第35話 お姫様への誘い

「カコ、私の妹にならないか?」


「ええーっ!?」


 メイテナさんのご両親であるクシャク侯爵と出会った私は、突然とんでもない誘いを受けてしまった。

 っていうか妹ってどういう事!? スールとかそういうアレ!?


「正確にはクシャク家の養女として迎え入れるだね」


「ようじょ!?」


 幼女、じゃなくて養女!? 私が!?


「え? な、何でですか?」


 正直言って私を養女として迎え入れる理由がさっぱり分からん!


「カコ君。君は失われた筈のロストポーションで娘の仲間を救ったそうだね。そしてそれが原因で悪辣な輩に誘拐された」


「え!? な、何で!?」


 何でクシャク侯爵がロストポーションの事を知ってるの!?

 もしかしてメイテナさんが喋っちゃった?


「娘には聞いていないよ。ただ娘の仲間の傷が治った事情を考えれば、おのずとその方法は予想できる。勿論君を誘拐した者達の思考もね」


「うっ」


 うう……確かに失われた体の一部を再生させるにはロストポーションが必要な事も、ロストポーションの材料が失われた事も、私よりこの世界の住人であるクシャク侯爵の方が詳しいのは当たり前だよね。


「娘は自分達が原因で君が誘拐された事を酷く悔やんでいてね。今後その様な出来事を起こさないために君を当家の養女として迎え入れたいと頼んできたのだ」


 メイテナさん、あの時の事にそこまで責任を感じて……


「それに商人として名が売れてくれば、嫌でも悪意を持った人間に狙われる。どちらにしてもいずれ狙われるのなら、貴族の養子と言う盾があった方がよいだろう」


 そうクシャク侯爵が補足すると、メイテナさんが私の肩に触れる。


「カコ、君は私にとって恩人だ。だから私は君への恩を返す為にその身を守ってあげたいのだ」


「でもキーマ商店から助けて貰ったので、恩はもう返してもらいましたよ」


 そう、あの夜メイテナさん達は私を助けに来てくれた。

 だからもう十分恩返しはしてもらっている。


「いや、アレは私が警戒を怠った事が原因だ。アレの価値を考えれば、暫くイザックの腕が治った事を隠しておくべきだったのだ。だが私がそれに気付かなかったせいで、結果的に情報を秘匿するという君との約束を破ってしまう事となったのだ。それにカコの居場所を探し当てたのも直接助けたのも彼だ」


 そう言ってメイテナさんは反対側に寝転ぶニャットに視線を向ける。


「ニャットが……」


 そう言えば追手を倒したのはニャットだったっけ。

 っていうかこの状況で物凄くマイペースですねニャットさん。

 その唯我独尊な姿、まさに猫!

 いやそうじゃない。何かメイテナさんの罪悪感を和らげる出来事は……あっ、そうだ!


「でもお礼に短剣を貰いましたし、戦闘訓練や森の歩き方も教わりました」


 そう、騎士団に口利きをしてもらえる短剣はキーマ商店に誘拐された時の事情聴取で役に立ったし、逃げる時はメイテナさんに教わった森の歩き方が本当に助かったもん。


「いや、短剣はあくまで報酬の一部だ。手ほどきに関しても短剣を与えた以上使い方を教えるのは当然だ」


「……」


 うーん、メイテナさん生真面目過ぎるよ。


「メイテナ、そんな言い方ではカコ君が困ってしまうよ」


「そうよ~、もっと私達への手紙に書いていた事を伝えれば良いじゃないの」


 どう説得したものかと悩んでいたら、クシャク侯爵とフォリアさんが間に入ってくれた。


「侯爵様達への手紙ですか?」


 手紙って何? と聞こうとしたら、メイテナさんが突然慌てだす。


「お、お母様! それは関係な……」

 

「カコちゃんがすっごく可愛らしくて、小さくてフワフワでまるでぬいぐるみやお人形みたいだったって」


「ふぇ!?」


 ご両親宛ての手紙に何書いちゃってんのメイテナさん!?


「だからお母様っ!! いや違うぞカコ! 違うんだ!」


 ……何が違うんですか?


「カコちゃん。うちの子はこの通り堅苦しい物言いをしちゃうだけだから難しく考えちゃだめよ。ただ単に、大好きな貴女を助けたいって思っているだけなの。ただそれだけなのよ」


「私を助けたい……ですか」


 つまり困っている人を見たら助けたいと思ったくらいの感覚と?


「そして一緒に暮らしてお茶会をしたりオシャレをしたり一緒に寝たいと思っているのよ」


「それはお母様の願望でしょうっ!」


「そうよ~。そしてメイテナちゃんの願望でもあるわね。だって私達母娘なんだもの。好きなものが似ているものね~」


「だ、だだだ断じてそのような願望はありません!」


「え~、それじゃあカコちゃんの為に用意したドレスは見たくないの?」


「それとこれは別です!」


「ほら~、やっぱり見たいんじゃないの」


「えーっとぉ……」


 これ、どうすれば良いの?

 なんか完全に私を無視して二人で仲良く喧嘩を始めちゃったんだけど。

 いや喧嘩というよりはフォリアさんがメイテナさんを一方的にからかってるだけか。


「妻の言う通り難しく考える必要は無いよ」


「侯爵様」


 途方に暮れていた私に今度はクシャク侯爵が話しかけてくる。

 あの二人はいいんですかねぇ?


「大人として一人でいる子供を助けたいと思うのは当然の事だ」


 そこでクシャク侯爵は一旦言葉を区切る。


「だが君がそれを心苦しく思うのなら、君の取り扱う商品で役に立ってくれれば良い。君は商人なのだろう?」


「え? 商人を続けていいんですか!?」


 貴族の養女になったら外に出られなくなるかと思ったけど違うの?


「構わないとも。貴族でも商売をする者はいるからね。それに君を当家に迎え入れるのは才能のある若者を保護する為でもあるのだよ」


「保護ですか?」


 むむ? それは一体?


「そうさ。神より賜りし加護を持つ者、そして加護に劣らぬ才覚を持つ者は貴重だ。しかしそう言った有用な力を持つ子は悪辣な者に狙われる事も多い。だから貴族は優秀な子を養子にして保護するんだよ。孤児院で暮らす子供を引き取る事も少なくないからね」


「貴族ってそんな事もしているんですか」


 なんていうか足長おじさんって感じだ。


「そうさ。だから君を養女に向かえる事は貴族社会として珍しい事じゃないんだ」


「でも私には特別な力なんてありませんよ?」


 まぁ本当は合成スキルがあるけど、表向きはただ商人だからね。


「そうかい? 君には失われた体の一部を再生させる力があると聞いたよ」


「そ、それは私の力じゃありません!」


 あくまでポーションの力だから!


「どちらでも良いのさ。君自身の力でも、君が作った物でも、君が取引で得た力でも、寧ろ取引で得る事が出来るなら、その伝手を手に入れた手腕こそ素晴らしいと私は思うよ」


 手腕が一番評価できる、か。

 本当はスキルのおかげだけど、商人として評価して貰えたのはちょっと嬉しいな。


「商才も才能の内さ。君が私の領地で店を経営してその店が繁盛したなら、その税収で我が領地はますます栄える。貴重な品を仕入れてくれれば商人や貴族もやって来るだろう。そうなれば彼らが領内に金を落としてくれるから更に領内が栄える。ほら、私にも利益が発生するだろう?」


 おおう、これは経営者目線の判断だね。

 クシャク侯爵は私が東都で働くことで得られる将来的な利益を見ているんだ。

 正直メイテナさんの恩返しよりもこっちの方が理由としては納得できるんだよね。

 正直恩返しで侯爵家の養女はさすがに重い……


 でも侯爵様の話を聞いた感じだと、この世界の養子って地球の、そして日本の養子のイメージにくらべて随分と緩い印象がするんだよね。


「それにだ、カコ君。君も商人として大成したいのなら、我々に迷惑をかけるかもと遠慮するのではなく我々を利用するくらいの気概を持つべきだ。世の中は善意だけでは回らない。悪事を肯定しろとは言わないが、裏の悪意を読み取るくらいには清濁併せ持つべきだろう。君自身の身を守るためにね」


 これは厳しいお言葉。

 確かに貴族の家と言う後ろ盾があるとないとじゃ大違いだよね。

 でもそれはお互い様だよね。

 自分達の善意を受け取る為に利用しろって言うのは悪人の言う事じゃない。


「さらに言えば、優秀な戦力である上位冒険者の引退の危機を救ってくれた事は領地を治める者として好ましい結果となった。彼等は騎士団や衛兵隊に属していないからこそ、自由に動くことが出来る。その機動性、柔軟性の高さは非常に有益なのだよ。そう、有益なのだ……」


 んん? その割には物凄く苦み走った口調なんだけど?


「娘に手を出したりさえしなければ本当に言う事はないのだがね。領主としての責務が無ければ寧ろ直さなくてもよかったと言わずにはいられないのだが……」


 あっ、これはタダの親バカですわ。

 娘を奪ったイザックさんへの恨みが尽きることなく湧き出ていらっしゃる。


 クシャク侯爵が闇を吐きだしている今のうちに考えを纏めよう。


 侯爵様は私が商人として色んな所に行くことは寧ろ推奨してくれた。

 そして養女として迎え入れるのは貴族なら良くあることだし、私にはその価値があるとも。

 そして安全に商人として活動する為に自分達を利用すればいいとも。

 クシャク侯爵の本心は分からないけれど、少なくともメイテナさんは本当に後ろ盾として私を支えようとしてくれたんだろうね。

 前世の地球でも、貴族のや武士の後ろ盾は信用の面でも重要だったみたいだしねぇ。

 

 唯一気がかりがあるとすれば……


「ねぇニャット」


 私は寝転がっているニャットに話しかける。


「何だニャ?」


 ニャットは眠ってはいなかったみたいで、すぐに顔を上げて応えてくれた。


「私が侯爵家の養子になっても護衛として雇われてくれる?」


「……数年くらいなら問題ないニャ」


 数年か。それだけの時間があれば、侯爵家の養子になった事による生活の変化も分かるね。

 私が一番怖かったのは、養子になったからもう安全だろう。だから護衛はもう終わりだ、と私の前からニャットが消える事が恐ろしかったんだ。


 だってニャットはこの世界に転生して一番最初に会った良い人、いや良い猫。

 彼がいてくれれば自分に何かあっても必ず助けてくれる。

 キーマ商店の追手から間一髪ニャットに助けられた私は、あの時からそう思えるようになったんだ。


 でも養子になった瞬間ニャットが居なくなってしまったら、侯爵家から出て行かないといけなくなった時私は自分の身を守れなくなってしまう。

 ニャットもそれを察したから、私が侯爵家と東都に馴染むまでは護衛を続けてくれると答えてくれたんだろう。


「ありがとうニャット!」


「構わんニャ。カコの料理が食えなくニャるのはニャーにとっても損失だからニャ」


「え? カコちゃんお料理上手なの?」


「うひゃっ!?」


 さっきまでメイテナさんをからかっていた筈のフォリア様が後ろから会話に割って入る。

 び、びっくりしたぁー!


「ふふん、お母様は知らないのだな。カコの料理は絶品なのだぞ」


 いや一応メイテナさんも東都にくるまでに私の料理を食べたけど、そこまで大したものは作ってないよ!

 寧ろ貴族なら私の料理よりも全然美味しい料理を食べてる筈だよ!


「ほう、それは興味深いね」


 なのにクシャク侯爵まで会話に加わって来た。


「ちょっ!? そんな事ないですよ。普通です普通!!」


「これは是非ともカコちゃんのお料理を食べてみたいわ~」


「だーかーらー! 私の料理の腕は普通ですって!」


「はっはっはっ、皆落ち着きなさい。それでどうするか決まったかい?」


 また話が脱線しそうになったところでクシャク侯爵が騒ぎを止める。

 もしかしてこれ、私が考えを纏めるまで待っててくれたのかな?

 いや、あれは間違いなくクシャク侯爵の本心だったと思う。

 とはいえそれについて考えるのは後でいいや。

 私はクシャク侯爵の目を真正面から見つめて答える。


「はい! 皆さんのお話、受けさせていただこうと思います」


 そう、私は遠慮なくクシャク侯爵の保護を受ける事にした。

 そしてこの屋敷の人達に迷惑をかけそうになったら、そうなる前にどこか遠くへ逃げる事にしよう。

 ニャットが居れば逃げ切る事だって出来るだろうからね!


「キャーやったわー! これで私も二児の母ね!」


「いや息子も居るじゃないか」


「母上、兄上を忘れていますよ」


「娘が二人って言う意味よ~」


 うわぁ、まだ見ぬお兄さんが不憫だ……

 けどメイテナさん、お兄さんが居るんだ。


「ではカコ君。こちらの養子縁組の書類にサインを。読み書きは出来るかい?」


「はい、大丈夫です」


 女神様がこちらの世界の文字を読めるようにしてくれたからね。


「ちゃんと書類は全部読むんだよ。勿論裏面もね」


「はい」


 私は言われた通りに書類を読み込み、裏面に何か書いてないかも確認する。

 しかし裏面には何も書かれていなかったので、紙を戻して署名しようとしたら、クシャク侯爵に止められる。


「紙がくっついていないかも確認しないと駄目だよ」


「え!?」


 慌てて書類を確認するも、二枚目が引っ付いていると言う事は無かった。


「悪意を持った者はどこにでもいるからね。契約書の内容だけでなく、紙に何か細工されていないかもよく調べる癖をつけておきなさい」


「は、はい!」


 こ、こわーっ! これは紙の合成もして鑑定で確認できるようにした方がいいいかもだね!

 何度も契約書を確認して、今度こそ問題ないと判断した私は、ようやく自分の名前を記入した。


「書きました」


「うん、確かに受け取ったよ」


 なんかちょっとドキドキするなぁ。

 本当に書いて大丈夫だったんだよね?


「「よぉぉぉぉぉぉしっ!!」」


 突然クシャク侯爵とフォリア様が大声を上げてビクリと震えてしまう。


「可愛くてちっちゃい娘が出来たぞぉぉぉぉぉぉっ!!」


「これでお茶会やドレスの着せ替えがいっぱいできるわぁーっ!!」


「え? 何? このテンション?」


 さっきまでとキャラ違いすぎません?

 私は一体何事かとメイテナさんに説明を求める。

 するとメイテナさんは……


「ぷいっ」


 顔を背けていた。


「メイテナさぁぁぁぁぁん!?」


「すまない。私の両親はちょっとだけ感情表現が豊かなんだ」


「いやアレは豊かとかいうレベルではないのでは!?」


 わずかに視線を戻せば、踊り出しそうな勢いで「「むっすっめがでっきたっ」」とスキップを踏んでいるクシャク侯爵とフォリア様の姿が見えて慌てて視線をメイテナさんに戻す。


「ほら、私は貴族令嬢らしさには興味がなかったし、兄も男だからな。二人共娘を可愛がりたい欲求が溜まっていた……みたいだ」


 溜まっていたみたいってアンタ……


「はっ、まさか私を生贄に!?」


「い、いや断じてそんな事はないぞ! 両親にカコの後ろ盾になって貰おうと思っていたのは事実だ! ただまぁ、カコが私の後ろ……盾になってくれたら嬉しいなぁとはちょっとだけ、ちょっとだけ思ったりしたこともあったりなかったりしたが……」


「物凄く思ってたんじゃないですかぁーっ!!」


 だーまーさーれーたーっ!!

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