第8話【幕間】ルディのいなくなった王都

 ルディが脱獄をしてから数日後。

 ルフェーブル王都は騒然としていた。

 

 前代未聞の大事件を起こしたルディが脱獄したという知らせが王都中に広まっていた。

 これを聞いたルディを知る人々は次々に驚きを口にした。

 そもそも、王都に住む誰もがルディが犯人でないと考えていた。

 彼らはルディが自身の厳しい生い立ちにも屈せず、日々を懸命に生きていたことを知っている。それだけでなく、ルディが殺された神父やシスターたちを心から尊敬し、慕っていた。そんなルディが、全員を殺害して逃走するなど考えられない。

 中には、ルディがこのまま捕まらずに逃げ切ってもらいたいと思う者も少なくはなかった。



 ――だが、そんな人々をさらに驚愕させる出来事が起きたのだ。


 それは、ルディが行方をくらました翌日。

 王都の中央通りにある掲示板へ張りだされた内容に、人々は目を奪われた。

 

「ル、ルディが死んだって書いてあるぞ!?」

「どういうことだ!?」

「逃げたんじゃなかったのか!?」


 そこには、「教会で神父やシスターを殺害した疑いのある少年、遺体で発見される」と書かれていたのだ。


「なんでも、グリニスが身元を確認するため騎士団の詰め所へ行っているらしいが――」

「あっ! グリニスだ!」


 噂をすればなんとやら。

 王都に住む人々がグリニスのことを話し始めると、タイミングよくそのグリニスがやってくる。すると、彼女の周囲には騎士団からの知らせを目にした者たちがその真意を確かめるべく、グリニスを囲った。


 彼女もまた、ルディと似たような生い立ちであり、例の教会で育った。そのため、王都の人たちにとってはルディと同じく、みんなに可愛がられている存在だった。


「どうだったんだ、グリニス!」

「死んだのは本当にルディだったのか!?」

「…………」

 

 グリニスは何も答えない。

 だが、ある意味、その沈黙がもっとも分かりやすい答えだった。


「な、なんでことだ……」

「ルディが……」


 いつも明るく、運送屋として町を元気に駆け回っていたあのルディがいなくなるなんて――筆舌に尽くしがたい悲しみと喪失感が包み込む。


 それは当然、グリニスも同じだった。


「ルディ……あなたは本当に……」


 目に涙を浮かべながら、グリニスは天を仰いだ。


  ◇◇◇


 ルディの死という悲しい知らせが王都に広まる中、仕掛け人であるコーベット・アルムウェルは、屋敷の自室で側近の男から報告を受けていた。


「こちらの狙い通り、グリニスはあの遺体をルディと判断しました」

「ふっ、呆気ないものだな。……まあ、それなりに苦労して偽装工作を施した甲斐があったというものか」


 ルディの死を偽装するため、コーベットは年齢や体型が似ている者の遺体を用意し、顔が判別できないように傷を負わせた。さらに、野盗に襲われたふりをして戻ってきた馬車の中から、ルディが着用した服を回収し、それを遺体に着せることでルディであるかのように見せかけたのだ。


 これで、教会で起きた事件の罪はすべてルディが背負うことになる。ちなみに、襲撃を仕掛けた野盗たちは、全員、アルムウェル家の汚れ役を担当する者たちの手によって葬られていた。

 順調に事を進めるコーベットであったが、ここまでにふたつの誤算が生じていた。


 ひとつは、ルディの無実を主張する者たちが想像以上に多かったこと。

 あの勢いでは詳しい調査が進められ、無罪となり、釈放されてしまうと恐れたコーベットは、偽装工作を駆使することでなんとか乗り切った。


「で、教会にある金庫は開けられたのか?」

「それがまだ……解錠士アンロッカーを呼びましょうか?」

「余計な手を加えたくはない。時間はあるんだ……そう焦ることもなかろう」

「は、はあ……」

「あの中にある【アレ】を手に入れなければ……あれだけお膳立てした今回の作戦は、真の成功を見ないのだからな」

「はっ!」

 

 解錠に思った以上の時間が必要ということが分かったのだ。

 しかし、これは特に気にするものではないと考えていた。

 なぜなら、関係者のいなくなった教会は、もっとも支援していたアルムウェル家のコーベットが管理することとなったため、焦ることなく作業を進められるからだ。


 時間はかかるが、コーベットの野望は少しずつ成功へと近づいていた。

 ――ただ、彼はまだ知らない。

 野盗たちが、ルディを殺し損ねていることを。






※次回より21:00より不定期更新!(しばらくは毎日更新です)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る