第3話 脱走

「しょ、処刑!?」


 予想していなかった言葉に、俺は狼狽えた。

 コーベットさんはすぐに「しっ!」と口元へ人差し指を添え、「静かに」という合図を送られたことで、俺は少し冷静に慣れた。


「あ、あの、処刑って……ちょっと前に議会の様子を伝えてくれた方からは、そのような報告はありませんでしたが」

「状況が一変したんだ。――どうやら、何が何でも君を処刑しなければいけないと考えている者がいるようだ」

「!? そ、それって……」


 つまり……事件の真犯人ってことか!

 その存在が浮かび上がったところまではいいが、事態はこちらの想像を遥かに超えたスピードで進んでいるようだ。


「すでに国は君を処刑するために断頭台の準備に取りかかっている。早ければ、明日の朝にも執り行われるだろう」

「あ、明日の朝!?」


 いくらなんでも早すぎる。

 せっかく黒幕の存在が浮上したっていうのに……俺が絶望にうちひしがれていると、


「……まだ、希望は残っている」


 そう言って、コーベットさんはズボンのポケットから小さな鍵を取りだす。


「この牢の鍵だ。これを使って君をここから逃がす」

「っ!?」


 驚きの提案に、俺はまたも大きな声を出しかけたが、何とか踏みとどまった。


「塔の裏手に馬車を待機させてあるから、その積み荷に紛れて王都を出るんだ」

「えっ?」

「馬車はアルムウェル家が治める領地で王都からもっとも距離の離れたリガンという町に向かう手筈になっている。君はそこでしばらくの間、身を潜めるんだ。寝泊まりできる場所も確保してあるから、町に着いたらすぐ宿屋へ向かうと言い。その町で君が過ごしている間に、こちらで真犯人を確保する。すべてが解決したら、アルムウェル家から使いを寄越すよ」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 俺は一度、コーベットさんの話を制止する。


「……どうして、面識のない俺をそこまで……」


 率直な疑問をぶつけると、コーベットさんは少し戸惑ってから、ゆっくりとわけを説明してくれた。


「幼い頃に病で両親を失いながらも、ひとりで懸命に生きてきた君が理不尽な死を遂げるなんて……俺にはできないよ」


 貴族であるコーベットさんは、俺のために涙を流してくれた。

 なんていい人なんだろう。

 それが率直な感想だった。

 普段からあの手の活動をしているだけあって、本当に俺のことを心配してくれているみたいだ。

 ――こうなったら、迷っている時間はない。


 今はコーベットさんの言う通りにしよう。


「分かりました! 鍵をお願いします!」

「よし! 任せろ!」


 コーベットさんは大急ぎで牢の鍵を開けると、俺を拘束する鎖の鍵も外してくれた。


「ひどいことをする……」


 長時間、鎖につながれていたことで真っ赤に腫れあがった俺の両手足を見たコーベットさんは、顔を歪めていた。


「さあ、急げ。俺たちでできる限りの時間は稼ぐ。そっちの階段を下りて、一番下までたどりついたら、右手にあるドアを開けて外へ出ろ。そこに馬車が待っている。荷台には服も用意しておいたから、それに着替えるといい。あと、わずかだが食事も置いてある。好きに食べてくれ」

「何から何まで……ありがとうございます」

「気にする必要はないさ」


 ニコッと微笑んでくれたコーベットさんに一礼をし、俺は駆けだしたのだった。




 ………………

 ……………………

 …………………………




「――行ったか?」

「はっ」

「けっ! バカなガキだ。誰がてめぇなんか助けるかよ」

「では、手筈通りに進めてよろしいですかな?」

「問題ない。例の場所で野盗のふりをし、馬車を襲って――あのガキを殺せ。ヤツには教会関係者を皆殺しにした稀代の大悪党という汚名をかぶったまま死んでもらう」

「かしこまりました」

「それと、例のモノはどうなっている?」

「事前に受け取った情報通り、教会内の一室に魔力で封じられた金庫を発見しました。また、神父が例のモノを研究していた場所と思われる地下室も同時に見つけたと聞いております」

「なら、その地下室にある資料もすべてこちらへ渡すよう伝えろ」

「はっ」

「くくく、これですべて手に入る……地位も富もすべてな!」





※次は19:00に投稿予定!

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