第26話 旅立ちの欠片(裏)

 ◆数日後・キーマ商店店主◆


「くそっ、面倒なことになったな」


 まさかあの子供があそこから逃げ出せるとは思わなかった。

 しかも見張りに置いておいた連中まで全員捕まってしまった。


「役立たず共め。せめて死ねば口封じになったものを」


 不幸中の幸いだったのは小娘が私の顔を覚えていない事だ。


「それならならどうとでも誤魔化せる。うっとおしい衛兵共は賄賂を贈った役人に頼んで圧力をかけてもらえば良い。森の中に作った禁制品の倉庫が押収されたのは……痛いが止むをえまい」


 アレを集める為に使った金は惜しいが、ほとぼりが冷めた頃に役人に手を回して高価な品だけでも回収するとしよう。

 とりあえず取引の期日が近い商品だけでも回収しておかねばな。


「あの小娘め、おとなしく私の言う事を聞いていれば良かったものを!」


 すぐにでもあの小娘を捕まえたいが、今は鋼の翼に警戒されているから手が出せん。


「そもそも監視を命じていた馬鹿共が焦って誘拐した事がいかんのだ!」


 侯爵家の娘に警戒されていたのだから、ほとぼりが冷めるまで待てばよかったものを!

 衛兵共はなんとでもなるが問題は侯爵家だ。高位貴族を敵に回すのは不味い。


「だが捕まった部下を切り捨てた事で時間は稼げた筈だ」


 捕まった部下には役人を介し「後で手を回して助けてやる、更に追加で報酬を渡すから自分の独断で行ったと自白しろ」と命じてある。

 勿論助けるつもりなどない。犯人が勝手に自白しただけの事。

 後で切り捨てられたと気づかれる前に自殺に見えるよう毒殺でもすれば事件は迷宮入りだ。


「あとはあの小娘だ」


 あの娘は私を警戒したのか、急いで町を出て行った。

 だがそれは寧ろ好都合というものだ。


「町から離れ助けが来ない位置まで行ったところで捕える。護衛のネッコ族は数で押し込めば問題ないだろう。念のため鋼の翼の動向も監視させるか。今度は説得などと生ぬるい事は言わん! 拷問でも何でもして力づくで情報を吐かせてやる!」


 そしてイスカ草を独占する! そうすれば侯爵家と敵対する派閥の貴族を後ろ盾に出来る!

 敵対派閥の高位貴族の保護を受けれればクシャク侯爵家と言えど容易に手を出すことは出来なくなる。

 そして向こうが手をこまねいている間に、私はイスカ草から作ったロストポーションで王室御用達の地位を得るのだ!


「くくく、まだ終わっていない! まだ十分に立て直せるぞ!」


 その時だった。突然扉が開かれたと思ったら大量の衛兵達が部屋の中に侵入してきたのだ。


「な、なんだ一体!?」


「キーマ商店店主クライブ、貴様を誘拐および違法商品の売買、盗難品取引の容疑で捕縛する」


「な、なんだと!?」


 私を捕えるだと!? だが私が犯人である証拠は見つかっていない筈だ!


「ご、誤解だ! 私は何もしていない! 先日の誘拐事件は私の名を騙った犯罪者の犯行だ!」


 事実部下には自分達の犯行だと偽の自白をさせている。

 荒事専門で店に出入りさせていない連中だったから、町の人間にも顔が割れていない筈だ!


「確かにそちらの件の確たる証拠はまだ見つかっていない。犯人も自分の独断だと自供している」


「そ、そうだろう! ならさっさと出て行ってくれ!」


「だがな、とある人物からの情報提供でお前が裏であくどい商売をしている事が判明したんだよ」


「な、何だと!?」


 情報提供!? まさか部下が私を裏切ったとでもいうのか!? いったい誰だ!?


「お前が盗品の売買および違法な薬草の取引、更には意図的に薬草を買い占めポーションの価格吊り上げを行っていた事も分かっているんだ」


「そ、それは……」


 馬鹿な! 何故それがバレた!?

 衛兵は一冊の紙束を取り出して私に見せつける。


「更にこれはタレコミの情報を元にこの店で発見された二重帳簿だ」


「……なっ!?」


 ば、馬鹿な! 二重帳簿の場所は誰にも教えていないんだぞ!


「ご丁寧に結界のマジックアイテムで隠してあったよ。そんな高価な物で隠すという事は、よほど見られたくない帳簿という事だよなぁ」


「う、ああ……」

 

「すでにこの帳簿の文字がお前の筆跡である事は確認済みだ。更に森に無許可で建造された建物から押収した品とこの帳簿との照合も既に終わっている」


 な、何でこんなことになったんだ!?

 何故二重帳簿の事がバレたんだ!?

 何故隠し場所が見つけられたんだ!?


「ま、待ってくださ。これは何かの間違い……」


「お前にはいろいろと詳しく話を聞かせてもらうぞ」


 しかし衛兵共は私の弁解に聞く耳を持たず、体を強引に抑えつけて手枷を嵌めた。


「全く侯爵家を敵に回すとは馬鹿な事をしたもんだな」


「っ!?」


 耳元で衛兵が口にした言葉に私は思わず顔を上げてしまう。


「ま、まさか!?」


 衛兵隊がここまで迅速に動いたのは侯爵家の差し金だったのか!?

 裏帳簿も侯爵家が見つけたのか!?

 そ、そんな……まさか侯爵家がここまで早く動くなんて……


「終わった……」


 体から力が抜け地面にへたり込んでしまうも、衛兵達は情け容赦なく私を立たせる。


「行くぞ!」


 ああ、どうしてこんな事になってしまったんだ……


「あんな娘に手を出さなければよかった」


 こうして、私は全てを失ってしまったのだった。


 ◆領主◆


「これでよろしいですかな?」


 部下からキーマ商店の店主を捕えたという報告を受けた私は、背後に向かって声をかける。

 そこには誰も居ない。居ないように見える。だが……


「ええ。我が主も満足なさるでしょう」


 不思議なことに虚空から返事が返ってきた。


「ではこ……貴方の主によろしくとお伝えください」


 私の言葉が終わるか終らないかの間に、背後の気配は消える。


「……ふぅ、去ったか」


 私は背後を振り返るがやはり誰も居ない。窓も隠れる場所もない。

 だが誰かが居たのだ。


「まさか侯爵家がこの件に首を突っ込んでくるとはな……」


 数日前の夜、就寝前だった私は寝室で突然何者かに声をかけられた。

 今のように周囲に誰の姿も見えない状況でだ。


 声の主は自らを侯爵家の使いと告げた。

 そしてキーマ商店の主が主の縁者に害をなしたとだけ告げると気配は瞬く間に消えたのだった。


 声の主はどこの侯爵家とは言わなかったが、侯爵家という言葉だけで誰の事か予測がついた。

 それを裏付けるように、翌朝クシャク侯爵家の紋章が刻まれた短剣を持った少女が誘拐される事件が起きたという報告を受け、私は自分の予想が当たっていた事を確信した。


 私はすぐにこの事件の犯人を捕らえるように命じた。

 派閥の主であるクシャク侯爵家の命令なのだ。従わないわけにはいかない。

 子爵である私ではとても逆らえないからな。


 その後執務室に戻ると、見覚えのない書類が置かれていた。

 中を確認すると、何故か森で押収された品とよく似た宝石やマジックアイテムを盗まれた貴族家や裕福な商人の被害届の情報が書かれていた。

 しかもキーマ商店の人間が盗品の売買をしており、店には二重帳簿が隠されているとまで書かれていた。


 更に押収品の中には特定の加工を行うと魔物を強く誘引する効果がある危険な植物がある事、それは加工せずともある程度魔物を誘引する性質がある事も記載されていた。

 つまりそれが今回の魔物の大量発生の原因と言う事だろう。


 誰がそんなものを用意したのか、などと考えるまでもなかった。

 あの声の主はとっくの昔に証拠を揃えてたのだ。

 いったい何時から情報を集めていたのか…… 


 更に何故か商人ギルドから緊急の面会要請が入ってきた。

 正直言えばこの状況で商人ギルドの相手をしている暇はなかったのだが、このタイミングでやって来た事が気になった私は面会を許可した。


「初めまして領主様。私は商人ギルドの幹部でイルミナと申します」


 意外にもやって来たのは若い女性だった。


「先日の魔物襲撃事件と同時に発生した誘拐事件の件でお話にまいりました」


 やはりそうか。この女も侯爵家の手の者か? いや、流石にそれは考えすぎか?


「誘拐された人物は当ギルドに所属している商人です。また今回の魔物襲撃事件では高品質な薬草を大量にギルドに納めてくれた優良な商人でもあります」


「ほう、そうだったのか?」


 ふむ、ギルドの関係者が被害に遭ったとしてはギルドとしても動かないわけにはいかんか。


 それに魔物の大量発生が原因で薬草が高騰している事については私も知っていた。

 ポーションなどの備品の仕入れを担当している騎士団の経理から報告を受けているからな。

 それゆえ希少な薬草を納めてくれたことは私もありがたいと思う。


「彼女のお蔭で衛兵隊だけでなく、魔物との戦いで負傷していた冒険者達の治療も進み、結果町の防衛に大きく役に立ってくれました」


 しかしと商人ギルドの幹部は続ける。


「薬草、ひいてはポーションを過剰に高騰させる商人も居たのです」


「ほう、それは誰だ?」


 ここからが本題という訳か。


「当ギルドは町の中の物価を調査する事も業務に入っているのですが、ここ数か月の薬草およびポーションの高騰に不自然な点が見られました」


「不自然な事?」


「実は薬草が高騰し始めた頃からとある商店が薬草を買い漁り始めたのです」


「だがそれはおかしなことではあるまい?」


 私は商売には疎いが、それでも特定の商品に商機を見出した商人が買い漁るのは普通だと思うのだが?


「確かにおっしゃる通りです。しかしその店が集めた薬草の量と、販売されたポーションの量が合わないのです。具体的にはポーションの量が多すぎるのです」


「薬草の数に比べてポーションの量が多い? それはどういう……まさか!」


 脳裏に浮かんだ予測が正しい事を、イルミナと名乗った商人ギルドの幹部が頷いて証明する。


「キーマ商店の販売していたポーションは過剰に希釈された品でした」


「なんと!」


 ポーションを販売する際は通常ある程度の濃度で売る事が決められている。

 これは希釈しすぎると効果が下がるためだ。

 しかしやむを得ない理由でポーションの数が著しく減る場合は、ある程度の希釈が認められている。

 だがそれでも効果が著しく減るほどの希釈は許されない。

 それをキーマ商店は行っていたというのだ。


「確認はしたのか?」


「はい。冒険者を仲介して数日に分けてキーマ商店から購入したポーションの質を調べましたが、どれも著しく希釈された品でした」


 これが判明した以上は黙っている訳にもいかない。

 私はキーマ商店への罪状を増やすことを決定した。


 むぅ、これは大事になって来たな。

 侯爵家からの命令、商人ギルドによるキーマ商店の希釈ポーション問題の告発、更に貴族や商人の家から盗難された貴重品やマジックアイテムの違法売買に危険な薬草や毒草の取引と、大都市の大店ならともかく、一都市の商店が行う犯罪にしては規模が大きすぎる。


「誰かが裏で糸を引いている……か」


 おそらくキーマ商店の主は何者かにいいように利用されていたのだろう。

 だがそれが誰かは分からないだろうな。

 相手も取引の際には二重三重に第三者を介して身元が分からないようにしているだろう。


 その後お抱えの錬金術師に調査させ、報告書の通り押収物の中に魔物を誘引する違法薬草が確認された。

 しかもご丁寧に森に建てた建築物には貴重な魔物除けを使って違法薬草による誘引効果を相殺する徹底ぶりだったらしい。

 更に商店が扱うとは思えない毒物や毒草が新たに発見され、それだけでも別途罪状が増えるほどだった。


 結果、捜査開始から驚くほど速くキーマ商店の店主を捕えることが出来た。

 キーマ商店の主と悪事に加担していた部下は情報を吐かせ次第鉱山奴隷送りだな。


 店は商人ギルドに任せるのが良いだろう。

 あの店は森に採取に向かう冒険者にとって必要なので残してほしいと商人ギルドからも嘆願を受けている。


 実際店を潰してしまえば従業員は仕事を失って無職になり、冒険者も満足に装備を整える事が出来なくなって別の町に行ってしまうだろう。

 そうなれば税収が下がって大損だ。

 それなら手ごろな人物を新しい店主に据えて店を継続させた方が良いだろうな。


「店主と幹部の資産は没収だな。盗難品は被害者に返却する事で貸しにするか」


 私の領地の商人が犯人であっても、盗まれた方の防犯体制に問題があると考えるのが貴族の世界だ。

 精々恩を売っておくとしよう。


「しかしこの件にあるマヤマカコという少女は一体何者なのだ? 何故侯爵家がたかが商人の娘になど興味を示す?」


 いや、やめておこう。世の中には知らない方が良い事も多いのだからな。


「好奇心はネッコ族をも殺すというからな」

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