第6話 商人ギルドにやってきました

 町へとたどり着いた私達は、中に入る為の行列に並ぶ。

 待っている間、町の様子を見て見たかったんだけど、町は大きな壁に覆われて中が見えない。

 壁の上を見ると鎧を着た兵隊さんが立っているから、壁の分厚さは1m以上あるんだろうな。


「おっきい壁だねぇ」


「魔物や盗賊が攻めてきたときの為のものだニャ。この町の規模の割に壁がしっかりしているから、治安は比較的良さそうだニャ」


「そういうの分かるの?」


「ニャッ、壁は町が大きい程作るのが大変になるニャ。防衛をおろそかにしている町長だと壁が低かったり、薄かったりするニャ。それに古い壁を補修せずにいるとそこを攻められたらあっさり壊れる事もあるニャ」


「壊れるのは怖いね」


「ニャッ、だからこの町は出来てから比較的新しいか、防衛意識がしっかりしている権力者が上にいると言う事ニャ」


 成る程ねぇ。それにしてもニャットは物知りだなぁ。


「ただそういう町は設備の補修費用に税が高い事があるニャら、住むなら安全と税のバランスを考えニャいといけないニャ」。


「おおー、成る程」


 さりげなくニャットは私が定住する時の注意点を教えてくれた。

 なんというか細かい所に気を遣ってくれるんだよね。

 そんな話をしながら進んでいくと、ようやく私達の番が来た。


「トラントの町へようこそ」


 いかにも強そうな門番さんが私達を出迎える。

 へぇ、ここはトラントの町って言うんだね。


「入町税は3日で銀貨6枚だ」


 入町税っていうのは入場料みたいなものなのかな?


「随分多いニャ。隣町は銀貨3枚だったニャ?」


「それが最近町に近づく魔物が多くてな。近隣の魔物討伐と町の防衛のために予算が割かれてるんだよ」


 ニャットが高いと文句を言うと、門番さんも申し訳なさそうに事情を説明してくれた。

 詳しく事情を教えてくれるあたり、意外と親切な人なのかもしれない。

 ただそれは良いんだけど、ちょっと問題が……


「あ、あの、私お金が……」


 無い、と言おうとしたら、ニャットが私を遮って前に出る。


「コイツの分の金はニャーが出すニャ」


「い、良いのニャット!?」


 私今お金持ってないないんだよ!?


「あとで返してもらうニャ」


「う、うん。その為にも薬草を売らないとね!」


 早くお金を返す為にも何とかバッグの中の薬草達をお金に変えないと!!


「なんだお嬢ちゃんは商人なのか?」


 そんな私達の会話を聞いていた門番さんが私は商人なのかと聞いてくる。


「そうニャ。けど魔物に襲われて家族を失い、荷物の大半を無くして一人さ迷っていたのをニャーが保護したニャ」


「ちょっ、ニャット!?」


 何でそんな話になってるのよ!? そりゃ魔物に襲われたのは事実だけどさ!


「何だって!? そりゃあ大変だったなぁ嬢ちゃん。まだ子供だってのに」


「はぁ!? 違いますよ!私は子供じゃありません!!」


 心外だと反論するも私の言葉は分かってる分かってると何を分かってると頷くばかり。いやホント何が分かったのさ!?


「俺にも娘がいるから他人事じゃねぇなぁ」


 もう一人の門番さんも私と自分の娘さんを重ねたのか、優しい眼差しをこちらに向けてくる。

 でも待って、何でそんなに視線が下にあるの? 娘さんって一体何歳!?


「それにしても、ネッコ族に保護されるとは運が良かったな嬢ちゃん。コイツ等は子供に優しいからな」


「え!? あ、はい」


 あいや、はいじゃないよ私! これじゃ自分の事を子供と認めたってことになるじゃない!!


「町で商売をしたいのなら商業ギルドに許可を取りな。この先にあるコインが書かれた看板の建物がそれだ」


 そう言って門番さんは私の頭をグシャグシャと撫でまわす。


「あ、ありがとうございます……」


 うぐぐ、完全に子ども扱いされてるぅー!


「頑張れよ!!」


 後ろで順番を待っている人達も居た事で、私は子ども扱いを訂正させる事も出来ないまま町の中に入る事になってしまった。


 ◆


「うわぁーっ!」


 町の中は正に異世界だった。

 木やレンガで出来た建物、大きな通りのそこかしこでやっている木製の屋台。

 何より凄いのは道行く人達の姿だ。

 人間は当然のようにいるけれど、誰もがファンタジー世界のような衣装を着ていて、中には鎧やローブを纏って剣や杖を持っている。


 それだけじゃなく、明らかに人間とは思えない人達の姿もあった。


「うそっ、あれもしかしてエルフ!? あっちはドワーフ!?」


 耳の尖った物凄い美形に、私よりも背の低い筋骨隆々の髭のおじさん達。

 それに獣の耳や尻尾の生えたいわゆる獣人と呼ばれるだろう人達もいれば、全身が鱗に覆われた二足歩行するトカゲのような人達まで。

 見た事もない姿の人達が無数にそこには居た。


「すっご……」


 ニャットの所為で子ども扱いされた事を怒ろうと思っていた私だったけど、町の中の風景を見た事で怒りはすっかり吹っ飛んでしまった。


「お上りさん丸出しでキョロキョロし過ぎて迷子にニャっても知らないニャー」


「ならないし!!」


 失敬な! そんな子供なわけないでしょ!!


「ニャッニャッニャッ、それはそうとおニャーは色々危ニャッかしいから商人ギルドでも基本はニャーが相手をするから安心するニャ」


「え? 良いの?」


「おニャーは一般常識を知らなすぎるニャ。だからニャー達の会話を聞いて勉強すると良いニャ」


 うう、意地悪な事を言ったかと思えばこれだよ。ホントにズルいなぁ。

 まぁありがたいけどさ。

 そうこうしている間に、私達はコインの看板が描かれた大きな建物へとたどり着いた。


「ここが商人ギルド……」


 他の建物に比べたら大きいけど、日本だとちょっと小さめのスーパーくらいの大きさかな?

 でもこの大きさの建物が全部木で出来てると、明治や大正時代の歴史建築っぽさがあってちょっと緊張するかな。


「さっさと入って金を稼ぐニャ」


 なんて考えていたのに、ニャットはさっさと建物に入って行ってしまう。


「ちょ、ちょっと待ってよー!」


 まったく情緒が足りないんだからぁ!


 ◆


 商人ギルドの建物の中に入ると、中は大きなホールになっていた。

 中身としてはオシャレな喫茶店みたいな感じかな?

 広めに距離を取ったテーブルがいくつも設置されていて、そこで何人もの人がお喋りをしている。


「商人ギルドにようこそ。どのような御用でしょうか?」


 どこで何をすればいいんだろうと思って周囲を見回していたら、20代後半くらいの女の人が話しかけてきた。ここの職員さんかな?


「コイツのギルド加入を頼むニャ」


「畏まりました」


 ニャットが返事をすると、お姉さんは私をコンビニのレジのような場所に連れて行ってくれる。


「ではこちらの書類にお名前と種族、主に取り扱う商品をご記入ください」


「え? それだけなんですか? 住所とか年齢とか戸籍の分かる書類とか要らないんですか?」


 それ以外何も書く場所のない、あまりにもシンプル過ぎる書類に肩透かしを食らい、思わず聞き返してしまった。

 

「失礼ですがお客様方は旅の方ですよね?」


「は、はい、そうです」


「町の住人ならともかく、旅のお方の住所を確認するのは困難ですし、年齢も種族によって見た目の年齢や成人年齢がバラバラですから。戸籍に至ってはそんなもの取っていない町や村はザラにありますし、なんなら長寿族の方がとっくの昔に滅んだ国の戸籍を持ってくることだってあります」


「ニャハハハッ!」


 お姉さんの説明がニャット的のツボに入ったらしく、後ろで笑い声が上がる。

もしかしたら異世界あるあるネタが今の会話にあったのかもしれない。

うーん、疎外感。


「ですので我々としては商売をする個人を確認する為の名前と登録料さえ支払って貰えばそれで構わないのです。あっ、別に偽名でも構いませんよ」


「は、はぁ……」


 偽名でもオッケーとか凄いなぁ。


「ただそれはあくまで商売をする為の許可までですね。問題を起こしたらその町で商売できなくなりますし、最悪は罪人として捕らえられてしまいます。ですので少なくともこの町では問題を起こさず行儀よく商売をしてくださいね」


 あっ、緩いんじゃないコレ。町の利益になるなら好きに商売して良いけど、そうじゃないと分かったら即処分するから緩いんだ。

 日本みたいにギッチギチのルールに縛られてないから簡単に始められる分、法律が守ってくれないヤツだ。

 きっとちゃんとした商売と言うより、物騒な事も起きるフリーマーケットって感じなんだろうな……


「え、ええと、商品はここに書いた物しか売っちゃダメなんですか?」


 怖い考えを振り払いつつも、私は書類で疑問に思った事を確認する。


「そんな事はありませんよ。ただ書類に書いてもおけば、その商品を探しているお客様にギルドが商人を紹介しやすくのです。商人としても顧客を確保できるので、なるべく細かく書いた方が良いですよ」


「成る程、つまりネット検索みたいなものなんだ」


「ネット……? よくわかりませんが、お分かりいただけたのなら何よりです」

 

 ええと、バッグに入ってるのは薬草の類と香草だから、とりあえずはそれだけで良いよね。

 今後売る物が増えたらまた相談すればいいや。

 神様のサービスのお陰で読み書きができるのがさっそく役にたったよ! 神様ありがとう!!


「出来ました」


「はい、確認いたします。お名前はマヤマ=カコ様。取り扱う商品は……っ! 薬草類と香草……ですか。採取の経験はおありで?」


 あれ、何だろ? 今一瞬お姉さんが妙な反応をしたような気が。


「は、はい。まだ勉強中ですが……あっ、これ私が採取した薬草です」


 口で説明するより見て貰った方が早いと思い、私はバッグから取り出した薬草をお姉さんに見せる。


「これは……っ!? かなり良い品ですね」


 薬草を見た瞬間、お姉さんの目つきが変わる。

 今まではお客様への愛想の良い顔だったのに、薬草を見た瞬間狩人のような眼差しになっていた。


「え、ええと……分かるんですか?」


「これでもギルド職員ですからね。ある程度の質は見れば分かりますよ。その、もし買取りをご希望でしたら、当ギルドで買い取りますよ?」


 うおお……寧ろ売れ! 売ってくれ!! と目が語ってるのが分かるくらい圧が強い。

 もしかしてギルドの方でも薬草が欲しかったのかな?

 とはいえ、それに関してはこちらにとっても都合が良い。


「じゃあそれでお願いします」


「よ、良いのですか? この薬草の質なら、直接客に売った方が高く買い取って貰えますよ?」


 向こうから売ってくれと言ってきた割に、私があっさり頷くと驚かれてしまった。どっちやねん。


「ええ、まずはギルドに買い取ってもらった方が、私の採取する薬草の質を知って貰えると思ったので」


 と言う事にしておこう。

 本当は自分で売るのがちょっと自信ないからなんだけど。

 ほら、海千山千の商人達と価格交渉とか、カモにされる未来しか見えないし。

 でも商人ギルドが直接買ってくれるのなら、向こうも看板に泥を塗るような価格では買ったりしないだろうなって。


「な、成る程、目先の小銭よりもまずは太いパイプを得る方を選びますか。非常に堅実な判断ですね」


 なんてことを考えていただけだったんだけど、何故かお姉さんは納得したとばかりに深く頷いた。

 え? いやそこまでは考えてなかったですよ?


「書類は確認いたしましたので後は入会料の支払いですが、この薬草を売ってもらえるのでしたら、買取金額から差し引くこともできますよ」


「じゃあ、それでお願いします」


 正直ニャットにお金を出してもらうのは申し訳なかったのでありがたい。

 早くニャットに入町税も返したいしね。


「では買取りを希望される品をお出しください。なんなら手持ちを全部でも構いませんよ」


 うーんそうだなぁ。ゲーム的な考えだと薬草とか少しは取っておきたいところだけど、現実だと鮮度がどんどん下がって質が悪くなるだろうからなぁ。

 ここは全部売っちゃおう!!


「じゃあこれ全部お願いします。こっちは香草と熱さましと……」


 私はバッグから全ての薬草や香草を取り出してテーブルの上に置く。


「ず、随分ありますね」


 テーブルの上に置かれた薬草と香草を見て、お姉さんの顔がヒクついている。


「町に来る前に採取してきたんです」


「これ全て貴女が採取してきたんですか……!? 凄い、ざっと見ただけで全部高品質と分かりますよ……近隣にこれ程高品質の薬草が採取出来る場所があったなんて……一体どこでこんな……いえ、それよりもまだ安全に採取できる場所があるのなら……」


 お姉さんは薬草を見つめながらブツブツと呟いている。


「あの~……」


「はっ!? で、では査定をしますのでそちらの椅子で暫くお待ちください」


「分かりました」


 お姉さんは我に返ると、慌ててテーブルの上の薬草を抱えてギルドの奥に駆けて行った。


「終わるまで時間がかかりそうだから、ニャーは宿を取って来るニャ」


「うん、分かった」


 商人ギルドを出て行こうとしたニャットだったけど、ピタリと足を止めるとこちらに振り返る。


「誰かに誘われても勝手に建物から出るニャよ! 強引に誘われたらニャーが連れだって言って断るニャよ!」


「はいはい」


「あと珍しい物に釣られてついて行ったら駄目ニャよ!」


「私はお菓子に釣られて誘拐される子供か!」


 全く失敬な!

 その後何度も行こうとしては注意を繰り返すニャットを強引にギルドから追い出すと、私は言われた通り椅子に座って待つことにする。


「「「「……」」」」


 うう、今の会話を見ていた人達の生暖かい視線が痛い!!

 おのれニャット!! 罰として宿に行ったらその毛を思う存分モフッてやる!!

 とはいえ、待つだけって退屈だなぁ。

 元の世界なら待っている間スマホをいじってればよかったんだけど……

 ボーッと待っていると、眠気が襲ってくる。

  うーん、どうせ盗まれるようなものもないし、ちょっとくらい寝ちゃってもいいか……な……


「マヤマ=カコ様っ!!」


「ふぇっ!?」


 な、何ごと!? 突然の大声に眠気が吹き飛ぶ。

 目の前にはさっきの受付のお姉さんのアップ。やだ素敵、美人と至近距離。


「査定が終わりました」


「あ、はい」


 どうやらウトウトしてる間に終わったみたいだった。

 お姉さんに促されてレジまで戻ると、彼女は大きな布袋をドンとテーブルの上に乗せた。


「こちら、薬草類と香草の買取金額金貨120枚です」


「……はい?」


 袋の中は、山吹色のお菓子で埋まっていたのだった。

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