第4話 でっかいネッコ族と護衛契約

「デッカい猫だ」


 私を助けてくれたのは、人間ほどもある大きさの巨大な猫だった。

 一瞬ライオンや虎かとも思ったけど、それにしてはフォルムや顔が可愛すぎるから猫だ。


「猫じゃニャー! ニャーはネッコ族のニャットだニャ!!」


 だけど目の前の猫は自分を猫じゃないと否定する。


「ネッコ族?」


「そうニャ! 勇猛果敢で誇り高いネッコ族の戦士ニャ!!」


 何それ、エルフみたいな異世界の種族って事?


「えと、すみません。私ネッコ族って初めて聞いたので」


「ネッコ族を知らないニャ!? 戦士の中の戦士と名高いネッコ族をニャ!?」


 私が知らないと言うと、ニャットはかなり驚いたらしく尻尾をブワッっとさせる。

うーん、どう見ても大きなネコ。


「ま、まぁ世の中は広いニャ。偶々ネッコ族が居ない土地で暮らしていたならそう言う事もあるかもしれんニャー」


 ショックを受けていたニャットだったけど、すぐにそう言う事もあるだろうと納得してくれる。

 ネッコ族って切り替えが早いんだなぁ。


「それにしてもおミャー、こんな所で何してたニャ? 森の中を明かりも付けずに歩くとか死ぬ気ニャ? ニャーが助けなかったらフィアウルフに殺されてニャよ?」


「っ!? あっ、その、助けてくれて……ありがとうございます」


 暗闇の中で獣に襲われた時の恐怖を思い出して、体に震えが走る。


「ニャ、ちゃんとお礼が言えるのは良い事ニャ」


「あの、私道に迷って、それで……」


 流石に異世界に転生したとは言えないので、嘘はつかずに事実を伝える事にする。


「あー、薬草採取に熱中して日が暮れる前に森を抜けれなかったのかニャ。さてはおニャあ新人冒険者ニャ?」


「冒険者?」


 え? 何? この世界って冒険者も居るの!?

 あっ、そっか、魔物が居るんだから戦士みたいな職業が居てもおかしくないよね。


「ん? 冒険者じゃニャいのかニャ?」


「ええと、私は……ある事情で旅をする事になりまして……」


「あー、ニャーの村の戦士の試練みたいなもんかニャ。一人前になるまで故郷に戻れないとかそんなヤツニャ?」」


「あっ、はい。そんな感じです」


 実は違うんだけど、そういう事にしておこう。

 実際もう故郷に帰る事は出来ないんだし……


「……うっ」


 いけない、帰れない事を思い出したら涙が出て来た。


「ニャッ!? ニャニャ!? 何で泣くニャ!? おニャーは助かったから泣かなくていいニャよ!?」


 ニャットはそう言って慰めてくれるけど、私は自分の見通しの甘さを後悔していた。

 死んだはずなのにゲームみたいなスキルのある異世界に転生できるなんてラッキーくらいに思ってたけど、現実はゲームとは違った。違い過ぎた。

 ついさっき感じたあの恐怖、暗闇で姿は見えないのに私を殺そうとした強烈な殺意は思い出しただけで震えが走る。

 楽勝なゲームどころか日本とは比較にならないくらい命の危険がある世界なんて超ハードモードじゃない!!


 完全に異世界を舐めていた。

 神様がスキルをくれるって言ってくれたのも納得だよ。

 ああ、こんな事なら戦闘用のスキルを貰った方が良かったかもしれなかった。


「あー、えーっと……とりあえず森の外に出るニャ!! いつまでもここに居たら危ないニャ!」


 黙り込んだ私に気まずくなったのか、ニャットは慌てて話題を変えて森を出ようと言ってきた。


「外は……遠いんですか?」


「いんや、すぐそこニャ。街道で野宿の準備をしてたらおニャーの助けを求める声が聞こえてやって来たのニャ」


 ついてこいと言うニャットに従って森の中を進むと、本当に数分もしない内に視界が開けた。

 薄暗い空を彩る一面の星空。

 月明かりは満月の夜みたいに周囲を確認できる程に明るかった。

 それもその筈、空には二つの月が地上を照らしていたからだ。

 片方は私もよく知る月の光、もう片方は蛍光灯のようなちょっと機械的な光だ。

 森の外は平野になっていて、すぐ傍には街道らしき道も確認できた。


「こんな近くに出口があったんだ……」


「森の中はあっという間に暗くなるニャ。慣れない内は深入りせずに森の外が見えるあたりで活動するべきニャ」


 森を出て安心していた私に対し、森で活動する際の注意点を教えてくれるニャット。


「あの、改めてありがとうございます。お陰で助かりました。私は間山香呼と言います」


 命を助けられただけでなく、森の外にまで案内してくれたニャットに再度お礼を告げる。

 けれどニャットは手をパタパタと振って気にするなと言ってきた。

 

「二度の礼は不要ニャ、マヤマカコ。ニャーは子供が救いを求める声が聞こえたから助けただけニャ。戦士は子供に優しくするものニャ」


「こ、子供ってほど子供じゃないですよ私」

 

 失敬な! 確かにクラスメイトに比べれば小柄だけど子供って言うほど幼くはないし!


「怖くて泣くようじゃまだまだ子供だニャ」


「ち、ちーがーいーまーすー!」


「安心するニャ。ニャー達おとニャは子供を守るものニャ」


 ムキになって否定するも、ニャットはどこ吹く風だ。

 ぐぎぎ、おのれぇー。


「ほれ、そこにニャーの野営場所があるニャ」


 ニャットが指、というか手を翳した先を見ると、暗い闇の中に赤々とした灯りが揺らめいていた。

 そして彼に勧められるままに焚火の傍に座ると、その暖かさに思わずため息が漏れる。


「おニャーも疲れただろうから、湯でも飲むニャ」


 そう言ってニャットはカバンから木のコップを取り出すと、焚火にかけてあったヤカンを傾けてお湯を注ぐ。

 意外と器用だなぁ。それとも毛皮の中は人間みたいな手があるのかな? うん、怖いから考えないようにしよう。


「ど、どうも」


木のコップを受け取った私は、その中で湯気を立てていたお湯をそっと口の中に流し込む。


ああ、暖かい……


「ちょっと熱めだけど大丈夫かニャ?」


「あっ、はい。大丈夫です」


 ニャットは熱いと言っていたけれど、私には丁度いい温度かな。

 あっ、もしかしてネコだからネコ舌とか?


「……はぁ、あったかい」


 焚火と暖かいお湯の熱が体に染みわたると、さっきまで感じていた恐怖が少しだけほどけて行くのが分かる。

 ああ、暖かいってそれだけで安心するんだね……


「ほら、メシでも食べるにゃ。森に入る前に焼いていた肉がそろそろ焼ける頃ニャ。肉は全てを解決してくれるニャ」


 そう言って今度は焚火の傍から木の枝に刺さった肉を差し出してきた。

 こういうのも串焼き肉って言うのかな?


「ありがとうございます」


 助けて貰っただけじゃなくご飯まで貰っちゃった。

 何から何まで申し訳ないなぁ。


「ホフホフッ、美味いニャ!!」


 自分の分を手に取ったニャットは美味しそうに串焼き肉を頬張っている。


「これが私の初めての異世界ご飯……」


 一体何の肉なんだろうかとちょっと不安を感じつつも、肉の焼ける香ばしい匂いには逆らえない。

 そう言えばもう半日以上もご飯を食べてないんだよね。

 うん、腹が減っては戦は出来ぬと言うし、ニャットも食べているから毒と言う事はないだろう。

 まぁ人間とネッコ族の胃腸の強さや構造の差がどれだけあるかは分からないけど、どのみちいつまでも食べない訳にはいかない。

 私は決意を込めて肉にかぶりついた。


「モグ……うっ」


 肉に噛み付いた瞬間、口の中一杯に独特の臭みが広がった。

うわっ、キツッ!!

調味料一切なしで単純な肉の味だけしかしないから臭みがダイレクトに鼻の奥にくる……なんていうかジビ……エ?


「美味いニャ?」


「え、ええ……はい。美味しい……です」


 ニャットの善意100%の眼差しを前にしては、とてもじゃないけど不味いとは言えない。


「それは何よりニャ! 丁度ついさっき活きのいいフィアウルフを狩った所だから肉はたっぷりあるニャ! 腹いっぱい食べるといいニャ!!」


 そう言ったニャットの視線の先には、巨大な肉の塊が。

 こ、これを全部食べるの!?


「せ、せめて塩でもあれば……あっ」


 私はバッグから香草を取り出すと、それを焚火で強めに炙って乾燥させる。

 普通の香草なら大した効果はないかもしれない。

 でもこれは合成スキルで合成しまくった最高品質の香草!

 お願い! 私を助けてスーパー香草君!!

 私は切実な思いと共に乾燥した香草を手で砕いて肉に振りかける。

 

フワリと広がるのは香ばしい香草の香り。


「こ、これなら……っ!」


意を決して再び串焼き肉を齧ると、臭みの代わりにスパイシーな香草の味が口の中一杯に広がった。


「うん、これならいける!」


 香草を振りかけた肉は、香草の香ばしさによって肉の臭みが大きく薄れ、寧ろこの野趣に溢れた味わいが香草の香り高さを引き立てていた。

 うん、流石は最高品質に合成したスーパー香草君だよ! 凄く香ばしくて美味しくなった!! ありがとうスーパー香草君!!


「それは何ニャ?」


 私が香草を振りかけるのを見ていたニャットが耳をピコピコと動かしながら聞いてくる。

 ううっ、おっきなネコ可愛いなぁ……


「香草です。良かったら使いますか?」


「もしかして香辛料かニャ!? それじゃあ頼むニャ!!」


 私は残っていた香草をニャットの肉に振りかける。


「モグッ……これは!?」


 お肉を食べたニャットがまるでフレーメン反応を起こした猫のように顔をクワッとさせる。


「お、お口に合いませんでしたか?」


「うミャいニャー! とんでもなくうミャいニャー!!」


 ニャットはそう叫ぶと、お肉をガツガツと食べ始める。


「その草をこっちの肉にも振りかけて欲しいニャ!!」


「あっ、はい」


 要望通り香草を焼かれていた串焼き肉に振りかけると、ニャットは残った肉を物凄い勢いで食べ始めた。


「うニャー! うミャーニャ!! こんなにうミャー肉は久しぶりニャ!!」


 そ、そこまで言うほどかな? ただ炙った香草を振りかけただけなんだけど。


「ほんとは焼く前にスジを切ったり、あらかじめ香草で肉を揉んでおくともっと味が染み込んで美味しくなったんですけどね」


「ニャンと!? もっとうミャくなるのニャ!? おニャーは料理人だったのニャ!?」


 ニャットは信じられないと目を丸くして驚く。


「料理人なんて大したもんじゃないですよ。お母さんの手伝いをちょっとしてただけですって」


 将来大人になった時に役立つから覚えておけって言われて手伝わされたんだよね。

 けっしてご飯の手伝いしないとお小遣い減らすって脅しに屈したわけではありません。


「成る程、おニャーの母親は料理人なんだニャ」


「いやそうじゃ……いえもうそれで良いです」


「ふーむ、そういうことニャら……」


 とニャットは何かを思案し始めたんだけど、その仕草は猫が手で顔を洗っているようで妙に可愛い。


「……おニャーに提案があるニャ」


 ニャットは神妙な声で私に語りかけてくる。


「提案……ですか?」


「おニャー、ニャーの料理人にならないかニャ?」


「料理人? 私が?」


 ニャットからの提案はなんと私に料理人になれというものだった。


「旅の間の飯ってのは保存食を食べるか狩った獲物を焼くくらいニャ。でも料理人じゃないニャーじゃ美味い料理は作れないのニャ」


 あー、確かに。ネコの手じゃ繊細な料理は無理そうだよね。


「町でソースとかを買っておいて焼いた肉にかけるとかは駄目なんですか?」


「無茶言うニャ。ソースは料理人の命ニャよ? その場で食べるならともかく、ソースだけ持ち出したら誰にレシピを解読されるか分かったもんじゃないニャ。だから塩や香辛料を買うくらいは出来てもソースを買うなんて無理にも程があるニャ。というか香辛料もどうやって使えばいいか分からんニャ」


 あー、確かに料理漫画とかに出てくる一流シェフのレシピって門外不出だったりするもんね。


「けどおニャーが料理を作れるなら、旅をしている間でもニャーは料理屋で食べるのと同じ美味い料理を楽しめるニャ!」


 ふむふむ、確かにニャットの言う通り料理のレシピが貴重な世界なら、私が護衛代金を支払うよりも、彼の料理人として雇われた方が彼にとっても得なんだろうね。


「どうニャ? ニャーの料理人になるなら、一緒に旅をしている間ニャーがおニャーの護衛をしてやるニャ」


 うん、悪くないかも。

 どのみちこの世界のお金は持ってないから彼に支払える対価もないしね。


「分かりました! 私ニャットさんの料理人になります!」


「決まりだニャ。おニャーの目的地はどこニャ?」


「えっ?」


 目的地と言われて私は戸惑ってしまう。

 だってこの世界に私の知っている場所はどこにもないのだから。


「え、ええと……安全な街でお店を開きたいと思ってるから、はっきりとどこが良いとは……」


「成る程ニャ。それじゃあおニャーが気に入った町に着くまではニャーが護衛をしてやるニャ!」


「うん、よろしくね!」


「ニャ、これでニャーとおニャーは対等な関係ニャ、マヤマカコ。敬語も要らんニャ」


「うん、分かり……分かった。私もカコで良いよ。ニャット」


 ニャットが差し出してきた手を握り、私は彼との契約を受け入れ……あっ、肉球気持ちいい。


「それじゃあさっそくこれを頼むニャ!」


 そう言ってニャットが指さしたのは、さっきの肉の塊だった。


「え? これ全部?」


「確か焼く前の肉にその香草をすり込むともっと美味しくなるんニャ?」


「う、うん……」


 あ、あはは、これ全部に香草をすり込むかぁ……

 頼りになる護衛と契約早々、私は大変な重労働に勤しむことになるのでした……うう、明日は筋肉痛で腕が痛くなるよコレ。

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