地下監禁マッスルファイト上映会#1

「ついてきて、見せたいものがある」

 座布団を立った千夏に誘導されて、座敷を出る。

「千冬がどういう形であれ、淫夢界隈と関わり合いを持つなら」

 廊下を歩いて、通されたのは書斎だ。

「視野を広げるためにも、オリジナルの作品を知っておいて欲しい」


「オリジナルって……」

 千夏が奥の壁際にある本棚を押し込み、横にスライドさせる。

 隠し扉の先には、暗がりが広がっていた。

 千夏が隠し部屋の照明を入れて、地下に続く階段が姿を現す。

 階段脇の埋め込み飾り棚に並ぶ提灯が、足元を照らしていた。


「お先にどうぞ」わたしに向き直った千夏が告げる。「足元気を付けて」

「秘密の地下室?」

 わたしは恐る恐る、階段に足を踏み入れた。

 千夏も後からやってきて、隠し扉を閉める。

 防音室に特有の、無音さえ聞こえる無音が訪れる。


 顔を見交わしてから、千夏が頷き、二人一緒に階段を降りる。

 足音がよく響いた。

「わぁ――」思わず感嘆の声を上げる。

 待っていたのは、ちょっとしたシアタールームだった。

 壁を覆ったビデオ棚を、隙間なく陳列するホモビデオ。


「あぁ――?」感嘆は疑問形に変じた。「何、この、何?」

「父の作戦管理室。共産資本でプレミア付きのホモビデオを搔き集めて、活動の下調べに使ってた」

 千夏はビデオ棚から『真冬の昼の淫夢』を取って、わたしに見せる。

「事件の捜査資料で押収されて、そのままでもよかったんだけど」


「超高額のプレミアが付いてたから、やっぱり返してもらった?」

「一本当たり十万円以上、手放さなくてよかった」

「世の中、何に価値が生じるか分からないもんだ」

 千夏はビデオをデッキに挿入して、スクリーン前ソファの右半分に座る。

 千夏は空いてるよ、と隣を叩いた。わたしは左半分に座った、狭いかも。


 映写機が起動して、スクリーンに本編前の警告が表示される。

『このビデオの著作権はゴート・コーポレーションが保持しています。無断での上映・貸出・放送・中古販売は固く禁じます。』

「全然守られてない」わたしは呟く。「追加の違法アップロードまでされてる」

「放送はされてない」


「ホモビデオの地上波放送って、どんなシチュエーション」

 本編映像を用いたオープニングが始まる。

「いや、待って。そういえば、中国テレビニュースが報じた中学生の段ボール工作に、切り取られた野獣先輩のスクリーンショットが貼られてたような」

「されてるの?」わたしは困惑した。


「野獣号だ」千夏は閃いた顔をする。「段ボール製手押し車の先頭に、野獣先輩の顔が貼り付けられてた」

「……性描写以外の部分なら、地上波進出もしてると」

 タイトルコールの後、画面右下にリスザルの顔が出てくる。

 加工はされているが、自然科学史の講義で見覚えがあった。


 イギリスの自然科学者、リチャード・ライデッカー著作『The royal natural history』。そのリスザル項目におけるパブリックドメイン化した挿絵を、左右反転しておどろおどろしく色彩変化させた画像だ。

 画像の加工に伴い、リスザルというよりスローロリスのようにも見える。


 ビデオタイトルの『真冬の昼の淫夢』は無論、イギリスの劇作家『ウィリアム・シェイクスピア』作の喜劇『真夏の夜の夢』のパロディ。

 作品読解に当たっては、イギリス関連のモチーフが重要か。


 いよいよ本編上映が始まる。


 第一章――黒塗りの高級車に衝突した野球部員が、暴力団員にホモセックス示談を強制されていた。

『飽くしろよ』『ヨツン・ヴァインになンだよ』『ワン、ワン、ワン』


 第二章――青年と彼をスカウトしたプロデューサーの間で、グラビア撮影の末に生じた激闘を描いている。

『困難じゃ商品になんないよ』『あのさぁ』『窓際行って、事故れ』


 第三章――隠しカメラを仕掛けて友人を招いた男性が、一人サディスティックな妄想に浸っていた。

『そろそろバイトなんだよね』『拝、宜しくゥ!』『ハハァ』


 第四章――後輩を野獣邸に招いた野獣先輩が、屋上で肛門日光浴中に睡眠薬入りアイスティーを飲ませ、拉致監禁の末に強姦する。

『喉乾かない?』『まずいですよッ』『お前の事が数奇だったんだよ!』


 役者の活舌と音質が悪く、どうにも台詞が聞き取り辛い。

 漢字の読みを、他の同音異義語と間違えて認識してそうな気がする。

 一度全てひらがなに戻し、改めて捉え直した方がいいだろうか。

 映像から眼を隠さず、しっかり脳裏に焼いた方がいいだろうか。


 実際、わたしは情事のシーン――つまり殆どのシーンから視界を両手で塞ぎ、指の隙間からぼやけた映像だけを見るようにしていた。


 はっきり言って、思った以上に退屈で、グロテスクな光景だったんだ。

 別に、セックス自体は映画や小説で慣れている。

 人の極限状態を描く物語には、生と死の対比が不可欠だからだ。

 アダルトビデオのセックスも、似たようなものと思っていたが。

 違った、甘かった。


 セックスのためだけに用意された、申し訳程度の寸劇。

 物語の味付けではなく、セックスのため続くセックス。


 蠢くモザイクこそあれど、撮影は徹底して性器の映像を誇張した。陰毛の茂みに屹立した男性器が、尿道から精液を滴らせ容赦なく肛門に突き刺さる。前後に腰が振られ、刺された側の男性器も膨張し、陰嚢は激しく振動する。


「そこ直腸だよぉ!?」口に出して突っ込んだ。

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