第9話 湖の異変

 夜が明け、シェルフィスの村に朝がやってくる。

 

「う、うぅん……」


 本当なら村のみんなが起きてくるよりも先に目覚め、こっそりと出ていくつもりだったのだが……どうやら昨日の疲れの影響が出でしまい、いつもより起床時間が遅くなってしまったらしく、外から大勢の村人たちの声が聞こえてきた。


「な、なんだろう……」


 どうにも騒がしいというか、慌てている様子だった。気になった俺は部屋を出てルパートさんに何が起きているのか尋ねようとしたが、ルパートさんどころかローナの姿さえどこにも見当たらない。

いよいよ非常事態が起きたのかと焦り始めた俺は家を飛び出した。

 

 視界に飛び込んできたのは、狼狽している村人たちの姿。

 何かが起きている――それはもう確定的だが、詳細は不明のままだった。ともかく、何が起きているのかを把握するため、俺は近くにいた初老の男性に声をかける。


「あ、あの、何があったんですか?」

「おぉ! あんたか! 実は湖にとんでもない異変が起きたらしいんだよ」

「湖に……?」


 最初は「そうなんだ」くらいの感想だったが、ふと昨夜のことを思いだして嫌な汗が出てきた。


 もしかして……俺が湖に捨てた、あの麻袋の中身が原因?


 その時、俺は中身にあった木の根がどんなものであるのか、ろくに確認せず捨てたことを後悔していた。神父様の願いをすぐに叶えなければいけないと思って放り投げたのだが……まさか、それが原因?


 とにもかくにも――


「……行ってみるしかないか」


 俺が捨てた麻袋が原因とは限らない。

 村のみんなは大慌てだけど、実はそれほどたいしたことではないかもしれない。めちゃくちゃでっかい魚が釣れたとか、その程度のものかも。

 半分くらいは自分を慰める意味もあるけど……もう半分は本心だ。

 とにかく、現状を確認するため、俺は湖へと向かった。



 湖には多くの村人が来ていた。

 騒然としながら、人々の視線は湖の中心へと向けられている。


 それもそのはず。


 何せ、そこには湖にあってはならないモノが存在していたからだ。


「あ、あれは……」


 俺の視線も、「それ」に奪われていた。

 ――そう。



 湖の真ん中から天を目がけて伸びる巨大な樹木に。



「な、なんてデカい木だ」

「あんなの見たことないぞ」

「一体、なんであれだけの大きな木が湖に……?」

「何か、よくないことが起きる前触れだろうか……」


 村人の多くが、心配を口にしていた。

 まあ……不気味だよな。

 本来なら、あれだけの大きさに成長するのに何百年という時が必要だろうが、たった一夜で現れたのだからな。まともな樹木じゃないってことは明白だ。

 

 樹木……麻袋の中身は木の根だった。

 つながりが出てきたことで、俺は焦り始めていた。その時、数人の村人が木を調査するために船を出そうとしている光景が目に入る。その中に、ルパートさんの姿を発見して俺は駆け寄った。


「ルパートさん!」

「! ルディか!」

「今からあの木のところへ?」

「そのつもりだが――」

「俺も連れて行ってください!」


 知りたかった。

 あの巨大な樹木の正体を。

 本当に、神父様が俺に託してくれたものなのかを。


 そのためには――もっと近くであの木を確認する必要があると思った。


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