第25話 旅立ちのカケラ(表)

 そこは真っ白な空間だった。


「ここは……」


 全てが白い綿毛に包まれた空間。

 何もかもが白くて、何処までも白い絨毯が広がっている。


「なにここ」


 そこに誰かが居た。

 白くてモフモフしてて……モフモフしてて……


 モファ。


「ふがっ」


 目が覚めると視界が白い物体に包まれていた。

 ついでに口の中にも。


「むわっ!? 何々?」


 慌てて起き上がると、そこには大きな白い毛玉が丸まっていた。


「え、えーと……あっ、ニャット!」


 そうだった、昨夜はなかなか寝付けなくてニャットを抱き枕にして寝たんだった。


「そっか、私帰って来たんだっけ」


 周囲を見回せばそこは明るい宿の部屋。

 冷たい石の床でも真っ暗な部屋でもない。


「帰って来たんだ」


 窓から入って来る日の光を浴びて安堵の気持ちが広がってくる。

 気持ちが落ち着いてくると同時に眠気が戻ってきた。

 

「ふぁ……ニャットもまだ寝てるし、私ももうちょっとだけ寝ようかな」


 再びニャットの体に潜り込み、二度寝を決めようとしたその時だった。


 コンコン。


「おはようございますマヤマカコ様」


「っ!?」


 え? だ、誰!?

 突然名前を呼ばれて私は飛び起きる。

 なになになに!? この宿ってモーニングコールなんてしてくれるの!?

 いやそんなサービスはなかった筈。


 って事はまさか、昨日の連中の仲間に宿の場所がバレた!?


「ニャット、ニャット!」


「んー、こんな時間にニャんニャァ?」


「知らない人がドアの向こうに居るんだよ!」


「んニャァ~?」


 私はニャットを揺り起こす。


「も、もしかしたら昨日の連中の仲間かも」


「声をかけてきたんニャ? ……とりあえず話を聞いてみるニャ」


「……わ、分かった」


 ニャットがそういうならと私は返事をする。


「だ、誰ですか?」


「宿の者ですが、衛兵隊の方がいらっしゃってお話を聞きたいとおっしゃっているんですが」


 衛兵隊? 一体なんで?

 私はニャットにどうしようと視線を送る。


「多分昨夜の事だニャ」


「あっ」


 そうだった。私は誘拐されたんだもんね。

 昨夜メイテナさん達と別れる時に、捕まえた追手を衛兵隊に突きだすって言ってたっけ。

 そっか、昨日の連中じゃなかったんだぁ。よかったぁ。


「わ、分かりました」


 ◆


 私が扉を開けると、部屋に数人の鎧を来た大人の人達が入って来た。

 そしてその中でリーダーと思しき人が腰を落として私と目線を合せる。


「朝早くからすまないね」


「い、いえ」


「昨日は相当大変な目に遭ったそうだね。町の治安を守る者として申し訳ない」


「そ、そんな事はありません。昨日は魔物が町を襲っていたんだから仕方ないですよ!」


 そう、昨日は皆本当に大変だったんだから、それを攻めるのはお門違いって奴だ。

 寧ろ町を守ってくれてありがとうございますと言わないとだよ。


「っ! なんと気丈な! こんな小さいのに……」


 突然衛兵さん達が口元を抑えて顔をそむける。

 え? 何、その態度? あとこいつらも小さいって言わなかったか!?


「す、すまない。我々は昨日の件で君から話を聞きに来たんだ。ある程度の事情は鋼の翼から聞いているが、やはり被害に遭った本人からも聞かないといけないからね。辛いとは思うが、どうか話を聞かせて欲しい」


 つまるところ事情聴取だね。

 正直言えばあんまり思い出したくないけれど、被害者から話を聞くのは重要な事だから仕方ないよね。


「分かりました」


「ありがとう」


 私は合成スキルで防壁を強化した事を除いて昨日起こった事を隊長さんに説明してゆく。


「うむ、鋼の翼から聞いた内容とおおよそは同じだね。それでキーマ商店の店主を名乗った男の顔はハッキリとは見えなかったんだね?」


「は、はい。暗くてはっきりとは……声も聴いていたので多分本人に会えば分かると思うんですけど」


 そうなんだよね。背丈や輪郭は分かったんだけど、はっきり顔を描けるかというとちょっと難しい。

 そんな私の答えを聞いた衛兵さん達はうーんと唸る。


「何か問題があるんですか?」


「実はだね。鋼の翼に引き渡して貰った賊からキーマ商店の店主に命令されたという情報を我々も手に入れたんだ」


 おお、それじゃあ犯人逮捕確定なんじゃないの!?


「だが我々の問い詰めを受けたキーマ商店の店主はそんな連中は知らない。でたらめだと言い張っていてね」


「はぁっ!?」


 何それ! 言い逃れって自分の部下を切り捨てるつもりなの!?


「その人と会わせてください! 見れば分かりますから!」


「そうしたいのはやまやまなんだが、君はハッキリと顔を見ていないんだろう? 声だけとなると流石に証拠としては薄くてね。それに……」


「それに?」


 まだ何かあるの?


「上の方から暗に捜査を止めろと警告を受けていてね」


「ええっ!?」


 それってもしかして圧力って奴ですか!?


「キーマ商店の店主はこの町でも有数の資産家だ。恐らくは役人に賄賂を渡して事件を握りつぶすつもりなんだろう」


 何それーっ! 不正反対! 真実を白日の下に引きずり出せぇー!


「実は以前にも鋼の翼から君を狙っていた不審者を引き渡されたんだがね」


 ええ!? メイテナさん達そんなことしてくれてたんだ!?


「だがそいつらはいつの間にか牢から姿を消していたんだ。恐らくは協力者によって逃がされたんだろう。そんな訳でこれ以上の調査は難しいんだ」


 隊長さんは悔しそうに言葉を絞り出す。


 ぐぬぬ、なんてこった。

 せめて証拠があればなぁ……証拠……っ!


「そうだ!」


 私は部屋の片隅に置いてあった魔法の袋を持ってくると、ひっくり返して手を袋の中に突っ込む。


「昨日詰め込んだ倉庫の荷物!」


 すると魔法の袋の中からボタボタと小さな袋やらなんやらが出てくる。

 よし! やっぱり入ってた!


「これは何だい?」


「昨日私を誘拐した犯人から逃げる際に倉庫にあった荷物を片っ端から魔法の袋に詰め込んだんです」


「逃げる為に荷物を詰め込んだ? 何でまた?」


 何でそんな事をしたんだと首を傾げる隊長さん達に、私は自分が逃げる為に邪魔だった大きな荷物を手当たり次第に魔法の袋に詰め込んだ事を話す。

 流石に合成スキルで壁を消した事は言えないので、その辺は適当に昔手に入れた使い捨てのマジックアイテムで消したとだけ言っておく。


「それで足止めになる大きな荷物は全部使い切ったんですけど、手当たり次第に詰め込んでいたんで小さい荷物はまだ残っていたんです」


 そう、大きな荷物は使い切ったけど、夢中で詰め込んでいたから小さな品もうっかり詰め込んでいたんだよね。


「成る程な。確かにその体じゃ大きな荷物をどかして壁に行きつくのは無理がある」


 くっ、しれっと体が小さいって言われた!


「けどまさか魔法の袋を逆向きにすると持てない重さの荷物を入れる事が出来るとは驚いたな」


「これ、土砂崩れや落石を撤去する際に使えないか?」


「ああ、確かに! 上手くすりゃ今度からの落石撤去が楽になるぜ!」


 なんか衛兵さん達は、荷物の話よりも魔法の袋の使い方の方に喰いついてる。


「お前達、それは後にしておけ。それよりも荷物の検分だ」


 衛兵さん達は小さな箱や袋を開封すると、その中身を確認してゆく。


「隊長、この箱、妙に高そうな宝石が入ってましたよ」


「こっちの袋からは毒草が出てきました。薬として使えるものかどうかは錬金術師に確認する必要がありますね」


「こっちはマジックアイテムですね。効果は調べないと分かりませんが、高いのは間違いないですよ」


 どうやら中身は高額な品ばかり入っていたみたいだけど、その毒草はちょっと怖いなぁ。


「ふむ、誘拐犯が持っていた高額の品と毒草か。事件の匂いがプンプンするな。宝石やマジックアイテムは盗難の線で調べろ!」


「「はい!」」


 隊長さんの指示を受けて部下のうち二人が部屋を出て行く。

 そして交代とばかりに別の衛兵さん達が部屋に入って来た。


「隊長、森で発見した荷物とアジトと思しき建物を捜索したところ……」


「何っ!? 違法な薬草だと!?」


「ふぇ!?」


 隊長さんの剣幕に驚いた私が思わず声を上げると、隊長さんはしまったとばかりに口を押えて部下と共に部屋の外に出て行く。

 そして何かを指示した所で隊長さんだけが戻って来た。


「席を外して申し訳ない」


「あの、今違法な薬草って……」


「あ、あー……」


 隊長さんは困ったと額に手を当てて唸ると、大きく溜息を吐いて顔を上げた。


「詳しくは言えんのだが、君を誘拐した犯人の荷物から犯罪につながる品がいくつも発見されたんだ」


 それが私の転がした壺や箱に入ってたって訳かぁ。


「予想外に大きな事件になったのでキーマ商店への取り調べは厳しくなると思う。だが上と繋がっている以上、店主を捕らえるのは難しいだろうな。良くて部下が独断で犯罪を行ったとして捕まるのは部下のみ。キーマ商店も罰金といったところだろう」


 うむむ、つまり店主は実質無罪放免ってことかぁ。

 悔しいなぁ。


「代わりと言ってはなんだが、押収した荷物の中から発見された金銭の一部を被害者への慰謝料として支払えないか上に掛け合ってみる予定だ。これは現実に被害者がいる以上、上も大きく反対は出来ないだろう。俺達にできる精いっぱいの嫌がらせって奴だな」


「隊長さん……」


 うう、この隊長さんは良い人だなぁ。


「子供を誘拐するような悪党は許せんからな」


 いや、やっぱノーカンで。


 けど店主を捕まえられなかったのは悔しいなぁ。

 顔をはっきり見れなかったのも痛いけど、賄賂を渡された役人に邪魔されたせいで逮捕出来ないってのが本当に悔しい!

 もっと直接的に逮捕につながる品があればなぁ。

 私は他に何かなかったかと袋の中身を漁るけれど、出てくるのはニャットに狩ってもらった魔物の魔石くらいで……


 ゴトリッ


 と、その時だった。

 魔法の袋の中からメイテナさんに貰った短剣が出てきた。


「短剣? これは君のか?」


「えっと、これは私の師匠から貰ったんです。困った事があったらこれを見せろって」


「見せる? これを? 確かに装飾は凝っているな。もしかしてどこかの貴族の……っ!?」


 短剣をまじまじと見ていた隊長さんだったけど、突然その動きが止まった。


「う? 嘘だろ?」


「はい?」


 何故か隊長さんがダラダラと汗を流し始める。


「ほ、本当にこれを貰ったのかい?」


「はい。恩人だからと」


「恩人……」


 隊長さんは何度も私と短剣を交互に見比べてる。

 そしてようやく止まったかと思うと、震える手で短剣を返してくれた。


「な、成る程、これを見たからにはいい加減な捜査は出来な……出来ませんね。全力で捜査に当たらせてもらいます!」


 え? 何? 何で急に敬語?

 メイテナさんの短剣を見ただけで態度が一気に変わったけどこれは一体……


 あっ、もしかして短剣の紋章ってメイテナさんの所属していた騎士団だったから?


 衛兵隊と騎士団じゃ騎士団の方が格上っぽいし、そんな相手への紹介状代わりになる短剣の持ち主が関わった事件を適当に対応したら叱られるだけじゃすまないっておもったのかも。

 その後、隊長さんは走り去る様に捜査に戻っていった。


「これで何とかなりそうだね?」


「だニャ」


 うーん、虎の威を借る狐って感じでちょっと申し訳ないけど、でもこれなら上手く犯人を捕まえてくれるかもだよ!


「でもこれからどうしよっか。事件が解決するまではまだかかるよね」


「そうだニャア。人間は段取りを大事にするからすぐには捕まえる事は出来ないと思うニャ」


「だとするとまだ暫くは外を出歩くのは危険だよね」


 残念だなぁ。色々試したい事もあるのに。


「そもそもおニャーがニャーの言った通り迂闊に出歩かニャきゃこんな事にはニャらなかったのニャ」


 うぐっ、それを言われると弱いです。


「この町に滞在するなら暫く大人しくしておくニャ」


「暫くかぁ……」


 私はこれからどうなるのかを考える。

 隊長さん達は全力で捜査すると言ってくれたけど、上の役人からは止められてるんだよね。

 となると結局犯人は捕まらずじまいになる可能性も高い。


「いっそ町を出るのもありかなぁ」


 うん、寧ろ出た方がいいかも。

 元々この町には当座の生活費を稼ぐ為に居た訳だし、キーマ商店がこれからもあるのなら、私にとっては治安の悪い街と変わらない。

 魔物の群れが襲ってくるって意味でも怖い町だったしなぁ。


「うん、決めた! この町を出るよ!」


 私は自分の決断をニャットに伝える。


「おニャーがそうしたいのならニャーはそれで構わないニャ」


「よーしそれじゃあさっそく旅の準備として……」


「肉と香辛料を買い溜めするニャアッ!」


「そっちかい!」


 こうして私は町を出る事を決めたのだった。


 ◆


 その後私は隊長さんに慰謝料がもらえたら商人ギルドの口座に入れてほしいと頼み、お金をおろすついでに商人ギルドにも町を出る事を報告しに行った。


「そんな! ウチはカコさんの薬草採取能力をとても高く買っているんですよ!?」


 それを聞いたお姉さんは心底残念そうにそう言ってくれた。


「すみません。キーマ商店とトラブルになって。これ以上町に居たら何されるかわかんなくて……」


「……キーマ商店がですか?」


「はい。証拠が無いんですが多分間違いないです」


「そう……ですか。キーマ商店が……あの男、そろそろシメた方が良さそうですね」


「え?」


 今何かお姉さんが不穏な発言をしたような気が……

 そんな事もありつつ、私達は商人ギルドを後にしたのだった。


 ◆


 そして翌朝、私とニャットは町を出た。


「さよなら、トラントの町。色々あったけど結構楽しかったよ」


 さぁ、次の町に行こうか!

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