被害は少なかったそうだ。負傷者こそ出たものの、死者は無しだ」
「よかったぁ」
人が死ななくて安心したよ。
怪我人が出たのは残念だけど、この世界にはポーションがあるから後遺症の心配もないだろうしね。
「それで父上、人以外の被害はどうなのですか?」
と、同じくお義父様の部屋にやってきた メイテナお義姉様が尋ねる。
「それがな、カコの魔剣が盗まれたそうだ」
「私の魔剣が!?」
ガーン! せっかくオグラーン伯爵をおびき寄せる為に作ったのにー!
「予想通りですね。ですが、盗まれたのが魔剣だけとは予想外でした」
「え? それはどういう事ですか?」
予想通り? メイテナお義姉様はオークション会場が襲われることを知っていたの?
「カコ、オグラーン伯爵は名剣の蒐集家だ。そして奴とつながっているキマリク盗賊団は盗品を売り捌くような連中だぞ? ならば稀代の名剣が現れ、それが正規の手段で手に入らなかったとすれば、どのような手段を使っても手に入れようとするだろう」
「あっ、成程!」
そこでお父様から魔剣を落札したのは別の貴族で、オグラーン伯爵はオークションに参加していたけれど落札できなかったのだと説明を受ける。
「こうなる可能性を考慮して騎士団の巡回をオークション終了後から増やしておいたおかげで、他の出品物は守る事が出来たよ。オグラーン伯爵としては目的がバレないよう偽装として他の品も盗ませるつもりだったのだろうがね」
「そっか、それで他の人の品物は無事だったんだ。良かった」
正直私の出品した品の巻き添えを喰らって盗まれたら他の商品を出品した人も落札した人も可愛そうだからね。
「「……」」
そんな事を考えていたら、何故か二人が奇妙なものを見るような目で私を見つめていた。
「どうしたんですか二人共?」
「あー、いや……」
「?」
「自分の用意した魔剣が盗まれたと言うのに、他人の品が盗まれなかった事を喜ぶのか?」
ん? ああ、メイテナお義姉様達はそんな事が気になったのか。
「あー、まぁそうですね。でも被害が少ないのは良い事じゃないですか」
それに私の魔剣はいくらでも量産できるしね。
「そ、そうか……そう考えるのか。正直甘いと思うが……」
「全く、お人よしにもほどがあるぞ」
と、お義父様とお義姉様は苦々しい口調で言うものの、何故かその表情は嬉しそうだった。
「それなら後は魔剣を取り戻すだけですね!」
しかしお父様は首を横に振ってまだ早いと言った。
「すでにオークション会場を襲った賊のアジトは部下によって判明している。だから心配はいらないよ」
「ええ!? もうアジトまで見つけたんですか!?」
いつの間にそんな事まで!?
って言うかお義父様の部下凄いな!
「ただすぐに取り戻す訳にはいかない。その理由は分かるね?」
「キマリク盗賊団とオグラーン伯爵の関係を明らかにする為ですね」
「その通りだ」
うん、ここで盗賊団を捕まえても、オグラーン伯爵は自分達の繋がりを認めないだろうからね。
だからぐうの音も出ないような証拠を掴む必要があるんだろう。
「だがそれだけではない。過去にキマリク盗賊団に盗まれて行方の知れなくなった品は多い。そこで奴らを泳がせ、過去の盗品が誰に売られたのかを調べる必要がある」
そっか、これまでに盗まれた品だってあるもんね。
「具体的にだが、まず盗品を運び込んだ事を確認してからキマリク盗賊団を捕縛する」
そしてお義父様はキマリク盗賊団捕縛大作戦の概要を説明し始める。
「……ええ!? そんな事をしちゃっていいんですか!?」
「もともと盗まれた品なんだ。構わないだろう」
お義父様もえげつない作戦を考えるなぁ。
◆
そしてパーティ当日。
私達一家はオグラーン伯爵の屋敷へとやって来た。
といっても場所はオグラーン伯爵の領地ではなく、東都に建てたオグラーン伯爵の別邸なんだけどね。
けれど別邸と言っても結構なお屋敷だ。さすが伯爵といったところかな。
「おおー」
屋敷に入ってすぐのエントランスがパーティ会場として使われていて、そこには既に沢山の人の姿があった。
うわぁ、入ってすぐパーティ会場なんて貴族の考える事は凄いなぁ。
そして右を見ても左を見ても豪華なドレスと礼服の群れだ。
「「「……」」」
そんな先客達の視線が遅れてやって来た私達、いや私に集まる。
って私だけ!?
「落ち着きなさいカコちゃん。レディは堂々とするものよ」
「は、はい。お義母様」
お義母様に小声で諭された私は慌てず自然に背筋を伸ばす。……自然だよね?
「ふむ、前情報通りの参加者達だな」
「ええ、オグラーン伯爵と趣味を同じくする同好の士という話ですね」
一方お義父様とお義姉様は冷静に参加客について確認していた。
すると会場がなにやらざわつき始めた。
「来たな」
お義父様の言葉通り、一人のオジさんが二階からエントランスの階段を下りてきて、踊り場で足を止める。
「皆さん、今日はわたくしの開催するパーティにようこそいらっしゃいました」
ああ、あれがオグラーン伯爵かぁ。
にっと怖い顔の悪役っぽいのを想像していたんだけど、実物はちょっと小太りのオジさんだった。
しかし、あれじゃあとても剣を持って戦う様には見えない体つきなんだけど。
私の剣を手に入れてもちゃんと振り回せるのかな?
「……今日は楽しんでいってください!」
などと考えているうちにオグラーン伯爵の挨拶は終わっていた。
そしてオグラーン伯爵が踊り場から会場に降りると、部屋の一角に陣取っていた楽団が音楽を奏で始め参加者達が思い思いにダンスを踊り始める。
うおお、ホントに踊ってる。この人達踊ってるよ。
すげー、本当に貴族ってパーティでダンスを踊るんだな。
「あ、あの」
そんな風に貴族達のダンスを堪能していたら、突然小さな男の子に話しかけられた。
「はい、なんですか?」
「えっと、その……」
男の子は何故かしどろもどろで要領を得ない感じだ。
うん、ここは年上の女として余裕を見せてあげるべきだろう。
「大丈夫ですよ。落ち着いてお話してください」
「は、はい! えと、わ、私とダンスを踊ってはいただけませんか!?」
「……え?」
ええ!? 私とダンス!? え? 本気?
まさか男の子にダンスを誘われるとは思っても居なかったので困惑してしまう。
「えっとぉ……」
どうしたものかとお義母様に視線を送ると、お義母様はキラキラとした目で頷いた。
「いってらっしゃい」
あっ、はい。踊るのは確定なんですね。わかりました。
「えっと、私でよければ」
「っ!! で、ではレディ、お手を」
私は男の子の手を取ると、ダンスを踊っている参加者達の中に入って行く。
いや少年、そんな会場の真ん中に行こうとしないで。
私は端っこでチョコンと踊る程度で良いから。
ああほら、周りの参加者達が微笑ましい物を見る眼差しで見てる!
めっちゃ緊張するんですけどぉー!
「ととっ!?」
そんな事を考えていた所為で、バランスを崩してしまう。
「だ、大丈夫ですか?」
幸い男の子のフォローで事なきを得る。
「あ、ありがとうございます」
危なかったー、危うく会場のど真ん中ですっ転んで恥をかくところだったよ。
今はダンスに集中しよう。周囲の事は気にしない!
そうして曲が終わるとダンスを踊っていた参加者達はちりぢりに散ってゆく。
そして次の相手を探す人も居れば、ダンスを切り上げてトークを楽しみに行く人達の姿もあった。
私? 私も勿論ダンスは切り上げだよ。一回踊ればお義母様も満足だろうしね。
私は男の子に一言挨拶をすると、お義父様達の下に戻ってゆく。
去り際に男の子が寂しそうな顔をしていたけれど、少年よ、今日という日の事は青春の1ページとして終わらせるが良い。
年上のお姉さんとのほろ苦い思い出は、君の青春の一ページになる事だろう。
◆
などと馬鹿な事を考えながら家族の下に戻ると、お義母様のもっと踊ってきて良いのよ攻撃をかわしつつ会場の料理を楽しむ。
モグモグ、異世界のパーティ料理なかなか美味ぇー。タッパー欲しい。
そんな風に料理を楽しんでいたら、なにやらゾロゾロと仲間を引き連れたおじさんが近づいてきた。
うん、オグラーン伯爵だ。
「おお、これはクシャク侯爵! 当家のパーティにようこそいらっしゃいました! 歓迎いたしますぞ」
「やぁオグラーン伯爵。わざわざ招待してもらってすまないね」
「いえいえ、寧ろ私のお願いを聞いて頂き誠に感謝いたします。ところでそちらのお嬢さんが例の魔剣の持ち主ですか?」
と、オグラーン伯爵は私の事を話題にするも、その視線はメイテナお義姉様が抱える細長い木箱に注がれていた。
うーん、露骨ぅ。
「メイテナ、カコちゃん。ご挨拶して」
「初めまして伯爵様。メイテナ=クシャクと申します」
お義母様に促され、まずメイテナお義姉様が挨拶を行う。
「初めまして伯爵様。カコ=マヤマ=クシャクと申します」
次いで私もスカートをつまんでカーテシーをおこないながらペコリと頭をさげる。
「これはご丁寧に。エルドレン=オグラーンです。よろしくカコ君」
挨拶を終えると、オグラーン伯爵は一旦間を置いてから会話を再開する。
「ところでメイテナ嬢が抱えているその木箱は……」
いい加減好奇心が我慢できないと言いたげな顔でオグラーン伯爵が訪ねてくる。
「はい、これがオークションで出品した魔剣の兄弟剣です」
メイテナお姉様が開けた箱の中から、私は剣を取りだす。
「「「おおーっ!!」」」
その光景を見ていた人達から感嘆のため息が漏れる。
「これが底なし沼の魔剣の兄弟剣、吹雪の魔剣です」
私が取り出したのは、氷属性の魔剣だった。
これも変異種の魔物の魔石を魔剣に合成して生み出したものである。
「この魔剣は名前の通り吹雪を生み出して、敵を氷漬けにする恐ろしい魔剣です」
「す、素晴らしい……」
オグラーン伯爵達は恍惚とした表情で吹雪の魔剣を見つめていたが、途中で我に返って私に視線を戻す。
そしてこんなことを言い出した。
「カ、カコ嬢。どうだろう、この剣を私に譲ってはくれまいか?」
おっとダイレクトな交渉きました。
「ズルイですよオグラーン伯爵! 我々にも交渉させて下さいよ!」
そう言って取り巻きの貴族達も私を囲んで我も我もと魔剣の交渉を求めてくる。
けどごめんなぁ。もう答えは決まっているのだよ。
「申し訳ありませんがこれを手放す気はございません」
「何故だね!? 金なら望みの額を出すぞ!?」
金に糸目はつけないと言われても結果は同じことだ。
「申し訳ありません」
「っ!! そう……ですか」
交渉を拒否した後は静かなものだった。
何事もなかったかのようにパーティは進んでゆく。
ただし、私に断られたオグラーン伯爵の目には明確な敵意が宿っていたのだった。
でもね、それでいいんだよ。それでね。
「私達の準備は整ったよ。あとはよろしくねニャット」
私はここには居ないニャットに後の事を託すのだった。
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