的外れシャッフル推理合戦#2
屋内の警戒を終えた千夏は、倉庫からハンマーを引っ張り出した。
猟銃を背中に背負い、割れた窓に向かう。
内側から段ボールをガムテープで貼り付け、応急処置。
木板をハンマーで打ち付けて、防衛力の底上げを図る。
作業を終えると、玄関のチャイムが鳴った。
深夜の家に、来訪者を告げる電子音が反響。
千夏は携帯端末に連携したドアホンで、来訪者の姿を調べる。
瑞香が立っていた。
千夏は玄関扉を開けて瑞香を屋内に招き入れ、すぐさま扉を閉めた。
「敏速な対応に感謝します」千夏が瑞香に挨拶する。
「お疲れ様です。ご友人と一緒の夜を狙われるとは、災難でしたね」
「地下室に居たのが幸いしました」千夏は瑞香をリビングに案内する。
「ご友人の方は、今……?」歩く廊下は、銅之真の出血で汚れていた。
「地下室で寝ています。防音環境でホモビデオ上映会を行っていましたから、襲撃者の気配にすら気が付いてないでしょう」
リビングは一際血潮で汚れていたが、使用に支障が生じる段階ではない。
千夏は猟銃を立てかけて、ロングソファの右側に座る。
千夏が左側へ座るよう瑞香を促すと、一礼して座った。
「ともあれ、暗視カメラがバッチリ捉えてくれました」
千夏は携帯端末から、屋内襲撃時の映像を再生する。
交戦終盤のリビング、剥がれたマスクの下を定点カメラは捉えていた。
「彼は――八嶋幸樹です」瑞香は携帯端末の映像を見て言った。
「ご存じですか」
「過去に中華マフィアと関与していた疑いから、監視対象に。現在は東響にじいろプライドに所属していて、昨日事故死した守竹彰吾の恋人です」
「幸樹はわたしに、アポ無しストーキング取材を。走って撒きましたが、その際に焦って赤信号を渡ってしまい、交通事故に遭ったのでは」
「ご冥福を祈りましょう」
「幸樹はわたしが彰吾を殺害したと推測し、的外れな報復へと走った?」
「もう一人、共産主義思想過激派の金澤裕征も加担しています」
「安直な報復だけではなさそうですね」
「玄関前で拘束していたのですが、支援者の不意打ちを受け、逃がしてしまいました」
「お怪我は大丈夫ですか?」
「ご心配ありがとうございます。いや、面目ない」
「あの戦闘で生き延びられたのなら、御の字です」
「ですが拘束には、東郷邸事件で子供たちに使用された手錠をかけました」
「それがなにか?」
「彼らが暴力活動に使用している手錠と、同型ということですよ。敵対者が身内にいると錯覚してくれれば、誤認から仲間割れを期待できます」
「次回襲撃まで、時間を稼げる」
「はい」瑞香は微笑んだ。「焦らず、落ち着いて状況を把握しましょう」
「彼らの狙いは、父が残した何らかの情報ですか」
「襲撃するほど価値ある資料なら、警察が家宅捜査に入った時点で、とっくに残されていないかと」
「家宅捜索済みなのを予想しないほど、馬鹿じゃあないか」
「はい。流石に」
「返却してもらったホモビデオは?」
「ビデオに上書きされた映像、後から意味を持って付けられた傷やメモなど、これといって怪しいものはありません」
「本体は貴重ですけど、映像だけならネットに氾濫してますからね」
「残るのはやはり、千夏さん、あなただけなのです」
「共産主義思想に染まらなかった、わたしですか」
「仮に、お父様があなたへ内部情報を僅かでも聞かせていたなら……情報が覗き見されていたのなら……懸念を持つだけでも、漏洩予防の粛清を実行する動機になり得ます」
「念には念を。そうすると、なぜ二人はバディを組んで、行動するに至ったのか」
「今の我が国の共産主義は、LGBTの方々を左翼革命の弱者に据え、支持率拡大を図る方針にあります」
「裕征の方から、狙いを持って団体へ接触する流れがあった?」
「バディ発足は偶然じゃありません。布教活動の最中で団体に所属する幸樹を、組織自体の戦力に取り入れる価値があると判断したのでしょう」
「戦闘能力ですね」千夏は両手を広げ、血塗れのリビングを示した。「駒扱いで使い捨てていい人材じゃない」
「千夏さん」瑞香は鋭い目をして、千夏に呼びかける。
「はい?」
「正直に答えてください。千夏さんは、本当に守竹彰吾を殺害していないのですね?」
「疑っているんですか?」
「無用な可能性の芽を潰したいだけです。あなたが彰吾を意図的に殺害したか否かで、導き出される可能性は大きく変化する」
「そんなに」
「命に関わる話です、偽証するほどの価値はありません」
「……誰も殺していませんよ」
「……信じていいのですね?」
「父の殺人歴さえ知りません。察しはついても、聞き出そうとは思えなかった」
「失礼しました」瑞香が鋭い目を解除する。
「いえ」
「ご無礼をお許しください」瑞香が頭を下げる。
「お仕事ですから、仕方ありません」
とは言いつつも、まだ瑞香は疑っているのかも知れない。
「幸樹はあなたへ復讐しに訪れましたが、あなたは彰吾を殺していない。裕征はあなたの粛清に訪れましたが、これは幸樹と目的の結果が合致している。裕征がかねてより幸樹の戦闘能力に目をつけていたとするなら、彰吾の死は裕征ら共産主義陣営にとって、非常に都合が良いのです」
「彰吾を殺したのは共産主義者?」
「確証はありませんけれど」
「でも幸樹を一時的に共産主義陣営に引き摺り込めたとして、以後はどうするんですか。わたしを殺したら、もう闘争に付き合う義理はない」
「離脱機会を奪うだけです」瑞香は底冷えした声で言った。「どんな手を使ってでも。洗脳は共産主義の得意分野ですので」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます