第34話 東都の土を踏む

「これはまたやってくれたものだな」


 鍛冶師達の村を出た私は、メイテナさん達鋼の翼とシェイラさんと共にキマリク盗賊団を追って東都に向かっていた。

 逃げる盗賊を追うため、食糧などの必要物資の補給以外は可能な限り急いで馬車を走らせていたのだけど、行く先々の町や村が盗賊団の被害に遭っていたのだ。


「酷いですね。手当り次第盗みを働くなんて」


「流石にこれはおかしいね」


 そう呟いたのはマーツさんだった。


「マーツさん、おかしいってどういう事ですか?」


「物資補給の際に町の人達から話を聞いたんだけどね、どうも町や村を襲った賊は高価な品をピンポイントに狙って盗んでいたみたいなんだよ」


 んん? それって普通の事じゃないのかな?

 安い物よりは高い物を盗むだろうし。


 そんな私の疑問を読み取ったのだろう。マーツさんが説明をしてくれる。


「考えてごらん。キマリク盗賊団は自分達が追われている事を知っていた筈だ。なら一刻も早く追手を撒こうと逃げる事に専念する筈。なのにただ盗みを働くだけでなく、まるで最初から知っていたかのように金目の物がある家や店を狙っているんだ」


「あっ、確かに!」


 そうだ、言われてみればおかしいよね! 


「恐らくキーマ商店と取引をしていた頃からあらかじめ金目の物がある場所に目星を付けていたのだろうね」


 そして隠れ蓑のキーマ商店が無くなった事で逃げるついでに盗みを働いたって訳かぁ。


「これだけ派手にやったと言う事は国外へ逃亡を考えている可能性もあるな」


「国外に逃亡!?」


 これまた刑事ドラマや映画でお約束の展開だよ!

 それに監視カメラの無いこの世界じゃ逃げた犯罪者を追うのは難しいだろうし、国家間での犯罪者の引き渡しなんて概念も薄いだろう。

 そうなると外国に逃げられたらもう追う事すら出来ないかもしれない。これは早く捕まえないと!


「安心しろカコ。すでに東都には連絡を入れてある。不審な集団が都に入ろうとしたら衛兵達が捕えてくれるさ」


「そ、そうなんですね」


 よかったぁ。悪党の逃げ得にはならないみたいだね。


 ◆


「ここが東都かぁ……でっかぁ」


 東都についた私は、町を覆う外壁の大きさに驚いていた。

 だってトラントの町の防壁の数倍の高さがあるんだもん!

 いや流石ファンタジーの世界だわ。

 もう壁が高層ビルレベルだよ。


「驚いたかカコ? この壁は魔法と錬金術で作られたのだ」


「魔法と錬金術!?」


 うおー、魔法と錬金術凄すぎ!!

 あれかな? 魔法で壁の基礎になる素材を作り出して、職人が造形を担当して錬金術師が補強したとかかな?


「うわっ、凄い行列だな!」


 私が防壁の高さに驚いていると、シェイラさんは地上の光景に驚いていた。

 つられて私も見てみると、町の入口には物凄く長い行列ができていたのだ。


「うわー、あれは入るのに時間がかかりそう」


 日が暮れる前に入れるかなぁ?

 最悪町の外で一泊とかありそう。


「安心しろ。すぐに入れる」


「え? どうやってですか?」


 馬車はどんどん行列に近づいていくんだけど、その途中で横にそれて行列の横を走っていく。

 すると馬車の速さもあってそう時間をかけずに門の入口にたどり着く事が出来た。

 でもやっぱり入り口付近は渋滞していて、このままだと入れそうにない。


「おーい、ちゃんと列に並ばないと入れないぞー」


 案の定、門番さんが最後尾に戻れと馬車に近づいてくる。


「そう言うな、急ぎの用があったゆえ帰ってきたのだ」

 

 そう言ってメイテナさんが馬車の外に顔を出す。


「ん? 何言ってるんだアンタ……ああああぁっ!?」


 門番さん達は慌てて背筋を伸ばすと敬礼っぽいポーズをとる。


「も、申し訳ありませんでした! メイテナ姫様!」


 めいてなひめ?

 え? 姫って何それ? メイテナさんお姫様だったの?


「メイテナさん……お姫様だったんですか!?」


 今の話は本当なのかと問おうとしたらメイテナさんは違う違うと手を大きく振って否定する。


「い、いや、この者達が勝手にそう言っているだけだ。私は自分で名乗った事などない!」


「で、ですがメイテナ姫様は東都を治めるクシャク家のご令嬢。我々としては間違いなく姫と呼ぶべきお方です!」


 まじかー。実はメイテナさんって超VIP? ただの元女騎士じゃなかったのか。


「もしかして私達もメイテナさんをメイテナ姫様と呼ばないといけないんでしょうか?」


「か、勘弁してくれ! 身内にまでそんな事を言われたら恥ずかしいだろ!」


 へぇ、って事はメイテナさんにとって私は身内になるんだ。

 ふふっ、ちょっと嬉しいかな。


「そ、そんな事よりも通してもらうぞ! 急ぎ父上に伝えたい情報があるのでな」


「はい! すぐに!」


「お前等、下がれ下がれ。門を開けるが許可があるまで勝手に入るんじゃないぞ! 許可なく入った瞬間犯罪者の仲間入りだからな」


 こうして、私達はあっさり東都の土を踏むことが出来たのだった。

 VIPパワーすげー。


 ◆


「うわー、凄い人!」


 馬車の中から覗く東都の中はトラントの町以上に人で溢れかえっていた。


「後日東都を案内してやろう。だがその前に私の屋敷に行く」


「メイテナさんのお家ですか?」


「ああ。ここで賊と盗品を探すのなら、拠点は必要だ。幸い私の屋敷には使っていない部屋が余っているからな」


 おおー、なんかメイテナさんのお家ってデッカいお屋敷っぽいよね。お姫様だし。

 あれかな、もしかしてメイドとかいたりするんだろうか?

 本物のメイドかぁ、ちょっとワクワクするね。執事とかも居るのかな?


「おかえりなさいませ、メイテナお嬢様」


 なんて思っていましたが、正直言って予想以上でした。

 目の前にはズラリと並んだメイドさん達。

 更に執事さんも何人も並んでいる。

 なんだこれ、映画に出てくる超お金持ちみたいじゃん。 


 というかですね、お屋敷の壁がトラントの町の防壁並みの高さだったんですけど。

 そして屋敷の敷地も広いっ!!

 お屋敷も予想の100倍大きい! なんか塔もある! 正直登ってみたい!!


「メイテナさんって、実は思った以上にお嬢様だったんですね……」


「大した屋敷ではないさ」


 いやこれは大したことありすぎですよ?


「な、なぁ。私ついてくる意味あった? 正直商人ギルドに行った方が早く情報を集めれたと思うんだけど?」


 私と同じように緊張しているシェイラさんは完全に委縮しきっている。


「な、何言ってるんですかシェイラさん。それだと私一人でここに来ないといけなかったじゃないですか!」


 いやホント気持ちはわかりますよ。

 でも逃さん! 私が一人にならないために!


「バッカお前、私を巻き込むなよ!」


「死ぬなら一緒ですよ!」


 シェイラさんの腕をがっしりと掴んでホールド!


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 そんな事をしていたら、渋いロマンスグレーの執事さんがやってきた。

 ザ・執事って感じのお爺ちゃんだ。


「久しいなマーキス」


「旦那様も奥様も首を長くして待っておいでですよ」


「そうか。ではカコ、付いて来てくれ。ああ、すまんが今回シェイラ達は外してほしい、次の機会に紹介するのでな」


「ええ!?」


 何で私だけ!?


「よっしゃ! あ、いや。分かりました」


「シェイラさんは一緒じゃないんですか!?」


「悪いなカコ。私は師匠の知り合いに会いにいかないといけないからさ」


「くっ、裏切り者!」


 シェイラさんは満面の笑みでいやー残念だなーと心にも無さそうな事を言う。


「何か情報が入ったら呼んでくれよ。すぐ駆けつけるからさ! んじゃ私は下町にでも宿を取るさ」


「ん? 何を言っている。シェイラも我が家に泊まるのだぞ?」


「え?」


 軽快な歩みで屋敷を去ろうとしていたシェイラさんの笑みが固まる。


「賊の摘発と盗難品探しは時間がかかる。仕事も無しに宿に泊まってはすぐに路銀が尽きるぞ」


「い、いや、でも私は平民ですから……」


 しどろもどろに辞退しようとするシェイラさん。


「カコの友人なのだ。気にすることはない」


「ひゃう……」


 だが満面の笑顔でそれを封じるメイテナさん。

 ふはははっ! 勝った! 大勝利! 道連れが増えたぁー!


「まぁ真面目な話、その方が良いぜ」


 と、私が喜んでいたら、イザックさんがそんな事を言ってきた。


「イザックの旦那……」


「盗品の調査をするのなら、敵からも目を付けられる。そうなると下町の宿はいつ襲われるか分からん。安全を考えるならメイテナの家に厄介になった方が良いぞ」


「うぐぐっ」


 確かに、安全は大事だもんね。

 町の中だからって安全とは限らないのは誘拐された私が良く知っている。


「そういう訳だ。安心して我が家に逗留するが良い!」


「……お世話に、なり、ます」


「うむ!」


 死んだ眼で頭を下げるシェイラさんに善意満面の笑みで頷くメイテナさん。

 うん、善意って必ずしも人を幸せにしないんだね。


「お客様がた、お部屋に案内いたします」


 話がまとまるのを待っていたのか、メイドさんが皆の案内にやってくる。


「それじゃあまた後でニャ、カコ」


「え!? 待って待って、ニャットは私の護衛なんだからいてくれないと困るって!」


 寧ろ私の精神衛生上の問題で一緒に居て!

 私はニャットだけは逃がさんとに彼に抱きつく。


「……はぁ、尊い」


「少女と大きなモフモフ、御馳走様です」


 ん? 今誰か何か言った?

 顔を上げて周囲を見回すも、メイドさん達はピシッとした姿勢のまま。

 違うのはイザックさん達くらいだけどあの人達の声じゃなかったと思う。

 気のせいかな?


「……まぁ貴殿なら構わんか。カコも一人では怖いだろうしな。ただし聞いた内容は秘匿してもらうぞ」


「ネッコ族の誇りにかけて喋らないニャ」


 よかったー、これでニャットも来てくれるよ!


「そんじゃ俺達は休ませてもらうぜ。部屋まで案内よろしくなメイドちゃん」


「イザック様は門までご案内致します」


 何故かメイドさん達はイザックさんの両腕をガシッと掴む。

 ん? どういう事?


「って、何で俺だけ追い返されるんだよ!」


「旦那様のご命令ですので」


 そう言うや否や、他のメイドさん達もイザックさんに群がり、彼をお神輿のように担いで屋敷の門に向かって運んで行ったのだった。


「おわぁぁぁぁぁー!」


 うわー、メイドさん達って意外と力持ちー。


「あの、イザックさんいいんですか?」


「あー、まだ父上はイザックとの事を許してくれていないからな」


 ああ、そういう事。

 どこの馬の骨ともしれん男に娘との交際などゆるさーんって奴か。


「そ、それは大変ですね」


「なに、子供を産んで既成事実を作ってしまえばこっちのものだ。お母様は私の味方だしな」


「解決策がパワフル過ぎる……」


「本当に欲しい物は力づくで手に入れろ、そこまで思わないのなら大して欲しいものではない、と言うのがお婆様の教えだ」


 お婆様が武闘派過ぎる……


「では行こうか」


 ◆


「おお……ゴージャスな部屋」


 絨毯がふわっふわ、ソファーもふわっふわ、テーブルはシンプルな見た目なのに物凄く高級感に溢れていて、周囲に飾ってある装飾品は鑑定をかけるまでもなく高級品なのは丸わかりで、なんならカーテンすら高級感に溢れていた。


 正直言って超落ち着かない。

 こ、これが金持ちの家ってやつかぁ。

 漫画の金持ちのイメージって部屋中がキラキラしてたりするか露骨に成金臭いんだけど、本物の金持ちは違った。

 使って分かる高級感や、シンプルなのに品の良さが目立つのだ。


 ううん、こういった日用雑貨の合成も試しておくべきだったなぁ。

 まぁ鑑定出来てたらこの部屋に足を踏み入れる事すら躊躇ってただろうから、できなくてよかったのかもしれない。

 ああ、これが知らなければ良かった真実って奴なのかな?


「カコ様、こちらをどうぞ」


 周囲にある全ての高級品に緊張していたら、いつの間に現れたのかメイドさんが飲み物をテーブルの上に置いてくれた。 


「プルアの実の果実水でございます」


「プルアの実!?」


 これ鍛冶師の村で飲んだヤツだ!

 でも屋台で飲んだのとちょっと透明度とか違うね。


「ありがとうございます」


 私はありがたくプルアの実のジュースを頂く。


「っ!? 美味しい!」


 凄い! 屋台で飲んだヤツよりもっと美味しい!

 屋台のは果肉が混ざっていたのかざらりとした感じだったけど、こっちはさらっとしてて地球のジュースに近い。

 搾り汁と果実水で作り方が違うのかな?


「はー、美味しかった」


 緊張で渇いていた喉に染み渡ったよ!


「はっはっはっ、お気に召して何よりだ。プルアは我が領地の名産品だからね」


「へぇー、そうなんですね。でも納得の美味しさです」


 うんうん、確かにこれなら名産品と言われても納得の出来だよ!

 スーパーで見る値段が明らかに高い果物とかはこんな感じの味なんだろうね。


「……んん?」


 今何か知らない男の人の声がしたような気が?

 さっきの執事さんとも違う声で……

 顔を上げるとテーブルの反対側には知らないおじさんとお姉さんの姿があった。


「え?」


「初めまして御嬢さん」


「ふふっ、メイテナちゃんの手紙にあった通り可愛らしい娘ね!」


「えっと……」


 あ、あれ? この人達いつ入って来たの?

 私は困惑しながらメイテナさんに説明を求める。

 するとメイテナさんが肩を落としながら溜息をつく。


「あー、すまない。母上達は悪戯好きなんだ」


「はは、うえ?」


 この人がメイテナさんのお母さん!?

 歳の離れたお姉さんでなく!?


「改めて紹介しよう。私の父のエルヴェント=クシャク侯爵と母のフォリア=クシャクだ」


「よろしく」


「よろしくね、カコちゃん」


 何事もなかったかのようににこやかに挨拶をしてくる二人。


「あ、はい。マヤマカコです。えっと、マヤマが苗字でカコが名前です」


「あらあら、ちゃんと自己紹介出来て偉いわね」


 いやちっさい子じゃないんですから。


「カコちゃん、私の事は今日からお母様って呼んでね」


「はい?」


 何故にお母様?


「私ね、貴女が来る日をずっと楽しみに待っていたのよ。メイテナちゃんは騎士になるって言って、あんまりオシャレをしてくれなかったから、カコちゃんがウチの子になってくれて嬉しいわ!」


「は? ウチの子? 何の話です?」


 フォリアさんは何を言ってるの?

 私は話についていけずメイテナさん達に助けを求める。


「メイテナ、もしかしてあの話をこの子にしていないのか?」


 私の狼狽ぶりを察したエルヴェントさんがメイテナさんに話をしていないのかと尋ねる。

 あの話って一体何の話!?


「は、はい。手紙を送って程なく出立したので、父上達の許可が確認できない状況で話をして許可が下りなかったらカコをぬか喜びさせてしまいますから」


「ああ、確かにそうだね。フォリア、少し早まりすぎたようだ」


 エルヴェントさんはフォリアさんを宥めるように肩に手を置く。


「ええ? 良いじゃないですか。カコちゃんがウチの子になるのは決まったようなものなんですし」


「その本人が事情を呑み込めずに困惑している。まずはこの子にちゃんと説明をしてあげないとね。メイテナ」


「分かりました」


「あの、これは一体どういう事ですかメイテナさん?」


 私は事情を知っている、というかこの妙な状況の原因になったらしいメイテナさんを問い詰める。


「いや、これは屋敷についてから落ち着いて話そうと思っていた事なんだがな」


 メイテナさんが神妙な顔になって私にこう告げた。


「カコ、私の妹にならないか?」


 ……いもうと? いもうとって妹?


「…………っ!? え、ええーーーーーーーーーーっ!?」


 ど、どういうことーーっ!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る