第40話 ドレスを作ろう

 さて、お昼ご飯も食べ終わったし、今度こそ町に繰り出そうかな!


「とっても美味しかったわぁ。お肉と野菜をパンにはさんだだけなのに、何であんなに美味しいのかしら?」


 私が立ち上がろうとしたその時、食後のお茶を堪能していたお義母様がそんな事を呟いた。


「ああ、それはパンが余分な脂を吸い取ってくれるからですよ」


「まぁ、それだけであんなに美味しくなるのね」


 この世界ハンバーガーとか無いのかなって思ったけど、よく考えるとお義母様はガチの上流階級の人間だ。

 たとえあったとしてもジャンクフードなんて食べる機会はないだろうね。


 それにハンバーガーやサンドイッチは手軽に手を汚さず食べる為の料理だし、平民ならともかくある程度格の高い貴族が日常的にそんなマナーの悪い食べ物を食べたがるとは思えない。

 今日みたいにたまになら面白がるだろうけど。


「カコちゃんはとっても物知りなのね。私のお友達にもぜひ紹介したいわ」


「いえいえ、大したことは知りませんよ」


 それは本当だ。だって私には地球の学者や技術者が持つ専門知識なんてないんだから。

 あくまで庶民の知識だからね。


「謙遜しちゃって。でも紹介したいのは本当だから……」


 と、そこで私の両腕がガシッと掴まれる。


「え?」


 左右を見れば見ればそこには私の腕をつかむメイド達の姿が。


「ドレスを作りましょうか」


「はい?」


 スッと椅子が引かれるとともにメイド達が私の体を支えて立ち上がらせる。


「では行きましょう」


 そして同じように立ち上がったお母様の後を追うようにメイド達が私を連行してゆく。


「え? え? え?」


 待って、何が起こってるの?

 行くってどこに?


「メイテナちゃんのドレスも可愛らしいけれど、色合いやデザインがメイテナちゃんに合わせてあるのよね。だからやっぱりカコちゃん専用に作ったドレスが必要だと思うのよ」


「は、はぁ……」


 え? 何でドレスを作る流れになってるんです?


「ここよ~」


 ドアの前に待機していたメイドが扉を開けると、私の体が吸い込まれるように連れ込まれる。


「申し訳ございません。これから寸法あわせがありますので、ニャット様は入室をお控えください」


 後ろからメイドがニャットの立ち入りを禁止する声が聞こえてくる。

 いや待って、この状況で私を一人にしないで!


「分かったニャ、ニャーは寝心地のいい場所で昼寝をする事にするのニャ」

 

 待って、置いて行かないでニャット!!


「頑張るのニャー。人間は自前の毛皮が無くて大変ニャのニャ」


 う、裏切り者ぉー!

 そして無慈悲にも扉はパタンと閉じられた。


「お待ちしておりました。奥様、カコお嬢様」


 視線を戻せば、部屋の中には見知らぬ女性と数人のメイド達の姿があった。

 メイド達はそれぞれがメジャーやらの服飾の道具らしきものを構えている。

 いや構える必要ある?


「ではお願いねランプルーヒ夫人」


「お任せください。では測定開始!」


「「「「はい、マム!」」」」


「え? 何? なんぞ?」


 ランプルーヒ夫人と呼ばれた女性が号令を発すると、一糸乱れぬ動きでメイド達が近づいてくる。

 いや怖い、これ超怖い。何でこんなに動きが揃ってるのこの人達!?

 そしてメイド達は私のドレスを凄まじい手際で剥いていき、あっという間に下着姿にされてしまったのだった。


「ではサイズを測らせて頂きますねぇ~。あらー、綺麗なお肌。それに髪の毛も黒曜石かナイトクロウの羽のようにツヤツヤ! お手入れ無しでこの張りは若さだわぁ」


 ランプルーヒ夫人と呼ばれた女性が私の肌にメジャーを当てるんだけど、その際の手の動きがなんか怖い! どさくさに紛れて撫でる必要はないですよね!


「カコお嬢様はメイテナお嬢様とは違う意味でドレスの作り甲斐がありますねぇ」


「そ、そうなんですか?」


「ええ。メイテナお嬢様は愛らしさよりも凛々しさが際立つお方でしたので、ドレスも普通の令嬢とは違うデザインにする必要があったのです。その所為か殿方よりも同じ令嬢に人気がありましたね」


 ああ、トレジャーマウンドの男装役者さんみたいなアレだね。それとも聖母様が見たのお姉様の方かな?


「はい、お疲れ様です。サイズの計測は終わりました」


 ようやく解放された私にまたメイドさん達がドレスを着せてゆく。


「カコお嬢様のドレスのデザインですが、お嬢様に似合うのはふわりと花が舞うような膨らみのあるスカートなどどうでしょう?」


 そう言いながらランプルーヒ夫人は私らしき女の子がふわりとしたドレスを着た絵を書いてゆく。

 うわぁ、ざっくりとしたラフだけどちゃんと私と分かるあたりこの人絵が上手いわ。

 それにドレスのデザインが可愛い!


「……去年の年末のパーティでコーデリア夫人の長女が着たドレスに似ているわね。もう少しデザインの印象を変えられないかしら?」


 しかしお義母様は気に入らないのかリテイクを要求する。


「あら、そうでしわね。失礼しました。カコお嬢様に似合うデザインばかり考えてしまいました」


「良いのよ、それが貴女の良い所なのだから」


 コーデリア夫人? その人も貴族っぽいけど、その人の子供が来た服と同じデザインじゃダメなのかな?


「カコお嬢様、コーデリア夫人は奥様とはあまりの仲の良くない派閥の方なのです。その方のご令嬢と同じデザインラインのドレスを着たとなると、カコお嬢様はコーデリア夫人のご令嬢の後追いをしたと下に見られてしまうのです」


「な、成程、そういう事なんだ……」


 お義母様達がデザインに熱中している隙に、ティーアが小声でコーデリア夫人について教えてくれた。

 いわゆる派閥間の争いってヤツかー。

 でもドレスのデザインで格上とか格下とか出来ちゃうのは面倒だねぇ。

 皆好きなデザインの服を自由に着られたら良いのにね。


 ◆


「お疲れ様、カコちゃん」


 結局採寸で体力を使い果たしてしまった私は、午後の予定を翌日に回して、お義母様とプチお茶会をしていた。

 ちなみにランプルーヒ夫人は創作意欲が湧いたとウッキウキで帰って行った。

 うーん、パワフルな人だったよ。


「でもドレスなんて作っても着る機会なんてないですよ」


 いやホント、養子の私がパーティに出ても意味ないだろうしさ。

 あとアレを普段使いのドレスに使う勇気は私にはない。


「そんな事ないわよ」


 けれどお義母様は意味ありげな笑みを浮かべる。


「今度とある貴族が開催するパーティがあるんだけど、もしかしたらそこでカコちゃんの探しているモノが見つかるかもしれないのよ」


「え!?」


 それってもしかして、シェイラさん達の盗まれた武具の事!?


「詳しくはメイテナちゃんに聞いてね」


「メイテナお義姉様に?」


「という訳で後はよろしくねメイテナちゃん」


「え?」


 お義母様の視線を追うと、部屋の入口にメイテナお義姉様の姿があった。


「メイテナお義姉様!?」


 え!? いつの間に!?


「もう、ランプルーヒ夫人が帰ってから来るんだもの。もっと早く来てくれたらメイテナちゃんのドレスも作ってもらったのに」


「い、いえその必要はありません」


 ああ、成程。ドレスを作るのが面倒で入ってくるタイミングを図ってたんだな。

 おのれお義姉様! 私を見殺しにしたな! っていうか完全に囮として利用された感じじゃん!

 この貸しは大きいぞー!


「あー。ともかくだな。父上と合同で調査した結果、ある貴族がパーティを行うという情報が手に入ったのだ」


「貴族のパーティですか?」


 それが何で盗品に関係してるんだろう?


「その貴族はある品の収集家でな。珍しい物が手に入るとパーティで自慢するのだという話だ」


「収集家って何の収集家なんですか?」


「武具だ。オグラーン伯爵は武具のコレクターなのだ」


「武具のコレクター!?」


「うむ、オグラーン伯爵は騎士に憧れていたそうだが、才能の問題で騎士にはなれなかったのだそうだ。それ故、彼は武具の蒐集に力を入れるようになったと聞く」


 何とまぁ。つまり才能が無くて騎士になれなかった事を諦めきれず、その代わりに珍しい武器を集める事で欲求を満たそうとしているのかな?

 ……と言うかですね。


「すごいです! もうそこまで情報が集まるなんて!」


「そうよ~。貴女達のお父様が頑張って情報を集めてくれたのよ。オグラーン伯爵が蒐集品を自慢する時は、同好の士だけで集まるパーティしか開催しないから情報を集めるのは大変だったそうよ」


「お義父様が!?」


 なんと! 私が養子になってからまだ一日しか経っていないのにもうそこまで調べてくれたの!?


「もともとキマリク盗賊団と村の盗難事件の件は父上にあらかじめ連絡を入れておいたのだ。そして私達が来る前から調べてくれていたのだ」


「そうだったんですか!」


「まぁ父上としては以前からマークしていた相手の一人だったようでな、情報を集めるのは容易だったらしい」


 これはビックリ。正直仕事の合間に余裕があったら調べる程度だと思っていたよ。

 でも逆に考えればそこまで気合いを入れて調べるほどキマリク盗賊団はやらかしまくっていたという事なんだろうね。


「後でお礼を言っておきなさい」


「はい!」


「正直な所、私だけで調べたかったのだがな」


 と、メイテナお義姉様はちょっぴり悔しそうに言う。


 でも本当に感謝の言葉もないよ!

 まさか関係者以外立ち入り禁止な身内のパーティの情報を集めてきてくれるなんて!

 貴族の養子にならなかったら絶対手に入らなかった情報だよ!


「ただ一つ問題があるのだ」


 だけど、そこでメイテナお義姉様の顔が曇る。


「問題ですか?」


「ああ、実はオグラーン伯爵のパーティは同好の士でないと参加資格が無いのだ」


「同好の士ですか!?」


「ああ、珍しい武器の蒐集家で、しかもそれなりに知識もないといけないとか」


 おおう、これはまた厄介な。せっかく問題が解決するかと思ったらまた問題発生かぁ。

 コレクター仲間しか入れないとなると、単純にコネで参加するのは難しいよねぇ。

 貴重な武器かぁ。貴重と言うからにはただ品質が高いだけじゃなくて、珍しい性能も無いとねぇ。

 例えば魔法が使える武器……ん? 魔法?


「あの、メイテナお義姉様」


「なんだカコ?」


 私はふと思い浮かんだ考えをメイテナお義姉様に告げる。


「それ、もしかしたら何とかなるかもしれません」


「何!? 本当か!?」


 うん、アレを使えばその問題、解決できるかもしれない!

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