沈黙に積雪

長月瓦礫

沈黙に積雪


黒のネクタイ。白のワイシャツ。

生気のない真珠のネックレス。


ああ、やっぱり死んだんだ。

ようやく分かったよ。


沈黙に積雪。

墓標から聞こえるいびきすら、雪がかき消してしまう。

この季節は死者が多い。


冬将軍が動物の代わりに人間を狩っているから。


「ハァ……」


狩られた人間の葬式が開かれる。

喪に服す。首を垂れる。

みんな揃って前へならえ。


涙を流すだけ流したその後は、忘れてしまう。

死を常に思う人は少ない。

生きているのにせいいっぱいだから。


花を片手に雪道を踏む。毎朝の日課だ。

花を手向けなければならない。

きっと、誰かが忘れてしまうから。


「おはようございます。

やー、今日はすごいですね!」


掃除している黒服の男がいた。馬鹿みたいに伸ばした金髪は忘れるわけがない。

この墓場は彼の管轄らしく、月に一度は様子を見にくる。


すっかり顔馴染みになってしまった。


「こんなドカ雪は数十年ぶりですよ!

あ、どちらへ向かいますか? 掃除しますよ!」


うきうきとあたりを見回す。

何でこんなにテンション高いんだよ。


まさか、雪ではしゃいでんのか?

いい年こいたオッサンがはしゃぐ姿とか、気持ち悪いんだけど。


「気にしないでください。すぐに終わりますし」


「終わらなさそうだから、言ってるんですよ」


それはそうなのだ。

雪が積もりに積もって、何から手をつければいいのか分からない。

掃除道具とか持ってくればよかった。


「昼には晴れるって話らしいですけど、こんな調子じゃあねえ。

意外と分からんもんですよ」


大声で笑う。私はこの男から逃げたいだけだ。


何でこんなに元気なんだ。

何でこんなにうるさいんだ。


「何でそんな楽しそうなんですか」


思わず口に出してしまった。呪いがこもった言葉だ。自分の口を塞いでももう遅い。

彼は申し訳なさそうに頭をかいた。


「いや、すみません。すぐに笑っちゃうの、クセなんです。

なかなか治らなくて……」


それ、治す気がないだけじゃないのか。

指摘するのも面倒だ。


同意してくれたのか、降り続いていた雪もやんだみたいだ。

傘を閉じると、積もった雪が落ちた。


「お墓、あっちのほうです。お掃除お願いします」


「了解です~」


これだけ陽気な管理人なら、眠っている者たちも楽しいに違いない。

ほうきを片手に雪道を進んでいった。

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沈黙に積雪 長月瓦礫 @debrisbottle00

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