第36話 お嬢様生活の朝

 チチチチッという鳥の鳴き声を聞きながら私は目覚めた。


「……ここは」


 周囲を見回せば怖いくらい綺麗で広い部屋。

 そして大きくてフワフワのベッド。


「スピニャー」


 あとは物凄く見覚えのある白い巨大猫がヘソ天で寝ている。


「……ああ、メイテナさんの家に泊まったんだっけ」


 そうだ。東都にやってきた私はメイテナさんの家に泊まったんだった。


「いいえ、ここはカコお嬢様のお屋敷ですよ」


「……ふぇ!?」


 突然聞こえてきた声に振り向けば、そこには見知らぬメイドさんの姿があった。


「おはようございますカコお嬢様。わたくしカコお嬢様付きのメイドとなったティーアと申します。


 ティーアと名乗ったメイドさんがペコリと頭を下げる。

 その流れるような動作はまさにプロと言う感じだ。


「えっと、ティーアさん? 私はお嬢様なんかじゃ……」


「いいえ、カコお嬢様はお嬢様です。カコお嬢様は我主であるクシャク侯爵様の養子となられたのですから」


「……そうだった」


 ああ、やっぱり昨日のアレは夢じゃなかったんだ。

 私は色々あってクシャク侯爵の養女になった。

 ひとえに自分の身を守る為に。

 その後に見た光景は見なかったことにしておこう。


 そして話が終わった私はこの部屋に案内されたんだけど、巨大なベッドに驚きつつも興奮してさっそく横になってみたんだよね。

 でもそのままぐっすりと眠ってしまったらしい。


 そして気付けば朝になっていた訳だ。

 うん、このフワフワベッドは反則だよ。


「それとわたくしの事はティーアで結構です。わたくしは使用人ですので」


「はぁ」


 そういうとティーアさんはテーブルの上に置かれていた布の塊を持ってこちらに近づいてくる。


「カコお嬢様、お着替えの用意が出来ております」


「ありがとうございます」


 私は着替えを受け取ろうとしたんだけど、ティーアはススッと着替えを持った手を引っ込める。


「お手伝い致します」


「え?」


 お手伝い? 何の?


「僭越ながらカコお嬢様がこれまで来ていらっしゃった服とは作りが違う服ですので、わたくしがお手伝いさせて頂きます」


 作りが違う? でもそのくらいで手伝いなんていらないと思うけどなぁ。


「えっと、ちょっとくらい違っても大丈夫ですよ」


「いえ、お手伝い致します」


「いやだから」


「お手伝いさせてくださいませ」


「……はい」


 千日手、というか『はい』を選ばないと永遠に話が進まない昔のゲームの如き気配を感じた私は仕方なくはいと答える。


「ではこちらに。はい、ばんざーいをしてくださいませ」


「ばんざーい」


 ティーアの言う通りばんざいをすると、寝間着を剥かれる。


「下着も着替えますので椅子に手を付いてください」


「え? いや流石に下着くらいは自分で……」


「手をついてくださいませ」


「……は、はい」


 なんだこの有無を言わさぬ空気は。

 なんというかちょっと怖い。


「ではドレスを着せますのでまたばんざーいしてくださいませ」


「ばんざーい」


 もはや何も考えまい。無だ。無になるのだ。

 ツッコミとか抵抗とかそういうのをひたすらに抑え込んだ私は、心を無にして耐える。


「次は御髪を梳きますので椅子に座ってくださいませ」


 心を無にして椅子に座ると、ティーアが私の髪の毛を触る。

 そして櫛が髪の間をとおり抜けてゆく。

 おおう、こっちの世界に来てから手入れしてなかったから結構引っかかるな。

 でも人に手入れしてもらうのはちょっと気持ちいい。

 なんというかプロの手つきって感じだ。


「カコお嬢様、リボンは何色が良いですか?」


 そう言ってティーアがテーブルの上の箱を開けると、中から何色ものリボンが姿を現す。


「うわぁ綺麗!」


 それは何とも不思議な色合いのリボンだった。

 地球で見たリボンと違って、どのリボンもキラキラしていたり角度を変えると色が変わったりするのだ。

 どのリボンも綺麗でどれも捨てがたくて困ってしまう。


「う~~~ん……これっ!」


 私が選んだのはキラキラと輝くミントグリーンのリボンだった。

 他のリボンも良いんだけど、今日はコレの気分かな。


「ではお付けしますね」


 ティーアが私の毛に触れてリボンを結んでいく。


「はい出来ました。カコお嬢様、鏡をご覧になられますか?」


「あっ、じゃあお願いします」


 鏡かぁ。こっちの世界に来てからは使ってなかった、と言うか鏡を見た事がなかったからなぁ。


「カコお嬢様、鏡の用意が出来ました」


 てっきり手鏡を持ってくるのかと思ったら、予想以上に大きな鏡が現れた。


「どうぞ」


 ティーアは大きな鏡を私に向ける。

 するとそこには……


「え?」


 見知らぬ小さな女の子の姿があった。

 女の子は綺麗な桜色のワンピースに似たドレスを着ていて、髪の毛は私と同じ黒色をしている。そして黒髪に浮かび上がるようにキラキラ輝くミントグリーンのリボンは私とおそろいだ。


 でもその顔は小さい頃の私と違って物凄く可愛らしく、将来は絶対美人になるのが分かるくらいあいらしかった。

 ちょっとあの世で出会った女神様に似ている気もする。

 もしかしてメイテナさんの妹さんかな?


 私は後ろを振り向いて女の子に挨拶をしようとしたのだけれど、女の子の姿はどこにもない。

 おかしいなと思いながら周囲を見回すも、居るのはティーアだけ。

 え? どういう事?


「カコお嬢様? どうかなさいましたか?」


「えっと、知らない黒髪の女の子が鏡に映っているんですけど……」


「はい?」


 ティーアは鏡を見て何のこっちゃと首を傾げている。


 はっ、まさか幽霊!? 異世界にも幽霊っているの!?


「鏡にはカコお嬢様しか映っておりませんよ?」


「え?」


 私しか映ってない?

 いやでも鏡には知らない女の子しか……

 と、そこで私は気づいた。

 私が指差した女の子が私を指差している事に。


「は?」


 私は手をパッパと動かしたり、両手をバタバタを振ってみると、鏡の中の女の子も私と同じ動きをする。


「か、かぁーわいぃ……」


「えっ!?」


 突然ティーアが意識の外から悶えるような声をあげたのでビクリと我に返る。


「はっ、も、申し訳ございません。その、僭越ですがもしかしてカコお嬢様は鏡を見るのは初めてでいらっしゃいますか」


「え? いえ、昔見た事はありますけど……」


「成る程、そういう事ですか。カコお嬢様、そこに移っているのはカコお嬢様ですよ」


「いやでもこれは私じゃ……」


「カコお嬢様が鏡をご覧になられたのは随分と昔の事なのでしょう? 今のカコお嬢様は成長していらっしゃいますから、鏡に映ったご自分を別人と勘違いしてしまうのも仕方がありません」


 い、いやいや。前って言ってもほんの数週間前の事だから。

 この子は前世の私と違ってめちゃくちゃ可愛いし、更に言うと子供だよ!

 ん? 子供?

 ふと私は自分がこっちの世界に転生してからやたらと子ども扱いされた事を思い出す。

 いやまさか……だがしかし……


 私は鏡の中の自分をじっくりと見つめる。

 その姿はさっき感じた通り女神様にちょっと似ている。

 でも完全に似ている訳ではなく、前世の私の子供の頃の姿にも気持ち似ている気がする。


 そして私はあの世で出会った女神様の言葉を思い出す。


『生前の肉体の性能では生きていくのは困難ですから、元の肉体をベースに向こうの世界の人間の平均値に調整しておきます。ついでに虫歯も治しておいてあげましょう』


 確か女神様はそう言っていた。

 問題はここだ。

『元の肉体をベースに向こうの世界の人間の平均値に調整しておきます』


 このセリフ、元の肉体をベースにこの世界の人間の平均値でって言ってたけど同じ年齢とか同じ見た目とかは言ってなかった。

 つまりこの見た目と年齢は……


「女神の所為かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「お、お嬢様!? いったいどうなさったのですか!?」


 悲報、異世界に転生した私、子供になっていた。

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