ホモビデオ男優クローン兵器培養所#3
現実の映像撮影につきまとう、物理面の制約はBB劇場に一切関係ない。
引き締まったワンカットの撮影さえも、現実比で手早く済む。
故に全カットに至って、緊張と緩和を支配できる余裕がある。
「さすがに限度はあるけど、会話劇とホラーにはめっぽう強い」千夏が同意する。
「基本動作でカバーできるから……でも特殊な動きをするアクションは? 凄まじく動くやつを見たけど」
オシラサマとの死闘は、並大抵の迫力ではなかった。
「アクション系BBは盛りだくさん。もっともっと拘りたいなら、投稿者自らが戦闘動作を作ればいい」
「やっぱ手間かかってない?」
「バトルまでの動作を作る手間は省ける」千夏は答えを言った。「淫夢の正の面――大規模創作体系の基盤を築き上げた要因は、野次馬含めて視聴者が集まりやすい上に、高水準な動画制作を補助する環境が整っていたから」
「なるほど。動きがあって高水準な動画は、理屈抜きに見てて楽しい。ユーザーが集まりやすいなら、動画の再生数も必然的に伸び、」
「ん、どした?」
「視聴者が集まりやすいけど、倫理にそぐわないコンテンツ……なら、」
わたしは咄嗟にパソコンを奪い返す。
「おっと」千夏が驚く。
新規ウィンドウを二つ展開し、ニコニコ動画の『BB先輩劇場』と『VOICEROID劇場』、それぞれのタグ検索結果数を比較した。
「やっぱり。BB先輩劇場の動画総数は、VOICEROID劇場の凡そ三分の一ほど。視聴者需要は同程度でも、淫夢界隈の方が作り手に回る人の少なさを推測できる。面白いけど、自分から作りたいとは思えないジャンルなんだ」
「そりゃあー、大概のクリエイターは人権侵害と違法ダウンロードのリスクまで犯して、ホモビデオ男優の裸体と年がら年中睨めっこするよりかは」千夏はやれやれといった表情だ。「安全に美少女キャラクターのイラストと戯れる方を選ぶでしょう」
「ユーザーが当事者を回避し、視聴者のままでいたいコンテンツ。投稿数が少ないなら、無名の新人だって実力さえあれば埋もれない。投稿動画の母数が絞られてるから、良質な新人は徹底的に歓迎される」
「そう。だから――」千夏は一瞬迷ってから、溜息を吐くように言った。「反応を貰えず苦しみ喘ぐ創作者の、本ッ当に最後の砦になってるわけで」
「彼らは、クリエイターの理想実現に生じる犠牲なのかな」
「後付けで、そういう性質が付与されたとも言える」
「常に可視化された犠牲者。無関心でいられるの?」
「いいや。ホモビデオ会社と男優の人柱に、自覚を持つ淫夢民は少なくない」
「それでも止められないんだ」
不要になった『BB先輩劇場』と『VOICEROID劇場』のウィンドウを、×ボタンのダブルタップで閉じる。画面は千夏が検索した『淫夢 BB素材』の表示に戻った。映画マトリックスの登場人物、ネオの顔をサングラス姿のKMRに置き換えた、随分とスタイリッシュなBBのサムネイルが目に留まる。
「あれ、かっこいい――ん、かっこいい?」
「かっこいいかな? コラージュ画像だよ?」
「んー?」
細部を注視すれば、顔と胴体の陰影に矛盾がある雑コラだ。
顔はジャパニーズ・ホモビデオ、胴体はハリウッド超大作。
撮影器具の格差から、画質にも雲泥の差がある。
一切合切釣り合っていないが、製作者の役者に向けた気合は伝わった。
ただ茶化すことだけが目的なら、ここまで格好よく加工するだろうか。
「思い返せば、BB素材にも役者を格好よく見せようとしてる作品がある」
「それがどうかした?」
「どうして格好よくしようとするのかなって……」
「遊びだよ。尊厳と人権を踏み躙ってるのには変わりない」
「そこなの」
「そことは」
「淫夢が尊厳と人権の蹂躙を基軸に成り立つコンテンツなら、このBBはおかしい」
初めて見たBB劇場も、役者を格好よく見せようとしていた。
二番目に見たBB劇場は、悪ふざけの到達点にあったものの。
わたしはKMR・リーブスの動画をクリックして再生した。
マトリックス本編から切り抜かれたネオの格闘動作が、立て続けに表示される。
ただし、顔はサムネイル通りにKMRだった。
キック、掌底、裏拳打ち、飛び蹴り、銃弾静止、剣の斬撃……。
「ホモビデオの動画本編は、裸になってあんなことやこんなことをしてるんでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「その切り抜きが拡散して、玩具にされているのが問題になっている」
「昨日……今日?」千夏はタスクバー右側の日付を確認する。「昨日追いかけてきた『東響にじいろプライド』の人みたいに、それが同性愛者を馬鹿にしてると考える人もいる」
「ホモフォビア〈同性愛嫌悪〉文化への警戒」
「んなの関係なく、面白いから遊んでるだけ」
「でも同性愛者キャラクターの裸体と性交渉と、付随した言動を面白がって流通させてるのは事実」
「文化の一部分だけを語ったら、偏見でホモフォビアに見えるのも無理ないね」
「だとしたらこの動画は、ホモビデオに出演してる時よりも、世間一般で言う人権と尊厳を持たされた状態になるのかな? キアヌ・リーヴスは純然たる被害者だけど」
黒のスーツを決めたKMRが、きりりと舞って、鋭く刺す。
服を脱がされて輪姦され、股間を抑えのた打ち回る本編の痴態からは、到底想像も付かない凛々しさだ。
「うーん」千夏は数秒考える。「玩具にされてる時点でそれはないけどさ。最初に言った通り、淫夢は拡大化に伴い色んな側面を持ってしまっていて。不健全なりの健全化を試みる派閥もいるから」
「健全化を試みる派閥には、野獣先輩もキアヌ・リーヴスと同じ、魅力あふれる大スターに見えてるのかなぁ」
千夏はハッとした表情を浮かべている。
「千冬が淫夢にもっと触れたら」千夏はわたしに顔を近づける。「わたしが見つけられなかった側面も見てきてくれそう」
「かな?」わたしは戸惑いながら返事した。
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