ホモビデオ男優クローン兵器培養所#2

「何のために、こんな、」絶句の間、少し考えて分かった。「動画の素材?」

「そう」千夏は頷く。「淫夢動画の映像はユーザー配布のBB素材を、作者の使用したい背景に乗せて作られる」

「ああ」納得がいった。「適宜音声素材も併用して」


 わたしは映画撮影のドキュメンタリー動画を思い出す。

 グリーンバックのスタジオで、役者が風情の無さを嘆いていたっけ。

 出来上がった映像は、情緒溢れるファンタジー世界の夜更けだった。

「ハリウッド大作映画のCG合成も、まずは緑や青のシートがセット一面に敷かれたスタジオで、演者を撮影するもんね」


 捉え方を変えると、腑に落ちるものがあった。

 けれど、やっぱり不気味に思えて仕方ない。


「豊富なBB素材の流通は、動画制作にコペルニクス的転回を与えた。歩行、振り返り、寄りの顔」千夏は淡々と続ける。「挙句は生殖活動から排泄行為まで収集されることで、各キャラクターは映像上の潤沢な『動き』を獲得する」


 胡坐をかいたMUR、穏やかな顔をした野獣先輩の頭、歩く野獣先輩、舌先を伸ばす野獣先輩の横顔、舌先を伸ばすMURの横顔、尻を向け開脚し腰を振るKMR、両手を伸ばして前かがみになりステップを踏む野獣先輩、横顔で会話する野獣先輩、タオルで体を拭く野獣先輩とMURとKMR、鋭い眼光を放つ野獣先輩、野獣先輩の尻と足を組み合わせて作られたローストターキー、キリストを模して十字架へ磔にされた野獣先輩……。


「それにしては、素材配布されてるキャラクターに偏りがあるような」

 千夏はスクロールを止めて、マウスカーソルで一本の動画を示す。

 サムネイルに空手部三人組が写った動画のタイトルは、『【基本BB配布】淫夢BBスターターキット 2021【淫夢20周年記念】』とあった。


「一年に一度更新される、汎用性の高いBBと音声素材を集めたファイル。エース級投稿者が現行使用してるファイルの丸コピーで、利便性抜群基本素材全部入り。これを通して汎用素材は単体動画無しに出回ってるから、単体動画持ちで新規に配られるBB素材の殆どが、最も人気なキャラクターの特殊動作特化型になったわけ」

「ダウンロードしたの?」


「違法ダウンロードになるからしてない」

「本当かなぁ」

「ファイルのスクリーンショットを撮ったブログを見ただけ」

「改めて意識するまでもなく、権利意識の薄い文化だよ」

「インターネット社会自体が、権利意識の薄い空間です」


「電子は実感を薄弱する。訴えられないの?」

「本編動画権利者削除が、極々稀にあるだけ」

「意外にも消極的な姿勢」

「消しても増えるし、会社意向で逮捕/刑罰/裁判に至ったケースは聞かない。そもそも制作会社社長の方が、『真冬の昼の淫夢』発売以前に逮捕されてる」


「撮影内容が激しすぎて、役者から訴えられた?」

「いや」

「無修正販売して、猥褻物頒布等罪に問われた?」

「高校教師と組んで男子高校生相手に、下北沢駅前でビデオ出演勧誘」

「児童ポルノにド・ストライク」


「撮影販売したビデオ群は四年間で、だいたい十億円の収益を上げた」

「デカい業界だね」

「小遣いに困る役者童貞相手だから、出演料交渉を安く済ませられたのも」

「踏まえても、相当な大きさだ。未成年搾取型巨大産業の闇は深い」


「四年間も商業流通、中学生含む九四〇人以上をビデオ出演させといて、長らくバレなかった現実も怖い」

「アングラ文化同士、寛容にやっていきたい方針だったり」

「寛容、ね……経営方針はビデオ会社上層役員にしか分からないや」

「うん」


「ま、真相はともあれ。長期に渡る『差止め人の不在』は、やがて『差止められる人の不在』にエスカレート。カルチャー化して、今やご覧のありさまなのだ」千夏はディスプレイを指さす。

「一応……彼は愛されてるのかな? 物凄ーく歪に」

「どうだろうね」


「憶測が募るね」

「ただ、キャラクターの人気に移り変わりはあっても、淫夢文化の象徴はいつだって野獣先輩一人だけ」

「大東亜淫夢共栄圏象徴天皇、野獣先輩」


 千夏はスクロールを再開した。

 不敬罪レベルで済まされない、人権蔑視サムネイルの羅列。


「無い動作は作れる人が作って、配布動画でオンライン拡散。他の作り手も入手した素材を適切に並べるだけで、全体に動きのある映像作品を容易に作れてしまうようになる」

「無二の利点。動画の編集スキルだけで、画作りには俳優もアニメーターも要さない」


「普通のフリー素材ではこうもいかないこと、千冬なら良く知ってると思う」

「手描きの立ち絵素材は、表情こそ豊富でも動きが限定される」わたしは頷いた。「手足を動かす差分はあっても、アニメーションできるのは口と瞬きくらいしか」

「従って、画作りも限定される」

「キャラクターの正面ばかりに」


「BB劇場は違う。すると本格派の引き締まったカット割りで、高クオリティなシリアス系ドラマを撮ってしまう猛者さえ現れる」

「無茶するなあ。理論上は作れるだろうけども」

「肉声は語録、台詞は文字だけでも、十分に」

「映画の原点、無声映画に近いのかな……?」


「或いは漫画か。BB素材の動きで、大袈裟に感情表現するからね」

「実写映像で作る漫画」

「ちなみに米澤穂信『ボトルネック』『リカーシブル』、京極夏彦『鬼談』収録の『鬼縁』とか、物語がしっかりしてる文芸作品を原作にした動画にも、結構な人気がある」


「げ、原作?」

「まあ無断でしょうや、律儀にクレジット表記してるけど」

「でもちょっと意外だ。界隈に一般小説の需要があるとは」

「面白くて、表面上が淫夢コーティングされてるなら、あそこはなんだって受け入れるよ。元々がなんでも取り込んで発展してきた場所だから」


「けど、ホモビデオの分解でドラマは、やっぱり変」

「ホモビデオの分解だからこそ、カメラ映えした大胆なセックス・ムーブから、役者の動きを存分に抽出できたのよ。後は抽出した動作を職人技で切り取って弄りまわせば、大袈裟で分かりやすく、しかもキャッチーな身振りを錬金し放題って寸法」


 咆哮する野獣先輩、直立不動のKMR、野獣先輩に見えるベッド、野獣先輩の顔をくっつけたアザラシ、野獣先輩の顔を並べ色調補正で作られた大便、体を傾けたMUR、神妙な顔をしたKMR、クラクラする野獣先輩、MUR閣下と呼称される池内博之、ハンマーを振る野獣先輩、飛び蹴りする野獣先輩、排便するKMR、歌唱する野獣先輩、ガンマン姿のMUR、勇ましい後ろ姿で立つ野獣先輩、直立不動の赤服で威圧する野獣先輩……。


「確かに個人製作の動画は、常に素材不足との戦いだけれども」わたしは改めて感心する。「素材さえ整っていれば、そこまで辿り着けるんだね……」


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