的外れシャッフル推理合戦#1
三人乗りバイクは、人気のない公道を逃亡する。
追手の気配はなく、暫くして幸樹が口を開いた。
「失敗した」幸樹は呆然自失の状態だ。「横取りされた」
「御堂千夏は家にいたか?」
「家中を探したが、見つけていない」
「なら、今晩は留守だったのだろう」
「留守」幸樹は脱力する。「そうか、留守か……」
「遠方取材に締め切り前のカンヅメ・ホテル、人気作家の留守はさほど珍しくない」
「ラッキーだったと考えるよ」
「奴らも無事では済むまい」裕征は幸樹の服を汚した銅之真の血液を見て、励ました。「今日は大人しく、傷の治療を受けに帰るさ」
「だといいんだが」幸樹は服の右袖で、両目の周りの血を拭う。
「彼女の無事を祈ろう」
「――良くて痛み分け、暗殺失敗は疑いようのない失態だ」
「俺も力が及ばなかった、申し訳ない」裕征は頭を下げた。
「裕征さんが謝ることはないだろう」
「励ましてるのか」
「元々、俺一人でやろうとしていた暗殺だ。もし声をかけられていなかったら、今頃は運悪く怪物二匹組に腸を貪り喰われていた」
「そうだな。保険は大事、そういうことさ」
「くれぐれも生存バイアスには気を付ける」
「それでいい。しかし御堂千夏の奴、誰を殺して何を怒らせた?」
「偶然出くわしたとは考えにくいし」
「人気のない時、一人きりを狙った、手練れの待ち伏せだ」
「計画性があった」
「手錠を所持していた点からも、第一目的が千夏の拉致であると考えられる」
「手錠?」幸樹は視線を落とし、裕征の手にかけられた手錠に気付く。
「お前が家に入った直後にかけられた」
「早く言ってくれ」幸樹はピッキングで手錠の拘束を解く。
「ありがとう」裕征は自由になった両手首をマッサージする。「拉致した後は知らんが……ありゃあ、まずは拉致が目的だな」
「身代金目当てか、依頼主がいるのか」幸樹は開錠された手錠を眺める。「拉致後に拷問を堪能しつつ、気の済むまで話を聞き出すつもりだったのか」
「どちらにせよ吉報じゃないか。仮に奴らが千夏を捕まえたとしても、即座に殺されはしない。死なない程度には丁重に運ばれるさ」
「なあ、思ったんだが」協力者が言う。「家そのものがトラップなんじゃないか」
「ありうる」幸樹が反応する。
「聞けば御堂千夏ってのは、相当な知能犯なんだろう」
「ああ」
「そんなのが、本当の所在地を分かりやすく明かすかね」
「偽装拠点の可能性か」裕征が考える。「襲撃者同士が勘違いで潰し合ってくれれば、女王様は万々歳だ」
「あの家の様子を見張っておくよ」協力者が提案する。「少しでも動きがあったら、すぐ裕征さんに連絡する」
「頼んだぞ」裕征が協力者の肩を叩く。
「俺は顔を認知されたからな」幸樹が不承ながら同意する。「他に千夏の手がかりは?」
「ない。大人しく待て、傷を癒せ」
「山々だが、借りの関係は長引かせたくない」
「利息が重荷か。悪いことをした」
「だから裕征さんの要求を、先に解決させよう」
「いいのか?」
「そっちの方が、気が楽だ」
銅之真はキッチンで、サランラップとビニール袋の束を探し当てていた。
銅之真はサランラップを適当な長さに千切り、顎と頬を覆うように巻く。
指の断面にも、同様にサランラップを巻いた。
ビニール袋に切断された指を入れ、強く結ぶ。冷凍庫の氷冷皿から氷を出し、二枚目のビニール袋に入れる。二枚目の氷入りビニール袋に、一枚目の右手入りビニール袋を入れて硬く結び、冷却によって再接着の可能性を高める。
瑞香は家の外で意識を取り戻し、慌てて周囲の状況を把握する。
敵影は見当たらず、既に静かな夜が戻っていた。
ふらつく頭を抑えながら家に入り、リビングで負傷した銅之真を発見する。
「車を」銅之真が要請した。
「了解っ……!」瑞香は慌てて千夏宅を飛び出した。
瑞香は空き家のガレージから、灰塗りの車両を出庫させる。
後部座席に銅之真を乗せると、道に注意し病院へ直行した。
「堪えてください」瑞香は銅之真を気にかける。
「言われずとも」銅之真が返事する。「わたしの死は、護衛対象の死に繋がる」
サランラップから溢れた血で、後部座席が赤く濡れる。
深手を負った年配の男性警察官、銅之真。
野獣邸前ホモガキ鏖殺事件にて、いち早く千夏救援に駆けつけた当人だ。
車両は法定速度を逸脱して、迅速に警察病院へ到着した。
病院スタッフが銅之真を担架に乗せ、手術室へ運搬する。
瑞香は手術室前で、切断部位が入ったビニール袋をスタッフに手渡した。
「よろしくお願いします」言って、瑞香は更衣室に入った。
赤に汚れた服を脱ぎ、タクシー運転手の制服に着替える。
病院地下駐車場で清潔な覆面車両を徴発、天井の行灯と側面の会社名表記をマグネットで貼り付け、一般的なタクシーに偽装し現場に戻る。
ホームシアターではホモビデオ上映会が終わった。
緊張の糸が解けた千冬は、エンディングの直後に寝落ちした。
極度興奮が疲労に転化し、活動の許容範囲を超えたのだろう。
ソファーを立った千夏は、慎重に千冬を横に寝かす。
ソファー下に置いていた毛布を、千冬の体に被せる。
「おやすみ」毛布越しに千冬の脇腹を、そっと撫でる。「さて」
デッキからビデオを出し、元あった棚に戻す。
床下収納庫の猟銃を取り、弾薬を装填して階段を登る。
本棚を動かし書斎に出て、部屋のクリアリングを行う。
足元、侵入者が残した土足の足跡を生で見て、顔をしかめた。
本棚は戻して地下室を隠しておく。
侵入者の不在を確実に認識しておきたかった。
猟銃を構えて、廊下の暗がりをゆっくり歩く。
寝静まった千冬が、呑気な寝返りを打った。
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