第24話 森の中の逃亡
合成スキルで建物の壁を消した私は、森の中を駆けていた。
と言っても森の中は暗いから藪に引っかかったり木にぶつかったり木の根に足を引っかけたりして走り辛いったらありゃしない!
「あいたぁっ!?」
どうやら木にぶつかったみたいで鼻が痛いぃ。
「ガキはどこだ!」
「魔法使いを連れてこい! 探索魔法を使わせろ!」
げぇー! 探索魔法なんてあるの!?
とにかく急いで逃げないと!
私は手探りで木を避けながら進む。
「あっちに逃げる反応があるぞ!」
「追え追えー!」
ぎゃー! もう見つかったー!
「そうだ!」
私は腕に装着した盾で顔を庇うように構えるとスピードを上げる。
どうせ暗くて見えないんだから視界が悪くなっても変わらないしね!
「これならいける! 鎧を装着したのは正解だったね」
盾と鎧で多少は藪に肌を引っかかれる事を避けられている。
木にぶつかるのはどうにもならないけど、それでも最初に盾に当たるから、腕は痛いけど鼻をぶつけて動きが止まる事もない。
でも歩幅の差はどうにもならなかった。
後ろから追手の声と松明の光が近づいてくる。
「見つけたぞ! ガキだ!」
私を見つけた追手がスピードを上げて近づいてくる。
「マズイマズイマズイ、このままじゃ追いつかれる!」
何かないか何か!!
「……そうだ!」
私は魔法の袋を逆さに持つと、その中に手を突っ込む。
「出てこいデッカイ壺とか箱!!」
手に当たったものをかきだすように袋の外に出すと、大きな壺や箱がゴロゴロと転がって出てくる。
そして壺や箱は私のすぐ後ろまで来ていた追手達にぶつかる。
「ぐわぁぁぁっ!!」
「な、何でこんな所に壺がおわぁっ!!」
「やった! 成功!」
邪魔な荷物を手当り次第魔法の袋に詰め込んでよかったぁ!
上手く追手を回避した私は逃走を再開する。
そして追手が近づくとまた壺や箱を転がして妨害を繰り返していた。
追手の方も迂闊に近づくと暗い足元に障害物が転がって来るので迂闊に近づけないでいる。
ただ、それも長くは続かなかった。
「やっば、在庫が切れた」
見た目以上に荷物が入る魔法の袋といえど、入る荷物の量には限度がある。
遂に妨害に使える大きさの壺や箱が無くなってしまったのだった。
更に悪い事は続く。
「グルルルルッ」
そう、恐れていた相手が姿を現したのだ。
「ま、魔物……!?」
私の進行方向から現れたのは身の丈3mはあろうかという大きな獣だった。
追手の松明の光くらいしか灯りが無いので詳細な姿は分からないけど、危険な存在なのは過去に襲われたことからも明らかだ。
「っ!」
戦う? 私は腰の短剣に手を当てる。
でも目の前の相手はボールスライムとはわけが違う。
戦って勝てる自信なんて欠片も湧かない。
それに後ろには追手が居る。魔物と戦っている時間なんてない。
「へへっ、こりゃ好都合だな」
文字通り時間切れになってしまった。
魔物を相手に動きを止めている間に追いつかれてしまったらしい。
前門の魔物、後門の追手と状況は最悪だ。
どうする私?
魔物は頭を低くしていつでも私に飛び掛かれる姿勢を見せている。
「ほらお嬢ちゃん。魔物に襲われたくなけりゃゆっくり後ろに下がってきな。俺達が守ってやるからよ」
追手の声は優し気だけど、捕まったら何をされるか分かったもんじゃない。
「だったら、覚悟を決めるしかないよね」
私は盾を前に構えると魔物に向かって飛び込んでいった。
「「「「なっ!?」」」」
「グオゥッ!!」
追手が驚く声と魔物の雄叫びが重なる。
狙いは一つ、盾で攻撃を受け流してそのまますり抜ける!
だが私の考えは甘すぎた。
魔物の反応は私の予想以上に早く、その爪は受け流す事も出来ずに盾のど真ん中に命中。
結果私は野球ボールのように軽々と吹き飛ばされた。
「うぎっっ!?」
吹き飛ばされた私は森の木々にぶつかってようやく動きを止め、ズルズルと地面に落ちる。
「くっ、あぁ……」
い、痛い! 痛い!
盾と鎧のお陰で魔物の爪による怪我はなかったけど、魔物の膂力で木に叩きつけられればそりゃ痛いに決まってる!
「っかぁっ!」
あまりの痛さで息が出来ない!
「っ~~~~~かはっ!! はぁっはぁっ」
漸く肺が呼吸を再開した事で私は大きく息を吸う。
幸運にも魔物が追撃してくる事はなかった。
「くそっ! この野郎!」
「なめんな魔物が!」
どうやら森の闇の中に吹き飛ばされた事で追手は私の姿を見失い、魔物は目の前の追手達を新たな獲物と認識したらしい。
「くっ!」
私は痛む体に鞭打って体を起こすと、必死で足を動かす。
正直言って走ると言うより歩くといった方が正しい速度しかでていない。
それでも少しでもここから離れないと。
「あ……はは、簡単に吹き飛ばされるような小さい体で……良かった」
ふふふ、小さい体で良かったと思ったのは生まれて初めてじゃない……かな?
早く! 早く森の外に! 街道に出れば誰か人に出会えるかもしれない!
「つーかまーえた」
けれど、絶望的な声と共に私の肩がガシリと掴まれた。
「っ!?」
そのまま体が後ろに引っ張られて地面に叩きつけられる。
「うあっ!?」
「ようやく追いついたぜガキ。まったく手を焼かせやがって!」
松明の光が私を取り囲む。
駄目だ、もう逃げられない……
絶望が心を包み込む。
「さーて、一人でお外に出る聞き分けのない子はどうしちゃいましょうかねぇ」
「おいたをしないように足を折るのはどうだ?」
「おお、良いねぇ!」
恐ろしい言葉をさも名案のように話す追手達。
逃げたい、でも逃げる場所がないし体も満足に動かない。
「なーに、後でポーションを使って直してやるさ。逃げられないように鎖で繋いだらな!」
男の両腕が私の脚を掴むと私の足を折るべく力が入る。
「うあぁっ!?」
脚が軋む痛みに思わず声が漏れる。
「おー、可愛らしい悲鳴だこと」
「おいおい、可哀そうだからさっさと折ってやれよ」
「何言ってんだ。余計な手間をかけさせられたんだぜ。しっかりお仕置きしてやらないとな」
「同感だニャ」
「え?」
聞き覚えのある声が聞こえたと思った瞬間、脚の痛みが消えた。
次いでボトリと何かが落ちる音。
視線を向ければ、そこには人間の腕が二本落ちていた。
「は?」
視線を上にあげれば、呆然とした顔で肘から先が無くなった自分の腕を見つめる追手の男。
「う、うあぁぁぁ! 俺の腕がぁぁぁぁ!」
え? な、何が起きたの!?
「大の男がギャーギャー煩いニャ!」
その声と共に吹き飛ぶ追手の体。
その代わりに現れたのは、真っ白でフワフワな毛の塊だった。
「ニャッ……ト?」
「無事ニャ、カコ?」
そう、私の護衛のニャットだった。
「ニャット!!」
「待たせたニャ。後はニャーに任せるニャ!」
来てくれた! ニャットが来てくれた! 助けに来てくれた! 幻じゃないよね!?
「な、何だテメェ! やるつもりか!?」
「こっちは何人いると思ってんだ!」
突然のニャットの乱入に驚いていた追手達だったけれど、すぐに我に返ると声を張り上げてニャットを威嚇する。
「フンッ、おニャー等如き何匹居ても同じニャ。御託は良いからかかって来るニャ」
「舐めやがってぇー! ぶっ殺せ!」
「「おおーっ!!」」
追手達がニャットに襲い掛かる。
けれどニャットはヌルンと液体のように体をくねらせると追手の攻撃を華麗に回避して逆に爪の一撃で反撃を加える。
「ファイアーボール!」
その時だった。追手の一人が魔法を放ってきたのだ。
しまった! 魔法使いが居たんだった!
「森の中で火を使うとか素人ニャ!」
ニャットは慌てることなく魔法を回避しつつ、尻尾で地面を弾くと離れた位置に居た魔法使いがギャッ! と悲鳴を上げて倒れた。
見ればその顔にはこぶし大の石がめり込んでいた。
「やろぉ!」
残る一人の追手がニャットに襲い掛かるけれど、ニャットはその攻撃に対してネコパンチでカウンターを叩き込む。
「ぐはぁっ!」
ニャットのネコパンチを受けた男はさっきの私のように吹き飛ばされ、森の木にぶつかるとそのまま地面に崩れ落ちた。
「すっごー……」
いやいや、小柄な私と追手じゃ体格が違いすぎない? それを吹っ飛ばすとか、ニャットの力はどれだけよ……
圧倒的なニャットの実力の前に、追手達はあっという間に倒されてしまった。
私の必死の逃亡劇の意味とは……い、いやいや! 私が希望を捨てずに逃げ出したからこそニャットと再会できたんだよ! きっとそう! そうに決まってる!
「大丈夫かニャ、カコ?」
追手を全滅させた事を確認したニャットは私に向き直るといつもの声音で話しかけて来た。
あっ、やば、その声を聞いたら涙腺が緩んできた。
「ニャットォ~」
私は痛む体を堪えてニャットにちかづく。
けれど足がもつれて倒れてしまう。
「おっと」
危うく地面に倒れる寸前でニャットが体を割り込ませて私を受け止めてくれる。
「あ、ありがとう」
「随分やられたみたいだニャ」
「えへへ、色々あったんだよ」
ニャットは藪で傷ついた私の頬を労わる様に舐める。
あ、いやザラザラしてちょっと痛いです。
「よく頑張ったニャ。カコ」
「っ! う、うん」
でもその優しい声を聞いた事で、必死にこらえていた感情があふれ出した。
「わ、私、頑張ったよ。必死に逃げたんだよ」
「そうかニャ」
「魔物にも襲われたけど、頑張って逃げたんだよ」
「ほう、やるじゃニャいか」
「すっごいすっごい怖かったけど頑張ったんだよ!」
「ニャニャ。よく頑張ったニャ」
「うん、頑張った! 私頑張った!」
私はだらしない顔を見られたくなくて、ニャットのモフモフの毛皮に顔をうずめる。
ちょっとだけ、ちょっとだけだから。
「無事かカコ!」
そんな時だった。突然メイテナさんの声が聞こえてきたのだ。
「え? メイテナさん?」
顔を上げると事実メイテナさんの姿がそこにはあった。
「な、なんでメイテナさんが?」
「おニャーが攫われたと聞いて捜索を手伝ってくれたのニャ」
「そうなの!?」
「良かったカコ!」
メイテナさんが私の体をぎゅうっと抱きしめるんだけど、鎧が体にぶつかって痛い。
「い、痛いですメイテナさん」
「す、すまない!」
メイテナさんは慌てて離れる。
「ああ、ひどい傷じゃないか。カコの赤ちゃんみたいなプニプニの肌が台無しだ」
「赤っ……!?」
ちょっ、赤ちゃん!? 子供を通り越して赤ちゃんとな!?
「すぐに治してやるからな! パルフィ!」
「はいはーい」
メイテナさんの声に応えるようにパルフィさんも森の暗がりから姿を現した。
「パルフィさんも?」
「ええ、イザックとマーツも来てるわよ。メイテナが一人で先行するから追いかけるのが大変だったわ。それよりも治療するからじっとしててね。『ヒール』」
パルフィさんが回復魔法を唱えると、私の体がほんのりと光り出す。
「はわわ!?」
そして体のあちこちにあった傷がみるみる間に直っていったのである。
「回復魔法凄っ!?」
うわー! うわー! これが回復魔法なんだ! 私魔法初体験だよ!
「ふふ、大した傷じゃなかったからよ」
「ありがとうございますパルフィさん」
すっかり痛みが引いた私は、傷を治してくれたパルフィさんにお礼を言う。
「どういたしまして」
「さぁ、それじゃあ帰ろうか」
「はい!」
「早く帰って飯にするニャ!」
あっ、言われてみれば私ご飯食べてなかったよ! 思い出したらお腹が空いてきたなぁ。
「いやいや、その前にやる事があるだろお前さん方」
そんな私達に呆れた声をあげたのはイザックさんだった。
「「「え?」」」
やる事? 何かあったっけ?
「森が火事になりかけてるんだが」
「あ、れ」
イザックさんが指を差した先を見れば、何故か森の木々が燃えていて、マーツさんが慌てて消火作業をしていた。
「「「「あっ!」」」」
そ、そういえばさっき追手が炎の魔法でニャットを攻撃してたんだった!
それが森の木に当たって火が広がっちゃったんだ!
「うわわわっ! 早く消さないと!!」
「やれやれ、最後まで締まらニャいニャア」
良いから消火作業を手伝わないとぉーっ!!
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