ホモビデオ男優クローン兵器培養所#1

 淫夢関連の動画は、ニコニコ動画『例のアレ』タグに集中していた。

 例のアレの深淵は予想を越えて明るく、広く、活気に溢れている。


 ホモビデオ音声と映像を用いたゲーム実況とBB劇場、ホモビデオ音声を加工して作った音楽、ホモビデオ本編違法アップロード(+性描写モザイク)、魔改造編集されたホモビデオ本編動画、ホモビデオ原作の手書き・CGアニメーション、ホモビデオ俳優のブログ文体を真似た文芸作品の合成音声読み上げ動画、地上波放送のアニメ・ドラマ・コマーシャル・ニュース映像をホモビデオ音声と映像で加工した風刺動画……。


 BGMに多用されている謎の音階の正体は、ZUN作曲の『二色蓮花蝶 ~ Ancients』サビ部分を穏やかな情緒で編曲した『ぼのぼの神社』を原案に、有志が彩り豊かな編曲を施す『ぼのぼの神社アレンジ』たる楽曲群。ロシア民謡風、ロック、ホラー、アートコア、ポップ、ジャズ、テクノ、バラード、ヒーリング、効果音、既存楽曲の神社風アレンジ……古今東西様式のアレンジ全てが、ニコニコ動画にアップロードされている。


 楽曲が界隈のメインテーマに定着したのは、後天的に『ぼのぼの神社』が淫夢カルチャーへ吸収され、幾多のアレンジが投稿され始めてからだ。予めメインテーマ化を期した動きがあったのではなく、単に豊富な曲調の楽曲が動画制作に適していたので、大勢の淫夢動画投稿者が自発的に使用した結果と推測できる。


 なお原作の原作の楽曲は、同人サークル『Amusement Makers』制作の見下ろし型弾幕シューティングゲーム『秋霜玉』にゲスト出演する、『東方Project』のキャラクター『博麗霊夢』との戦闘BGMだ。編曲の編曲に編曲が成された結果、時として本来のアップテンポな曲調に回帰している点は興味深い。編曲者自身の意図で、原曲の原曲に敬意を払っているのか。或いは期せずして、曲自らの意思が本来の姿へ戻ろうとしているのか。


 ともあれ淫夢カルチャーは、関係性を持たされたコンテンツを吸収し、独自形式に改竄して飽くまで遊び尽くす習性を持つ。通常は一過性の悪ノリだが、まれに想定外の側面――主にクリエイターの新規参入経路だ――から需要を見出されると、定着して文化圏内の高い地位を確立するケースもある。通りすがりの嘲笑・愚弄から始まった文化は今や、一人前のクリエイターでさえ人生を割くに値する、巨大創作体系の側面を持つに至った。


「でも、創作体系の基盤本体を築き上げた要因は……?」

「何見てんの」座敷の襖を開けて、寝間着姿の千夏が立っていた。

「あわっ!?」驚いて声を上げる。

 振り向いて、眠たげな千夏と視線を合わせる。

「それって――」


 ディスプレイには座敷に座って雑談する野獣先輩、MUR、KMRの本編映像。

『チラチラ見てただろう』MURがKMRに因縁をつける。

『見てないです』KMRが否定する。

「これは、あの、そ……」わたしは動揺する。

「んー?」千夏が頭を掻きながらやって来る。「あっ」

 察された、動画を止めても無意味だ。


「ふーん」千夏はにやけ面で苦笑する。

『ヌッ』野獣先輩が台詞を噛む。『脱ぎ終わったとき、なかなか出てこなかったよなあ』

『そうだよ』MURが便乗する。

『いや……そんな……』KMRが怯える。


『見たけりゃ魅せてやるよ』MURは震え声で言うと、立ち上がってKMRの前に移動する。

「ボーイズラブに興味が?」千夏が動画の再生を止めた。

「いや、別に……」わたしの額を、二滴の冷や汗が滴る。

「でしょうね。本当のところは?」


「……淫夢界隈に興味が」口籠りながら答える。

「行きつく予感はしてたよ」千夏は小声で呟く。

「え?」

 千夏は、わたしの反応を無視して続ける。

「淫夢文化は進化過程で、色んな側面を持ってしまった。それはもう余りに多く」


「みたいだね」

「素直には批判できないけれど、やっぱりわたしは好きになれない」

「千夏には正当な批判の権利があるよ。この土地に暮らす人にも」

「わたしが直接被害を受けたのは、文化末端のホモガキと、文化に便乗した共産主義の過激派からだけだし」 


 言いながら千夏は襖を閉めて、座布団を出すとわたしの右隣に座った。


「十分な迷惑だと思うけどなぁ」

「文化末端が原理主義に染まって暴走しても、文化全体を非難する大義にはならない」

「そりゃあ、最初から健全な文化ならそうだけど」

 千夏はパソコンを奪い、『淫夢 BB素材』で検索を行う。


「わたしが淫夢文化を好きになれない、一番の理由はこれ」

 検索結果のサムネイルには、映像から切り抜かれたホモビデオ男優の姿。

 真っ青な背景を後ろにして、各淫夢動画で見覚えのある体勢をしている。

「えっ……?」

 生物兵器とクローン人間の培養牢獄が、わたしたちを待っていた。


「BB素材、つまり『ブルーバック』素材の略称。クロマキー合成で使う青背景に、本編から切り抜いて加工した、男優の無声映像を貼り付けた動画」

 千夏が画面をスクロールする。

「役者当人の尊厳と人権を生贄に、面白おかしく茶化すことによって、動画制作者たちは便利な道具を手に入れた」


 ぶん殴りの構えを取る野獣先輩、走行を急停止する野獣先輩、顰め面で振り返るMUR、手を広げて羽ばたく野獣先輩、筋骨隆々の野獣先輩、頬を膨らませた野獣先輩の頭、両手を上げて喜ぶ野獣先輩、頬杖をついてにやける野獣先輩、ジャージ姿で走るKMR、煙草の煙を吹かす野獣先輩、嘔吐と射精と排便を同時に行う野獣先輩、三人乗り自転車を漕ぐ野獣先輩とMURとKMR、口元に指を当てて可愛い子ぶる野獣先輩……。

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