第5話 秘密の約束

「ニャニャッ!? じゃあおニャーはスキル持ちなのニャ!?」


「うん。昨晩の香草も私のスキルで合成したの」


 朝日が昇り町へと向かっていた私は、走るニャットの背中に乗りながらそう答えた。

 私の歩く速度に合わせたら何日かかるか分からないと言われて乗せて貰えることになったんだけど、凄く速い。


 ズシャア!!


 ただ鞍も手綱もないから振り落とされないように必死で捕まるのが大変だった。

 しかも昨夜は肉の塊に香草をひたすら揉み込んで腕が筋肉痛だし……

 まぁお陰で朝ご飯は凄く喜んでもらえたから頑張った甲斐があったけどさ。


 ザシュ!!


 更に道すがら出会った魔物達を鎧袖一触とばかりに爪で切り裂きながら駆け抜けているのでもうジェットコースターに乗ってるようなものなのである。

 って言うかネッコ族強すぎない!?


 そんな訳で必死でしがみ付くだけなのもキツいから、気分転換というか現実逃避を兼ねてスキルの話を振ったら何故か物凄く驚かれたんだよね。


「マジかにゃ……アレがおニャーのスキル……」


 何故かニャットは私がスキルを持っていた事を殊更に驚いていた。

 おかしいな、神様に見せて貰ったスキルリストの中じゃ地味な方のスキルだったと思うんだけどな。

 何せ凄いのになると山一つ吹き飛ばすようなトンデモないスキルもあったくらいだし。

 私はそんなの怖くて選べなかったけど。

 あっ、もしかしてこんな地味スキルの持ち主が本当に居るんだって驚いてるとか?


「おニャー、絶対その話は他のヤツにするニャよ!」


 けれどニャットは真剣そのものの声音でスキルの話を人にするなと釘を刺してきた。


「え? 何で? スキル持ってる人なんて他にも沢山居るでしょ?」


 何しろ神様から直々にスキルがある世界だって言われたし、自分のスキルを選ぶ時に見せて貰ったリストにはビッシリと何十ページ分のスキルが記載されていたんだから。


「スキル持ちなんてそうそういニャーよ!」


「え!? 嘘っ!?」


「スキル持ちは数万人に一人しかいない超レアな能力なのニャ。魔法使いの才能持ちが数百人に一人と考えるとどれだけ凄いか分かるニャ?」


「う、うん」


 ええ!? スキル持ちってそんなに少ないの!?


 ニャットの発言を聞いて、私はふとある事に気付く。

 この世界の住人の総人口が何人か分からないけれど、恐らくは世界全体なら億単位でいるんじゃないかな?


 そう考えると、億に対してリスト数十枚分のスキルは多いか少ないか。

 勿論同じスキルの持ち主だって何人もいるだろう。

 でも逆に特定のスキルの持ち主が現れなかった時代だってあったんじゃないかな?

 仲にはチートもチート、ドチートなスキルもいくつかあったし。


 つまり、ニャットの言う通り、スキル持ちは希少でも不思議はないと言うことだ。

 しまった……私またゲームの感覚で考えていたよ。

 ゲーム世界の総プレイヤー人口なら数万人程度だろうし、そもそもゲームなら誰だってスキルを持っている。

だってプレイヤーが主人公なんだもん。


でもこの世界はゲームじゃない。皆が皆スキルを持っていたら強力なスキルの持ち主が犯罪者や暴君になったら大惨事だ。

そう考えると神様がスキルの数を調整していたっておかしくはない。


それに神様も、全ての人がスキルを持っているって言ってなかったもんね。

そもそも、神様の都合で殺した詫びとして貰ったんだから、それが特別な処置でなかったわけがない。


「やっば、やっぱりもっと真剣に選んでおけばよかったかも……」


「いいニャ? スキルってのは神様から極稀に授かる貴重な加護ニャ。その力は普通の人間が何十年も修行した技や、入念な準備をしてようやく行う作業を一瞬で実現するトンデモない力なんニャよ?」


 た、確かに……現実で考えると、質の悪い素材同士を合成して普通の素材にするとか、トンデモ能力だよね!!

 うわぁ、ニャットが教えてくれて良かったぁ!!


「特に生産系のスキルは貴重ニャ。剛力のスキルや剣技のスキルは修行や訓練次第である程度普通の人間でも近づく事は出来るニャがあくまでも個人レベルの力ニャ。けどおニャーのスキルは違うニャ。素材同士を合成するというその力は他人にも利用できる力ニャ」


 と、そこでニャットの声のトーンが下がる。


「それはつまり、強欲なヤツや悪人に利用される危険があるって事ニャ」


「……っ!?」


 い、言われてみればそうかも。

 私の好きなゲームの世界じゃ当たり前の力だったけど、よく考えてみればその力がこの世界でも当たり前とは限らない。限らない事ばかりだよ!


「まったく、最初に知ったのがニャーで良かったって言ったんだニャ!」


「そうなの?」


 ニャットが最初で良かったってどういう……。はっ!? まさかニャットは私のスキルを独占しようと……!?


「そうニャ。ニャー達ニャット族はおミャーら人族みたいにモノやカネに興味はないニャ。ニャー達が重要視するのは武勲の誉れと美味い飯ニャ。金だって美味い飯を食う以外に価値はないニャ」


 おお……見た目のファンシーさの割に予想以上の脳筋種族……

 そして疑ってごめんなさい。ここがニャットの背中の上でなかったら五体投地して謝っていた所です。

 あ、いや、このモフモフに五体投地したら寧ろご褒美だよ。


「いいニャ? 絶対他人には教えるニャよ?」


「う、うん。分かった」


「……全く、そんな事も説明してニャかったのかご主人」


「え? 何?」


 ニャットが何かを呟いたんだけど、その声は小さくて私には聞こえなかった。


「んニャ!? あ、あー、ニャんでもないニャ。ニャーは護衛だけじゃニャく、おニャーに常識を教える事もしニャいといけニャいって思っただけニャ」


「ウグッ」


 確かにこの世界の常識はもっと知りたいかも。


「とにかくそのスキルを使うなら、人目に付かない密室で使うニャ。その力を大勢に知られたらいくらニャーでも守り切れないからニャ」


「は、はい!」


「まぁその時はニャーが世界の果てまで逃がしてやるニャ」


 やだこの子イケニャン!!


「ありがとうニャット!!」


「気にするニャ………………おニャーには借りがあるからニャ」


「え? 何?」


 またしてもニャットが何か呟いたんだけど、相変わらず小声で聞こえなかった。


「町が見えてきたって言ったんだニャ」


「え!? 町!?」


 ニャットの言葉に顔を上げれば、確かに道の向こうに壁のようなものが見えた。

 

「あれが町……」


 異世界に転生して一日と半分を経て、私は遂に異世界人達が暮らす場所へとやってきたのだった。

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