未来の果実 ~かすみの見せた光~ (限定公開)
塚田誠二
1
かすみは静かに目を覚ました。その澄んだ大きな瞳がゆっくりと見開かれた。彼女の特徴を一つあげるとすれば、その大きく開かれた丸い目と言える。女優のようなきれいな二重をしている。彼女の目はとても美しく、誰もがその瞳を見れば心が澄んでいて優しい性格であることを一瞬で悟ってしまう。さらに、目が丸ければ顔も丸い。それがとてもチャーミングで、かすみが家族から愛され続ける所以であった。
かすみは眠い目をこすりながら、今日は学校に行く日だと思い、しぶしぶ手洗い場へと向かった。手を洗い終えた後すぐに母親が作ってくれた食事を食べに、リビングへと向かった。
二〇一二年六月四日月曜日。何気なくカレンダーの今日の日付を見て、週の初めかと思いこれから始まる退屈な日常を想像してうんざりした。かすみは何もしゃべらず、まずは皮のむいてあるリンゴを口に入れた。
「おはようございます」かすみは近所のおばさんに挨拶をした。
「おはよう、かすみちゃんいってらっしゃい」
かすみはおばさんの笑顔を見て、声を聞いて元気が出た。これはいつもの二人の間で交わされる挨拶だ。かすみはそのおばさんの返事と笑顔でいつも癒される。かすみは気付いていないのだが、おばさんもまた透き通ったかすみの笑顔に元気をもらっているのだ。
かすみは普段はこのように真面目で礼儀正しい、高校二年生の普通の女の子。将来の夢や目標なんて、この年齢では考えもしないのが現実であり、かすみもその一人だった。かすみは優しさのあまり、他人の利益を自分のそれより優先してしまう。だからいつもチャンスをものにできなかった。おまけにこれといった特技がないのだから全体の中では当然埋もれてしまう。そしてかすみは自分に自信がないせいで、自己主張が少ない。真面目で静かな高校生である。
しかし、真面目だけで生きていけるほど世の中甘くはない。かすみはそれをよく知っていて、彼女は手を抜くことだってできる狡猾さも備えていた。
あれは中学三年生の冬だった。かすみは体育の持久走の授業で、疲れていてもう走るのを先生に終わらせてもらえるようにしんどそうな表情をしてゆっくり走っていた。いつもなら優しい先生が手を差し伸べてくれて、これ以上走る事を勘弁してくれることを知っていた。
しかしその時は違った。かすみだけ追加で走らされたのだ。先生は言った。
「三日月は手を抜いてるの見え見えなんだよ。だから気持ちを入れなおしてもらうために、もう一周走ってもらったんだ」
先生の真剣な表情を見るや、かすみは何も言い返せなかった。彼女は心が純粋であるが故に、嘘をついたとしても顔に表情がすぐ現れてしまうのだ。
かすみはもうすぐ通学のために乗る電車が出発してしまうことを腕時計で確認して、静かに走り出した。
おばさんはその後ろ姿が可愛く思えて、微笑みながら目で追っていた。
未来の果実 ~かすみの見せた光~ (限定公開) 塚田誠二 @Seiji_Tsukada
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