的外れシャッフル推理合戦#3

 帰宅した裕征は、ホームバーのカウンターにウイスキーのボトルを立てた。

 アイスピックで氷塊からロックを掘り、透明なグラスに落とす。

 手頃な破片をポリ袋に入ると、殴打された首の後ろを冷やした。

 ウィスキーをロックの上に注ぎ、氷解も待たず一気に飲み干す。

 残存した痛みの気付けには、まだ不十分だった。


 二杯目、三杯目、四杯目、五杯目……六杯目を注ぎ、居間のパソコン机に運ぶ。

 裕征は氷を揺らしてパソコンを起動し、パスワードを入れてロックを解除する。

 デスクトップ『Google Chrome』ショートカットをダブルクリック。

 右上『Google アプリ』一覧から、カメラマーク『Meet』を起動。


 会議コードを手早く入力して、エンターキーを叩く。

 アクセスした会議室では既に、四人のメンバーが待機していた。


『やっと来たか』歳浦がいち早く反応する。

「同志諸君、遅くなってすまない」

『定刻から十分は遅刻ですよ』清邦がため息交じりに言う。

「想定外の襲撃がありました。御堂千夏の暗殺には失敗しましたが……」

『本当に受けた?』清邦が驚く。『嘘から出た真ですな』


『収穫はあったのでしょう?』榮が裕征に問う。

「ありましたとも。裕征が協力を申し出ました」

『結構なことですが、会議前に飲酒を?』昌民が裕征の赤い顔に気付く。

「痛覚の気付けです。お許しを」

『誰にやられたのですか』清邦が裕征に問う。


「謎の二人組に。この手錠をかけられました」裕征はカメラに手錠を写す。

『警察用のシリアルナンバーはありますか?』昌民が画面に顔を近づける。

「ありません」裕征は確認してから返事する。

『その手錠は』榮が顔を引き攣らせる。『我々が活動に使用しているものと同型です』


『確かなのですか』歳浦が凍り付く。

『間違いありません』榮が念押しする。『中共製の特注品です』

『裏切者がいる、と?』清邦が問う。

「御堂千夏を庇う者が」裕征が驚く。「我らの内部に?」

『生前の牢慈郎と親しかった者が怪しいですな』昌民が呻って考える。


『牢慈郎は偉大なる同胞でした』榮は悼む。『ですが娘への教育を怠った』

『共産主義に属さない娘が野放しになるのは』清邦が語る。『資本主義権力者に情報が漏洩する危険がある。リスク回避の粛清には、皆で同意をしたはずですが』

「相手は相当な手練れでした」裕征が手錠を置く。「逃げる我らを追おうとはしませんでしたが」


『ふむ、強いが積極的に争う気はない』昌民が言う。『飽くまで護衛が目的か』

『粛清を中止しますか』榮が提案する。『現在、内紛に割く余裕はありません』

『姿は見たんだろう』歳浦が口を開く。『二人組の特徴は』

「体格のいい男と、小柄な女でした」裕征が思い出しながら言う。

『情報が少なすぎます』清邦が不審がる。『具体性にも欠く』


「暗くてよく見えなかったのです」一応、嘘ではなかった。「牢慈郎の周辺に位置した人物の名簿はありますか」

『ありますよ』昌民が資料を画面共有する。

 カメラの映像が画面上部に移動し、牢慈郎を含めて七人の顔写真が表示される。

『野獣邸任務の後』昌民が付け足す。『事故死した牢慈牢本人を除く全員が逮捕されています』


『この中に目撃した人物はいますか?』榮が問う。

「いません」

『全名簿を照会しよう』清邦が言った。『時間はかかってもいい』

『次の資料です』昌民が次の資料に画面を切り替える。


「いません」

『次』

「いません」

『次』


「いません……」数時間照会作業を行ったが、目ぼしい成果はなかった。

『手がかりゼロ』歳浦が落胆する。『名簿に記載がない』

「単に人員管理が甘いのか」裕征が疑う。「或いは、外部の人間を疑うべきか」

『中共上層部の意向では?』榮が閃く。『牢慈郎は最期の任務こそ失敗しましたが、それ以前に本部へ貢献をもたらし続けました』


『幾つもの特別成果を挙げていますな』昌民が推測する。『噂じゃ、本部の弱みも握っていた。この戦場において自らの死後、秘密裏に娘の安全を保証させる程度の褒章契約なら、交わしていておかしくない』

「臨戦任務前の、保険交渉ですか」裕征が理解を試みる。

『慎重な彼には、ありうる話です』榮が同意する。


『そして、契約締結に成功した』歳浦が感嘆する。『いやはや本部相手に』

『まあ、二人組が常に近くで護衛しているなら』清邦はやれやれといった様子。

『情報の漏洩管理にも気を配るでしょうな』昌民が資料の画面共有を終了する。『念のため、本部へ確認を取りましょう』


『不要ではありませんか』歳浦が反対する。『末端の我々に、機密情報が開示されるとは思えない』

『寧ろ密約に感づいた我々が』清邦が怯える。『中国本部の秘密警察に粛清されるのでは……?』

 気まずく重い沈黙が、会議を封殺する。


『やめておきますか』昌民が提案を取り下げる。

『同志を信じましょう』榮が穏やかに言う。

『では、御堂千夏の粛清は中止する方向で』歳浦がまとめる。

 裕征から見て画面越しの四人は、拍手して同意した。

「すると、新しい餌が問題になりますが」裕征も拍手で賛同を示した。


 全員が拍手を終える。


『こちらには幸樹を撃退できる人材が』昌民は満足げだ。『本部より二人も来ているのです。いざという時、彼らを味方にできるのは前提条件。幸樹運用のメリットは、今やデメリットを下回っているのではないかと』

『我らにとっての幸樹の価値は薄れましたが』清邦が惜しそうに言う。『重要戦力に代わりはありません』


『千夏の粛清を成功させると、つわもの二人の反感を買う恐れも』榮が悩む。

『幸樹を再教育しよう、一番手っ取り早い』昌民が提案する。

「お言葉ですが、この件は思想と殺意が別の問題でしょう」

『それもそうだな』清邦は気を取り直した。

『真に惜しいが』昌民が苦渋の決断をする。『幸樹は使い捨てということか』


『逆に考えるのです』榮が告げる。『千夏の生きる限り、つわもの二人は日本支部の戦力に応用できる』

「そうですか。御堂千夏を、彼らが教育するのを期待しましょう」

 牢慈郎一人、どうにも納得が行かなかった。


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