第5話 思い出
両親を病で亡くしてから、俺は王都にある教会へ預けられた。
すでに物心がついていた年齢ということもあって、「両親が死んだ」という事実を理解できた。同時に、これから先どうやって生きていけばいいのか――漠然とした悩みに押しつぶされそうになっていた。
そんな俺を救ってくれたのが、教会のみんなだった。
神父様やシスターたちは、まだ現実を受け入れられなくて荒んでいた俺に根気強く寄り添い、支えてくれた。それだけじゃなく、グリニスさんをはじめとする俺と同じ境遇の子どもたちも、俺に優しく接してくれた。
おかげで、俺はなんとか立ち直れた。
大好きなあの町で、これからも静かに暮らしていきたい。
それが、俺のささやかな願いだった。
「がはっ!?」
意識が覚醒し、俺は飛び起きた。
あの激流に流されてもうダメだと思ったが……ここはどこだ?
パチパチという音が耳に入り、そちらへ視線を向けると――焚火があった。その脇にはひとりの男性が切株に腰を下ろしている。身なりから察するに、木こりだろうか。
「おっ? 目が覚めたか?」
「あっ、は、はい。一体ここは――」
俺は立ち上がって男性にこうなるまでの経緯について尋ねようとしたが、足がもつれて倒れてしまう。
な、なんだ……目眩がする。
頭が割れるように痛いぞ……。
「おいおい、無理をしちゃいけねぇよ。まだ肌寒さが残る季節だっていうのに、冷たい水の中へ長時間浸かっていたみたいだからな」
「長時間……水の中……?」
その言葉を聞くと、ぼんやりしていた俺の頭の中が急に覚醒した。
俺は……馬車を襲った野盗たちから逃げ回って、崖から落ちて――激流に飲み込まれたんだ。
そこから先の記憶はない。
というか、意識を失ったんだ。
「君はそこにある小川へと倒れている木に引っかかっていたんだよ。それを俺と娘のふたりで救いだしたんだよ」
「そ、そうだったんですね」
「ともかく目が覚めてよかった。ああ、俺はルパートってもんだ」
「俺はルディです」
自己紹介を簡単に済ませると、俺はもうひとつ気になったことを尋ねた。
「今、娘と……」
「おう。俺の自慢の愛娘だ。今は焚火に使う薪を集めに行って――っと、噂をすれば、戻ってきたな」
「えっ?」
俺の背後に向かって手を振ったルパートさん。その動きに合わせて振り返ると、視線の先には両手いっぱいに細い木の枝を抱え込む人物の姿が。年齢は俺と同じくらいかな。肩口まで伸びる金髪に、少し垂れ気味の目元が特徴的な可愛らしい女の子だ。
「あっ! 目が覚めたんだね! よかったぁ~」
安堵のあまり、手にしていた木の枝を全部足元に落としてしまい、「わわわっ!」と慌てて拾う女の子。
「だっはははっ! 相変わらずおっちょこちょいだなぁ、ローナは」
「あ、あはは」
豪快なルパートさんの笑い声に、思わず俺までつられて笑ってしまう。
「し、心配していたからつい……あっ、私はローナっていうの。あなたは?」
「俺はルディだ。よろしく」
「よろしくね!」
俺とローナは固く握手を交わす。
どうやら、俺はこのふたりのおかげで生き延びることができたようだ。
「しかし、なんだってあんなところにいたんだ? まさか、どこかで泳いでいて流されたってわけじゃないだろ?」
「え、えっと……」
正直に話すのは少しためらわれた。
何せ、無実の罪であるとはいえ、今の俺は処刑を待つ重罪人。おまけに、牢獄から脱走中の身だ。この親子の親切心にホッと和んでしまったから忘れかけていた――このままここにいては、彼らに迷惑がかかるかもしれないし、コーベットさんの関係者が待っているリガンという町へ向かわなくてはならない。
――だが、
「うっ……」
ダメだ。
頭痛と目眩で立ち上がるのがやっと……馬車をなくした今、歩いて目的地まで行かなくてはならないというのに、これでは到底たどり着けそうにない。
「無茶をするなって。今日はうちで休んでいけ」
「そうしなって」
「で、でも……」
なんとか立ち去ろうとするが――無理だった。
仕方なく、俺はふたりの厚意に甘えることとした。
一日ゆっくり寝れば、体調も回復するだろう。
そうなったらすぐにでも立ち去ればいい。
俺は今後の方針をそうまとめて、ふたりに「お世話になります」と言って頭を下げたのだった。
※次は17:00に投稿予定!
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